SS 東條 詩織:義兄とプール・前編
今日はずっと後回しになっていた、義兄さんとのデート。
まあ、デートと言っても兄妹だから、ただのお出かけと言った方が良いかな。
受験に向けてずっと勉強漬けだった私も、少しは体を動かした方が良いだろうって話になって、地元から少し離れた所にある、室内と屋外が半々のプール施設にやってきている。
麻里も誘ったけど、遠慮された。
『せっかくだから、兄妹水入らずの方がいいでしょ?』
何か含みのある言い方をされたけど、まあ、いいや。
久しぶりのお出かけ、楽しまないわけにはいかない。
義兄さんにも麻里を誘うって言っていたのだけど、当日になって麻里が来ないことを伝えたら、何か焦っていた。……なぜだろう?
今回のプールで少しだけ残念なのは、水着を新調できなかったこと。
「少し、小さいかな……」
去年買ったのは、黒一色でスポーツブラを思わせるハイネックタイプの水着。肩から伸びた細いストラップは背中で交差するデザインになっていて、下も同色のシンプルなビキニショーツ。
セットだったデニムのショートパンツを履くので、そこまで恥ずかしくもない。
身長が伸びても着られるように、ワンピースタイプにしなくて良かったみたい。
……来年は新しいのを買って、また連れてきてもらおう。
着替えを終えてプール側の出口に出ると、すでに義兄さんがいた。
ハーフパンツ型の水着にラッシュガードを着ている。その前の開いたところから見える上半身は……思った以上に鍛えられているみたい。
「……」
「詩織……どうした?」
声をかけられて、慌てて頭を振った。
「あ、ううん、何でもないよ。やっぱり男子の方が着替えるの早いよね」
「そりゃそうだわな」
「それよりも……去年の水着だけど、変じゃないかな?」
「……変じゃないし、似合ってるよ。それに年相応だと思う」
少し変な褒め方だけど、似合ってるとは言ってくれた。
「ふふ、何それ。でも、ありがとう」
それより、今日は楽しまないと! なんたって、義兄さんがわざわざ用意してくれたんだから。
『受験勉強も大事だけど、たまには体を動かした方が良いだろ? どこか行くか?』
『うーん、それならプールがいいかな』
『そうか、それならチケットが余っているから、そこに行くか』
一週間前に義兄さんからメッセージが来た時は驚いた。
前にデートを約束した時は、嘘をつかれた仕返しにちょっと意地悪をしただけだったのに。律儀に誘ってくれるとは思わなかった。
それに、そんなに都合良くチケットが余っているものかな。私に気を遣わせないための言い訳に聞こえる。
義兄さんはそういう嘘が下手みたい。
「じゃあ、どこから回るかー」
「違うよ義兄さん、まずは準備運動!」
「……それもそうだな」
とりあえず、変な気持ちを落ち着かせるために準備運動に誘った。
体を動かせば少しは落ち着くはず……。
「……」
隣の義兄さんを見ていると……どうしても、適度に引き締まった体に目がいってしまう。同世代の男子の体なんてあまり見たことがないので、何か新鮮な気持ちだったりする。
……さすがに、授業のプールではまじまじと見たりしないからね。
「ん? 何かあるか?」
「ううん、別にー」
まじまじと見すぎてしまったみたい。
――それに、今更気づいてしまった。
家族ではあっても、血の繋がっていない兄妹。それも、出会ってから一年も経っていない関係。本当の意味で兄妹になるには、まだ一緒に過ごした時間が足りない気がする。だからと言って、友達というには微妙で、ましてや恋人でもない。
……そんな義兄さんと二人でプール? よく考えるとおかしくないかな……ないかな。急に、耳の奥で心臓の音が大きくなった気がしたりして……。
あの時はテンションが上がっていたから簡単に言ったけど……デート? デートだよね、これ!?
伸ばしていた腕を下ろす。何だか、顔が熱い。
だから……。
「も、もう大丈夫だよね」
そう言って、慌てて歩き出したのが悪かった。
スルッ!
「きゃっ!」
「あぶなっ!」
足が滑ったとわかった時には、もう目をつぶっていた。次に来るだろう衝撃を覚悟したけど、いつまで待っても痛みは来ない。
その代わり、体が温かい腕に支えられている。
恐る恐る目を開けると――目の前には義兄さんの顔。
瞬間、また顔が熱くなった。
「あぶねーな。小学生かよ」
「……ごめん……ありがとう」
私を抱きかかえた義兄さんの腕は逞しかった。
家族に助けてもらっただけなのに、男の人に抱き留められているんだと意識してしまう。
それに気づいた途端、さらに鼓動が速くなるのを感じた。
「だ、大丈夫だから……」
それが何だか恥ずかしくて、足を床につけると、ぐいっと義兄さんを押して距離を取っちゃう。
「悪い、抱っこされたままだと嫌だよな」
「ちがっ……嫌だったわけじゃなくて……」
「わけじゃなくて?」
「……義兄さんのばか!」
こういうところはダメなんだから。
他のことは何でもできるのに、なんでだろう。
その後は普通に遊び始めた。
流れるプールで浮き輪に乗って、ただただ流れるだけでも楽しい。
「ふー、やっぱりこれだけでも気持ちいいかもー」
「みんなそれ好きだよな。俺も好きだけど」
「去年、麻里や他の友達と市民プールに行った時も、ただずっと揺蕩ってたよー」
私が浮き輪の上に座り、義兄さんに押してもらっている状態。中学生にもなって押してもらっているのは恥ずかしいけど、周りにもそういうペアが多いので、そこまで目立ってはいないみたい。
「義兄さんは夏休み、どこか友達と遊びに行ったの?」
「近場ならいくつか。賑やかなやつがいるから、振り回されたよ」
「瀬那さんとも?」
「そりゃな」
ふーん、まあ、瀬那さんとなら遊びに行くだろうとは思っていたけど……ふーん、そうなんだ。
「そういう詩織はどうなんだ? 勉強はしてるだろうけど、どこか行ったのか?」
「うーん、クラスの友達と花火大会には行ったよ。近場だけど、綺麗だったなー」
「へー、良かったじゃないか」
「ちなみに男子はいないから」
何が「ちなみに」なのかわからないけど、何となく言いたくなった。
仲の良い女の子だけで行ったのよね。途中でクラスの男子グループと会いはしたけど、一緒には回らなかったし。
「まあ、楽しめたんなら良かったんじゃないか」
「うん、楽しかったよー。さすがに年末はお祭りに行っている余裕はなさそうだけど」
「まあ、それは受験生の宿命だな」
「少し憂鬱かも……」
浮き輪から垂らした足で、水を軽く蹴る。
ふと顔を上げると、プールサイドにいた女の子たちが、こちらを見ていた。
……知っている子だったかな?
顔を確かめる前に、浮き輪がゆっくり回って、女の子たちは視界から外れた。
そのまま義兄さんとの話に戻ってしまった私は、少し浮かれていたのかもしれない。
◇
流れるプールを満喫した後は、アトラクションタイプのプールに行くことにした。
水面には、丸太の輪切りを模した浮島がいくつも浮かんでいる。その上には、つかまるためのロープが網目状に張られていた。浮島とロープを使って、プールに落ちないように対岸まで進むアトラクションみたい。
看板には五十メートルと書いてあるので、おもったより距離が長いらしい。
並びながら前の人たちの動きを見ていると、結構難しそうだった。
それに、単純に運動能力だけで決まるわけでもなさそう。
「義兄さん。せっかくだから競争しない?」
「ほう……いいぜ」
義兄さんが乗り気なのが少し面白い。
ただの競争でも良いけど、せっかくなら……。
「じゃあ、負けた方が勝った方のお願いを一つ聞くってことで」
「……内容によるぞ?」
「変なことは言わないって」
「ならいいけど」
思ったよりすんなり OK を出すんだ。
もちろん変なお願いはしないつもりだけど、そこはちゃんと信用してくれるんだね。
「義兄さんこそ、変なこと言わないでよ?」
「あほ、しねーよ」
私も、義兄さんが変なこと……エッチなことを言わないのはわかっている。
友達同士ならジュース一杯とか、マッサージとかになりそうだけど、義兄さんなら何にするんだろう? 少し気になるかも。
すぐに私たちの番になった。
お互いにぶつからない程度に距離を取って――
「行くよ義兄さん……よーい、ドン!」
「ちょっ、待て!」
少しフライング気味に私が飛び出して、義兄さんが慌てて追いかけてくる。
五十メートルもあるので、まだ途中には先に遊び始めた人たちがいる。だから、ぶつからずに進めるコースを選ぶのも大事になりそう。
浮島を踏んだ瞬間、足元がぐっと沈んだ。濡れているからか滑りそうにもなって、上のロープを掴んで何とか踏ん張る。
(思ったより大丈夫そうかな)
転ばないように慎重に、次の島、その次の島へと飛び移ってみる。
上のロープをちゃんと掴んでいれば、何とか渡れた。
「ごめんね、先行くね」
「う、うん」
前にいる小学生ぐらいの男の子を落とさないように、離れた浮島を選んで先へ進む。隣にも同じぐらいの年の女の子がいた。
義兄さんはその子を追い越そうとするが……声をかけるのも、無理に抜くのも遠慮しているようで、なかなか前に進めずにいた。
「きゃっ!」
「あぶねぇ!」
バシャッ!
女の子と義兄さんの声に続いて、水に落ちる音がして、振り向くと、義兄さんとさっきの女の子がプールに落ちていた。
「大丈夫か?」
「……うん。ごめんなさい、巻き込んで……」
「いや、それはいいんだけど」
どうやら女の子が転んでしまって、義兄さんを巻き込んだらしい。義兄さんは女の子の体を支えながら、顔を覗き込んでいる。
女の子は頷くと、浮島の縁に手をかけた。義兄さんもその背中を支えているし、大丈夫そうだ。
「あらら」
優しいと思うし、尊敬するけど……勝負は甘くないよ!
義兄さんを置いて、私はそのままゴールへ向かった。
「ふう……何とか落ちずに済んだかな」
ゴールして振り返ると、浮島に戻った義兄さんは、さっきの女の子と手を繋いで渡っていた……なんで?
「な、なんでなんだよ!」
私の後からゴールした男の子が、二人を見て悔しがっていた。
あー、やっぱり友達だったんだ。それも……。
そのまま、義兄さんと女の子が渡ってくるのを見守った。
浮島を飛び越える時や、着地で女の子が転びそうになると、義兄さんがちゃんと手を引いて、体勢を立て直すのを助けてあげている。
これを見ると、やっぱり義兄さんは優しいなあと思うけど……何となく負けた気がするのはなんでだろう。
……濡れた前髪を、意味もなくいじってしまった。
「はい、ゴールっと」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「あぁ、どういたしまして。無事に着けて良かったよ」
女の子が手を離したところで、義兄さんに声をかける。
「えっと……一応、私の勝ちで良いのかな?」
「そりゃな。落ちた時点で勝てる見込みがなかったしな」
……やっぱり何か釈然としない。
「で、詩織の勝ちだけど、お願いってどうする?」
「……うーん、考えるからちょっと待ってて」
「オッケー。なら次はスライダーか」
「うん、行こう!」
最後に女の子に手を振られていた義兄さんと一緒に、スライダーへと向かった。
補足。
このタイミングでは朔也と瀬那が交際を始めたことを詩織と麻里は知らないです。
瀬那は詩織とプールに行っているのは知っていて、若干じぇらちー気味です。
ただし、付き合う前の約束だったのと、義とはいえ兄妹かつ、詩織のことを知っているので許しています。
ここのシーン書きたかったけど、詩織目線の弊害で書けなかった……。
付き合って一ヶ月しないで、義妹とはいえ、別の女の子と二人でプールってどうなん? とは思うけどね!
朔也からしたら義妹でしかないからということと、麻里もいる予定だったので三人予定だったから、朔也も気にしていないという流れ。




