第174話 長野旅行準備
旅行が来週に迫ったので、必要なものを買わないといけない。
瀬那のバイトが十三時頃に終わるということで、待ち合わせをして一緒に買いに行くことになった。
スキーにするかスノボーにするかはまだ決まっていないので、ボードやブーツ、ストックなどはレンタルする予定だ。
ウェアやゴーグルもレンタルできるが、瀬那が、
『二、三日使いますし、来年も行くと思うので、購入した方が安上がりですよ!』
と乗り気だった。
相当楽しみにしているらしい。
俺も楽しみだから良かった。
――それに、来年も一緒に行ってくれるつもりなのが嬉しい。
ただ、その理屈だとボードやブーツまで買った方が安くつく可能性もある。
購入しないのは、ウェアやゴーグルと違って置き場所に困ることに加え、高額だからだ。
それに、ウェアと違って他で使うこともないだろう。
『身長も体格も、そうすぐには変わらないから、デザインの好みが変わったり、ものがダメになったりしない限り、しばらくは使えるもんな』
『……背は伸びますけどね』
『……あぁ……うん、そうだな。ウェアは少し小さくなっても着られるから大丈夫だよ』
『はい!』
瀬那はまだ、背を伸ばすことを諦めていない。
牛乳をよく飲んだり、ストレッチをしたりしている。
その努力の成果が身長に出ているようには見えないが、本人は諦めるつもりがないらしい。だが、別のところが成長しているのは知っている。……どことは言わないけど。
それに……この間測ったら、俺の背が伸びていたことは黙っておこう。実は入学してから五センチほど伸びていたりするが、それも黙っておこうと思う。
そんなことがあり、いつも通り従業員用の扉の前で待つこと十分ほど。
彼女が扉から出てきた。
「お疲れ様、瀬那」
「お待たせしました」
戻ってきた瀬那の荷物を受け取り、手を繋いで歩き出す。
「自分のですから、持てますよ?」
「いいんだよ。おかげで手を繋げられるし」
「ふふ、それならお願いするしかないですね。ありがとうございます」
「あぁ」
実際は瀬那の両手は塞がっていないので、手を繋ぐことはできる。
だから、方便ってやつだな。
時期が時期なので、スポーツ用品店で大きく展開されているのはウィンター用品だった。
スケート靴、スノーシュー、そり、冬山登山用品、防寒ウェア。
そして、もちろんスノボーやスキー用品もある。
このお店は広いので、種類が豊富だ。
そう、豊富過ぎるほどだ……。
まるでウェアの博物館だな。
「ウェアだけでこんなに種類あるのかよ……」
「色や柄はともかく、形も予想よりずっと多いです……」
「……待って……スキーとスノボーのウェアって別だったのか!?」
「本当ですね。……調べてみましたが、最近はデザインも混ざってきているけど、見え方には違いがあるようです」
瀬那が調べた内容を見せてくれる。
詳しいことはわからないが、スノボーは全体的にダボっとした感じのものが多く、スキーは細身のものが多い印象だった。
「これは、ここでどっちをやるか決めた方がいいってことか?」
「そんな気持ちになりますね」
「うーん、このまま悩んでいてもわからなそうだから……すみませーん」
『下手の考え休むに似たり』ではないが、見た目はともかく、機能性の問題を素人二人で話していても無駄に近いと思う。
手早く、近くにいた店員を呼んだ。
「はーい、どうしました?」
「すみません。俺たち、スキーもスノボーも初めてなんですけど……ウェアって、やっぱりそれぞれ専用のものを買った方がいいんですか?」
「ああ、なるほど。そこ、最初は迷いますよね」
店員は並んでいるウェアへ視線を向けると、近くの二着を指さした。
「ざっくり言うと、スキーは身体に沿った細めのものが多くて、スノボーは少しゆったりしたものが多いです」
「なるほど」
「ただ、最近はデザインも機能もかなり近くなっているので、初心者の方なら絶対に分けないと駄目ってわけでもないですよ」
店員が予想していなかったことを言った。
「兼用できるんですか?」
「できますよ。どちらでも使いやすいモデルもあります。スノボーだと雪の上に座ることが多いので、防水性とか、お尻まわりの作りを気にする方が多いですね。スキーだと動きやすさに加えて、裾が引っかかりにくい形なんかも選ばれます」
それを聞いて少し安心する。
あまり細かく考えなくても大丈夫そうだ。
「なるほど……」
「お二人とも初めてなら、ウェアより先にスキーかスノボーかを決める必要は、そこまでないですよ。見た目で気に入ったものを何着か選んでもらって、そこから用途に合うものをこちらで絞れます」
「そんな選び方でいいんですね」
「はい。むしろ初めてだと、その方が選びやすいと思いますよ。ちなみに、お二人は寒がりですか? あと、旅行先では何日くらい滑る予定です?」
店員の質問にそれぞれ答えた。
その後もいくつか質問され、ある程度の候補を絞ってくれた。
「彼氏さんならこの辺りで、彼女さんならこっちですね。まずはゴーグルや手袋などは気にせず選んで大丈夫ですよ。せっかくですし、一度それぞれ着てみますか? サイズ感って、見ているのと実際に着るのとで結構違うので」
「そうですね、着てみます」
絞ってもらったとはいえ、まだ種類は豊富だった。
話を聞いている限り、そこまで機能性だけを考えても仕方なさそうだったので、色や見た目でいくつか見繕って試着することにした。
瀬那もいくつか選んでいるようだが、
「朔也くんが先に着替えてみてください」
と言ってきた。
最初、その意味はわからなかったが、意図はすぐにわかることになる。
◇
「……どうだ?」
「うーん、これなら先ほどの方が良さそうです」
かれこれ十数分。
数にして、すでに十着くらい。
とっかえひっかえ着替えているわけだが……なぜ、俺のものにそんなに時間をかけるのか。
店員も今はもういない。
決まったらもう一度声をかけるということで、離れてもらった。こんなカップルのやり取りを横で見続けるなんて、ただの拷問だろうし。
「ふぅ……ということで、この三つから朔也くんが選んでください」
「お、おぅ……選ぶの楽しかったか?」
「はい♪ 女の子同士ならありますが、男性の服を選ぶのは初めてだったので、いい経験でした」
「そりゃ良かったよ……」
瀬那が選別した三着から俺が選んだのは、チャコールグレーのジャケットと黒のパンツ。派手な柄はなく、シンプルなほぼ無地のデザインだ。
メーカーのロゴが胸元と背中にあるが、目立つほどではない。
「それでは、私はこれとこれを着てみますね」
「……瀬那は少ないんだな」
「だって、朔也くんと並んだ時に見栄えが良さそうなものがいいじゃないですか」
確かに一緒にいることが多いことを考えると、並んだ時の見栄えを意識しても良さそうだ。
だから先に俺の方を決めたかったのか。
「そういうことか。それなら納得……待て。もしかして、種類が多くて決められないから、俺を先にしたってことはないよな?」
「……さあ、着替えますので、これ以上は入ってきては駄目ですよ?」
「……おい」
俺の追及を無視して、瀬那は着替えスペースへ入っていった。
……解せぬ。
「次は彼女さんの番ですか?」
気づいたら店員が戻ってきていた。
こちらの様子を気にしてくれていたようだ。
「長らくお待たせしました」
「いえいえ、皆さん時間かけて選んでいますよ。むしろ早いくらいです」
「マジっすか」
「マジっす、マジっす」
オシャレ着や日常の服ならともかく、ウェアでこんなに時間がかかるとは思わなかった。
「それにしても、あんなに可愛い彼女さんと旅行なんて羨ましいですねー。お二人とも仲も良さそうですし」
「ありがとうございます。……自分でも、自分にもったいないくらいできた子だと思います」
「そんなことないですよー。彼氏さんもかっこいいので、並んでいて絵になりますって」
褒めてくれているのはわかっているが、恥ずかしいし、こそばゆい。
店員は俺のことを上から下までじっと見た。
「……何か?」
「彼氏さん、身長何センチですか?」
「身長ですか……最近、百八十超えましたね」
「へー、大きいですね。羨ましいです!」
そんなことを話していると、瀬那の着替えが終わったようだ。
ガララッとカーテンが開くと、瀬那はくすみピンクのジャケットに、アイボリーのパンツ姿だった。
瀬那も柄はなく、シンプルな無地のものを選んでいる。
「おー、可愛くていいじゃん。似合ってる」
「えへへ、私もこの色合い、いいと思います。ということで、これにします!」
「早っ」
その一言だけで、瀬那の方は決まった。
……一瞬だった。
俺にかけた時間は何だったんだ……。
「それでは、ゴーグルの方を選びましょうか。メガネ対応のものもありますので、ご安心ください」
「当日はコンタクトで行くと思うので、大丈夫です」
「了解です。それでは、こちらに――」
俺たちが選ぶものは、まだまだ続くようだ。
その後、一時間くらいかけて、いろいろ教えてもらいながら必要なものを選んだ。
結局買ったのは、ウェアとインナー、ゴーグルと手袋。
ニット帽は別の店で買うことになった。
……それはなぜか?
『……ないですね』
『何が?』
『お揃いにできそうなニット帽です』
瀬那は棚を端から端まで見たあと、少し残念そうに肩を落とした。
『別に完全に同じじゃなくてもいいんじゃないか?』
『ダメとは言いませんが……せっかくの旅行ですよ?』
そう言いながら、今度は俺のウェアと自分のウェアを交互に見る。
『色違いでもいいので、並んだ時にお揃いだとわかるものがいいです』
旅行そのものだけじゃなく、こういう準備まで楽しんでいるのがよくわかる。
『そこまでこだわるのか』
『もちろんです!』
どうやら、ここだけは妥協する気がないらしい。
そんな可愛らしいわがままを、彼氏の俺が叶えないはずがない。
『じゃあ、別の店も見てみるか』
『はい♪』
それ以外にも、一つ成果があった。
選んでいる最中に店員と話しているうちに、俺の気持ちはスノボーへと傾いていた。
それを瀬那に言ったら、
「それなら、スノボー向けで選びましょう!」
ということになった。
俺も瀬那も、どちらでも良かった。
要は、決めるきっかけが必要だっただけなのだろう。
その後も、必要なアイテムや旅行用の消耗品などを買い、家へ帰ることにした。
俺の手には、大きめの買い物袋が二つ。
ウェアが入っている分かさばってはいるが、見た目ほど重くはない。
瀬那のバイト用の荷物は肩に掛け、買い物袋は何とか片手にまとめて持てている。
瀬那は何度か「持ちますよ」と言ってくれたが、断った。
もう片方の手を空けておけば、手を繋げるからな。
先日の雪がまだ少し残っている道を、二人並んで歩く。
すると、瀬那が「そういえば」と言葉を切り出した。
「私、朔也くんに言わなければならないことがあるのです」
「改まってなんだよ」
足を止め、こちらを向く瀬那。
それに合わせて、俺も彼女の目を見る。
「朔也くんは、順調に育っているようで良かったですね」
「何が?」
「し・ん・ちょ・う♪」
これは素直に喜んだらまずいやつだ、と直感が告げていた。
だって、笑顔ではあるが……頬がほんの少しだけ膨らんでいた。
……俺だけ伸びたのが、そんなに悔しいのだろうか。
こればかりは、俺のせいじゃないと思うぞ。




