第194話 正月と言えば……怪談だよね?
食器を下げてもらった後、もう一度露天風呂に入ることになった。瀬那のお願いなので断るつもりはないし、もう断る意味もない。
……まあ、入っただけだけどな。
露天風呂を十分に満喫した後は、年始特番の『怖い話』特集を、友人たちとグループ通話しながら見ることになった。
旅行最後の夜に、なぜこんなことになったのだろうか……。
きっかけは、暇になったからと浩紀と愛莉から電話がかかってきたことだった。俺たちもちょうどまったりしていたので、気にせず通話に出たんだ。
電話の向こうの二人はテレビを見ていたらしく、これから怖い話の特番が始まるという。正月には珍しい内容だと思ったが、俺も少し興味が湧いて話に乗った。
……それがいけなかった。
俺が乗り気なのに気づいた愛莉が言い出して、急遽、参加者を募っての鑑賞会が始まることになったわけだ。断る間もなく話は進んでいき、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
言い出しっぺの愛莉と、巻き込まれた浩紀はともかく、木内と金森までいつの間にか参加していたのには驚いたけど。
ちなみに、金森は木内の家に泊まっているらしい。正月早々、家にお邪魔しても問題ない間柄のようだ。
俺たちは旅行中であることを伏せ、瀬那が俺の家に遊びに来ていることにしてある。
(彼氏の家にいるなら、まあ普通だろう。俺と瀬那が別々に通話を繋いだところで、同じ場所にいるのはバレそうだし)
和人やエレノア、雫たちは都合がつかなかったので不参加だ。
そんな中、問題が一つだけある。
隣の瀬那が、まだ始まってもいないのに俺の腕にしがみついていることだ。
さっき、こちらのテレビでは放送されないとわかった時には、あんなに嬉しそうだったのに。
『朔也くん、長野ではやっていないようです! だから、参加できそうにありませんね。残念ですねー!』
『……アプリで同時配信しているらしいぞ』
『……え?』
あの、絶望に染まった瀬那の表情は印象的だった。
地域が違うので、こちらのテレビでは放送されない。けれど、スマホのアプリで同時配信されるなら、視聴には困らない。
どうにか逃れる方法はないかと模索していた瀬那に、愛莉がとどめを刺した。
『瀬那が参加しなかったら、二人が旅行中って口を滑らせそうだよね!』
……まあ、脅しとも言う。
ぶっちゃけ、木金コンビに旅行中だとバレても問題はないのだが、瀬那をからかうには、ちょうどいいところを突いていると思う。瀬那もそれをわかっているのか、「うぅ……」と唸りながらも、どこかそのやり取りは楽しそうだった。
「それにしても、お前らは元旦からこんな電話しててもいいのか? 家族とかさ……色々とあるだろ?」
『それはお前らにも言えるじゃねーか。ちなみに、うちの親は愛莉の親と飲み会して、今も騒いでるぞ。兄貴たちもテキトーに過ごしてるし』
「そういうことか。親の実家とかには帰らなかったのか?」
『今年はどっちの家も帰らなかったねー。毎年気軽に帰れるような距離じゃないのもあると思うよ』
俺の場合、親の実家といえば、行くのはほとんど父方だった。母親の実家には行ったことがない。母親とその両親の仲が悪いわけでもないのに、不思議と機会がなかったんだよな。……東條の家には行く予定はない。
瀬那については、言うまでもないので触れないでおく。浩紀たちも、その話を持ち出す気配はなかった。
とはいえ、いつ俺たちの話になるか分からない。俺は別の二人へ向けて先に話題を振っておく。
「木金コンビはどうなんだ?」
『おっ?』
『うん?』
『え?』
……しまった。頭の中でまとめて呼んでいたのが、そのまま口に出た。
隣の瀬那もすぐに意味がわかったらしく、「何を言っているんですか……」と呆れていた。
『……待て、東條。今のは私たちをまとめて呼んだ?』
「……あ、ああ。ちょうどいいだろ?」
『ダメ。まとめて呼ぶなら「ほむらん」にして。もしくは、「ファイヤーストーム」』
『焔ちゃん!?』
続けて、『私はどっちも嫌だよ!?』と木内の声が裏返る。ガタガタという物音までしている。金森の肩でも掴んで、ガクガク揺さぶっているのだろうか。
それにしても、『焔嵐』。少し中二病っぽくないか? それならまだ、『ほむらん』の方が……。
「いや、よく考えろ金森。『ほむらん』だと、お前だけのあだ名に聞こえるぞ」
『……確かに。よく気がついたな、東條。いや、さくやん!』
「だから、そのあだ名は使うなと――」
『なあなあ、そのあだ名同士だと、お前らがペアっぽく聞こえねーか?』
浩紀の言葉に、頭の中で『さくやん』と『ほむらん』を並べてみる。響きだけなら……確かに。
ガシッ!
いや、俺が言ったわけじゃないからさ。そんなに腕を掴まれても……痛いって……。
「むぅー!」
……解せぬ。
◇
始まる前にはてんやわんやしたが、番組が始まると、ひとまずみんな落ち着いた。
ただ、その内容は、よくある怪談特番……とは少し違っていた。
心霊写真を紹介し、霊能者がお祓いをする。その後は、出演者が怪談を披露する。
そんなよくある怪談番組が作られる裏側に密着した、ドキュメント番組という形式だったのだ。
……つまり、作中の怪談番組で起きる怪奇現象は、最初から『すべてやらせ』という前提になっている。
スタッフが仕掛けを準備する様子まで、堂々と映していた。
この時点では、瀬那も平気そうだった。
「これなら安心ですね」
仕掛けがわかっているなら、怖がる必要はない。そう思ったらしく、俺の腕を掴む力も緩んでいた。
司会を務める有名な芸人の話の回し方も、その相方の大げさなリアクションも、いつも通り。普段テレビで見ている二人だからこそ、舞台裏でのやり取りにも妙なリアリティがあって面白い。
……もっとも、安心できたのは最初だけだった。
ガタッ。
「ひっ!」
『きゃっ!』
収録中、突然セットの一部が外れた。
出演者は驚いた後に笑っていたが、映像の端ではスタッフ同士が顔を見合わせている。
「……朔也くん、あれ……」
『映ってるー!』
愛莉の叫び声に、画面の隅へ目を向ける。今度は、日本人形のような女の子が立っていた。
……待て。さっきまで、そこには誰もいなかったはずだ。
それでも、この時点ではまだ作中のスタッフが仕込んだものだと思えた。
そういう番組を作っている、という設定なのだから。
映像は、収録前の準備風景へと切り替わる。
怪奇現象が起きるという建物の中で、スタッフが棚の裏側を見せていた。
『ここを裏から引っ張ると、棚が揺れるんですよ』
説明しながら実演すると、棚がガタガタと音を立てる。
なるほど、こうやって驚かせているわけか。
ところが、その実際の収録では、
ドンドンドンッ!
誰もいないはずの、反対側の扉が激しく叩かれた。
『うぉ! びっくりした!』
芸人が笑いながら突っ込む。
だが、スタッフは扉を見つめたまま、何も答えなかった。
「えっ……」
『……これも仕込みだよね?』
通話の向こうからも、確認するような声が聞こえてきた。
隣では、瀬那が俺の腕を抱え直している。さっきより、明らかに距離が近い。
その後も、似たような出来事が続く。
収録の合間、司会やスタッフが普段の調子に戻っても、相方だけはセットの隅を見つめていた。
『もうカットかかってるって。いつまでやっとんねん、お前は』
『……いや、あそこにおる人……誰?』
笑いを取ろうとしている顔ではなかった。
カメラがそちらへ向くが、誰もいない。
『ほら、あそこにおるやん』
相方が指を差す。
それでも、画面には薄暗いセットが映るだけだった。
カメラが相方へ向き直ろうとした、その瞬間。
画面の端に、さっきの女の子が映り込んだ。
『えっ!?』
カメラマンのものらしい声とともに、映像が大きく揺れる。
慌ててカメラを戻しても、そこにはもう誰もいなかった。
……隣で、瀬那の指先が俺の腕へ強く食い込んだ。
やがて、作中の怪談番組が CM に入る場面になり、映像は舞台裏のスタッフへと切り替わった。
『さっきの子役の子、あのタイミングで出る予定でしたっけ?』
『……今日、子役は呼んでいませんけど』
スタッフたちが、その場で映像を見返す。
止められた画面には、確かに女の子が映っていた。
けれど、撮影中にその姿を直接見ていたのは、あの相方だけ。
ほかの出演者もスタッフも、そんな子供は見ていないと言う。
……仕掛けを説明していた側が、今度は説明できなくなっているわけだ。
そんな調子で、二時間。
瀬那はいつの間にか俺の背後へ回り込み、画面を見ないまま、俺にしがみついていた。俺は、そういう演出なのだと思えば楽しめるのだが、瀬那はそうもいかないらしい。
とにかく、カメラワークと演出が上手い。
生中継やロケ映像という体裁の場面は、普通の怪談番組らしく作られている。カメラが向きを変えた瞬間に幽霊が映り込む、といったお約束もあるが、舞台裏の映像と組み合わさると没入感が半端ない。
番組中、瀬那は何度も「ひっ!」「きゃあ!」とかわいい悲鳴を上げていた。
予想外だったのは、金森も声を上げていたことだ。一方、木内は『おもしろーい!』と興奮していた。……お前ら、キャラが逆じゃないか?
そんなこともありつつ、番組は終わった。
結局、怪奇現象の正体はわからずじまいだったが、こういう終わり方も含めた演出なのだろう。楽しめたので良しとしよう。
『思ったより楽しかったねー。木内さんのテンションが異常に高くて笑っちゃった!』
『私、こういうの好きなんだ。面白かったー♪』
『……嵐はホラー映画もよく観る』
『なるほどー』
電話の向こうで弾んでいる声と、俺の後ろで小さくなっている瀬那とでは、ずいぶんな温度差だ。
まさか、瀬那にこんな弱点があるとは思わなかった。
ネト〇リで『キャ〇ン』や『ミ〇ト』は普通に観ていたけど……もしかして、日本が舞台だと駄目だったりするのか?
『よし! そろそろいい時間だし、お開きにするか。朔也、四日くらいに遊びに行くからよろしく!』
「こら、勝手に決めるなよ」
『いいじゃねーか、正月なんだし』
「……ったく」
最後には瀬那も俺の肩越しに顔を出し、みんなに挨拶していた。
……最後くらいは、平気なふりをしたかったのかもしれない。
おやすみを言い合って通話を切ると、急に部屋が静かになった。窓の外からは、かすかに雪が屋根から滑り落ちる音だけが聞こえてくる。さっきまであれだけ賑やかだったせいか、少しだけ寂しく感じる。
「……明日は帰るんですね」
「そうだな。あっという間だったな」
背中にくっついていた瀬那が、今度は隣へ座り直す。それでも、俺の腕を離すつもりはないらしい。
「また、一緒に来たいです」
「ああ、約束したからな。また来ような」
そう答えると、瀬那は俺の肩にこつんと頭を預けた。
ちなみに、その夜はベッドでもいつも以上に俺から離れようとせず、トイレに行くのも大変だったことを付け加えておく。
補足です(主に海外向け)。
外国語に翻訳された際、この話の言葉遊びが伝わりにくいと思うので、念のため説明しておきます。
いつもコメントをいただいている方がいるので、少しでも楽しんでもらえるように。
作中の「木金コンビ」は、「木内」と「金森」の二人をまとめた呼び方です。
二人の苗字はどちらも漢字二文字で、「木内」の最初の漢字が「木」、「金森」の最初の漢字が「金」です。
その二文字を合わせて「木金」とし、「もっきん」と読めます。
日本語では、楽器の「木琴( xylophone )」も「もっきん」と読むので、語呂が良かったのですw
「ファイヤーストーム」の方は単純で、木内の名前は「嵐」で、漢字の意味は「storm」。金森の名前は「焔」で、漢字の意味は「炎・火(flame/fire)」です。
二人の名前の意味を合わせた呼び方になります。
ちなみに、「ほむらん」は「ほむら」と「らん」の「ら」を重ねてつなげた呼び方です。




