第182話 お守りの護り
俺たちが話していると、周りの人たちも事故に気づいたのか集まってきた。
特に転んだ子供の両親はすぐに駆けつけてくれたが、瀬那に雪まみれになった以外の問題がないことを確認すると、わかりやすく安堵していた。
瀬那が怪我を隠しているのではないかと心配する人ももちろんいたが、ボードが無事なのに加え、ウェアも破れていないどころか雪以外の汚れすらない。
そのため、当たり所が良かったか、ギリギリで木を避けたのだろうと納得したらしい。
その後は、とりあえず出口まで速度を落として一緒に滑っていく。
瀬那は瀬那で、やっぱりお守りの効果に驚いているのか、まだ納得しきれていない様子だった。
出口に着くと、時刻は十五時を回っていた。
ちょうど良いので、今日はここまでにすることにした。
瀬那はまだ事故のショックもあるだろうし……あの件を気にしたままでは、スノボーにも集中できないだろう。
今度また事故を起こしたら、あんなもので済むとは限らない。
それに、今夜は大晦日だ。
夜にはお参りへ行く予定なので、ここで体力を使い切ってしまうのも良くない。
そのことを瀬那に伝え、合意を得てシャトルバスに乗って旅館へ帰る。
その間の瀬那は、いつも通りに振る舞おうとしてはいるものの、どこかそわそわしているのがわかった。
夕食まではまだ時間があったので、冷えた身体を温めるため、一度大浴場へ入ることにした。
「ふぅ……とうとう話すのか……怒られないといいんだけどな」
これから話すことは、一般的に考えればかなり特殊なことだ。
急に全部話しても受け入れられないと思ったからこそ、今まで少しずつ小出しにして慣れさせてきたわけだが……。
(エレノアの爆弾発言は予想外だったけどさ……)
だが、さっき実際にお守りの効果を体験したことで、瀬那もある程度は予想しているだろう。
ショック……かどうかは置いておいて、少なくともインパクトは多少下がるはずだ。
……多分。
(さあ、気持ちを切り替えよう)
俺は一度気合を入れ、風呂から上がるのだった。
◇
いつも通り俺の方が先に部屋へ戻ってきたので、この時間を利用して説明の準備をしておく。準備が終わる頃には、瀬那も戻ってきた。
このあとも外へ出るので、お互い浴衣ではなく私服だ。
風呂上がりのケアをしている瀬那が、何度かこちらを見ているのがわかる。
……覚えてるよ。そんな目で見るなって。だから、いつも通りケアしていればいいさ。
準備を終えた俺は椅子に座り、浩紀と和人からの連絡へ返事をしたり、この辺りの大晦日や初詣について調べたりしていた。
すると、俺の前に誰かが座る気配がした。
顔を上げると瀬那だ。むしろ、他にいるわけがない。
その表情からは、少し緊張しているのがわかる。
「そんなに緊張することじゃないぞ?」
「……だって、やっと謎が解けるのですよ?」
「そうか……そんなに期待してもらってるなら、溜めた甲斐があるな――いてっ!」
抗議のつもりなのか、瀬那が俺の膝をペチンと叩く。
頬まで膨らませ、わかりやすく不満ですとアピールしていた。
「わざと焦らしていたのです……か?」
「いずれ話さないといけないとは思ってたけど、できれば瀬那は知らない方がいいと思ってたのも本当だ」
「……それは、なんでですか?」
当然の疑問だな。
「もう想像はついてるだろうけど、正直、ファンタジーの世界みたいな話になるんだよ。普通に生活してたら、まず関わらない……そんな話だ」
「それは……朔也くんが読んでいるマンガみたいに、異世界もの? でしたっけ。そういう話ですか?」
「少し違うかな、多分。……むしろ、異世界ってものがあった方が、俺は納得できたのかもしれない」
「?」
このニュアンスは、多分伝わらない。
俺個人の感覚だから。
「まあ、それくらい普通に暮らしてたら、フィクションの中にしかないと思うような話があるってことだ」
「……はい。それを言ってしまうと、私の瞳の色が変わるのも、フィクションの世界みたいな話ですよね。……朔也くんが私の瞳が朱くなるのを見ても、いつも通りだったのは、それを先に知っていたからですか?」
瀬那の手が小さく震えているのを見て、俺はしまったと思った。
すぐに、その手を握る。
一瞬だけ、瀬那の肩がビクッと跳ね、瀬那が唇を噛むのが見えてしまった。
……彼女は考えてしまったのだろう。
俺があの瞳を受け入れられたのは、瀬那だからではなく、もっと異常なものを先に知っていたからではないか、と。
「違うよ。もちろん、まったく影響がなかったとは言わないけど、それを知らなかったとしても、俺は瀬那の瞳をどれも綺麗だと思ったよ」
これは本心だ。
何も知らなかったら、もっと驚いてはいたかもしれない。
だけど、それだけだ。
あの時、瀬那を拒絶することだけは絶対になかったと断言できる。
「……本当ですか?」
「もちろん。あの時言ったことに、嘘は一つもない」
握っていた瀬那の手から、少しだけ力が抜けた。
「それなら……良かったです」
「そんなに気にしてたのか?」
「気にしますよ。私にとっては……結構、大事なことなのですから。すみません、話の腰を折りましたね」
「気にしなくていいよ。疑問に思ったことは、その都度訊いてくれ」
俺はそのまま瀬那の左手を持ち上げ、小指にはめられているリングを見せる。
「まずはこれだな。最初から言ってる通り、これは『お守り』だ。ただ、神社や寺で売ってるようなゲン担ぎのものじゃなくて、本当の意味での『護り』」
「……それは、さっき実感したのでわかります」
「どんな感じだった?」
「木にぶつかる瞬間、『あ、これは怪我するやつです』と思ったら、急に指輪が温かくなって……何と言ったらいいのでしょうか。すごく柔らかいクッションに受け止められたような……そんな感覚で木にぶつかりました」
どうやら、想定通りだったらしい。
実験した時は、あそこまで速度を出したわけではなかったが、同じような感覚だったようだ。
「うん。作った通りに働いてくれたようで良かった。これは、俺に作り方を教えてくれた人に言わせると『呪具』や『魔導具』ってものらしい」
「急にファンタジー言語が……」
「本当に、笑っちゃうよな。まあ、呼び名は何でもいいんだけど、そういうものだ。簡単に説明すると、この赤い石があるだろ? ここに魔力を溜めるというか……充電に近いことができて――」
「待って! 待ってください!」
瀬那が空いている方の手を前へ出し、俺の言葉を制した。
「……話についていけないです。え? 魔力? 本当にファンタジーじゃないですか! 確かに、そんな感じのことだとは思っていましたけど……えぇ……」
「な? この流れでも混乱するだろ? だから、小出しにしてきた甲斐があったよ」
「……何でそんなに嬉しそうなのですか……?」
「そりゃ、俺が初めて知った時と似たようなリアクションしてくれるから、嬉しくてな」
これも本心だ。
瀬那自身に瞳の件があるとはいえ、いきなり魔導具だの魔力だのというファンタジー用語が出てきたら、混乱するのはわかり切っていた。
「朔也くんは、いつそのことを知った……教えられたのですか?」
「中学一年生の時だ。あの出来事のあと……というより、あれがきっかけで知ったんだ」
「えっ……? それは、どういう意味で……」
さあ。
花火大会の時には話さなかったことを、今度こそ話そうか――
「あの時、心の状態以外にも、もう一つ変化があったんだ」
――死の淵に立った、俺のもう一つの変化について。
俺は左耳のピアスを触った。
説明を今まで後回しにしたのは理由がありまして、ちゃんと説明すると長ったらしくなるので、タイミングを考えていました(作者的にも朔也的にも)。




