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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第三章

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235/258

SS 東條 朔也:動かない身体

作者からの注意事項。

少々重い話でございます。

 ― 東條 朔也:中学二年 ―


「……死にたい」


 床の上で目を覚まして、最初に口から出たのがそれだった。

 いじめの件がひと段落ついて、自宅に帰ってきた俺は今後のことを考え始めた結果――心拍数が異常に上がり、そのままぶっ倒れた。


 視界に入るのは、床とベッドの脚だけ。

 起き上がろうとは思った。だけど、身体が言うことを聞かない。


「身体が動かない……か」


 自室で良かったと思う。

 だけど、この症状はまだ落ち着く気配がないし、いまだに慣れない。


 廊下から物音もしない。

 誰かが様子を見に来る気配もない。


 ……まあ、いつものことだ。


 助けを呼ぼう、という考えすら浮かばなかった。

 呼んだところで、誰を呼ぶんだという話だ。


 初めてこれが発症したのは、須藤先生との何度目かの打ち合わせの時だった。

 何ら特別でもないことを話しながら、今までのいじめの内容を録音データと照らし合わせてまとめていた時だった。


 急に、耳の奥がきん、と鳴った気がした。


『また◾️◾️◾️して――かよ。ほんっと◾️◾️◾️だな、お前』

『◾️◾️◾️なら、二度と◾️◾️◾️に――よ! 目障りなんだよ!』

『◾️◾️ぁ……ほんと◾️◾️◾️。だから誰にも◾️◾️◾️んだよ』


 ふいに、その場にいない奴の声が聞こえ、急に動悸が激しくなったと思ったら、視界が暗転した。

 気づけば、病院のベッドの上だった。


 須藤先生がすぐに病院へ連れて行ってくれたわけだが、母親にも連絡したものの、いまだに返答がないとのことだった。これに関しては、まったく期待していないので別にいい。

 だけど、先生にはこのことを母親に言わないよう、口止めをお願いした。知った後の対応が面倒になることしか思いつかないからだ。


 ……未成年を担当している弁護士としては、言わないわけにはいかないはずなのにな。先生には申し訳ないと思うばかりだ。


 その後、いろいろと検査をしたが、身体的な異常は見つからなかった。

 倒れた状況を考えると、強いストレスによる症状ではないかという話になり、須藤先生から知り合いの精神科医を勧められた。

 少し変な奴だけど、信用はできるから、と。


 俺は少し考えてから、その提案に同意した。


 この方面にはまったく詳しくないし、それに俺はただの中学生だ。

 自分で探したところで、いい先生を見つけられるとも思えない。それなら、最近で唯一信用できそうな須藤先生の提案を信じるしかなかった。


 この決断は、今でも良かったと思う。


 精神科の先生は、確かに変なところはあっても、話をすれば納得できる説明をしてくれた。

 俺に起きている異常……時折、痛みを感じなくなる症状にも、『感覚脱失』というちゃんとした呼び方があることを知った。


 それからしばらくは、この症状が出ることが続いた。

 ただ、傾向がわかってきたのは助かった。自分から意識して思い出すのではなく、不意にそのことを『思い出す』と発症するようだ。

 精神科の先生もその傾向には納得してくれて、完全に抑えることはできないものの、ある程度は予防になる薬を処方してくれた。


 その時からの付き合いだから、もう半年以上か……。


「いい加減、どうにかしたいものだけど……」


 少しずつ動かせるようになってきた身体を起こし、ベッドに背中を預けて座る。

 時間を見ると、倒れていたのは三十分も経っていないくらい。長い時間ではなくて、ほっとした。


 この症状は、家族の誰も知らない。

 知ったところで何もしないだろうし、できない。むしろ、下手に何かされるくらいなら関わってほしくない。


「たぶん、俺は一生この状態が続くんだろうな」


 不思議と、それほど驚きはしなかった。

 治らないなら、治らないなりに生活すればいい。人に迷惑をかけないように、一人でどうにかできる方法を考えればいい。


 友達も、恋人も、無理に作る必要はない。

 こんな状態の俺に付き合わせるくらいなら、最初から一人の方が楽だ。


 ……そう考えると、妙に納得できてしまった。


 自分のことだからよくわかる。

 こんな面倒な症状を抱えているんだ。彼女も作れないだろうし、できたらできたで迷惑をかける未来しか見えない。


「……それもしょうがないな」


 せっかく起き上がったのはいいが、それ以上動けないし……動きたくない。

 そのままずるずると滑り、肩から横に倒れる。


 視界の端に、カーテンの隙間から漏れる夕方の光が入り込んでいた。


 何もできないけど、寝る気にもなれない。寝たら嫌な夢を見る気配しかしないから……。


 幸い、手の届くところにスマホがあったので、適当にショート動画を見始める。

 何でもいい。どんなものでもいいから、頭を空っぽにしたい。

 そんな気分だった。


 動画を一つ見る。

 終わったら次へ送る。また次へ。


 笑い声が聞こえる。誰かが楽しそうに騒いでいる。次の動画では犬が走り回っていて、その次では知らないゲームの映像が流れていた。


 何本見たのかは覚えていない。

 内容もほとんど頭に入っていなかった。

 ただ、画面を指で送っている間だけは、余計なことを考えずに済んだ。


 ……それだけでよかった。


 誰かから連絡が来ることもない。

 俺から誰かに連絡することもない。


 ただ、ただ、時間だけが過ぎていった。


 ◇◇◇◇◇


 ― 現在 ―


「……死にたい」


 ふと口から出たその言葉で、数年前の自分を思い出した。

 あの時と同じように動けないでいるから、余計に重なってしまったのだろう。


「まだ黙っていてください。それに動かないで……ずれます」

「瀬那、こっちの色の方が似合いそうじゃない?」

「確かにそうですね……うん、こちらの方が良いですね。そうしましょう」


 椅子に座った俺の目の前では、愛しの彼女……瀬那がせっせと筆やペンを動かしていた。それぞれの道具の名前は知らないが、それが何なのかはわかる。


 ……メイク道具だということをな!


 浩紀と愛莉たち、いつものメンツが遊びに来たのは良いが、ゲームで負けた奴は罰ゲームってことになり、俺が負けたわけだ。

 そして、引いたくじに書いてあったのは『女装/男装』だった……。


「なあなあ、せっかくだから服も着替えさせない?」

「……アリですね」

「あはは」

「ねーよ!」


 アホなことを相談しているみんなを見て、俺は叫ぶしかなかった。


「とりあえずカメラの用意はカンのペキだぜ!」

「……朔のことだから、ビデオカメラとか持ってそうじゃない?」

「それだ!」

「『それだ!』じゃねーよ!」


 目の前では瀬那が真剣な顔で俺の顔を覗き込み、その横では浩紀と愛莉が楽しそうに次の悪巧みを相談して、エレノアがそれに乗っかり、和人が見守っている。


 誰かの笑い声で、ふっと意識が引き戻される。


 あの頃の俺が今の光景を見ても、たぶん想像できないだろうな。数年後に、こんな理由で身動きが取れなくなるなんて。


(同じセリフでも、こうも変わるとはな)


 あの頃は、誰かを呼ぼうという発想すらなかった。

 でも、今なら……。


 少なくとも、あの時のような絶望感はない。


「……」


 ……いや、今は別の意味では絶望しているけどな!



 ― 東條 朔也:動かない身体 完 ―


たまにシリアス入れないといけない症候群が……。

でも、安心してください。明日はアホな話です。

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