SS 友利先生:コーヒーの仕入れ
― 夏休み明けから一ヶ月ぐらい ―
保健室。それは私の城。
……実際にそんなことを言ったら、教頭辺りにしこたま怒られるだろうけどね。
私は勤務時間のほとんどをここで過ごしている。
たまに職員室にいることもあるけど、ここでも作業はできるので、一人で集中できるここの方が断然楽だ。
実は『私の城』を充実させるために、色んな私物を密かに持ち込んだりしている。
まずは、ばれても問題なさそうなクッション。
私のデスクの椅子とソファには、お気に入りの硬さのものを置いてある。
そして次に、小型の冷蔵庫。
薬品や保冷剤など、生徒たちのために学校から支給されたものを保管する大きな冷蔵庫はもちろんある。けれど、さすがに私とて、そこへ私物を入れるのはためらってしまう。
そこで、私は小型の冷蔵庫を持ち込み、デスクの下に隠している。
主に入っているのは、炭酸飲料とチョコレート、そしてコーヒーに使うミルク。
コーヒー豆は常温保存が良いらしいので、デスクの引き出しにしまっている。
そう、最近のマイブームはコーヒー。
この部屋には豆を挽くためのミルやコーヒーメーカーも置いてあり、時間があれば淹れて楽しんでいる。
そして、暇つぶしに来る客へ出すこともある。
今、目の前にいる同僚にもね。
コーヒーにミルクをたっぷり入れ、カフェラテにして飲んでいるのは、1-D の担任である三波先生。教員二年目の、小柄で可愛らしい女性教師だ。
年齢は違うが、性格の相性が良く、仲良くしている。
「友利先生、コーヒー豆、変えました?」
「……ミルクを入れているのに、よくわかったわね」
「結構、違いが出るものですよ。う〜ん、美味しい!」
「それは良かったわね。東條くんにもお礼を言っておきなさい」
私の言葉を聞いた三波先生は、疑問を浮かべた顔でカップを置いた。
「……そこで彼の名前が出てくるのは、なぜでしょうか?」
「あなたも知っているでしょ。彼、保健室によく来ていたのを。一学期に比べたらマシだけど、二学期もたまに来ているわよ」
「それは……やっぱり、体調が?」
「あー、違うわよ。今回はそういう理由じゃないの」
私は以前の彼とのやり取りを思い出しながら、三波先生に話して聞かせた。
◇◇◇◇◇
ある日の放課後。
彼は少し大きめの紙袋を持って、保健室へやってきた。
「友利先生、いいコーヒー豆を貰ったので、ここで挽いていいですか?」
「……なぜ、ここでするのかしら?」
「さすがにミルは持っていなくてですね。近場だと保健室が一番楽だからです」
「楽ってあなた、ここは私室じゃないわよ」
誰が言っているのかとツッコミされそうだけど、生徒を入り浸らせるのは良くない。保健委員なら仕事という名目も立つけど、ただの男子生徒はもってのほか。
だけど、彼の場合は簡単に追い出すこともできない。
何かあって、ここへ逃げ込んできた可能性もあるのが難しいところだ。
「……体の調子が悪いの?」
「いえ、そんなことはないですよ」
「そう。なら良かったわ」
普段、彼は不調を表に出さないようにしているが、今回は強がりではなさそうだ。
そういえば、噂になっていたわね……南雲さんとの関係が。
ストーカーの一件があったから、二人が付き合い始めても私は驚かなかったけど、校内では随分と騒がれていた。
「今度、調子が悪くなっても、彼女さんに甘えればいいものね」
「……先生がそれを言っていいんですか。まあ、いつも頼ると負担をかけすぎるんで、まだこちらのお世話にはなりますよ」
「甘えているのは否定しないのね」
付き合いたてのカップルがイチャイチャするのは自然なことだから、別に良いのだけど。
……少し、羨ましいけど。
彼はお茶請けに持ってきたらしいクッキーを取り出し、コーヒーを淹れ始めた。
淹れ方は私が教えたのだけど、なんだかんだ要領が良いので、すぐにやり方を覚えた。いつの間に研究したのか、今では私より……いえ、私と同等ぐらい、美味しく淹れられるようになっている。
雑談をしつつ、最近の体調についてそれとなく探ってみるが、
「保健医なのですから、直接聞いたらいいじゃないですか?」
と、すぐに勘づかれてしまった。
ただ、話を聞く限りでは良い方向へ向かっているようで、特に問題はなさそうだったので安心した。
かかりつけ医が彼女さんに余計なことを言い、彼女の過保護を助長しているという、ある意味では惚気にしか聞こえない報告をされても、逆に困るけど。
その後、コーヒーを一杯飲むと、彼は保健室を出ていこうとした。
「なんで、コーヒー豆を置いていくのかしら」
「開けた以上、早めに飲まないといけませんから。やむなしです」
「持って帰りなさい」
「うちにコーヒーメーカーはないです」
やられた。
その発言が本当か嘘かは、私にはわからない。
最初から、ここへ置いていくつもりだったようね。
彼がそんなことをする理由で、思いつくものは一つしかない。
「わざわざ献上品を用意する必要はないわよ」
「そのつもりはないですが……強いて言えば、友利先生とは仲良くしておいた方がいいと思ったので。要は賄賂です」
「賄賂って……」
「……発作が出た時に、また迷惑をかけますから」
それが私の仕事だから、気にしなくていいのに。
少し特殊な症状だからこそ、本人も必要以上に気に病んでいるのかもしれない。
「まあ、そういうわけなので、風味が落ちる前に飲んでください」
「はあ……わかったわ。ありがたくいただいておくわね」
そう言うと、彼は満足そうに部屋を出ていった。
◇◇◇◇◇
説明を終えると、三波先生は渋い顔をして私を見ていた。
なんとも言えないその表情に、私は笑いそうになる。
「……なんで生徒と闇取引みたいなことをしてるのですか」
「やっぱりそう思う? ちなみに、『うまっ! うまっ!』と言いながら、今あなたが食べているクッキーも東條くんが作ったものよ」
「そんなことは言っていません!……えっ、市販のものかと思いました」
「そうよね……あの子はあの子で多才よねー」
保健室から出ていく彼の顔を思い出しながら、呆れた声で言う。
夏休み明けから、ここへ来る頻度は減っている……いや、ほとんど来ていない。
それが南雲さんと付き合い始めたことによる良い変化なら、良かったと思う。
南雲さんの負担になりすぎない範囲で、その調子で良くなってほしい。
愛は人を強くするってことね。
……何を恥ずかしいことを考えているのか、私は。
― 友利先生:コーヒーの仕入れ 完 ―
作業日数確保のため、SS を挟ませていただきます <(_ _)>
明日も SS ですが、許していただけると助かります。




