第159話 時期外れな彼女④
昼とは違う雰囲気を醸し出しているエレノア。
困ったように苦笑いを浮かべながらも、エレノアを止めようとしない和人。
状況がよくわからず、疑問符を浮かべたままの瀬那。
そして、少しだけ察している俺。
三者三様――いや、四人いるから四者四様か。
言葉として正しいかは知らないが、それぞれ違った気持ちを抱えているのはわかる。
「とりあえず、駅前で話すことではなさそうだな。……少し歩くが、俺の家に行くか? 腹も減ったし」
「ワタシたちは、さっき食べたよ」
「俺たちが食べてないんだよ……」
先ほどまでの雰囲気を壊す、どこか気の抜ける言い方をするエレノアをよそに、俺は和人へ「どうにかしてくれ」と目配せした。
「エレノア。とりあえず、朔也の家に行こうか。このままだと、落ち着いて話せないだろ」
「……それはそうね。わかったわ」
「瀬那も、それでいいよな?」
「はい。話の内容はいまいちわかっていませんが、私は大丈夫ですよ」
そのまま、俺たちは自宅へ向かう。
だが、気になることがある。道中、俺はそれを二人へ問いかけた。
「二人とも、明日も学校だけど大丈夫なのか? そもそも帰りが遅くなるけど、親は怒らないのか?」
「ワタシはノープロブレム」
「……俺も、まあ大丈夫かな」
歯切れの悪い和人には少し疑問を覚えたが、男なので、親もそこまで気にしないことはあり得る。
それに、婚約者として紹介されているエレノアと一緒なのを知っていたら、あまり強く言わないのかもしれない。
……さすがに家族は、エレノアとの関係を知っている……よな。
「それより、セナは大丈夫なの? 家に帰らなくても」
「あー」
エレノアを除く三人が、一斉に声を漏らした。
俺は瀬那へ目で確認する。
彼女は「大丈夫です」と言うように頷いた。
「和人、大丈夫だと思うか?」
「大丈夫だよ。エレノアは、人の秘密を言いふらすようなことはしないよ」
「どういうこと?」
「そうか……エレノア。他の奴らには黙っておいてほしいんだが、瀬那と俺は、お互いに親との間に問題があってな。元々は一人暮らしをしていたんだ。だけど、訳あって今は同棲している状態だ」
その言葉を聞いたエレノアは立ち止まり、俺と瀬那を交互に見た。
それから、悪戯っぽく目を細めた。
「ワーオ、ダイタンね。羨ましいわ」
そう言い放った。
羨ましい、ね……。
俺は和人を見るが、彼は今日何度目になるかわからない苦笑いを浮かべていた。
将来を約束しているだけなのか、本当に婚約者なのかわからないが、この二人なら、同棲しても俺たちより健全ではないだろうか。
「ちなみに、ほかに知っているのは浩紀と愛莉だけだ」
「ナルホド。わかりました。それ以外の人には言いませんよ」
「助かる」
「ありがとうございます」
そのまま、軽く事情を話しながら俺の家へ向かった。
ナイフで刺された件については、エレノアから「サクヤは人間ではないですね」という感想をもらった。
……解せぬ。
◇
自宅に着いて二人を家へ通したあと、俺は晩ご飯の仕上げをする。
その間に瀬那は、二人にお茶を出していた。
「悪いけど、時間の関係で食べながらでいいか?」
「ノープロブレム。もう九時を回っていますから、食べてください。……ワタシも少しつまみますから」
いつの間にかフォークを持ってきていたエレノアは、宣言どおりおかずをつついていた。突っ込んでも意味がなさそうなので、俺も食べ始める。
少し食べて落ち着いた頃、あまり遅くなっても困るだろうと思い、話を促すことにした。
「それで、話ってなんなんだよ?」
「もぐもぐ……。うん、大したことではないわ。サクヤには、カズトとワタシの手伝いをしてほしいのよ」
「……なんだ、それ」
「エレノア。その説明だと、朔也にはわからないと思うよ」
わからない……わけではない。
あらかた予想はしているが、それを『ただの男子高校生』に頼むのはおかしい。
「正直に言えば、なんとなくは予想している。だけど、もし予想どおりだとしても、和人から頼まれない限り、自分から首を突っ込むつもりはない」
「……それはおかしいわ。あなたは、トウジョウの人間なのでしょう」
そう来たか。
それを知っているのなら、話が変わる。
「それは勘違いだ。俺は東條の血を引いていない。高校へ入学する前に、母親が再婚した相手が東條というだけだ」
「そうだよ、エレノア。俺もこの前教えてもらったけど、朔也は東條家の血筋とは関係ないんだ」
いじめのことを話した時、ついでに、俺の親が再婚して苗字が変わったことも話しておいた。
噂の方で『鳳』の姓が出てきた時に、混乱する可能性があったからだ。
離婚や再婚自体はよくあることなので、二人とも「そうなんだ」ぐらいの認識だったけどな。
「……では、サクヤは何も知らないの?」
「何も知らない。俺も話していない。けど、察しているところはあるみたいだけどね」
「セナはどうなの? ナグモの人間なのでしょう?」
「……え?」
今まで黙って話を聞いていた瀬那に、とうとう話が振られた。
このメンバーで瀬那だけが置いてけぼりにされているはずだが、何も口を挟まずにいたのだ。
正直、この件で瀬那にはあまり触れてほしくない。
だが、エレノアが見逃すはずもなかった。
「瀬那は何も知らない。ただの女子高生だ」
「でも、それでは説明がつかないわ」
エレノアは、何かを感じ取っているのかもしれない。
迷うことなく断言した。
「何がだ?」
「セナ。そのリングを見せてくれる?」
「……こちらですか?」
エレノアが指したのは、俺がお守りとして渡したピンキーリングだ。
見た目はよくあるもののはずだが……気づいたのか。
バイト中はチェーンへ通したり、スマホケースへ入れたりしているが、バイトを終えた今は小指へ戻している。
このリングを渡してから、瀬那は俺のお願いどおり、肌身離さず持ち歩いている。
瀬那は指から外し、エレノアへ手渡した。
「これは、どこで手に入れたの?」
「……朔也くんからいただきましたけど」
何もわからない状態なのに、瀬那は毅然とした態度だった。
ちらりと隣にいる俺を見たが、俺が頷くと、誤魔化さずに本当のことを答えた。
「作ったのは俺だが、何かおかしいのか?」
「わかっているでしょ。これは、ただのリングではないわ」
「……」
やっぱり、何かがわかっているようだ。
持ち主に危機がなければ、ただのリングと変わらないはずなのに。
俺と同じものを持っているのか?
「カズトはわからない?」
「……全然。普通の指輪にしか見えないよ。そうだとしても、朔也が作って南雲さんへ渡したものなら、危ない物ではないだろ」
「そうね。むしろ逆よ。だって――」
「エレノア、それ以上はやめてくれ」
俺は、エレノアの話を遮った。
「悪い。だけど、瀬那は本当に何も知らないんだ」
「……そういうこと。だから、ルナはあんなことを言っていたのね」
ルナ? 知らない名前が出てきた。
和人たちに関係する人なのはわかるが、誰だろうか。
何に納得したのかはわからないが、そのままエレノアはリングを瀬那へ返した。
「わかったわ。サクヤもセナも、家の事情は知らないのね」
「ああ」
エレノアは一度頷いたが、すぐにリングへ視線を戻した。
「でも、このリングを作ったのはサクヤなのよね。なら、何も関係ないとは言えないわ」
横を見ると、瀬那は珍しく無表情だった。
どういうことなのか聞きたいが、この場で口を挟むべきではないと思っているのだろう。
自分だけが除け者になっているのは嫌だ。
それでも、感情を表に出すわけにはいかない。
そんなことを考えているように見えた。
もしくは、予想外のことが起きすぎて、感情が追いついていないのかもしれない。
「それで、サクヤはどうしても手伝わないの?」
「さっきも言ったが、本人が話していないことに、俺から首を突っ込む気はない」
「でも、このリングを作れるサクヤの力が、カズトには必要よ」
「それを決めるのは、お前じゃなくて和人だろ」
エレノアは、隣にいる和人へ顔を向けた。
「なら、話は簡単よ。カズト、サクヤに頼んで」
「簡単に言わないでくれるかな……」
「……それもそうね」
そうつぶやいたエレノアは、急に立ち上がった。
「これ以上話したら、サクヤが望んでいないことまで話してしまいそう。カズト、帰りましょう」
「……本当に急だね」
小さくため息をついた和人も立ち上がり、身支度を整える。
それを確認したエレノアは、さっさと玄関へ歩き出した。
和人がそのあとを追い、俺たちも玄関まで見送る。
靴を履いたエレノアは、瀬那を見た。
「……なんでしょうか?」
「セナ。何を話しているのかわからないでしょ。でも、そのリングは常に持っていた方がいいわ」
「……なぜですか?」
瀬那の口調は、少しだけ突き放すようなものだった。
まだ状況に気持ちが追いついていないのだろう。エレノアと、おそらく和人のことも不審に思っているはずだ。
「ワタシから詳しくは言えない。それがあなたのために作られたものだから……セナとの相性はベリーグッド。それに、サクヤの愛を感じる」
「……えぇ!?」
「……ぶっ!」
いきなり、とんでもないことをぶっ込んできた。
「愛を感じる」……いや、確かに瀬那のことを考えて作ったけどさ……。
どストレートな言い方だな、おい。
「じゃあ、シーユー。また明日ね」
「ちょっと待って、エレノア。……本当に、こういうところは自由奔放なんだから。朔也、南雲さん、エレノアのことはごめんね。じゃあ、また明日」
和人はエレノアの自由奔放な行動に呆れつつも、いつもの調子で話し、彼女のあとを追いかけていった。
自宅なので、俺たち二人が残されるのは当たり前だが……どうしようか、この空気。
「……朔也くん。このことは、私は知らない方がいいですか?」
瀬那は俺をまっすぐに見ていた。
責めるような口調ではない。
俺がそう判断するのなら受け入れる――そんな信頼があるからこそ、余計に曖昧な返事はできなかった。
「いや。知らない方がいいとは思っていない」
「では、教えていただけますか?」
「……正直、俺にも説明できるほどのことはわかっていないんだ」
瀬那の眉がわずかに下がる。
あんな会話をしておいて何を言っているのだと思うだろうが、本当に、和人が何をしているのかはっきりとは知らないんだ。
「和人が普通ではないことに関わっているのはなんとなく察していた。だけど、本人が話していないことを、俺の想像だけで瀬那に話すわけにはいかないだろ」
「それは……森田さんの事情だから、ですか?」
「ああ。それに、中途半端に知れば、瀬那まで巻き込まれる可能性があるから。だけど、指輪については俺のことだから話せる」
瀬那の小指へ視線を落とし、はまっているリングを見る。
リングに留めた赤い石が、キラリと輝いた。
「当たり前だけど、危険なものじゃない」
「もちろん、それは心配していませんよ。……でも、エレノアさんが言っていたことは本当なのですね」
「ただの指輪じゃないという意味ならそうだ。それは、瀬那を守るために作ったお守りだ。詳しいことは今まで言っていなかったけど、瀬那に危険があった時、少しでも守れるように作ってある。それに、何かあれば俺にもわかるようにしてある」
摩訶不思議なことを言っているのは自覚している。だけど瀬那は彼女の瞳のことがあるから、まだ納得できたようだ。
瀬那はしばらく指輪を見つめたあと、それを大事そうに両手で包んだ。
その表情には、迷いよりも静かな覚悟のようなものが浮かんでいた。
「わかりました。では、今はそれだけ信じます」
「悪い」
「いいえ。ただし――」
瀬那は小指を胸元へ寄せ、少しだけ頬を膨らませた。
「朔也くん自身にも関係することがわかった時は、私にも話してください。私だけを置いてけぼりなのは嫌ですし、あなたに危険があるのでしたら、知っておきたいです」
「……ああ。約束する」
危険なことにはなってほしくないし、できるなら関わりたくない。
それが本音だ。
だが、エレノアがこの先も俺たちに関わってくるのなら、避けているだけでは済まないだろう。
何かが起きた時、すぐに動けるようにしておこう。
そう心に決めた。
確信を話すシーンは決まっているので、ここでは前振りまで。
「そこまで引っ張る事なのか!?」の文句は受け付けます!
予定では、短い幕間を一二時に公開します。
この流れなら……誰が対象の話でしょうね。
ちなみに、エレノアが言った「ルナ」は初出ではないです。
ずいぶん前のことなので、人物紹介をご覧ください。
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2025.09.05 誤字修正




