第187話 暖かいその場所へ(R15?)
花火を見た俺たちは、帰り道から少し外れたところにある湯澤神社へと足を運んだ。調べた通り、年越しとはいえ特段何か大きな催しをしているわけではないが、参拝はできるようになっていた。
すでに参拝客がそれなりにいて、俺たちは当然のように列の最後尾へ並んだ。
「お辞儀と拍手って決まっていたよな」
「二礼二拍手一礼ですね。二拍手の後にお願いをするのですよ」
「サンキュ。たしか、住所も言った方がいいって聞いたことあるんだよな」
「そうなのですか!?」
そんな話をしているうちに、とうとう俺たちの順番になった。
賽銭箱にお金を入れ、瀬那に言われた通り二度深く頭を下げる。それから二度手を打ち、そのまま手を合わせて目を閉じた。
(――今年も……いや、『今年は』か。今年は瀬那と穏やかに過ごせますように)
願いを込めてから、最後にもう一度深く頭を下げた。
参拝を終えて隣を見ると、瀬那はまだ真剣な顔で手を合わせていた。
何を願っているんだろうとじっと見ていると、最後の一礼を終えた瀬那がこちらを向き、びくっと肩を揺らした。
そこまで驚かなくてもいいだろうに……解せぬ。
「……どうした、大丈夫か?」
「そんなに凝視されているとは思いませんって……」
「だろうな……いてっ!」
ぺしっと肩を叩かれてしまった。
列から離れた俺たちは、せっかくなので隣のお寺へと向かう。
こちらではまだ除夜の鐘を撞けるらしく、何人もの人が列を作っていた。俺たちもその最後尾へ並ぶ。
「朔也くんは何をお願いしたのですか?」
「瀬那と平和に暮らせますように、って感じかな」
……『今年は』は飲み込んでおこう。
「私も同じようなものです。無難ですが、それが一番ですよね」
「やっぱり、そうだよなー」
「あとは『来年度は同じクラスになれますように』と」
「……そうか。いつも一緒にいるからあまり実感なかったけど……別のクラスだったな」
どういう意味か頭の中で考えてしまい、反応が少し遅れた。
家ではもちろんのこと、学校でもほぼ一緒にいる。長期休みに入ったせいか、クラスが違うことなんてすっかり頭から抜けていた。
「そうですよ……。来年はどうしても同じクラスがいいです!」
「どうしても?……あぁ! 修学旅行か!」
高校二年生の一大イベントといえば、修学旅行と言っても過言ではない。
『修学』と付いているが、結局のところ、同級生たちと行く旅行みたいなものだ。
「そうです! せっかくですから朔也くんと一緒に回りたいです」
「そうだな。それは俺も思うわ」
「はい!……そういえば、朔也くんは文系と理系、どちらを選ぶ予定ですか?」
「そうだな。正直、どっちでもいいんだけど、潰しが利くから理系かな」
少し前の列が進み、俺たちも雪を踏みしめながら数歩前へ進む。
黄隆学園では二年時に理系と文系を選ぶことになっている。ただ、きっちり人数が分かれるわけではないので、毎年、文理が混在しているクラスもある。
とはいえ、選択が同じ方が同じクラスになる可能性は高いだろう。
……交際相手に合わせてコースを選ぶのはどうかと思うけど。
以前、義父に話した通り、俺は将来的に会社を経営する側を目指している。
それなら経済や経営方面へ進むのが王道なのだろうが……俺の性格を考えると、どうにも理系なんだよな。
別に、経済学部へ行かなければ会社を立ち上げられないわけでもない。そこはどうにかなるだろう。
「私も理系を選ぶ予定なので、可能性は高いはずです!」
「そうだな」
「うふふ」
あからさまに上機嫌になった瀬那と、来年……いや、もう今年か。
今年の抱負や、やってみたいことを言い合いながら、鐘を撞いた俺たちは旅館へと帰るのだった。
◇
部屋に着くと時計はもう一時を回っていた。
ただ、寒い外にいたので体は冷えている……やっぱりお風呂に入りたい。
――それに約束もある。
「では、朔也くん。お風呂に入りましょう♪」
瀬那の弾んだ声が聞こえてきた。
「あぁ、わかっている」
「あれ、潔いですね?」
彼女は少し驚いたように目を丸くする。
「当たり前だろ、約束したからな。……普通は女性の方が緊張するものじゃないのか」
「うーん、私は朔也くんに対しては普通じゃないのかもしれませんね?」
にやりと笑った彼女は、珍しくいたずらっぽい表情をしていた。
テンションが上がっているのがよくわかる。
「……先入ってるから、準備できたら来いよ」
「は、はい」
声の感じから、瀬那も緊張しているのだろう。
……もちろん俺も緊張している。
心臓がバクバクしているが、それを気づかれないように部屋に備え付けられている浴場へと向かった。
浴場は二段構成だ。
身体を洗うためのシャワーのみの箇所と、そこから直接外に出られるようになっている扉。ここを開けると、外にはデッキの露天風呂へとつながっている。
念のためバスタオルを腰に巻いて俺は洗い場へ入った。
シャワーの温かいお湯を全身に浴びて、ようやく少しだけ強張っていた筋肉がほぐれるのを感じた。
いや、気のせいだ。心臓の音はシャワーの音に掻き消されることなく、耳の奥でうるさいほどまだ鳴り響いている。
そそくさと頭を洗い終え、体中の泡を流しきったその時だった。
「朔也くん、開けますよ?」
すりガラスの向こうから、控えめだがどこか弾んだ瀬那の声がした。
「あ、あぁ。こっちは洗い終わったから大丈夫だ」
ガラッと扉が開き、脱衣所の暖かな空気と共に瀬那が洗い場へと足を踏み入れる。
その姿を見た瞬間、俺の思考は完全に停止した。
真っ白なバスタオルを胸の谷間でしっかりと巻き、髪を軽くアップにまとめた瀬那。露わになった華奢な肩や、すらりとした白い脚が、浴室の淡い照明に照らされて艶かしく光っている。
見慣れているはずの彼女が、今はやけに眩しく見えた。
「……そんなに見られたら、流石に恥ずかしいです」
俺が言葉を失って固まっていると、瀬那は頬をほんのりと朱に染めて、バスタオルの結び目をきゅっと握りしめた。
上目遣いでこちらを見つめるその瞳には、からかうような余裕はなく、本気で照れているのがわかる。
「わ、悪い! つい、見惚れて……」
「ふふっ。見惚れてくれたのなら、恥ずかしい甲斐があったというものです」
照れ隠しのように小さく笑うと、瀬那は少しだけ首を傾けた。
俺はそそくさとシャワーの前から退き、瀬那に場所を譲る。
シャワーからお湯を出す音と共に、ふわりと彼女がいつも使っている甘い香りが湯気に乗って漂ってきた。
俺は洗い場の隅にある小さな椅子に腰掛け、どこに視線を向ければいいのかわからず、無意味に床のタイルを眺める。
……でもすぐに瀬那の方へ目が行ってしまった。
瀬那は髪をほどいて、頭を洗い始めた。出会った当初より伸びた髪は、今はもう肩を余裕で超えるほどの長さだ。俺よりもずいぶんと長い髪を洗うのは大変なのだろう。でも、優しく丁寧に洗う姿に見惚れてしまった。
「……」
「……」
いつもなら何かしゃべっているのだが、この場だと何も言葉が出てこない。
お互いに意識しているのがよくわかる。
髪を洗い終わった瀬那は、もう一度髪をアップにまとめていた。
料理や運動をする時など、そういう風に髪をまとめる時があるが、今はその仕草が余計に色っぽく感じてしまった。
(さっきから俺は何を考えているんだ……。)
「朔也くん」
「!? な、なんだ?」
「……せっかくなので、背中を洗いましょうか?」
シャワーの音に混じって聞こえたその提案に、俺は思わず顔を上げた。
振り返った瀬那は、肩越しにこちらを見て微笑んでいる。
「いや、でも悪いだろ。俺はもう洗い終わってるし」
「いいえ、私が洗いたいのです。それに、その……後で、私の背中も流してほしいですし」
少しだけ上ずった声でそう言われれば、断れるはずがない。
俺は大人しく瀬那の前に背中を向けた。
スポンジにたっぷりと泡立てられたボディソープが、俺の背中に触れる。それ以上に、彼女の柔らかい手が時折肌に触れるたび、ビクッと背筋が跳ねそうになるのを必死に堪えなければならなかった。
「朔也くん、背中が少しこわばっていますよ?」
「……誰のせいだと思っているんだ」
「ふふ、私のせいですね。でも、少し嬉しいです」
くすくすと笑いながら、瀬那は丁寧に俺の背中を洗い上げてくれた。
シャワーで泡を流し終えると、今度は俺の番だ。
俺は慎重にスポンジを受け取り、瀬那の背中へと視線を落とす。
いつも見ている滑らかで透き通るような肌。傷一つないその背中を前にすると、まるで壊れ物に触れるような緊張感が走った。
瀬那がバスタオルを緩め、背中をあらわにした。
夏にプールや海で背中を見るどころか、日焼け止めを塗ったくらいなのに、それと同じようなことをするだけなのに……壊しそうで怖くなる。
そそくさと泡を乗せ、できるだけ優しく滑らせていく。
「くすぐったいか?」
「いえ。とても、優しい手つきで……すごく気持ちいいです」
微かに震える瀬那の声に、俺の鼓動はさらに速度を上げた。
ふと、目の前の鏡をみると、瀬那と目が合った。
俺も瀬那も顔が赤いのがわかる。これはお湯の熱のせいなのか、それとも恥ずかしいのかはわからない。
……でも、目が離せない。
「……」
「……」
……そのまま吸い込まれそうになる。
(……だめだ!)
「ひゃぁ!」
俺は泡を流した背中に指をツツツーっと一本、線を書いた。
「良い反応だな」
「な、何をするのですか……」
「気にするな。露天風呂、入るんだろ?」
「……はい」
そう言って俺は立ち上がり、洗い場から続くガラス扉を開けた。
開けた途端、ひんやりとした夜の空気が火照った体を包み込んだ。
(危なかった……少し落ち着こう。)
外のデッキには、立派なヒノキの露天風呂が湯気を立てている。ほのかに香る木の匂いが、少しだけ心を落ち着かせてくれた。
「俺から先に入るよ」
瀬那に声をかけ、俺は巻いていたバスタオルを外して傍らの籠に置いた。
ザブンとお湯に浸かると、絶妙な温度のお湯が全身を包み込む。
大きく息を吐き出して顔を上げると、遅れてデッキに出てきた瀬那と目が合った。
「……」
彼女は俺を見つめ返したまま、ゆっくりと胸元のバスタオルに手をかける。
滑り落ちた白い布が床に落ちるのと同時に、彼女のすべてが露わになった。
――月明かりと露天風呂の柔らかな灯りに照らし出されたその姿は、息を呑むほど美しかった。
しなやかで女性らしい柔らかな曲線美。お湯に入る前からほんのりと桜色に火照った白い肌。
恥ずかしさに肩をかすかに震わせながらも、俺から視線を逸らそうとしない真っ直ぐな瞳。
全身の血流が激しく巡り、耳の奥で心臓の鼓動がドクドクと直接響いているようだった。
「……綺麗だ」
気がつけば、俺の口からそんな言葉がこぼれ落ちていた。
飾らない、俺の心からの本音だった。
「……よかったです」
瀬那の顔に、今日一番の嬉しそうな、そして安堵したような花咲くような笑顔が浮かぶ。彼女はゆっくりとお湯に足を踏み入れ、ちゃぷんと音を立てて、俺に寄りかかるように背を向けて座った。
肩までお湯に浸かると、ふうっと小さく息を吐き出し、俺の胸に後頭部を当てた。
肌と肌が触れ合う距離。お湯の温かさとは違う、彼女の体温が直接伝わってくる。
「朔也くん……」
「ん?」
「ありがとうございます、私のわがままを聞いてくれて」
甘く囁くようなその声に、俺は静かに頷き、湯面の下で彼女の華奢な手をそっと握り返した。
「俺こそありがとう。俺と一緒にいてくれて」
静かな夜の露天風呂にはお湯が揺れる音と、二人分の重なった心音だけが静かに響いていた。
まだ、お風呂は続くよ。
この回と次回について、小説家になろう様に怒られたら水着を着せる予定です。




