第170話 クリスマスパーティー②
「オー! リッベまであるのね!」
リビングに入ってきたエレノアは、ローテーブルに並べられた料理を見て、両手を上げて驚いてくれた。レシピ通りとはいえ、少し不安はあった。
リッベ。
ノルウェーのクリスマスでは欠かせない料理……らしい。
皮に格子状の切り込みを入れ、塩コショウで下味をつけたあと、オーブンでじっくりと蒸し焼きにしてからローストする。
料理の手順としてはわかりやすく、難易度自体はそこまで高くなかった。
この料理で一番大変だったのは、皮付きの骨付き豚バラ肉を買うことだ。
豚バラ肉ならその辺のスーパーでも買えるが、皮付きかつ骨付きなんてものはなかなかない。
いくつか業務用スーパーも含めて回ってみたが、この辺りでは見つからず、結局、通販で買うことになった。
(間に合うかどうか微妙だったけどな)
届いたのが一昨日で、かなりヒヤヒヤした。
クリスマス目前になってしまったため、試しに作ることもできなかったのが心配だったが、エレノアの反応を見る限り、見た目は大丈夫そうだ。
「口に合えばいいけどな。なにぶん、食べたことのない料理だから、味見もクソもなくて」
「作ってくれただけで嬉しいよ。うん、いい匂いね。サクヤが作ったの?」
「ああ。リッベとターキーは俺。ピザとサラダは瀬那だよ」
「ふふ、二人の腕前は知っているから楽しみ」
四人はコートや荷物を置き、それぞれ席につき始めた。
「そうだ、朔也。忘れないうちに渡しておくわ!」
「あぁ、すまん」
「いやいや、当たり前じゃんか。むしろ負担は二人の方が多いってのに」
「ホント、ホント! まあ、私らじゃここまでのものは作れないから、頼るしかないんだけどね!」
俺と瀬那が今日の料理を用意したわけだが、当然ながら材料費もかかっている。
他のメンバーとしては、さすがに全部こちら持ちというのはいたたまれないし、フェアじゃないということで、材料費はみんなからもらうことになっていた。
普通に考えれば当然なのだろうが、料理が好きな俺としては、そこまで気にしなくてもいいと思っていた。
それを瀬那に言ったら、呆れられたけどな。
『朔也くんは「与える」方が多いから気づいていないですが、「与えられる」方からすると、申し訳ない気持ちでいっぱいになるのですよ。これ幸いと甘えるようなメンバーでもありませんし、こういうのはイーブンにした方が仲が長続きすると思いますよ』
と、指摘された。……耳が痛い。
金銭感覚が多少壊れている自覚はあるが、瀬那に言われると、もう少し自覚した方が良さそうだと思えてくる。
『親しき仲にも礼儀あり』ってことかな。
……少し違うか。
「じゃあ、料理が冷める前に始めるか」
「では、ピザを焼き始めますね」
ピッ!
瀬那がオーブンのスタートボタンを押すのと同時に、みんな思い思いの場所に座る。
今日は勉強会の時と同じように、ソファを端へ寄せ、ローテーブルを並べた形だ。
「よし、浩紀……やれ」
「え? 俺でいいの?……しょうがないにゃー!」
開始の音頭は浩紀に任せておけば、なんとでもなる。
「みんなコップは持ったな! 今日この日を迎えられて――」
「ひろ、ながーい! はい、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「God jul!」
カチンッ、とグラスの触れ合う音が重なる。
「えぇー……」
開始一秒にも満たず、愛莉に音頭をぶんどられる浩紀。
酷い、とでも言いたげな浩紀は置いておいて、みんなでグラスを合わせる。
ある意味、予定調和だ。
その合図を皮切りに、みんなそれぞれ好きな料理へ手を伸ばし始めた。
「これ、うまみー!」
「デリシャスね!」
「やっぱり二人の料理は美味しいね」
冷めていないか少し心配だったが、ウォーマープレートがいい具合に保温してくれていた。
この値段でこの性能なら十分すぎる。
うんうん。
「お前、何を『うんうん』言ってるんだよ?」
「……言ってないが?」
「言ってたよ?」
浩紀と愛莉がこちらを見て言う。
みんなの視線まで俺に集まり、恥ずかしくなって目を逸らすしかなかった。
「はい、朔也有識者の瀬那さん。彼は何を考えていたのでしょうか?」
手をマイクに見立てて、瀬那へインタビューする愛莉。
さすがに瀬那もこれは――
「この様子だと……最近買ったウォーマープレートが、予想以上に効果があったことに喜んでますね」
「瀬那さん!?」
「もしかして、当たっていましたか?」
「当たってたけどさ……」
最近、本気で俺の思考を読めているんじゃないかと疑い始めているんだけど……。
……そのうち、俺より先に俺のセリフを言いそうで怖い。
「おぉ! 正解じゃん! さすが、サクヤマイスター!」
「うふふ、朔也くんのことならお任せください」
胸を張り、自信満々に言う瀬那。
ウレシソウデ、ナニヨリデス。
「……聞いていいかわからないけど、どうしても気になるから聞くね。そのリング、どうしたの? サクヤもつけてるね」
談笑の合間、エレノアの視線が不意に俺たちの手元で止まった。
俺と瀬那の右手の薬指につけているリングへ視線を向ける。
正直、かなり目立つ。
今日もつけるのか瀬那に聞いたところ、
『もちろんつけます。皆さん、お相手がいるので大丈夫ですよ』
と返された。
どう考えても、自慢したがっているのが丸わかりな態度だった。
独り身のやつがこの場にいたら、ちょっと申し訳なくなるな。
そういう意味でも、このメンバーならまだマシだろう。
「これですか? クリスマスプレゼントで作ってもらった、朔也くんの自作です!」
「さすがだな、朔也! 売っているものにしか見えない! かっこいいぜ!」
「うんうん……でも、月と川……だよね。お互いを意識してるのがよくわかる! このバカップルめ!」
愛莉も、よくこの短時間で気づくものだ。
お互いのリングには、相手を意識したモチーフが刻まれている。
二人で考えたデザインではあるけど、第三者に指摘されると少し恥ずかしい。
「サクヤ。ワタシ、このあいだ話したよね? あなた、自重というワードを知らないの?」
「……なにそれ、美味しいの?」
「……どういうこと?」
俺のボケがよくわからなかったらしく、エレノアは隣の和人へ顔を向けた。
さすがに、この手のネタはまだわからないか。
そんな二人をよそに、瀬那は愛莉へ指輪を見せていた。
愛莉はリングをいろんな角度から眺めながら、「いいねー! いいねー!」と笑顔で肯定的なことしか言っていない。
作った側としては、周りの反応が良いと、とても嬉しかったりする。
その様子を見たエレノアも毒気が抜かれたのか、「まあ、いいわ」と肩をすくめて食事へ戻った。
「やっぱり、サクヤもセナも料理が上手ね。……うちの専属シェフにならない?」
「何を言ってるんだよ。……嫌だよ」
「むー、残念ね」
エレノアが唇を尖らせて、拗ねたように腕を組んだ。
「でも、俺は少しわかるよ。昨日、エレノアのご両親と食事するって言ったよね? その時に出た料理と遜色ないと思う。高校生の俺が何を言ってるんだって感じだけどさ」
昨日のことを思い出したのか、彼は少し遠い方を向いていた。
後で問いたださないとな。
「この流れだと、一流の人の料理?」
「……もちろん」
浩紀と愛莉みたいな幼馴染同士とは違い、和人はほとんど会ったことのない彼女……というより、婚約者(仮)のご両親と食事をしたわけだ。
それだけでも緊張するだろうに、さらに一流のレストランか何かだったらしい。
……まともに味なんてわかったのだろうか?
「まあ、褒められたと思って喜んでおくわ」
「そうしてくれると助かるよ」
それからしばらくは、料理を食べながら談笑しつつ、簡単なゲームもして過ごした。
やったのは『自己紹介カード』という、引いたカードに書かれたお題について話すだけの簡単なゲームだ。
名前の通り自己紹介に近い内容が多く、「子供の頃の夢は?」や「小学校でやっていた委員会のエピソードは?」など、今のところえぐい内容は出てきていない。
カードを一枚引くたびに、「そんなことしてたのかよ」と笑ったり、意外な答えに驚いたりする。
特に面白かったのはエレノアの番だ。
やっぱり日本とノルウェーでは文化が違うらしく、こちらが想像していたような答えではないことも多かった。
意外な一面がわかって、なかなか楽しい。
それはエレノアも同じだったらしく、俺たちの答えで疑問に思ったことがあるたびに、「それはどういう意味?」と確認していた。
これが本当の意味での異文化交流なのかもしれないな。
そして、ゲームが一段落した頃だった。
「よし! そろそろ、プレゼント交換をしようぜ!」
浩紀がにやりと笑い、みんなの視線が一斉に集まった。
そして、今日のメインイベントが始まった。




