SS A組のクラスメイト:南雲瀬那という人
私は一年 A 組でひっそりと暮らしている。趣味は読書とアイロンビーズ。内向的な性格を自負している、そんな女子高生。
部活は文芸部で、たまに小説も書いてみたりしている。
うちのクラスには、入学時から目立っている女の子がいる。
その子の名は南雲瀬那さん。
私はこの南雲さんのことを、何でもできて、私とは違う世界の人だと思っていた。
雲の上の人――そう思っていた。
背は少し低めだけどスタイルが良い。それに、金に近い髪色。そして、目が大きめの可愛い顔立ち。それで目立たないわけがない。
噂だと、入学して一か月の時点ですでに二桁の告白をされているらしい。
たまに戻ってくるところを見ると、明らかに疲れている表情なのがわかるから、モテる人はモテる人で大変なのだろう。私にはない経験だけど、少し同情してしまう。
……とは言っても、こんなキラキラした人に話しかけることはないけどね。だって私はひっそりと暮らしているから。
二年、三年のかっこいいと言われている先輩からの告白も、すべてばっさり断っていたらしい。
性格はおしとやかで、同じような性格の木内さんと仲良く一緒にいることが多い。
……木内さんと仲が良くなるということは、必然的に金森もついてくるということだけど。この二人の関係も中学の時から変わらないのよね。
だけど、彼女はおしとやかなだけで、ただ大人しいわけではない。
例えば、先生が問題を間違えていた時も、プライドを刺激しないように、
「先生、すみません。ここの式なのですが、こちらを代入すると少し結果が変わるような気がするのですが……」
「あ、本当だ。南雲さん、ありがとう」
「いえ、お気になさらず」
と、相手を立てながら優しく指摘していた。
それに、自分の意思もしっかり持っている。
担任の仕事の都合で、他のクラスより後回しになっていた委員会決めでも、自分から図書委員に立候補していた。
何かどうしてもやりたいってオーラが出ていた気がする。
やりたいこと、曲げられないことは、ちゃんと意思表示する。
そんな姿を見ていると、私もそれくらい強くなりたいなって考えてしまう。
それに、彼女の能力はすごかった。
実力テストや中間テストで、特進を抜いて一位を取るぐらいの頭脳に加えて、運動能力も高い。徒競走やテニスなどのスポーツも、部活をしている人に匹敵するぐらいか、むしろ勝つぐらいだった。
(天は二物を与えずどころか、三つも四つも与えるのね)
さすがに差別ではないかと思ってしまう……。
うちの学年で目立っている人は、他にも何人かいる。
まずは、学年一の才女、南雲さん。
学年一の正義漢でイケメン、天童くん。
学年一のイケメン(私視点)、森田くん。
そして、学年一の不良、東條くん。
はい。一冊、マンガか小説を書けるぐらいのメンバーです。実際、この四人の恋愛小説を私が書いてしまったぐらいだからね!
南雲さんを巡って、三者三様の男子が奪い合う。そして、次第に三人の友情ができ上がり、南雲さんを放置して、その三人が……。
「ぐふふ……」
「この子……また妄想しているよ」
「とりあえずほっとこうか」
「……はっ!」
しまった……トリップしてしまってた。軌道修正しないと。
その南雲さんが、一学期の途中から急に東條くんと仲が良くなっていた。
女子はともかく、それまで特定の男子と仲良くしているところなんてほとんど見なかったのに、なんでだろうかとクラスでも噂になったぐらい。
教室の端で聞こえてくる話をまとめると、どうやら図書委員の当番が東條くんと一緒だから、ということだった。
それで仲が良くなるのはわからなくもない……普通なら。
私が見ていた南雲さんなら、そんなことはないはず……。
だって、そもそも男子とは壁を作っていた……とまでは言わないけど、話すとしても事務的なことぐらいだったのに。それが、あそこまで変わるなんて。いったい何があったのだろうか。
それは置いておいて、南雲さんはやっぱり優しいし、周りをよく見ている。
私も、それで救われたことがあった。
家庭科の授業で調理実習があったのだけど、数少ない友達と同じグループになろうとしたら人数が合わず、じゃんけんの結果、私一人だけ外れてしまったのだ。
さあ、どうしようかと途方に暮れていると、南雲さんが話しかけてきた。
「伊藤さん、一緒にやりましょうか?」
「私を認識していた!?」
「えっ? ……何を当たり前のことを……同じクラスなのですから。ちょうど一人足りないので、来ていただけると助かります」
ということで、調理実習を南雲さんたちとやることに。
メンバーは私と南雲さん、木内さんと金森。男子は天童くんと、もう一人だった。
「伊藤、安心しろ。南雲の料理は天才的。……中学の二の舞にはならない」
「……また懐かしいことを。それは助かるけど、なんで金森が自慢してるのさ?」
「焔ちゃんだから仕方ないよ」
なぜかドヤ顔をしている金森。
変わらないなー、この子は。
「それで納得してしまう私もどうかと思うけどね……でも納得しちゃうわ」
そんなことがあって、我がクラスの目立つ二人と一緒に調理実習をすることになってしまった。
南雲さんが毎日お弁当を持ってきているのは聞いたことがある。もちろん食べたことはないけど、実際に調理しているところを見ると、明らかに手さばきが違った。
「うわー、やっぱり南雲さんって手際良いですね!」
「ありがとうございます。ほぼ毎日作っていますから、慣れたのかもしれませんね」
毎日?
少しだけ違和感はあったけど、家のお手伝いとか、親の帰りが遅いとか色々あるだろうし、高校生ならおかしいってほどでもないだろう。
……あと、それを聞いてなぜか得意げに胸を張っている金森は無視しておこう。
今日の課題は、ご飯とお味噌汁、任意の卵料理、小松菜のお浸し、そしてメインとなる任意の肉料理だった。
事前に決めていたメニューを、メンバーそれぞれで分担していた。
メインは美味しいものが食べたいということで南雲さんが担当し、残りの料理もそれぞれ担当を決めている。
「伊藤さん、盛り付けをお願いしてもいいですか?」
「私?」
「はい。先ほどから見ていましたが、すごく丁寧なので」
「そう……うん、頑張ってみる!」
私は南雲さんに教えてもらいながら、少しもたもたしてしまったものの、なんとか盛り付けることができた。
「やっぱり、綺麗ですね」
「ほんとだ。伊藤うまい、やるじゃん」
「伊藤さんも料理上手じゃないですか」
「……え?」
言われた通りにやっただけなのに、褒められると嬉しいものだ。
木内さんはともかく、お世辞をあまり言わないタイプの金森まで言ってくれるぐらいだから……ね。
頬のあたりが、じんわりと熱を持った気がした。なんだろう。胸の奥が、少しくすぐったい。自分でも気づいていなかったところを見つけてもらうって、こんなに嬉しいんだ。
まあ、実際に作っていた時のごたごたはどうでも良いけど、南雲さんが作った豚の生姜焼きはホテルで出ても遜色ないと思う。
ホテルに生姜焼きが出るのかは知らないけど。
みんなも「うまい!」「さすが、南雲さん!」と絶賛していた。
これが食べられただけでも、この目立つメンバーの中に入った甲斐はあったってものよ。
調理実習をきっかけにある程度話せるようになり、自然と距離も縮まっていった。
それもあって、どうしてもわからない問題を教えてもらうことが何度かあった。
「ごめん、南雲さん。ここ教えてもらえないかな」
「はい、いいですよ。……ここはですね――」
授業の自習時間にわからないところがあると、彼女に教えてもらうのが一番確実。
みんなもそう思っているのだろう。よく南雲さんの周りには、男女関係なく人だかりができていることがあった。
「ごめんね。これだと南雲さんの勉強時間が取れないよね」
「いえいえ。よく言うじゃないですか。誰かに教えるのも、いい勉強になりますよ」
教えてもらっている一人の私が言うのもなんだけど、この人数の質問に答えるのは大変だと思う。
これで彼女の成績が悪くなったら……と心配になってしまった。
「どうしました? ……ここですか。ここは――」
質問に対して即座に答えられるのは、さすがだと思うが……。
――だけど、この心配は杞憂に終わった。
南雲さんは中間に続いて、期末テストでも特進に数十点もの差をつけて堂々の一位だった。そのせいで、特進クラスに来ないかと先生や生徒から言われているらしい。
困り眉のまま、少し苦笑いを浮かべていた。
「評価していただけるのはありがたいのですが、困ったものです」
と、謙遜ではなく、本当に困ったように言っていたのが印象的だった。
そして、彼女へのイメージが大きく変わったのは二学期。
色んな人の告白を断っていた彼女に……とうとう彼氏ができたのだ。
私はすごく驚いてしまった。
相手は東條くん。
調理実習以降、彼女と話す機会が増えたから、その時の話を聞いていたら……うん、彼と付き合うのは当然の結果だろうって感じ。
よく話に出ていたからね。しかも、全部ポジティブな内容で。
だから、彼と付き合うこと自体には大して驚かなかった。
驚いたのは彼女の変貌……と言うと印象が悪いけど、その変わりよう。
おしとやかさは変わらないのだけど、どちらかと言うと「ほんわかクール」という、なんとも矛盾した印象だった。
なのに、東條くんと一緒にいる彼女を見ると……まあ、あまあま。
もう……南雲さんが東條くんを好きだっていうのが、ものすごくよくわかる。
隠すつもりがないのだろうね。廊下ですれ違う時でさえ、東條くんを見る目がふにゃりと緩んでいるのがわかる。
それ以外でも、いつ見ても一緒にいる印象で、「東條くんは私のもの。私は東條くんのもの」と言わんばかりの雰囲気がすごくて……ご馳走様です。
「恋って、人を変えるんだね……」
「また……妄想しているよ」
「やっぱり、とりあえずほっとこうか」
「えー!」
人をちゃんと好きになったことがないけど、私もいつかはわかるのだろうか。
――南雲瀬那さん。
綺麗で、頭が良くて、運動もできて、料理まで上手で。
私なんかとは住んでいる世界が違う人だと思っていた。
でも、たぶん最初から違う世界にいたわけじゃない。
私が勝手に遠くに置いていただけだった。
話してみれば優しくて、人のことをちゃんと見ていて。
恋人の前では、びっくりするぐらい恋する乙女になる。
……やっぱり、ちょっとずるいと思う。
天はこの人に、いくつ与えれば気が済むのだろう。
― A 組のクラスメイト:南雲瀬那という人 完 ―




