第179話 長野旅行⑤
風呂から上がって部屋に戻ると、まだ瀬那は戻っていなかったが、こういう時は女性の方が長くなることが多いので、特に気にはしていない。
夕食の時間までは、まだ一時間くらいある。
部屋も探索するほど広くはないので、瀬那にメッセージだけ送り、館内を見て回ることにした。
ロビーや定番のお土産屋、ラウンジなどを軽く見て回ると、ラウンジでは十七時からお酒も提供されるようだ。俺たちには関係ないけどな。
少し奥へ行くと、小さなゲームコーナーがあり、その横には読書コーナーとしてマンガや小説が置かれていた。壁には貼り紙もあった。
『お部屋にお持ちいただく場合は、五冊までとさせていただきます』
こういうのって『五冊まで』と書かれていることが多い気がするが、何を基準に決めているのか気になるところだ。
そんなどうでもいいことを考えていると、スマホが鳴った。
『お風呂上がりました。合流したいのですが、どちらにいますか?』
どうせならと、男女の大浴場の中間辺りにあるソファで待ち合わせようと返信しておいた。
こういう場所を湯上がり処って言ったっけな。
湯上がり処にはソファのほかにウォーターサーバーが置いてあり、もちろん使い捨ての紙コップも用意されている。
戻ってみると、瀬那はソファに座って水を飲んでいた。
浴衣の上に羽織を着た姿が妙に様になっていて、思わず見惚れそうになる。
……もう惚れているから今更か。
「あ、朔也くん」
「悪い、遅くなった。どうだった、風呂は?」
「すごく気持ち良かったです! 寒い日の露天風呂って、乙なものですね」
「わかる」
温泉で温まった身体に冷たい風が当たるのは、なぜか気持ちいい。
あるいは半身浴のように、上半身は冷たいのに下半身は温かいという状態も良かった。
「雪の日なら以前も入ったことがありますが、その時はここまで良さがわかりませんでしたね。小さかったからだと思いますが、この歳になると感じ方も変わるものなのですね」
話を聞くと、実家近くの温泉施設へ行った時のことらしい。
……雪の日にわざわざ温泉まで行ったのか。
「そうかもな。俺なんて小さい時は、湯船に浸かること自体が億劫だったし」
「私はそんなことありませんでしたよ?」
「……マジか」
「あ、でも、わ、私も入るのが面倒になったことくらいはありますよ!」
すぐさまフォローされた。
いや、さすがにそんなことでフォローしてもらうほどショックは受けてないぞ。
「……まあ、人それぞれだな」
「そうですね!」
そのまま瀬那の荷物を持ち、もう一度館内を一回りする。
彼女の着替え……主に下着なんかも入っているので、俺が持つのは微妙じゃないかとも思ったのだが、それについては気にしていないらしい。
むしろ、自分の荷物を俺に持たせる方を申し訳なく思っているようだ。
それとなく嫌じゃないのか聞いてみると、
「以前、朔也くんが『下着なんてただの布だ』みたいなことを言っていましたので、こちらも気にしないことにしました」
と言われた。
そういや、そんなこと言った気もするな。
実際、ただの布だし。
「そういや、お土産って誰かに買うのか?」
「バイト先には持っていきますよ。あとは愛莉さんとエレノアさんですかね。旅行に来ているのがバレていますし」
瀬那は愛莉とは当たり前として、なんだかんだエレノアとも仲良くしている。
ファースト……いや、セカンドコンタクトか。
あの夜の押しの強さが印象に残っていただけで、今では普通に友人として付き合えているようだ。
「朔也くんはどうしますか?」
「その流れだと、浩紀と和人には買っておくか。……これとかどうだ? 温泉地特有のよくわからないキーホルダー。小学生なら欲しがりそうだろ?」
俺が手に取ったのは、温泉地のお土産屋でしか見ないような、金ピカの龍や剣がぶら下がったキーホルダー。
ご当地仕様なのか、『信州』や『野沢温泉』と書かれたプレートまで付いている。
「……朔也くんは、これを貰ったらどう思うのですか?」
「……アホだろ、こいつって思うな。でも、浩紀はテンション上がりそうじゃないか?」
「前川さんなら……ありそうですね」
最近はこの手のものをコレクションしている人もいるらしいし、あいつなら喜ぶかもしれない。
和人は苦笑い必須だろうけど。
「……別の方が良いと思いますよ?」
「やっぱり? とは言っても、あとはお菓子くらいだけど……まあ、そっちの方が無難か」
「そうだと思います」
どちらにしても、買うのはまた後日だ。
一通り見て回り、俺たちは部屋へ戻ることにした。
途中、ゲームコーナーの UFO キャッチャーでぬいぐるみから目を離さない瀬那を無理やり引き剥がすことになった。
瀬那の目が明らかに「後で来ますからね」と言いたげな目をしていた。その圧に負け、俺は無言でぬいぐるみへ会釈しておいた。
それ以外に気になったのは足湯コーナーだ。
カフェの一角に足湯があり、温泉が流れ続けている。
何かを注文すれば自由に利用できるらしく、飲み物を楽しみながら足湯に浸かることができるようだ。
寒い今の時期なら、かなり気持ち良さそうだ。
瀬那と今度一緒に来ることを約束して、そこを離れた。
◇
部屋へ戻り、残っていた荷物を片づけてから、二人でストレッチをする。
今日は普段あまり使っていない筋肉を酷使した。
明日の筋肉痛対策だ。
そんなことをしていると――
コンコン♪
――と、入り口の扉を叩く音がした。
「ご夕食をお持ちいたしました」
「ありがとうございます。今、開けます」
今回の旅館では、夕食は部屋で食べる形式だ。
少し高めのプランということもあって、夕食は部屋食になっているらしい。
フロントで聞くまで知らなかったけど。
ちなみに朝食はビュッフェ形式だ。
朝からわざわざ部屋まで来られるより、自分の好きな時間に食べに行ける方がいいという客も多いのかもしれない。
畳の一角……和室と言っていいのかわからないが、そこへテーブルを用意して料理を並べる形式だった。
仲居さんたちが次々とテーブルへ料理を並べていく。
その種類の多さに圧倒された。
前菜数種に加え、サーモンのお造り。
……サーモン!?
海ないのに、なんで?
と思ったら、養殖魚の『信州サーモン』というものがあるらしい。
それに加えて、岩魚の塩焼きや茶碗蒸し。
牛肉……これは信州牛か。その陶板焼きに、野菜の煮物、ご飯と味噌汁。
さらに定番の野沢菜と、リンゴを使ったデザートまである。
温かい料理からは湯気が立ち、香ばしい匂いが漂っていた。
「それでは失礼いたします。ごゆっくりお召し上がりください。お食事がお済みになりましたら、内線でお知らせください」
仲居さんたちが出ていったあと、俺と瀬那は顔を見合わせ、それから改めて目の前の料理へ視線を落とした。
「……量がすごいですね」
「これでもかってくらい、この辺りや長野の特産品って感じだな。まあ、美味しそうだから良かったよ」
「それはそうですね。せっかくなので楽しみましょう♪」
テーブルを挟んで、俺と瀬那が座る。
成人していれば、ここで酒でも飲むのだろう。
あいにく俺たちはまだ二十歳になっていないので、お茶で乾杯することにした。
陶板焼きは初めてだが、目の前で焼きながら食べるのは、また違った楽しさがあっていいものだ。
油が跳ねるのだけは気をつけないといけないけどな。
「……! 美味しいですね!」
「ビュッフェ形式もいいけど、こういうのもいいんだな。あの旅行代理店のお姉さんにおすすめしてもらって正解だったわ」
「はい!」
それから一時間ほどかけ、二人でゆっくりと夕食を楽しんだ。
食べ終えてからしばらくテレビを見ながら時間を潰していると、隣にいる瀬那がウトウトとし始めた。
今日は朝が早かったうえ、普段は使わない筋肉を使ってスノボーまでした。
俺でさえ結構な疲労を感じている。
いつもの就寝時間より随分と早いが、眠くなるのも無理はない。
「明日もあるし、もう寝ようか」
「……はぃ。はぁぁぁ……」
大きなあくびをしながら、瀬那はダブルベッドの一つへもそもそと入っていった。
俺も、もう片方のベッドへ入ろうとすると――
「さくや……くん、こっちですよ……」
――瀬那が自分の隣をポンポンと叩く。
親切にも、俺が入りやすいように掛け布団まで少し持ち上げていた。
「……はいはい、了解。Ja」
「……Danke……?」
今後、一人でベッドを使う機会はそうそうなさそうだ。
俺は諦めて瀬那の隣へ入る。
俺が入ったことで満足したのか、瀬那はすぐに俺の腕へ抱きついてきた。
――ああ、暖かい。今日一日の疲れが、静かに溶けていく気がした。




