第158話 時期外れな彼女③
食堂で予想外の辱めを受けたが、その後は何事もなく食事を終えた。
……いや、アレもあってほしくなかったイベントだったわけだが。
昼休み明けの授業は体育だ。
日本語が流暢なエレノアも、現代文では少し苦戦していた。だが、体育なら出身国はあまり関係ない。
習う内容に違いはあっても、そこまで大きな文化の差は出ないはずだ。
ルールが国によって異なるとも思えないので、彼女も気負わずに参加できるだろう。
……いや、この人、ほかの授業でも気負ってはいなかったか。
今の課題はバドミントンだ。
四つの競技から選択する形式だったのだが、エレノアは迷わず、和人が選択しているバドミントンを選んでいた。
体育では珍しく、男女混合で行っている。
使えるコートの数に限りがあることと、直接接触する機会が少なく、男女で組んでも危険が少ない競技だからだろう。
テキトーにペアを作り、テキトーに試合をする流れだ。
「へぇ、そうなのですね。トテモ面白いです」
彼女がクラスに馴染めるか、少しだけ気になってはいたが、杞憂だった。
今もクラスメイトの女子と楽しそうに話している。
『和人のフィアンセ宣言』があったにもかかわらず、雫と斎藤がフォローしてくれたこともあるだろう。それに加えて、彼女の天性の人柄もあり、すでにクラスへ溶け込んでいた。
まあ、和人がいるのだから、これ以上俺が気にすることではないな。
あまり気にかけていると、瀬那が拗ねる可能性がある。
順番が回ってくると、俺と雫、和人とエレノアのペアで試合をすることになった。
そして、現在の点数はほぼ同じ。
「朔也くん、前をお願い!」
雫の声に合わせて前へ出る。
ネット際へ落とされたシャトルを拾い、和人のいない奥へと返した。
これなら決まる――そう思ったのだが。
「ノー。まだよ!」
コートの奥にいたエレノアが一気に距離を詰め、床へ落ちる寸前のシャトルをすくい上げた。
長身を生かし、ぎりぎりまで腕と足を伸ばして拾っている。
「なんであれを取れるの!?」
観戦していた女子から歓声が上がる。
安心してくれ。それは俺も思った。
エレノアの返球は高く浮いた。
雫が素早く落下地点へ入り、軽く跳ぶ。
「よっと」
軽く跳んだだけに見えたのに、打点はネットを大きく上回っていた。
雫も雫で、運動能力が高すぎる。
「せいっ!」
掛け声とともに、シャトルを鋭く打ち下ろした。
――速い。
そう思った瞬間、
「甘いよ!」
ネット前にいた和人がラケット面を合わせ、シャトルを大きく奥へ返した。
狙いは、スマッシュを打った雫の背後。
考えるより先に身体が動いた。
雫が打つのに合わせて、若干後ろへ下がっていたのが功を奏した。
シャトルへ一歩踏み込み、ラケットを必死に伸ばす。
フレームの端に当たったシャトルは、辛うじてネットを越えた。
「サクヤもグッドね!」
楽しそうな声と同時に、エレノアが再び前へ飛び出し、それを拾う。
その反応速度に、俺は思わず顔を引きつらせた。
「まだ続くのかよ……!」
気づけば、コート脇には人だかりができていた。
結局、そのラリーは体育の授業とは思えないほど長く続いた。
運動能力でいえば、雫と和人は言わずもがな。エレノアも反応速度が凄まじく、俺は三人についていくだけで精いっぱいだった。
少し本気で動いてしまったくらいだからな。
見ていた浩紀からも、「体育の授業でする試合じゃねえよ!」と興奮気味に評された。
◇
放課後。
時間の空いているクラスメイトで、エレノアの歓迎会をすることになった
クラスメイトも来るのなら、俺は遠慮しようと考えた。
だが、和人に懇願され、結局参加することになった。エレノアの暴走に対応できる奴が一人でもいた方が助かる、ということなのだろうが……俺では止められないと思う。
瀬那はバイトだが、迎えに行く時間までは付き合えるだろう。
最終的に十数人になったため、場所はこの人数でも比較的入りやすい、駅前のカラオケに決まった。
エレノアに話を聞くと、ノルウェーやイギリスにもカラオケに似たものはあるらしい。ただ、どちらの国でも、高校生が放課後に気軽に入るような場所ではないらしく、新鮮なようだ。
カラオケ店に着くと、浩紀が気を利かせて予約していたらしく、大部屋へ通された。
そして、生粋の陽キャらしく、真っ先に歌い始めていた。
「エレノアさんは何飲むー?」
「ウーン、ジンジャーエールでしょうか」
「日本の歌、知ってる?」
「ワタシ、あまり知りませんが、最近聴いた曲で――」
浩紀の歌を BGM に、クラスメイトの女子とエレノアのやり取りが聞こえてくる。
授業中にも思ったが、なんだかんだ、登校初日でも問題なくやっているようだ。
「……ふぅ」
「いいのか、エレノアの近くにいなくて」
軽くため息をついた、俺の隣に座っている和人へ尋ねる。
理由はなんとなくわかるが、訊いてあげた方が彼の気持ち的には楽だろう。
「わかっているだろ。……クラスに溶け込むなら、俺がいない方がいい時もあるさ」
「確かに、今日は和人にべったりだったもんな。……傍から見たら面白かったけど」
「……朔也」
少し睨まれてしまったが、まあ、仕方ないか。
……面白かったのは事実だから、嘘はつけない。
「……朔也は、エレノアを見て何か気づかなかった?」
「質問の意図がわからんが……転入してきたことに驚いた以外、特にはないな」
「そうか」
「?」
和人の質問の意図がよくわからない。
ただ、何かを確認したい――そんな感じはした。
「それって、どういう――」
「おーい、朔也と和人は何を歌うんだよ?」
俺が尋ねようとした時、歌い終わった浩紀が選曲用の端末を持ってこちらへやってきた。今は、ほかのクラスメイトが歌っているようだ。
「俺はもう少しあとでいいかな」
「俺は歌うつもりがない」
「いや、歌えよ……って、今の時代に言ったらパワハラか?」
浩紀は、自分の発言に笑いながら言う。
パワハラかどうかというと、少し違う気がする。でも、『なにハラ』にはなりそうだな。
浩紀や和人とはそれなりに遊んできたが、カラオケではあまり歌ってこなかった。
自覚としては音痴というほどではないが、この二人ほど上手くもない。
「単純に恥ずかしいんだよ」
「……何を今更言ってるんだよ。まあ、いいか」
ケラケラと笑う浩紀。
さっきからテンションが高いのは、カラオケという場の空気のせいだろうか。
俺があまり歌わないことを知っている浩紀は、それ以上気にした様子もない。
そのまま、今日のことを二人と話し始めた。
和人の質問の意図は、まだ胸の奥に引っかかったままだった。
この流れでは、先ほどの和人の質問の真意を確認するタイミングは完全になくなった。やむなしだな。
◇
三時間ほど歌い、今日はお開きになった。
俺は一度家へ戻り、夕ご飯の準備をしてから瀬那の迎えに向かった。
いつも通りムーンバックスで、よくわからないトッピング増しましの注文をして、一人用の席で飲みながら待つこと一時間。
瀬那のバイトが終わると、いつもの場所まで迎えに行く。
「……お疲れ様、瀬那」
「いつもありがとうございます、朔也くん」
そして、いつも通り電車に乗り、最寄り駅で降りると――
「サクヤ」
――和人とエレノアがいた。
和人は苦笑いを浮かべ、エレノアは微笑んでいる。
「なんでお前たちが、まだこんなところにいるんだ」
「サクヤに話があるのよ。せっかくだから、セナにもね」
「?」
疑問符を浮かべている瀬那をとりあえず置いておき、俺は少し警戒する。
わざわざ待ち伏せしてまで話す内容だ。
……悪い予感しかない。
「……もう夜も遅くなる。明日じゃ駄目なのか?」
「四人だから話せるの。だから、ナウよ」
「ごめん、朔也、南雲さん。こうなったらエレノアは止まらないから」
「?」
当然だが、瀬那は何のことかわかっていない。
だけど、俺はなんとなくだが予想できた。
夜風が、いつもより冷たく感じた。
……俺の平穏が終わるかどうかは、ここからかもしれない。
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