第177話 長野旅行③
二度目を滑り切った俺たちは、ちょうど良いので昼食を取ることにした。
ゴンドラ乗り場の付近に飲食店がいくつかあるので、そのうちの一軒に入ることに。
食事をしながら、滑ってみた感想を言い合った。
瀬那は「思ったより速度が出て気持ちいい」や「姿勢を保つのが難しい」など、楽しそうに話している。少しだけスノボーで良かったのか不安だったのだが、この調子なら問題なさそうだ。
「それで、これからどうします?」
「瀬那のことだから、少し難しいコースに行ってみたいとか思ってるだろ」
「……さすがにわかりますか」
みんなはあまり知らない……というより、普段は隠している節があるが、瀬那は結構負けず嫌いだ。
……いや、誰かに負けることよりも、自分にできないことを、そのままで終わらせるのが嫌いなのだと思う。
たまに、パーティーゲームやレースゲームなどのテレビゲームを俺とすることがある。
こういったものはほとんどやってこなかったらしく、経験の差もあって俺が負けることはほぼないのだが……意地になって何度も挑んでくるので、一度だけ手を抜いて負けたことがあった。
『朔也くんは、私が手加減されて勝ったら喜ぶような軽い女だと思っているのですか!?』
……意味不明な言い回しで、めちゃくちゃ文句を言われた。理不尽すぎる。
かといって、普通にやると俺が勝ってしまう。
『むぅー。もう一回、もう一回です!』
『お、おぅ……』
さすがに険悪になるようなことはないし、機嫌がすこぶる悪くなるわけでもない。
だが、最終的にはむくれてしまう。
いつも食事や風呂の時間になれば諦めてくれるのだが、寝る時にも「くやしい」と愚痴りながら、俺の胸へぐりぐりと頭を押し込んでくる。
浩紀たちとの勉強会の合間にゲームをすることもあるが、その時は負けても気にしていない。
心の中で蓋をしているのか……それとも、メンバー内でビリになるわけではないからなのかはわからない。
どうやら瀬那は、誰かに負けること以上に、自分が「できない」と思ったまま終わることが嫌らしい。
そんな彼女が、初心者コースを二度滑っただけで満足するとはとても思えなかった。
「まあ、俺もある程度は滑れるようになったし、もう少し長いコースにしてみるか」
「はい♪」
ということで、食後に少し休憩したあと、別のコースへ向かうことになった。
◇
その後、十五時頃まで何度もコースを往復した。
途中からは、俺も瀬那もほとんど転ばずに滑り切れるようになった。
俺自身もかなり満足しているが、それ以上にニコニコしている彼女の心境が手に取るようにわかる。
どうやら、本人も満足のいく結果になったらしい。
「それじゃあ、今日は早起きだったし、部屋の整理もあるだろうから、そろそろ上がろうか」
「少し名残惜しいですが、そうしましょう」
ゴンドラで移動していた時間もあるとはいえ、数時間ほぼ動きっぱなしだった。
それなのに、身体の使い方が上手いのか、瀬那は少し呼吸が早いだけで、そこまで疲れているようには見えない。
俺なんて結構足がガクガクなんだけど……。明日、筋肉痛の予感しかしない。
できる限り一緒にジムへ通っているのに、この差は何なのだろうか。
……クヤシイデス。
レンタルしたボードを返却し、シャトルバスに乗って旅館へ戻る。
隣の瀬那はまだ興奮が冷めていないようで、朝とは違って寝る気配はなさそうだった。
「明日も! 明日もやりましょう!」
「あぁ、良いぞ。大晦日だからさ、夜は近くの神社に行くか?」
「もちろんです♪」
「年越しの花火も上がるらしいから、それを見てからでもいいな」
事前に調べた時は、近くの神社では年越しに大掛かりな催しはない代わりに、スキー場で花火が上がるらしい。
吹雪にでもならない限り、見られるんじゃないだろうか。
「兄ちゃんたち、花火を見に行くんか?」
俺たちに話しかけてきたのは、前の席に座っていた年配の夫婦だった。
話し声が聞こえていてもおかしくはないが、わざわざ声をかけてくるとは思わなかった。
「ええ、行けたら行こうと思っています」
「そうかい。ナイターで滑るならいいが、滑らないなら……ほれ、あそこあるやろ」
男性が窓の外を指さした。
その先には、小高い丘のような場所が見える。
「去年はあそこから花火が多少見えたから、ナイターで滑らないなら行ってみるといいさ」
「えっ……ありがとうございます。……でも、どうして俺たちに?」
ありがたい話ではあるが、なぜわざわざ教えてくれたのだろう。
「去年までは娘と来てたんだけどな。今年は友達と年を越すって言って、来てないんだよ。大学生になった途端これだ。寂しいさ」
「はぁ……」
話が飛んだ。
「あそこは娘と一緒に花火を見た場所でな。君らが娘と歳も近そうだったから、なんとなくだ。俺たちは今年は行かないだろうし……な?」
「そうね。旅館でゆっくりしていた方がいいわ」
どうやら、娘さんが来なくて寂しかったのもあって、俺たちに話しかけたくなったらしい。
情報はありがたい。
候補の一つとして覚えておこう。
その後も、バスが着くまで夫婦と雑談をした。
別に娘さんが瀬那に似ているというわけではなく、単純に歳が近そうだったから話しかけたとのことだった。
まだスキーやスノボーを終えるには早い時間だからか、今のバスに乗っているのは、疲れたらしい子供を連れた家族や、朝から滑って満足したと思われる少し年配の人たちが多い。
その中では、たまたま俺たちは微妙に目立っていたようだ。
バスがいつもの停留所へ着くと、夫婦と別れて再び旅館へ。
何度も転んだことでウェアは少し濡れているが、ちゃんと防水してくれているらしく、中まで濡れてはいない。
ただ、身体が冷えたのは確かだ。
……風呂に入りたい。
数時間ぶりにフロントへ行くと、あの『石田さん』はおらず、別のスタッフに対応してもらえた。
……少し警戒しすぎか?
「お荷物は、すでにお部屋へお運びしております」
部屋の鍵を受け取り、いよいよ予約した部屋へ向かう。
結局、俺たちが高校生だということについて何か聞かれることはなかった。
未成年だけの宿泊については同意書が必要になる場合もあるはずだが、今のところ、この旅館でも特に確認されていない。
……いいのだろうか?
まあ、予約の時点で必要な確認は済んでいると思っておこう。
部屋は最上階の五階。
景色の良さも売りの一つらしい。
ドアを開け、中に入ると、まずは玄関。
何人分だよと思うくらい大きな下駄箱があり、その一部は丈のあるブーツでも入るように作られていた。
……まあ、ここならウィンタースポーツ目的の客も多いだろうし、そのためなんだろう。
「また、広い玄関ですね」
「だな。確か、最大四人まで泊まれるって書いてあったよな」
「一家族って考えたら、普通なのかもしれませんね」
玄関から上がると、すぐ正面に引き戸がある。
その横には洗面所と風呂、それにトイレがあるようだ。
引き戸を開けると、ダークブラウンのフローリングが広がっていた。
ダブルベッドが二つ並び、その奥には洒落たローテーブルとフロアスツールが置かれている。
どちらも天然素材を編み込んだような造りで、暗めの茶色に統一されているためか、部屋の雰囲気によく馴染んでいた。
反対側には畳のスペースもある。
四人で泊まる場合は、ここに布団を敷くのかもしれないな。
「覚悟はしていましたが、二人で使うには広いですね」
「本当にな……お! ベランダ……というか、デッキか、これ? テーブルと椅子もあるぞ!」
ローテーブルの奥にはウッドデッキがあり、そこには肘掛け付きの椅子と小さなテーブルが置かれていた。
目隠し用のフェンス越しには、白く染まった山々を一望できる。
「景色がいいですね……最上階だから、余計にそう感じます」
「色んなものがあってえぐい――えっ!?」
「どうしました?」
俺は、デッキの奥に置かれている大きな木製の浴槽を指さした。
四角い枡のような形をしていて、近づくと木の香りがする。湯気の似合う景色が、今から容易に想像できた。
「マジか……露天風呂付きかよ」
「やっぱり知らなかったのですか? 代理店のお姉さんに見せてもらった時、ちゃんと載っていましたよ」
「見逃してたわ。大浴場もあって、ここにもあると、どっちに入るか迷うな」
「時間はたっぷりありますし、両方入りましょうよ!」
確かに、それが一番かもしれない。
「ここなら一緒に入っても大丈夫ですから、楽しみですね」
「……えっ!?」




