表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/54

第18話 野外学習③

 午後はオリエンテーリングだ。

 林の中にあるチェックポイントを巡るイベントだ。ただ、タイムを競うのではなく、参加者同士の交流を深めることに重きを置いている。


 ランダムの開始地点から、地図とコンパスを頼りにする。何パターンか用意されているようで、思ったより凝った作りだ。迷った場合は、特定の方向に歩けば、通りに出られるので、遭難の危険性も少ない。


 七人でチェックポイントを回る。

 チェックポイントの課題は多岐にわたっていた。

 学園長の名前や校歌の穴埋めといった学校にまつわるクイズや、進学校らしい数学や歴史の問題など、頭を使うもの。あるいは、特定の籠へボールを投げ入れたり、短いボルダリング壁を登ったりと、体を使わせるものもある。


 皆で協力して進めて行ったが、やはりと言うか、飽きずに梅沢の妨害があった。もちろん和人が見ていない隙を縫ってのことだ。

 足を踏まれたり、押されたりとまあまあ乱暴なものもあった。ある意味、こいつは俺のことを全く怖がっていない。本当に不良だと思っていたら、こんな露骨な嫌がらせはできないはずだ。……まあ、舐められているだけで嬉しくは微塵もないが。


 だが、これはあからさま過ぎないか?

 隙を見て荷物をチェックポイントに置いてきたらしく、「東條くん、取ってきてくれない?」と、仕掛けてきた。

 いい加減、相手するのが面倒だったので、一人になるのも良いだろう。

 浩紀や和人、水野が「一緒に行こうか?」と聞いてくれたが、巻き込むのもなんだから、一人で取りに戻った。

 本当にあればだが。


 一つ前のチェックポイントへ戻る。道中、俺が一人なのを怪しんで見てくる生徒もいた。

 サボりだと思われてるのだろうな。


 チェックポイントに待機してる先生に、忘れ物が無いか聞く。……どうやら、うちの班のものがあった。……まさか、本当に置いていったとは。

 忘れ物を受け取り、また同じ道を歩く。


「あれ?朔じゃん、どうしたのさ一人で?」

「あー東條くんだー」


 愛莉(あいり)と……九重(ここのえ)だ。

 一緒にいるってことは、同じ班なのだろう。そういや同じクラスだったな。

 他の班の連中は、少し距離を取っている。


「班の忘れ物があってな、取りに戻ってたんだよ」

「一人で?」

「そうだ」

「……東條くん、いじめられてるのー?」


 九重は悪気など一切なく、純粋な好奇心からそう尋ねてきた。

 ――その瞬間だ。


『◾️◾️ー◾️◾️◾️!』


 鼓膜の奥で、俺を責め立てる声が反響した。

 視界がぐにゃりと歪み、心臓を直接鷲掴みにされたような強烈な焦燥感が全身を駆け巡る。


(ダメだ、落ち着け。ここで倒れたらダメだ。顔に……出すな)


 ここで崩れ落ちれば、すべてが崩壊する。

 俺は無意識に左耳のピアスに触れ、いつものルーティンで心を繋ぎ止めた。

 指先に伝わる冷たくて硬い金属の感触だけが、暴走する思考を強制的に冷却してくれる。

 ――大丈夫だ。俺は……問題ない。


「え?マジで!?」

「……アホか。もしそうなら、浩紀や水野が俺をいじめてることになるぞ」

「あ、そっか! じゃあ絶対ありえないね!」


 愛莉はカラリと笑い飛ばした。付き合いは短いが、彼女が浩紀をどれだけ信頼しているかがよくわかる。『浩紀がいじめなんてするはずがない』という、揺るぎない絶対の自信。

 ……少しだけ、その眩しさが羨ましかった。


「そういうことだ。……ただ、班の一人から、壮絶に嫌われてるだけだ」

「なんでそんなのと組んだのさ?」

「……和人効果だ」

「あはは……」


 ……皆まで言わずとも、察してくれたようだ。

 そのまま一緒に、先ほどのチェックポイントまで戻ってきたが、班のみんながいない。


 連絡しようとスマホを取り出すと、浩紀からメッセージが届いていた。

 『マジでごめん! 梅沢が「先に行く」って和人を引きずって行っちゃった。俺と水野も、はぐれたらマズイからついて行く。次の目的地は〇〇だ。あとで合流しよう!』


(徹底的だな、梅沢(あいつ)……)


「ひろたち、いないね」

「どうやら先に行ったらしい。まあ、浩紀たちは巻き込まれただけのようだが」

「なんか酷いねー」


 次の目的地が違う愛莉たちとは、ここで別れた。

 すぐに浩紀たちを追いかけるべきなのだろうが……俺はまだ、騒がしい集団に戻る気になれなかった。


 先ほどのフラッシュバックのせいか、少し息苦しい。

 俺は正規のルートを外れ、静かな木立の中へと足を踏み入れた。

 ざわめく葉の音と、ひんやりとした空気が火照った頭を冷やしてくれる。森林浴とは、こういうことを言うのだろうか。ささくれ立っていた気持ちが、少しずつ落ち着いていくのを感じた。


 林の奥から甲高い叫び声が聞こえた。どうやらただの口論ではないらしい。俺は歩みを止めず、ポケットの中でスマホを手探りで操作した。


「綾音!本当あんたうざい!」

「成績が良いからって、調子乗らないで!」

「そんなことしてないよ!ただ、あまりせっついても仕方ないから」


 何のことかわからないが、喧嘩してるのは確からしい。三人の女子が、一人の女子を囲っている。

 こっちは本当に、いじめか……?


「きゃっ!」


 勢い余ったのか、三人のうちの一人が、『アヤネ』と呼ばれた女子を押して突き飛ばした。

 これ以上は大きな怪我になりそうだな。


 面倒事には関わりたくない。だが、これ以上は見過ごせそうになかった。

 俺は声をかける代わりに、足元にあった太めの枯れ枝を、わざと体重をかけて踏み折った。


 ――パキッ!


 乾いた破裂音が林に響き、四人の動きがピタリと止まる。

 沈黙が辺りを包む。


「な、なによ!」

「別に、ただ通りかかっただけだ」


 再び沈黙が続く。

 見られたのが気まずいのだろうが、見た俺も気まずい。


 その時、別の道から先生が割って入ってきた。

 学年主任の勝田(かつた)先生だ。外国語コースの英語担当だが、体育系の学校出身らしく、男性で体格が良い。


「何してるんだお前たち!」


 最悪のタイミングだった。

 怒声の主は、学年主任の勝田(かつた)先生。体育会系で体格の良い英語教師だ。

 彼の目に映るこの光景は、どう控えめに見ても最悪だろう。

 三人の女子に囲まれて泣き崩れる一人の女子と、そこから少し離れた場所で見下ろしている、ピアスを開けた不良()


(さて、なんて言おうか)


 下手に説明しても面倒なことになりそうだ。

 悩んでいると、三人のうちの一人……『アヤネ』を押した女子が答えた。


「そ、そこの男子が、綾音を突き飛ばしたんです!」

「……はぁ!?」


 予想外すぎる斜め上の虚偽報告に、俺は素で間の抜けた声を出してしまった。

 なぜ、ただ通りかかっただけの俺が加害者にされているのか。

 ――まさかこいつら、自分たちの罪を俺に擦りつける気か。


「それを見たから私たちが、綾音を助けようとして……」

「うん」


 当の『アヤネ』自身も、突然の嘘に目を丸くしているが……

 妄言を発した女子が、先生の死角で『アヤネ』に鋭い視線を送っている。その目は明らかに『話を合わせろ』と脅していた。


「そうなのか……えっとアヤネさん?」


 先生もまだ全員の名前を把握していないのだろう。


「は、はい……そうです……」

(……おいマジか)


 怯えきった綾音の肯定に、俺は内心で深いため息を吐いた。

 彼女が報復を恐れて逆らえないのは理解できる。だが、無関係な俺をスケープゴートにするのは話が別だ。まるで最初から俺を嵌めるために仕組まれたトラップじゃないか。


「東條、本当か?」

「違いますよ。俺は通りかかっただけ」

「ちがう!この男は嘘言っています!」


「そうだ!そうだ!」囲っていた女子たちも後に続く。つくづく面倒なことになった。


「……だ、そうだが? 東條はD組だったな。三波先生も交えて話し合うぞ」

「俺の言い分は信じてもらえないんですね。……まあ、三波先生と話すのは構いませんけど」


 俺はぐるりと四人の女子を見据え、勝田先生に告げた。


「そこの四人も、絶対に連れて行ってくださいね。俺の無実を証明するための、大事な『証人』ですから」

「当たり前だ。被害者の証言も必要だからな」


 勝田先生に促され、俺たちは教師の待機用テントへと向かうことになった。


 ◇


 待機所には俺と先ほどの女子四人、三波先生、勝田先生、赤口(せきぐち)先生が集まる。

 赤口先生は特進コースの担任だ。


「どういうことですか、三波先生! あなたのクラスの不良生徒が、うちの優秀な特進クラスの生徒をいじめて怪我をさせたそうじゃないですか!」

「す、すみません、赤口先生。ただ、まだ詳しい状況を把握していなくて……」

「状況も何も、見た目からして明らかでしょう! だから私は言ったんですよ、こんな生徒、早く退学させた方がいいと!」


 ごめん、三波先生。無駄に苦労かけます。心の中で謝罪した。……それにしても、退学させたいって。ピアス付けてるだけなのだけど……


 いつしか待機用テントの周りには、オリエンテーリングを終えた生徒たちが何人も集まって人垣を作っていた。

 浩紀は「お前、また何やったの?」と呆れ顔だし、その横にいる梅沢は俺を見て勝ち誇ったようにニヤニヤしている。ホント、いい性格してるよな。


 ――ふと、人垣の中に南雲の姿を見つけた。

 彼女は、今にも泣き出しそうなほど不安げな顔で俺を見つめている。……あいつには、無駄に心配をかけてしまったな。


「東條くん。……本当に、あなたが彼女たちに怪我をさせたんですか?」

「三波先生は、俺の言い分も聞いてくれますか?」


 俺が試すように問いかけると、三波先生は力強く頷いた。


「当たり前ですよ! 私はあなたの担任の先生ですから!」


 ――この人、まだ二年目の新任なのに、学年主任やいけすかない特進の担任を相手に、俺を庇おうとしてくれるのか。

 ……少しだけ、嬉しいと思ってしまった。


「ありがとうございます、三波先生。……野次馬も集まってきているし、手っ取り早く終わらせましょう」


 俺はジャージのポケットからスマホを取り出すと、騒ぎを聞きつけた時から回しっぱなしにしていた録音アプリを停止し――躊躇なく『再生ボタン』をタップした。


『綾音!本当あんたうざい!』

『成績が良いからって、調子乗らないで!』

『そんなことしてないよ!ただ、あまりせっついても仕方ないから』


 スマホのスピーカーから、林の中で響いていた暴言がそのまま流れる。ご丁寧に、綾音を突き飛ばした時の『きゃっ!』という悲鳴と、倒れる音までバッチリ拾ってくれていた。


 テント内は水を打ったように静まり返り、女子四人と勝田先生、赤口先生は絶句している。いじめていた三人に至っては、顔からみるみる血の気が引いていた。


「ひ、酷い! 録音してるなんて! プライバシーの侵害よ!」


 言い逃れができないと悟ったのか、三人のうちの一人がアホなことを喚き出した。

 俺はそれを完全に無視して、固まっている教師たちへ視線を向ける。


「……こういうことです。本当なら、あの林の中でこいつらにだけ聞かせて終わるつもりだったんですがね。勝田先生が俺の言葉にまったく聞く耳を持たなかったので」


苦笑いをしておく。強く言っても反感を買うだけだ。


「ということで。勝田先生、赤口先生は俺に何か言うことはありませんか?」

「え?」

「そうですよ! 頭ごなしに犯人扱いをして、東條くんが深く傷ついていますよ!」

(信用されないことには慣れているから、別に傷ついてはいないが……)


 三波先生の熱烈な援護射撃に、赤口先生は「はっ」としてこちらを向いた。だが、すぐにその口元を歪め、忌々しそうに吐き捨てる。


「ふんっ……紛らわしい場所にいて、勘違いさせるような奴が悪い!」


 と、反省どころか、開き直った。

 いい大人が非を認めないとは……だめだな、こいつ。


「いや、赤口先生、ここは謝るべきだ」


 と、勝田は諭した。

 こちらは非を認められるぐらい、客観視できるらしい。


「東條、すまなかった。私がちゃんと話を聞いていれば、お前を巻き込まなかった」


 勝田先生は軽く頭を下げて、謝罪してきた。


「ほら、赤口先生も一方的に非難したことを謝罪しなさい!」

「くっ……なんで、私が……」

「赤口先生!」

「……すまなかった」


 『渋々』という言葉がこれ以上なく当てはまる態度で、謝ってきた。梅沢といい、面倒な奴だ。


「とりあえず、謝罪は受け取ります。ただし、この件で俺が不利益を被った時は、学校側がちゃんと対応してください」

「わかった。俺が責任をとる」

「ありがとうございます。ちなみに、今のこの会話も録音していますので」

「!?」

「と、東條くん……本当なの?」

「当たり前でしょう。言った言わないになるのが一番面倒ですから」


 呆れなのか、驚きなのかわからない表情で、三波先生がまじまじと俺を見た。

 ……こういう自衛手段には、嫌というほど慣れている。可愛くない生徒で仕方ないのです、先生。ごめんね。


「では、失礼します」


 これ以上、俺には関係ないので、その場を後にする。


「あ、あの……東條くん……」


『アヤネ』がすがるような声で俺を呼んだが、俺は一瞥だけして、そのまま完全に無視した。

 恐怖で反論できなかった事情はわかる。だが、保身のために無関係の俺を売ろうとした事実が消えるわけじゃない。俺にはもう、一切関係のない他人の話だ。

 ――これ以上、誰とも関わりたくない。


 やっぱり、知らない人間のために、首を突っ込むのは良くないな。

 ……南雲の面倒を見たのが、俺の中でたった一つの『例外』だっただけみたいだ。


 周りの生徒に注目されながらも、班のところに戻って行った。

 軽く南雲の方へ視線を向けると、彼女はホッとしたように胸を撫で下ろしていた。

 だが、バッチリと目が合った瞬間――彼女は口元だけで、はっきりとこう紡いだ。


(あ・と・で、お・は・な・し・が・あ・り・ま・す)


 背筋にスッと冷たいものが走る。

 ……いや、見なかったことにしよう。俺はそっと視線を逸らした。


「お疲れー。見事だったな」

「お疲れ様」


 浩紀、和人、水野が労ってくれた。


「疲れた……もう、面倒事はこりごりだ」

「まあ、あとはバスに乗って帰るだけだしな。大丈夫だろ」

「それがフラグにならないと良いが」


 俺の呟きに、浩紀たちが「あはは!」と笑い声を上げる。

 だがその横で、梅沢は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。さらによく見れば、同じ班の女子二人までが、なぜか悔しそうな顔をして俺を見ている。

 ……待て。お前らも『和人過激派』なのかよ。


 他の班が戻ってくるまでの間、俺たちは周囲の遠巻きな視線を無視して、他愛のない雑談で時間を潰した。

 五月の中頃にしては、少し肌寒い風が林を吹き抜けていく。

 波乱だらけの野外学習も、ようやく終わろうとしていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!


もし「面白い!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ最下部にある『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして評価していただけると、毎日の執筆の大きなモチベーションになります!


ブックマークへの登録も、ぜひよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ