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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第三章

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SS 南雲 瀬那:一人で寝る夜

 今夜、朔也くんはいません。

 前川さん宅で泊まり込みの勉強会です。


 今日の昼食後、家を出る前のことです。朔也くんは私のことを気にして、声をかけてくれました。


『一人で大丈夫か? 寂しくないか?』

『幼い子供じゃあるまいし、大丈夫ですよ。お友達と過ごす時間も大事だと思います。気にせず行ってきてください』

『……ちゃんと一人で寝れるか?』

『……やっぱり、子供扱いしてますよね?』


 玄関の扉が閉まった瞬間、部屋がいつもより広く感じました。人が一人減っただけで、こんなにも空間は変わるものなのですね。いつもなら気にも留めない冷蔵庫の作動音まで、妙にはっきり聞こえます。


「……寂しいですね」


 ここに来る前はずっと一人で過ごしていたのに、たった一日……いえ、たった一夜だけ一人になるとわかっただけで、こんな気持ちになるとは。


「我ながら、朔也くんに依存していますよね」


 さて、気持ちを切り替えましょう。

 私も私で、今日は久しぶりに一人で過ごす日になります。いつもはできないようなことをしてみましょう。


 とりあえず、TV をつけてみました。

 朔也くんが暇なときにしているように、ネト〇リを起動して、何か手頃な映画がないか探します。


「これは以前、話題になった恋愛映画ですね。今度、朔也くんと見ましょう」


 他には……。


「これは、この間朔也くんと一緒に観た映画の中で、一番面白かった作品ですね。観たことがありますし、違うものにしましょう」


 話題の作品から探すと、観たことがあるものが多いです。


「このアクション映画は、朔也くんが今度観たいって……さっきから、朔也くんのことばかり出てきますね……」


 我ながら単純なものです。

 今の私の生活は、彼がいてこそ成り立っているのだと再認識します。

 住まいもそうですが、それ以上に精神的にも、彼がいるから安心できているのでしょうね。


 せっかくなので、恋愛映画を観てみましょう。

 えっと……あらすじは――


『目覚めたら十年前に戻っていた!? それなら私は、幼馴染の彼を助けなくちゃ!』


 ――タイムリープものということでしょうか。

 この手の話は良作か駄作かにはっきり分かれる印象で、中途半端な作品はあまりないですよね。


『何もやる気が出ず、日々を惰性で生きていた私。信号待ちをしていると、突然背中を押された!? 車が勢いよく走る道路へ飛び出してしまった私は、轢かれる寸前、目の前が一瞬光り――目を開けると、身体が縮んでいた! それに、いつの間にか小さい頃に住んでいた部屋。どうやら私は過去に戻ったらしい! それなら、彼を、幼馴染で大好きだった彼を助けなくちゃ!』


 ……なるほど。

 好きな人を救うお話ですね。


『彼を殺そうと、何度も迫りくる事故や天災、そして未知の生物! 私は最後まで彼を救うことができるのか!? あの巨匠「ウチジ・ヤ・ナイヨ」がこの夏贈る、涙なしでは語れないかもしれない、感動の恋愛物語!』


「……えっ!? 最初の二つは良いとして、最後のは何なのですか!? なんで現代風なのに、UMA が出てくるのですか!? き、気になるじゃないですか! これにしましょう!」


 早速、その映画を再生します。

 鬼が出るか蛇が出るか……楽しみです!


 ◇


「ぐすっ……まさか、あんなことが起こるなんて……。彼女の祖母のあのセリフは、そういうことだったのですね……。UMA が実は……だなんて、わかるわけないじゃないですか……。感動しました!」


 想像以上です。

 まさか適当に選んだ映画で、こんなに感動するなんて思いませんでした。

 ……恋愛映画かと言われると微妙ですが、感動できる大作ですね。


 これは今度、朔也くんにもおすすめしないと。


「あ、もういい時間ですね。ご飯を用意しましょう」


 一人なので声に出す必要はないのだけど、つい癖で語りかけてしまいます。

 数か月前の自分がどうだったのか、もう思い出せません。


 一人前だけ用意するのは少しおっくうです。

 なので、昨晩の残り物を集めて食べることにしました。


「……一人で食べるの、味気ないですね」


 テーブルの向かい側には、当然誰もいません。一人分減っただけなのに、テーブルは昨日よりずっと大きく見えます。

 普段なら朔也くんが座っている場所が空いているだけなのに、妙に目についてしまいます。


 少しの間だけですが、叔母様の家にいたときも一人でした。

 ただ、あれは仕方のないことです。叔母様も怒っていましたけど……。


 一人暮らしを始めてからは、当たり前ですが一人です。

 一年以上その状態で、もう慣れたと思っていたのですが……。


(ここに来て……朔也くんと一緒に食事をするようになって……また、寂しさがわかってしまいました)


 もちろん、駄目なことではありません。

 むしろ良い変化だと思います。


 だからこそ、もう離れたくないとも思ってしまう。


 お風呂に入っても、それは変わりません。

 ここに住んでからも、お風呂はいつも一人で入っているのに、やっぱりどこか寂しい。


「……重症ですね」


 弱くなったと……そう自覚してしまいます。


 でも、本当にそうなのでしょうか。


 昔の私は一人でも平気だったのではなく、一人でいるしかなかったから、平気だと思い込んでいただけなのかもしれません。


 この弱さが悪いのか良いのか、私にはまだわかりません。

 それでも、悪いことだとは思いたくありません。


 お風呂から上がった私が目にしたのは『あるもの』。

 気づいたら、手が伸びていました。


 くんくん。


「朔也くんの匂いがします」


 くんくん。


「これはこれで……いいかも?」


 実は今朝、朔也くんが脱いだパジャマを洗っていません。

 休日なら朝から洗濯をするのが日課ですが、少しだけ、本当にほんの少しだけ、この寂しさを予想していたので、今日はしていませんでした。


 ……自然にしていたので、彼には気づかれていないはず。


「……」


 朔也くんが寒くなったこの時期に着ているのは、主にチャックのないパーカーです。彼曰く、「フードを被りながら寝ると気持ちいい」とのことです。

 私も彼も暖房を付けずに寝るので、そうしたくなる気持ちはわかります。


 くんくん。


「……」


 いっそ、これを着てみても良いでしょうか……?

 明日の朝、洗濯をすれば大丈夫な……はず?


「……」


 きょろきょろと周りを見回しますが、もちろん誰も見ていません。

 これは……チャンス!?


「……いやいや、さすがに本人の許可なく着るのは駄目ですよね――」


 ズボ!


「――はっ! 朔也くんに包まれている!?」


 意識していないうちに、いつの間にか着ていました!

 不思議なくらい落ち着きます!


 袖は手の先まで隠れ、裾も普段の私の服よりずっと長い。少し厚手の生地が、肩からふわりと落ちてくる。

 ……これ、思った以上に『朔也くんに包まれている感』がありますね。


「どうしてこうなったのかわかりませんが、もう着てしまったのは仕方ないですね。うん、仕方ないのです。このままでいましょう♪」


 心なしか独り言が多くなっていますが、大したことではありません。

 このパーカーを着られたことに比べれば!


 歯磨きをして寝る準備が終わった私は、いつもの朔也くんのベッドに入りました。


「……冷たい」


 なぜ冷たいのかは考えないようにします。

 余計に寂しくなるからです。


 ……この家に住んでから、一人で寝るのはいつぶりでしょうか。

 正直、買ってもらった自分用の布団で眠った記憶が、あまりありませんね……。


「まあ、そんな些細なことはどうでもいいです」


 私は物心ついたときから、一人で寝ていた記憶しかありません。

 ひいおばあちゃんたちとは仲が良かったですが、一緒に寝ることはありませんでした。家柄の問題もありますが、教育方針だったのかもしれません。


 ……雷が怖くても、一人で耐えるしかありませんでした。


(……思い出しても仕方ないですね。もう寝ましょう)


 身体中から香る朔也くんの匂い。

 彼はここにはいませんが、全身を包まれているように感じられて……安心します。


 フードを被り、私は着ている服を抱きしめながら、目を閉じました。

 パーカーの内側はもう私の体温で温かくなっていましたが、それでも、どこかに朔也くんの温度が残っているような気がしました。

 目を閉じたものの、なかなか眠気がやってきません。


「何時でしょう……」


 枕元のスマホを手に取ると、もう日付が変わろうとしていました。

 普段なら、とっくに寝る準備を終えている時間です。


(朔也くんたちは、まだ起きているのでしょうか)


 なんとなくメッセージアプリを開き、朔也くんとの画面を表示します。


『まだ起きていますか?』


 そこまで入力して、指が止まりました。


「……駄目です」


 せっかく前川さんたちと一緒に過ごしているのです。

 寂しいからという理由で、私が邪魔をしてはいけません。


 入力した文字を全部消して、スマホを伏せます。


「私は一人でも大丈夫です。……多分」


 目を閉じます。


「……やっぱり、眠れません」


 再びスマホへ手を伸ばしました。


 連絡はしません。

 しませんが……少し動画を見るぐらいなら問題ないでしょう。

 そう思っていたはずなのに。


「……一時半?」


 画面に表示された時間を見て、私は固まりました。


「これは……明日の朝、起きられないかもしれませんね」


 さすがにスマホを置き、今度こそ目を閉じます。

 パーカーの襟元を少しだけ握ると、微かに残る朔也くんの匂いがしました。


「……おやすみなさい、朔也くん」


 本人はいませんけどね。

 今度は先ほどよりも早く、眠気がやってきました。


 ◇


 ガチャ。


 多分、もう朝です。


 窓から微かに差し込む陽の光を感じながら、ぼんやりと意識が浮かび上がってきます。

 その中で聞こえてきたのは、玄関のドアが開く音でした。


 この家に入れるのは、私と朔也くん……だけです。

 だから、心配することは……ありません。


 パタパタとスリッパの足音が近づいてきますが、気にする必要は……ないです。


 意識が再び沈みかけたところで、寝室に誰かが入ってくる気配がしました。


「……な……せ……瀬那? よかった、寝ているだけか。それならいいや」

「うん……んにゅ……さく、やくん……?」

「ごめん、起こしたか」


 重い瞼を開くと、目の前にはいつの間にか朔也くんがいます。

 昨日、家を出たときと同じ格好で、ベッドの横に立っていました。


「おかえりなさい」

「おはよう、瀬那。いつもなら起きている時間だったからビビったけど、眠いだけならまだ寝てていいよ」


 近くに置いてあるスマホを見ると、もう九時を回っていました。


「えっ!? もう九時ですか! お、起きます!」

「予定もないし、休日だから寝てても良いんだけど……それより、なんで俺の服を着てるんだ?」

「はっ!」


 しまった!

 朝、起きてすぐに着替える予定が……。


「……知りません。わかりません。気のせいではないですか」

「いや、着てるだろ」

「知りませんっ」


 私はぐいっと掛け布団を頭まで被って、彼の視界から逃げます。

 戦略的撤退というやつです。


「瀬那?」

「朔也くんがいないのが悪いのです!」


 布団の中から自然と出た声は、完全に逆ギレのそれです。

 自分でも何を言っているのか……。


 彼に呆れられてしまう。


「……寂しかったのか?」

「……違います」

「違うのか」

「……少しだけです」


 小さく答えると、布団の向こうから「くくっ」と笑う声が聞こえました。


「うぅー!」


 私は布団の中から唸り声を上げて、威嚇しておきます。


「……なんですか? 私のことがそんなにおかしいですか?」


 これは文句を言わずにはいられません。


「ごめんって。いや、やっぱり寂しかったんじゃないかと思ってな」

「……っ! もう! 知りません!」

「ごめん、ごめん」


 もう!

 怒りました!


 しばらくは口をきいてあげません!

 ……十分ぐらいは。

 ……たぶん。




 ― 南雲 瀬那:一人で寝る夜 完 ―


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