第184話 朔也が隠していた真実②
Side:南雲 瀬那
「古閑さんには、まず俺の状態をそのまま話した。会って二日目の子供が言うことなんて、普通なら戯言だと思うだろうに、ちゃんと最後まで聞いてくれてさ」
そう話す朔也くんは、少し嬉しそうに微笑んでいます。
当時の彼にとって、自分の言葉を最初から否定せずに聞いてくれる大人がいるということ自体、嬉しいことだったのかもしれません。
「それで……細かい話は端折るけど、教えてもらった内容を簡単に言うとな。まず、力を宿した『魔導具』ってものがあるらしい」
いよいよ核心に触れる話が始まるのだと、私は自然と背筋を伸ばしました。
「力……今言っている『魔力』ですか?」
「そう。ただ、古閑さんは『呪力』って呼んでたな。最近の若い連中は『魔力』って呼ぶこともあるって言っていた」
思わず小さく首を傾げてしまいます。
「呼び方が統一されていないのですね……」
「そこ、俺も思った。とりあえず、若者らしく、『魔力』と『魔導具』と呼ぶことにしておく」
朔也くんが苦笑いします。
そこだけ聞くと、急に現実味がありますね。
「で、そういう魔導具を作るには、石や木、金属なんかの素材が必要なんだけど、何でもいいわけじゃない。自然にあるものの中に、その力を宿してる素材があるらしい」
「……そして、朔也くんにはそれが見える?」
「正解」
思わず、自分の左手へ視線を落とします。
指にはめられたリングにも、私には見えない何かが宿っているということなのでしょう。
「古閑さんに言わせると、俺みたいに直接それを見られる人に会ったのは、俺で二人目だったらしい。昔はもっといたと聞いたことがあるってさ」
「……古閑さん自身は見えないのですか?」
「見えないけど感覚でわかるらしい。ただ、素材ごとに確認するには時間がかかるんだってさ。俺は見ればすぐわかるけど」
さも平然に言っていますが……。
「……それ、かなり珍しいのでは?」
「らしいな。当時の俺は『へー』くらいだったけど」
「そこで『へー』で終わるのが朔也くんですよね……」
何となく想像できます。
自分が特別だと言われても、喜ぶでもなく、だから何だと思っていそうです。
「……まさか、朔也くんのお祖父様も、そういう関係なのですか?」
「いや、じいちゃんは何も知らなかったみたいだぞ。古閑さんとは単純に昔から付き合いが長くて仲が良かっただけだって」
「本当に偶然だったのですね」
「そういうこと」
もしお祖父様がその工房へ連れていかなければ。
もし古閑さんが朔也くんの異変に気づかなければ。
今、私の指にあるこのリングも存在しなかったのかもしれません。
そう考えると、不思議な偶然です。
「そのあと、『面白いから』って理由で作り方を教えてくれた」
「……面白いから?」
「うん。古閑さん、結構変わった人だったからな。俺も暇だったし、作業を見てるうちに装飾品作りそのものに興味が出てきて、そのまま教えてもらった」
「では、朔也くんのアクセサリー作りの原点は、その方なのですね」
ここでも新事実です。
てっきり真壁さんたちが原点だと思っていました。
「そういうこと。こっちに戻ってきてからは、『The Foundry Attic』のみんなに、普通のアクセサリー作りの方を教えてもらった感じだな」
「なるほど……」
ようやく、今まで断片的に知っていた情報が一本の線に繋がった気がします。
「でも、二ヶ月ほどでこれを作れるようになったのですか?」
「いやいや、さすがに基礎の基礎だけだよ。家でも練習したし、その後も長期休みになると訪ねて教えてもらってた。それと、作り方が書いてある本をもらった」
「本!? 教科書があるのですか?」
思っていたより、こういう特殊な力についての知識は、きちんと体系化されているのですね!?
「教科書っていうより……辞典に近いかな。どういう素材をどう組み合わせると、どういう性質が出やすいとか、そんなのが書いてあるやつだ」
「そんな本をいただいたのですか?」
「ああ。……なぜか、くれたんだよ」
朔也くんは少し顔をしかめています。
……彼にとっても想定外なことだったのでしょうね。
「そういうものって、もっと非公開というか……秘伝書みたいなものだと思っていました」
「それな。俺もそう思う。理由は結局教えてくれなかった」
朔也くんの声が、ほんの少しだけ低くなりました。
「……今から訊くこともできないしな」
「……?」
「古閑さん、亡くなったんだ。俺が高校に上がる少し前に」
「……えっ?」
朔也くんの技術の原点の人でしたから、お話をしてみたかったのですが……亡くなっているとは。
私たちの祖父の世代……年齢を考えれば、そうおかしな年齢でもないかもしれませんが……。
「詳しいことは知らない。ただ、亡くなったって聞いた。じいちゃんと、熊本にいた時に知り合った友達から」
先ほどまで不思議な話に混乱していた頭が、少しだけ現実へ戻されます。
「友達……あっ。そういえば以前、九州の友達から依頼があったと話していましたよね」
「そう。その時に知り合った奴だ。そいつの祖父と古閑さんが知り合いでさ。何とかっていう剣術か刀術の流派を継いでる家らしいけど……その辺は俺も詳しく知らない」
「また急にすごい話が出てきましたね……」
魔導具なり魔力なりに比べれば、受け入れやすい内容ですけど。
「そこまで根掘り葉掘り訊く気にもならなかったんだよ」
「そうなのですね。……それで、その時の依頼って、もしかして……?」
「ああ、多分想像してる通り。その技術を使って、加工をしてほしいって頼まれた」
やっぱり。
あの時もたしか「面倒」って言っていましたからね。
「……何にですか?」
「日本刀」
予想外の単語に、思わず目を丸くしてしまいました。
「……まさか、朔也くん、刀まで作れるのですか!?」
「さすがにできるわけないって。俺がやったのは向こうから預かったものに細工しただけだ」
朔也くんの呆れたような口調に、少しだけ肩の力が抜けます。
「あっ……そういうことですか」
一瞬、本気で刀まで作れるのかと思ってしまいました。
……今日だけで、私の中の『朔也くんならあり得るかもしれない』の範囲が随分と広がっている気がします。
「何に使ったのかは知らないし、俺も訊かなかった。せっかくだからおまけもつけて送り返したよ」
「朔也くん……それはさすがに大雑把すぎませんか?」
「自覚してる」
……反省しているようには見えません。
「……まあ、俺が今まで隠してたことは、これくらいかな。何か質問ある?」
「……一番最初に疑問に思ったのは、私が瞳のことを話した時に、どうしてこのことを話してくれなかったのか、です」
「あぁ、やっぱりそこか。理由は単純だよ。俺は瀬那と違って、見た目が変わるわけじゃないから」
「……はい」
朔也くんが私のようにカラーコンタクトをしていません。
メガネではつけていますが、目の色や瞳を隠すようなものではないです。
「俺が『実は普通の人には見えないものが見えます』なんて言っても、証明できるものがなかった。瀬那が自分の秘密を話した直後だったし、それこそ同情して、俺も似たような秘密があるって嘘をついてるように聞こえるかもしれないと思ったんだ」
「……確かに」
今なら信じられます。
むしろ、ここまで教えられて信じない方が難しいでしょう。
ですが、あの時なら――
「言われてみれば、信じられたかはわかりませんね。……それで、本当に普段の朔也くんには何も変化がないのですか?」
「見た目は何も変わらないよ。そもそも俺の場合、常に見えてる状態だから、オンオフって概念自体ないのかもしれない」
「え!? それって、日常生活に影響はないのですか?」
私の場合、目の色が極端に変わる以外、影響はありません。
忌避される可能性はありますが、それは副産物です。
でも、常時、光っているようなものを見ていたら、疲れるはずです。
「あるよ。強く見えるものだと眩しく感じる時もあるし、俺にしか見えてないものが視界に入るわけだから邪魔な時もある。だから、このメガネにも細工してある」
朔也くんが軽く指先でメガネのフレームに触れました。
「メガネにも?」
「フィルターみたいなもんだな。見えないようにしている」
思わず、感心したように小さく息を漏らしてしまいます。
「……万能ですね」
「俺もそう思う」
思わず、朔也くんのメガネをまじまじと見てしまいます。
もう何度見たかわからない、いつものメガネ。それすら普通のものではなかったとは。メガネのレンズが照明を反射して、『特別だよ!』と訴えているようでした。
「……この際だから言うけどさ」
「はい?」
「瀬那の瞳が朱くなる時にも、その『魔力』とかが関係してるなら、条件さえわかれば、コンタクトとは別の方法で隠せるかもしれない」
「……え?」
一瞬、言われた意味を理解できませんでした。
「本当に……ですか?」
「条件がわかれば、な。絶対できるとは言えないから、できたらいいくらいで考えておいて」
「はい♪」
コンタクトをつけなくても良くなるのなら、それはかなり助かります。毎日のことですし、コンタクトって結構大変なのですよね。
何より。
朔也くんが、私の悩みを当然のように『どうにかできるかもしれないもの』として考えてくれていることが嬉しいです。
「それで、あとはエレノアが言ってた――」
コンコン♪
「ご夕食をお持ちしました」
朔也くんが続きを話そうとしたところで、ノックとともに仲居さんの声が聞こえました。
時計を見ると、いつの間にか夕食の時間です。
「結構話してたんだな……。続きは食べながらにするか」
「はい、そうしましょう」
まだ聞きたいことは、たくさんあります。
ですが――
少なくとも今は、知らなかった朔也くんを知ることができたのが、少し嬉しいです。




