SS 南雲 瀬那:彼氏が同僚になりました・後編
その後の朔也くんの接客は、及第点どころか、もう十分店員としてやっていけるレベルです。
私か桜井さんがレジに入れば、気づいた時にはテーブルの片づけをしていますし、お客様からの質問にも適切に答えています。
……実は働いたことがあるのではないでしょうか?
(それにしても……)
今、レジに入っている朔也くんを見ると、二人の女性が目を輝かせていました。
「お兄さん、見ない顔だけど、最近ここのお店に入ったの?」
「えーと……今日は臨時の手伝いでして」
「そうなの? じゃあ、今日だけなのね。それにしても、制服似合ってますね!」
「はは……ありがとうございます」
さっきから、女性のお客様が朔也くんに話しかけることが多いです。
軽く雑談をするのはよくあることですが……女性ばかりです。
ええ、わかりますよ。
長身で、彼女である私のひいき目を抜いても、一般的にイケメンの部類に入る顔立ち。
そして、どちらかというとクールな見た目にもかかわらず……柔らかい笑顔での接客。
ムーンバックスの制服効果も相まって、いつも見ている私でさえ、にやにやしてしまうぐらいのかっこよさです。
「お兄さん、いつまでバイトなの?」
「……どういうことでしょうか?」
「終わったら遊びに行かない?」
「……」
ほう……ナンパですか?
私の彼氏にナンパですか?
たまにいますよねー、従業員に連絡先を訊いたり、ナンパしたりする方ー。
でも、すみませんね。
その彼は私の彼氏なんですよ。
「……」
「すみません、私には彼女がいますので……そういうのは遠慮させてください」
「あー、やっぱり、こんなイケメンなら彼女いますよねー。いえ、気にしないで。ごめんね、変なこと言ったわ」
さすが、私の朔也くんです。
ちゃんと断っています。
「……(にこ)」
ふふん、私の彼氏は――
「こら、手が止まってるわよ」
桜井さんに背中を軽く小突かれました。
「……すみません」
「気持ちはわかるけど、彼氏さんの言葉で少し嬉しがってんじゃないの、もう」
「えへへ」
「なに、その過去一可愛い反応!」
お客様の朔也くんへの反応にやきもきするものの、それといって問題は起きません。
思ったより何とかなるものですね。
……しかし、とうとう問題が起きました。
朔也くんにだけ。
「次の方――げっ」
「お前、いつの間にバイト始めたんだよ?」
「言ってよー!」
朔也くんが注文を取っていると、列の先頭にいたのは愛莉さんと前川さんでした。
「お客様、他のお客様の邪魔になるので、雑談はご遠慮ください」
「えー! さっきは綺麗なお姉さんと話してたじゃん。羨ましー!」
「……ひろ? 羨ましいの?」
「いえ、そんなことはないです」
朔也くんにとっては面倒なお客さんかもしれませんが、私としては面白いだけのお客さん。
それを見ていた桜井さんが近寄ってきて、ひそひそと話しかけてきました。
「……南雲ちゃん、あの二人ってお友達でいいのよね?」
「はい。朔也くんの親友……みたいなものです」
「そう。それなら特に問題はないね」
「朔也くんの羞恥心以外は問題ありません」
とはいっても、文化祭と違ってコスプレでもなければ派手な衣装でもありません。
きっちりした制服のシャツに、エプロンを着けているだけです。
全く知らない人に見られる分には、何も恥ずかしくない姿でしょう。
それに、ムーンバックスの店内なので、その姿が目立つわけでもありません。
……知人に見られたら、朔也くんは恥ずかしいでしょうが。
私の視線に気づいた愛莉さんが、小さく手を振っています。
愛莉さんたちも忙しいのがわかっているのか、注文をしながらの弄りなので、朔也くんも強く出られなさそうです。
「――で、よろしいですね。お持ち帰り――」
「店内で」
「……お持ち帰りですね?」
「店内でお願いします♪」
満面の笑みで答えるお二人。
「まだ帰らないよ?」という意思が、よくわかります。
その反面、朔也くんは苦笑いを浮かべていました。
その後、席に着いた二人は雑談をしつつ、時折、朔也くんや私を見てはニヤニヤしています。
……また変なことを考えているのでしょうね。
「なー、写真撮っていい?」
「店員の撮影は禁止されていますので」
「けちー」
「えちんぼー」
片づけをしていた朔也くんに話しかけたと思ったら、写真撮影のお願いです。
二人からすれば、普段見ない朔也くんの格好が新鮮なのはわかります。
写真――そうです。
私も撮らないと!
「じゃあ、二人とも頑張ってねー」
三十分ぐらいいた二人は、笑顔のまま帰っていきました。
「ふぅー……あいつら覚えてろよ」
「ふふ」
すれ違いざまの朔也くんのひと言が、彼の疲れ具合を物語っているようでした。
◇
その後も働いていると……やっぱり、いつもより女性客が多く感じます。
それも、清楚な感じの人から派手な格好の人、大学生ぐらいの人から少し年上の女性まで、見事にばらばらです。
「何か今日は女の子が多いねー」
桜井さんが言うぐらいですから、相当なのでしょう。
……これは、朔也くん効果なのでしょうか?
特段、彼を見て「キャーキャー」言っているわけではないので定かではありません。
ですが、私たちが注文を受けると、あからさまに残念そうな顔をする人がいるのを見ると――
(案外、冗談でもないかもです)
とりあえず、すれ違いざまに突っついておきましょう。
てぃ!
人差し指で、つんつんとすれ違いざまに朔也くんの脇腹をつつきました。
「……っ!(なんだよ?)」
「(何でもないです!)」
「(えぇ……)」
これぐらいのヤキモチは仕方ありません。
そんなことをしていると、また知り合いがやって来ました。
「おやおや? ピアスくん、ついに社内恋愛?」
「また意味不明なことを……」
今度やって来たのは、柊先輩と桐生先輩です。
制服姿からして、学校帰りなのは明白です。
「でも似合ってるねー。南のお嬢様、どう? 惚れ直した?」
「それは否定しません」
「マジかよ……」
「それで、お二人は学校だったのですか?」
休日の午後です。
この二人なら補習はないでしょうから、補講か特講といったところか、生徒会のお仕事でしょうね。
「そうだよー。特講で出ておきたいのがあったのと、生徒会のお仕事ー」
「俺も同じようなもんだな……」
疲れた様子の桐生先輩は置いておいて、お二人も仲が良いですが、お付き合いしているとは聞いたことがありません。なんとなくですが、訊いてはいけない雰囲気があるのですよね。
「へえ〜、文化祭でわかっていたけど、やっぱり接客もできるんだね」
「普通ですよ」
「その見た目でちゃんとできるのが笑えるんだよね!」
「ひでぇ……」
彼女は人差し指と親指で指鉄砲を作ると、朔也くんへ『ばーん』と撃つ真似をしました。
……意図がわかりませんが。
彼女の後ろで「はぁ……」とわざとらしく大きなため息をついた桐生先輩が、少し前に出て言います。
「……菫、これ以上は仕事の邪魔するなよ」
「はーい。じゃあ――」
やっと注文が始まり、私も朔也くんもあからさまに安堵してしまいます。
「――ラージ・アイス・ダブルショット・ヘーゼルナッツ・バニラ・キャラメルシロップ追加、低脂肪乳に変更、ホイップ多め、チョコチップ多め、キャラメルソース多めの、キャラメルムーンラテでお願い!」
「え? なんて!?」
早口で言い切る先輩。
予想はしていましたが……やっぱり、まともな注文が来るわけではありませんでした。
桐生先輩は「ミディアムのホットのカフェラテで」と、まともなものに……。
私は柊先輩の注文を間違えないように作るだけで一苦労でした。
……あれなら、ちょっとばかり間違えても気づかれないかもしれませんが、だからといって、わざとするつもりはありません。
それにしても、次のお客様も女性で……雑談してイマスネ。
「ねぇねぇ、南のお嬢様。さっきから彼氏しか見てないけど、仕事大丈夫?」
近くに寄ってきた柊先輩が、話しかけてきました。
見てはいましたが……。
「……見ていませんよ」
「見てたよー」
「見てたな」
「桐生先輩まで!?」
こちらの声が聞こえたのか、朔也くんも不思議そうな目でこちらを見ています。
もう、恥ずかしい……。
◇
バイトを始めて、かれこれ五時間です。
休憩なしで三人で回すのは大変でしたが、何とか乗り切りました。
やっと、やっとです。
夕方からのシフトメンバーが数人やって来ました。
それと同時に井上店長も戻ってきたので、ようやく休憩に入れます。
新しく来たシフトのメンバーは、朔也くんがなぜ制服を着て仕事をしているのか不思議がっていましたが、あとで店長が説明するでしょう。
それにしても、朝からシフトだった桜井さんは、私たちよりも疲れているはずなのに、ほとんど疲れを見せていません。
頼れる先輩って、こういう感じなのでしょうね。
店長が「好きなドリンク作って持ってってー。あと、休憩ね」と言ってくれました。
私と朔也くん、桜井さんでそれぞれドリンクを作り、休憩室へ向かいます。
朔也くんは、せっかくなので自分で作っていました。
……簡単なものだったとはいえ、迷わず作れるのは少し悔しいですね。
「今日は知り合いが多かったです……」
「やっぱりそうなのか。お前、途中から俺のこと何度も見てなかった?」
「……気のせいです」
「南雲ちゃんはかわいいなー」
うぅ……やっぱり桜井さんにもバレていましたか。
これもそれも、朔也くんの接客が良いのが悪いのです!
「ふぅー……。よく考えたら、もう俺は必要ないですよね?」
「そうねー。私はもう上がりだけど、今のシフトの人数なら大丈夫だと思うよー」
「そうですね……あっ! そうです、朔也くん! 写真を撮らせてください!」
忘れるところでした。
こんなレアな朔也くんを撮らなくていいのでしょうか?
いえ、撮らないという選択肢はありません。(反語)
「えぇ……店員の撮影はご遠慮いただいております」
「厳密には店員ではないので、問題ありません」
「あはは……。よし、それならお姉さんがツーショットを撮ってあげる♪」
「ありがとうございます♪」
この後は、撮影会の始まりです。
カシャ、カシャと、桜井さんのスマホから軽快なシャッター音が響きます。
ムーンバックスの制服姿でツーショット……こんなレアな写真、ロック画面の変更は必須です!
今日は大変でしたが、良い成果は得られたと思います!
◇◇◇◇◇
後日。
今日はなぜか、お客様から質問をよく受けます。
「こないだの彼は、今度いつ来るの?」
「ピアスが多かった店員さんって今日いる?」
「この前いた兄ちゃん、今日いないの? 勧めてもらったやつ美味かったんだけど」
「長身の彼……どこの店舗なんですか?」
……皆さん、朔也くんのことですよね?
よくよく見れば、最初に怒鳴っていた、あの女性までいるじゃないですか!?
「ねー、南雲ちゃん。東條くんってバイトしないのー?」
「さ、させません!」
私だって、もう一度制服姿は見たいのですが……もう、ダメです!
― 南雲 瀬那:彼氏が同僚になりました 完 ―
本当は一話で終わりにする予定が、二話になってしまいました。
朔也のバイト代に相当する分は、瀬那の給料に特別手当として追加される扱いです。朔也本人が受け取ると確定申告などが面倒になるため、彼から提案したことになっています。
何で書かなかったか……冗長でしかなったのです。
でも、気になる方がいるかもしれないので(と言うか、私がそうなので)ここにて補足させていただきました<(_ _)>




