第162話 ブックガイドの行方
図書館へ入ると、まず目に入ったのは受付だった。その大きさは自宅近くの図書館と大差はなかったが、受付にいる職員の数は倍ぐらいいた。
入り口付近の案内板を見ると、この建物は三階建て。
一階には文庫本のコーナーや、絵本などが並ぶ児童コーナー。それに隣接して、軽食程度なら食べてもいいエリアにテーブルと椅子。
そして、予約制の……防音室?
調べてみると、どうやら中高生が楽器を使うための施設らしい。この中央図書館は、生涯学習・青少年支援施設も兼ねているようだ。市内在住、もしくは市内の学校に在学しているなら無料だが、それ以外は一時間二百円程度かかる。
だが、中高生が一般のスタジオを借りるのはハードルが高いことを考えると、破格だろうな。
(ここは図書館だけど、本だけではないんだな)
二階には蔵書コーナーや中高生向けの YA コーナーのほか、自習室があるようだ。読書と自習のスペースを区切ることで、トラブルを減らしているのかもしれない。
三階には二階とは別ジャンルの蔵書コーナーと、映像作品を鑑賞する AV コーナーや会議室といったスペースもある。
館外には遊具こそないが、近代アートが置かれた芝生の広場があり、休憩できるようになっていた。
今、そこでは何かの紙を持った小学生ぐらいの子供たちが走り回っている。
……とにかく広い。
「朔也くん、そろそろ行きましょうか」
「えっ? あぁ、ごめん」
俺が案内図を眺めている間に、他のメンバーはいつの間にか受付まで行っていた。司書が受付の職員と話しているようだ。
……完全に出遅れたな。
「どうしたのさ、二人とも?」
話しかけてきたのは、道中で雑談していた先輩。
「……案内図を見てただけですよ」
「えっ……なんでまた?」
「朔也くんは、初めての場所に来た時は必ず、全体の構造を頭に入れないと気が済まないのですよ」
さすが瀬那さん、よく見ていらっしゃる。
マッピングではないけど、ほかの奴らがなんで気にならないのかわからない。
「普通の人は必要な時に確認するか、避難経路ぐらいだと思いますよ?」
「……左様ですか」
「?」
毎度毎度、よく俺の思考が読めるものだ。
このやり取りを聞いていた先輩は、よくわかっていないようだった。当たり前だ。瀬那のこの特技と言っていいのかわからないが、思考を読む力は普通のそれではないと思う。
「私のこれは朔也くん限定ですよ?」
「いやいやいやいや……」
「?」
瀬那さん……怖いっす!
って、袖を引っ張ってむくれないでください……これも読んだのですか!?
そんな日常的なやり取りをしていると、受付で手続きをしていた司書がこちらを振り向いた。
「よし。それじゃあ手続きも終わったし、行こっか」
そう言って彼女は歩き出した。
俺たち図書委員も、それに続く。
二階へと上がり、蔵書コーナーまで行くと掲示板があった。
全員で確認するが、そこには俺たちが作ったものはなかった。
「あれ? おっかしーな。最初に見た時は、ここにあったんだけどね」
「掲示板ってここだけなんすか?」
メンバーの一人が司書に問いかける。彼女は「うーん」と頭をひねっていた。
俺も辺りを見渡すが、それらしい掲示板はないな……。
ふいに、俺の裾をクイクイと引っ張る感覚があった。
瀬那を見ると、何かを発見したらしく、驚いた表情を浮かべながら、震える指で一点を指していた。
瀬那にしては珍しく、声も出ないほど動揺している。
「瀬那?」
俺は、その指が示す先を見ると――
「はぁ!?」
――思わず声が出てしまった。
いや、待て。俺の知っている『展示』と意味が違う。
俺たちが作成したブックガイドが、YA コーナーの一角を丸々使って、でかでかと展示されていたのだ。
『市内高校生おすすめ! 秋の読書フェア ―私立黄隆学園 図書委員会制作ブックガイドより―』
と、看板まで置かれている。思わず二度見してしまった。
ここまで大きく書かれているのに俺たちが気づかなかったのは、ちょうど上がってきた階段から死角になっていたからのようだ。
「……司書さん、あれ……」
俺が絞り出すように声を出すと、みんなが一斉にそちらを向く。
「えぇ……」
「なにあれ……」
「あははは!」
それぞれ思い思いの驚きの声を上げていた。中には爆笑しているメンバーまでいる。
俺も驚きのあまり少し震える足でコーナーへ近寄ってみると、明らかにおかしいことがあった。
図書委員がそれぞれ書いた紹介文が、拡大印刷されて貼られていたのだ。
さらに、その下には紹介した書籍がいくつか置かれていた……形跡がある。ブックスタンドはいくつも並んでいるのだが、それぞれ一冊を残して空になっていた。
残されている一冊には『貸出禁止』と書かれたシールが貼られている。紹介用に必ず一冊は残すようにしているのかもしれない。
ただ、そうなると、この企画のために何冊も同じ本を用意したのだろうか……。
……そこまでやる?
「朔也くんが書いた紹介文もありますね」
「めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……」
みんなが次々と自分の紹介文を探し始めた。
「あ、しかも、それぞれの紹介文に称賛の言葉が書いてありますね。ここの司書さんでしょうか」
「あ、私の紹介文も……絶賛されてる!」
こういう場だからだろうか。すべての紹介文に「ここが特にするどい!」や「丁寧でわかりやすい!」など、肯定的なことしか書かれていない。
「司書さん、これ知ってました?」
「いや、知らなかったわよ。でも、あいつならやりかねないわ」
「?」
司書つながりという話だったが、この感じだと、事務的なつながりだけではなく、友人寄りの関係の人もいるようだな。
「しかし、これは凄いわね……。みんなの紹介文がちゃんとしているから、違和感はそんなにないけど、さすがにやりすぎ?」
「いや、間違いなくやりすぎでしょ……。少し、うちの生徒会長を思い出しました」
「あはは、東條くん、それわかるかもー」
柊先輩ならやりかねないし、なんならもっと派手にしている可能性が高い。
……LED を付けたりしそうだ。下手をしたら音まで鳴らしかねない。図書館でやったら迷惑でしかないが。
「あ、この図書館のホームページ見たら、書いてありますね。『私立黄隆学園の図書委員が作成したブックガイド特別コーナー設営中』って」
「……本当だ」
「やりすぎじゃね?」
「あははは!」
メンバーの一人が見つけたページを、周りのみんなも覗き込んでいた。
俺も自分のスマホで検索すると、確かに『新着情報』と『イベント案内』に書いてある。
無言でうちの学校の司書さんへ視線を送ると、彼女は頭を横に振って「知らない!」と答えた。
ここまで勝手に発展させていいのだろうか……。
まあ、被害らしい被害があるわけではないから、別にいいけどさ。少し恥ずかしいが、個人名は載っていないので俺につながることもないだろう。
「あれ? ここに何か書いてある」
二年の先輩が指した先には、紹介文の下に一枚の貼り紙があった。
そこには、
『この本を巡る謎に挑戦!』
と書かれている。
本にまつわる謎解き……だろうか?
説明を読むと、ここで紹介されている本に加えて、いくつかの書籍にまつわる謎解きイベントを開催しているようだ。
レベルは一から三。
一階の受付で参加用紙を配っているらしい。
館外で走り回っていた小学生たちが持っていた紙は、これだったのだろう。
謎を解いて受付に持っていけば、景品がもらえるらしい。
「あー……あいつ、またこんな変なことを……」
うちの学校の司書が漏らした声が印象的だった。
やっぱり、規格外の生徒会長と同じ属性の人がいるみたいだな。
余談だが、このあと暇つぶしにみんなで謎解きへ参加した。
血で血を洗う戦いが始ま――ることもなく、無事に終わって景品のブックカバーをもらった。
その後は、みんなでカフェに寄って軽く打ち上げをしてから帰るのだった。
謎解きのシーンを入れようか迷ったのですが……SS に回します。
……たぶん。




