SS 倉木 愛莉:お互いにイヤなところ
― 155話。生徒会選挙後ぐらい ―
「朔也くんの『嫌い』なところですか?」
「同じ反応! 夫婦か!」
「……えっ?」
「気にしないで。違う違う、『嫌い』って言っても瀬那からは出てこないだろうから、『イヤ』なところよ」
朔と付き合い始めて数か月ほど経った瀬那に、私は彼氏である朔のイヤなところを聞いてみたかった。
私が言うのもなんだけど、瀬那と朔は誰が見ても仲が良く、バカップルと言ってもいいぐらいだと思う。
この二人は学校ではその気を出さないけど、家とか気の置けない友達だけのときは、結構ないちゃつきぶりだ。
朔は見守っている感じが強いけど、瀬那はどんどん押していくタイプよね。
見た目からすると、攻守が逆じゃないかって思わなくもないけど、まあ、二人が幸せそうなんだからいっか。
(付き合う前からそんな感じだったけど、付き合ってからはより顕著になり、我、驚愕なり)
そんな二人だ。
お互いにイヤなところがないか、聞いてみたかった。
「ちなみに、すでに朔には聞いているから、後で結果を教えてあげる」
「聞きたいような、怖いような……」
少し身体を引いて身構える瀬那。
そんな姿も可愛いのは、この子の卑怯なところだと思う!
「うふふー、楽しみにしてて!」
「愛莉さん、楽しんでいますね……。朔也くんのイヤなところですが、すぐに思いつくのは、イヤというより直してほしいところですね」
「ほうほう」
少し真剣な顔つきになった瀬那に、私も姿勢を正した。
「自己肯定感をすぐに高めるのは難しいかもしれませんが、自分を貶す癖は直してほしいです」
「あー、わかる。なぜか自己評価が低いよね、あいつ」
「そうなのですよ。原因は……予想がつくのですが、根本的にどうすれば良いのかが、なかなかわからないのですよね」
「あー……」
先日、広まった噂……というより、本人が言う通り、過去の出来事。
話を聞いたひろは何も教えてくれないけど、大体は想像できる。いじめはクソだと思うし、朔が頑張って立ち上がったのだとも思っている。
でも、それがトラウマになったのなら、あそこまで自己評価が低いのも、なんとなくわかる気がする。
「一度、精神科の先生に話を聞いたことがあるのですが、自分への評価を上げるために、小さな成功体験を積むのも一つの手らしいです」
「成功体験ね……専門家に話を聞きに行ったんだ」
彼氏とはいえ、言ってしまえば家族でもない。
それなのに先生に訊きに行くほど、朔のことが大事なんだね。
「えぇ、朔也くんの主治医……あっ! ち、違うのです!」
「あー……聞かなかったことにしておくわ」
「すみません、お願いします……」
花粉症とか虫歯と違って、メンタル関連は人によっては知られたくないはず。
とりあえず、忘れるようにしておこう。
「なので、簡単な成功体験を積めるようにしていますね」
「へー、例えば?」
「そうですね……例えば、お菓子作りとか、簡単なゲームとかですかね」
「ゲームは知らないけど、お菓子はたまに作ってくるね、あいつ」
朔は学校に、冷蔵しなくても大丈夫なお菓子をたまに持ってくる。
主にクッキー関係だけど、この間シリアルバーを持ってきたのは驚いたわ。
「あとは、アクセサリー制作ですね。これは実益も兼ねていますが、小物をよく作っていますよ」
「ふーん、色々と試してるんだね……それとかもそう?」
私は瀬那が腕に着けているブレスレットを指さした。
先日見たときとは、また違った形のものなのよね。瀬那の性格からして、アクセサリーをいくつも買うイメージはなかったのだけど。
「そうですよ。……というより、私が着けているアクセサリーはすべて、朔也くんが作ったものですね」
「すべて……? ほとんどではなく?」
「……すべてです」
そこだけ声が小さくなり、恥ずかしそうに顔を背ける瀬那。
どういう意味の恥ずかしさなのかわからない。自分で買っていないことを恥ずかしがっているのか、それとも、すべて彼氏が作ったもので埋め尽くされているのが恥ずかしいのか……。
それとも、彼氏に無理を言われて染められているのか……。
「一応聞くけど……気持ち的に重くないの……?」
「あ、それは誤解です」
わたわたと両手を胸の前に出し、振って否定する瀬那。
……誤解?
「自分で選んだものをお借りしているだけです。朔也くんが作ったアクセサリーを自由に使っていいよって言ってくれているので、ありがたく使わせてもらっています」
「あー、そういうこと。自分で選んで彼氏に染まってるってことね」
「……はい」
どうやら、自分から染まりにいっているのが恥ずかしかったらしいけど……。
「なんか、今更恥ずかしそうにしてるけど、もう遅いでしょ」
「な、何がですか?」
「言わないでおこうと思ったけどさ、学校じゃ『男の人には興味ありません』みたいに澄ましてるのに、うちらだけになると朔にずっとくっついてるじゃん。もう手遅れだって」
「うぅ……」
夏休み後半とかは、付き合いたてだからそんなものだろうと思っていたけど、最近もずっとそうなので、瀬那の性格がそうなのだろうね。
……それに、牽制が凄いよねー、この子。
朔は万人受けはしないかもしれないけど、ハマる女の子ならどっぷりハマるタイプだから、わからなくもないけど。
常に「私のです」って言っているようなものよねー。
はたから見ていると面白いから良いけど。
「……まあ、これについては、これ以上追及しないであげる。他にはある?」
「なんですか、それ。……他にというと――自分のことを大事にしないところです」
そう言った瀬那は、さっきまでとは違って笑っていなかった。
「他人……私を含めた仲の良い人や、ただの被害者に対して、自分を顧みずに助けようとすること……長所だとも思えますし、その行動力は尊敬もできるのですよ。……でも、もう少しご自分のことも考えてほしいです」
「あー……」
私が知る限りでは、瀬那を助けたときに刺されたことと、子供を助けるために飛び降りたこと。
どちらも相手の命に関わることだから、迷わず動けるのは凄いと思う。
でも、見ている側からしたらハラハラするよね。
この感じだと、他にも何かあったっぽいな。
「……一応、訊くけど。あいつ、破滅願望とか持っていたりしないよね?」
「……ない……と思います。ちゃんと話し合ったことはないですけど、将来のことも考えて行動されているので、ないはずです。……私の予想だと、自分の優先順位が低いのではないかと考えています」
「……」
少し納得してしまった。
少しそういうところがあるひろパパを見ているから、わかってしまう。
レスキューの仕事をしているからなのか、ひろパパも人を助けることに迷いがない。
一度、大怪我をして、ひろママが泣いているのを見ていると……ね。
「……実は、これに関しては対策を考えてはいます」
「え? そんなものあるの?」
「効果があるかわかりませんし、まだ試せることではないのですが……いつか試してみたいと」
「……ちなみに、どんなこと?」
もしあるのなら、それこそひろパパにもできるかも!
そう思って訊いたのだけど、尋ねられた瀬那は、なぜか顔を赤らめてそっぽを向いた。
「……言えません……少なくとも、まだ」
「えぇー」
でも、その反応でなんとなくだけど、少し察してしまった。
この子もこの子で大胆なことを考えている……のかも?
……でも、もし予想が当たっていても、ひろパパという事例があるから、あまり意味はないかもね。
「そ、それよりも、朔也くんは私のことをなんて言っていたのですか!?」
「……話題変えるの下手か! ……まあ、いいわ。えっとねー」
◇
― 数日前 ―
放課後。
瀬那がちょうど先生に呼ばれているときを見計らって、朔に話しかけた。
「瀬那の嫌いなところなんてないぞ」
「ちーがーうー。『嫌い』ではなくイヤなところ。あれだけイチャコラしているとはいえ、少しぐらいあるでしょ?」
「イチャコラって、お前な……イヤなところなんてないが」
「嘘をおっしゃい!」
ハリセンがあれば、それで叩いているぐらいの見事なスナップを利かせ、彼の肩を叩いておいた。
チャンスが今しかないから、少し急かしつつ訊いてやるんだから。
「イヤじゃなくても良くて、瀬那には言えないけど気にしているところとかないの? 少しぐらいあるでしょ!」
私が引き下がらないとわかったのか、朔は仕方ないといった様子で考え始めた。
たっぷり十秒ぐらい考えてから、ようやく口を開く。
「イヤってことはないが……無防備なところは困るかな」
「ほうほう!」
その単語が出てくるのは……もう、面白い!
「……嬉しがるな。まあ、お前もわかる通り、瀬那はよく俺にくっつく。もちろんイヤではないが……俺も男だから、少し困るときがある」
少しそっぽを向いた朔は、恥ずかしそうに話を続けた。
「ちなみに、そのスキンシップがイヤってわけじゃないのよね?」
「……イヤではない」
「即答じゃん!」
「だから、ただ困るって話だ」
何が、とは言わないけど……まあ、そういう話でしょうね。
でもさ……。
「気持ちはわかるけど……それを私に言うのはセクハラじゃないかな?」
「お前が言えって言ったんだろうが!」
怒られちゃった。
てへ♪
◇
「――って感じ。そうしょげないの。イヤじゃなくて、困っているだけだってさ」
私の話を聞いて少ししょげている瀬那を見たら、すかさずフォローするしかない。
「困らせているのも、どうかと……」
「それは仕方ないでしょ……って、意味をちゃんとわかっていない?」
「……どういうことですか?」
この子、『困る』って単語に反応しすぎて、ちゃんと理解していない……。
私は瀬那の耳元へ顔を寄せ、意味をこっそり教えてあげた。
声を潜めて、できるだけ短く、でも確実に伝わるように耳打ちする。
その瞬間、瀬那の顔が一気に赤くなる。
……この初心な反応は、まだなようね。
心なしか、瞳まで赤くなっているように見える可愛い彼女を見て、私はニヨニヨを止める気にならなかった。
◇
数日後の昼休み。
「そういや、愛莉。この間、瀬那のイヤなところを訊いてきたけどさ、お前は浩紀のイヤなところはあるのかよ」
「そりゃ、いっぱいあるよ!」
「あるのかよ! しかも、いっぱいって……」
私が即答したことで、ちゃんとツッコミを入れてくれる私の相方。
ニヤニヤしながら彼を見て、私は言う。
「まずー、私の扱いは雑なのに、他の女の子には丁寧なところでしょー。あと、調子に乗りやすいのはともかく、余計なことをしてポカするとかー」
「本当にすぐ出るのね!」
うん、リアクションが大きくて助かるわ!
「ちなみに、今のでまだ三割ぐらい」
「俺そんなに欠点あんの!?」
ひろの反応に、みんなが笑い出した。
――こうやって周りを楽しくさせるところは、昔から好きだけどね!
― 倉木 愛莉:お互いにイヤなところ 完 ―




