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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第一章

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第17話 野外学習②

 バスが出発したら、誰もが思い思いの時間を過ごしていた。

 俺の班も例にもれず、お菓子を食べたりトランプをしたりして、それなりに楽しんだ。

 ……背後から突き刺さる、約一名の鋭利な視線さえ無視できれば、平和な旅行気分だったのだが。


 野外学習で使用する場所は、バスで二時間ほどの場所にある。

 今日のメイン会場となるキャンプ場のほか、アスレチックや遊園地まで併設されている複合型のレジャー施設だ。

 幼い頃に来たことがあるような気もするが、記憶の断片すら残っていない。実質、初見と変わらないな。


 キャンプ場に着いたら、まず昼食の班ごとに作り始める。

 定番のカレーライスだ。カレーはルーを使うので、家で作るのと手間は大差ない。

 問題はごはんと、火起こしだ。

 飯盒はんごう炊飯は難易度が高いと聞くが、未経験の俺としては、サバイバル的な楽しみの方が勝っていた。


 まずは、火起こしとご飯を炊く担当と、カレー調理担当で分かれる。

 担当は事前に決めており、俺は火起こしとご飯を炊く担当だ。他には、浩紀と水野が一緒。そして、和人と梅沢ら三人がカレー調理担当になる。


 露骨に仕組まれたような班分けだが、今の俺にとっては、背後から呪われ続けるよりは数倍マシだ。……悪いな和人、君という尊い生贄(いけにえ)のおかげで、俺の平和は保たれた。


 火おこしをするため、薪を三人で取りに行く。

 薪は重いので和人も来ると申し出てくれたが、悪い気がして遠慮した。

 ……別に梅沢が面倒だからじゃないぞ。


 薪置き場に向かい、自分たちの班番号が記された薪の束を探す。自分達のものを数束拾い上げて、調理場へ戻る。

 薪を持つと、ずしっとした重みを感じた。予想より重い。

 水野にあまり負担かけないよう、浩紀と二人で分担する比率を増やした。

 三人で並びながら、歩いていると、両手で薪を抱えた水野がいつものテンションで話しかけてきた。


「薪って思ったより重いんだね!びっくりしたよ」

「ほんとにな!こりゃ、何往復もすると大変だな」

「そうだな。残りは俺が持ってくるから、浩紀と水野は火起こししてて。多分手間どると思う」

「んにゃ、りょーかい。俺、キャンプでやった事あるから、少し自信あったりして」


 ドヤ顔で浩紀が言った。思ったよりアウトドアだったんだなお前。

 俺はやったことがないから、任せてしまおう。


「じゃあ任せた。期待してるわ」

「すごいね、私やったことないから尊敬するよ」

「だろ!」


 鼻の穴を膨らませて胸を張る浩紀。その自信満々な姿を見ていると、立派なフラグを建築中じゃないだろうな。

 だが、俺も未経験なのは事実だ。ここは大人しく、自称・キャンプの達人の背中に期待することにした。


 調理場に戻る途中、南雲がいる班の近くを通った。どうやら材料の準備をしているようだ。他の女子と一緒に、慣れた手つきで野菜を切っている。彼女の包丁が、まな板の上で小気味よいリズムを刻んでいる。


 班の男子、たしか……図書委員の早瀬(はやせ)だ。同じ班だったのか。

 そして、その横にいたのが――天童(てんどう) 光輝こうき

 俺が密かに言っている、学年二大イケメンの片割れ。

 サッカー部の超新星。

 まぶしいほどの陽の光を、そのまま形にしたような男。

 ……なぜ俺がこの男のことを知っているのか。それは、今さら掘り返すまでもない過去の話だ。


 早瀬が抱えてきた薪をその場に置いて、南雲に話しかけている。


「南雲さん、薪を持ってきたので火起こしします!」

「あ、ありがとうございます。頑張ってください」

「いえ、南雲さんも頑張ってください!」

「え、えぇ……」


 ……露骨だな。南雲が引き気味だ。周りの女子も変な目で見ているのに気づかないのか。

 瀬那は周りの女子に肩を叩かれ、苦笑いを浮かべていた。一見すれば仲睦まじい光景だが、俺にはわかる。彼女の表情は、いつもより硬い。


 そんなことを考え、横を通り過ぎた。

 背中に、凍り付くような冷たい視線を感じた。……なぜだろう、そこには隠しきれない『怒気』が混ざっている気がしてならない。


 俺たちの調理場に薪を置き、浩紀に火起こしを任せ、俺はもう一度薪を取りに戻った。横目で野菜を切っている和人の横を、梅沢が陣取っているのを見逃さなかった。


(大変だな、あいつも)


 生贄に捧げた俺が言うのもどうかと思うが、あそこまで露骨だと疲れないのだろうか。

 和人はモテる。それも、嫌味がないほどに。それなのに、浮いた話の一つも聞こえてこないのはなぜか。単に理想が高いのか、あるいは――誰にも触れさせない『特別な誰か』を、心の奥に隠しているのか。

 その核心に触れようとすると、彼はいつも困ったように笑って煙に巻く。何かあるのは確かだろう。ただ、むやみに訊くのも違う気がしている。

 いつか、話してくれるだろうか。


 ◇


 最後の薪を持って戻ったときにはすでに、浩紀が火おこしを終えていた。

 水野と一緒に米を研いでいる。

 その横には愛莉(あいり)がいる。……別クラスじゃないですか、あなた。


「ほれ!朔也!できただろ!すげーよな、俺!」


 予想はしていたが……ドヤ顔がうざい。

 素直にほめる気になれないので、テキトーにほめることにした。


「オースゴイ、スゴイ。マジ、ソンケー」


 心の底からどうでもいいという感情を、棒読みの音声に乗せてやった。


「おい! カタコトで言うなよ!」

「しょうがないよ、ひろ。朔は素直じゃないから!」


 ば、バレただと!?


「うるせー。それよりも愛莉。なんでいるんだ?」

「うん?うちの班はあと煮込むだけになったからさ、周りを見に来たの。そしたら、ひろを見つけたから、絡みに来た!嬉しいだろ!」

「そうか……ウレシイ、ウレシイ」

「照れるなよ!」


 肩を小突かれた……テンションたけーな……似たもの夫婦め。


「愛莉ちゃん!私は嬉しいよ!」

「だよね雫ちゃん!」


 楽しそうに笑い合う、二人。こっちも似たもの同士だな。

 絡んでるの初めて見たけど、仲いいのか?


「二人って、前から知り合いなのか?」

「ううん、ここで初めて話したよ」

「そうだよ、朔。すぐに意気投合したよね!なんか、シンパシーがビビっと」

「ねー♪」

「……陽キャってすげーな」

「お前は陰キャだもんな」


 浩紀の言葉に反論できない自分がもどかしい。初対面でここまで波長を合わせられる彼女たちのコミュニケーション能力は、俺からすればもはや魔法かなにかだ。

 研ぎ終わった二人と一人は、そのまま焚火の方に向かった。

 入れ替わるように和人がこちらに来た。手には鍋を持っている。


「楽しそうだね。みんなで何を話してたの?」

「愛莉と水野が、もう仲良くなっているのがすげーなって話。今日初めて話したらしいが、すでにああだよ」


 和人は、楽しそうにしゃべりながら浩紀と飯盒を火にかけている二人を見ながら答えた。「たしかに、似たような性格かもね」と、さわやかな感じで三人を見ていた。


「和人は鍋に水入れにきたのか?」

「そうだよ。こっちも後は水入れて煮込んだあとにルー入れるだけ」

「今のところ順調でよかったわ」

「本当は朔也の料理の腕を見てみたかったのだけどね。朔也の料理食べてみたかったよ。そこだけ少し残念だよ」

「……」


 このイケメン……サラッと俺を口説いてどうするつもりだ。

 水を入れた和人と会話しながら、焚火に向かう。焚火には梅沢たちがすでにいて準備をしていた。


「カレーだから腕も何もねーよ。ルーですべて決まるんじゃない」

「そんなこと無いと思うけどなー。せっかくだから、今度料理作ってよ」

「何がせっかくなのかわからないが……機会があればな」

「うん、ありがとう」


 俺にさわやかな笑顔を向けてきた。

 これを天然でやっているのだからすごい。


 焚火に近づくと、梅沢たちが迎えてくれた。和人の目があるからだろう、今は睨んではこない


「……っ!!」


 和人が焚き火に鍋を置こうと屈んだ、その死角。

 俺の右足が、上から思いきり踏みつけられた。犯人は言うまでもない――梅沢だ。


「あら、ごめんなさい。火の粉が飛んで来てびっくりしちゃって」


 申し訳なさなど一ミリも含まれていない、白々しい謝罪。

 睨んできた時も思ったが、もし俺が本当に手を出してくるような不良だったら、こいつはどうするつもりだったのだろうか。

 ……まあ、騒ぎ立てて『被害者』になりきり、学校に報告する算段なのだろう。本当に面倒くさい。


「あぁ……気を付けてな」


 本当に面倒だ……

 この場にいるとさらに何かされそうなので、俺は片付けを始めることにした。

 後は煮込みと炊けるまで待つだけだから、先に洗っておいた方が楽だろう。

 もう使わないであろう、包丁やまな板、トレーなどを流し台へ持っていく。


 洗い物をしながら、梅沢の冷たい目を思い出す。

 仲良くなる必要は微塵もないが、今後もこうして突っかかってこられるのは御免だ。

 以前、彼女に『ノイズ』と吐き捨てられた言葉が、嫌な形で脳裏に蘇る……。


 途方に暮れていると背後から、突き刺さるような冷たい視線を感じ、背筋にゾクりと寒気が走った。


「……東條さん。先ほど、私のこと無視しましたよね?」


 振り返ると、そこには頬を微かに膨らませ、ジト目で俺を射抜く南雲がいた。

 学校で見せる「完璧な姿」ではなく、家で見せる「等身大の不満」を露骨に乗せた顔だ。

 その手には、まな板や包丁が入ったカゴが握られている。俺と同じく、洗い物を済ませようとしたのだろう。


「いや、無視っていうか……目立たないようにだな」

「『最悪』、私と目が合っただけで噂になるとでも思いましたか? ――悲しかったです、すごく」


 そう言って、彼女はわざとらしく人差し指で目元を拭う仕草をした。

 演技だと分かっている。分かっているが、彼女に「悲しかった」と言われると、どうしても心臓が嫌な跳ね方をする。


「ごめん、ごめん。そこまで考えていたわけじゃなくて……」

「……やっぱり私と、仲良くしたくないのです……か?」

「だーかーら、違うって!」


『おろおろする』という言葉は、まさに今の俺のためにあるのだろう。

 自分がマンガみたいなベタなやり取りをすることになるとは……。

 おまけに彼女は顔を伏せ、「シクシク」といかにもな声で泣き真似まで始めやがった。


「ごめん、そういうつもりはなかったんだ。でも、確かに南雲からしたら嫌だったよな。……何か埋め合わせするから、許してくれ」

「……埋め合わせ、ですか?」

「ああ、なんでもするから……」


 その瞬間、ぱぁっと花が咲いたような笑顔で彼女が顔を上げた。

 いや、泣き真似だって分かってはいた。分かってはいたが、あまりにもあからさますぎやしないか、南雲さん。


「ふふっ♪ 言質、取りましたよ!」

「ふぅ……。頼むから、俺にできる範囲で、かつ合法なことにしてくれよ?」

「もちろんです♪」


 マンガなら『ムッフー』と擬音が出そうな得意顔を向けてくる。

 機嫌が直ったのは喜ばしいが、何かとんでもなく恐ろしい権利を渡してしまった気がしなくもない。


 機嫌が直った南雲と並んで、洗い物を再開した――その時、


「何しているんだ!」


 鼓膜を震わせるような怒声。顔を上げると、そこには天童光輝が立っていた。

 まぶしいほどの正義感を全身から放ちながら、その鋭い眼光は真っ直ぐに俺を射抜いている。


「……何って、見てわからないのか?洗い物だけど」

「違う!先ほど、南雲に何か言っていただろう!」


 怒声が大きかったためか、少し離れた所にいる生徒もこちらを見ていた。

「おい、東條が南雲さんを泣かせたのか?」

「またあいつかよ……」

 遠巻きに眺める連中の無責任な囁きが耳に届く。先ほどの彼女の泣き真似は、第三者から見れば『不良による一方的な示威行為』にしか映らなかったらしい。


「それで、南雲が泣いていたはずだ」

「あーそれはだなー」


 どう言うか悩んだ。言うつもりはないが、本当のことを言ったとしても、この流れで信じてくれるとは思えない。かといって、テキトーな嘘を言うにもどうするか……


「目にゴミが入っただけですよ」


 と、冷静な声で南雲が告げた。その声は先ほどまで、俺に向けていた年相応の無邪気な声ではなく、少し一線を引いたような声だった。

 目は天童を真っすぐ見ている。


外面(そとづら)の南雲は、こんな声も出すのか)


「そうなのか?」

「はい、目にゴミが入って痛かったので、東條さんに見てもらっていたのです」

「なぜ東條に?……君も東條の噂を聞いたことがあるだろ」

「なぜって……洗い場にいるのは東條さんだけですし。それに、委員会の当番がペアなので、色々と頼みやすかったのが理由ですね。噂は……知りませんが」

「ぺ、ペア!?」


 一瞬こちらを見たが、すぐに南雲に向き直る。


「そういう事なので、天童さんは気にしないで大丈夫ですよ」


 凛とした、けれどどこか無機質な響き。

 それは先ほどまで俺に向けられていた、あの年相応で柔らかな温度を微塵も感じさせない――『完璧な美少女、南雲瀬那』の冷徹な防壁だった


「わ、わかった。せっかくだから洗い物を手伝おうか?」

「いえ、お構いなく。もう終わるので大丈夫です」

「うぐ……」


 どこぞの悪役じみた唸り声を漏らし、天童が絶句する。

 彼にしてみれば、助けにきたはずのヒロインに冷たくあしらわれるのは、想定外のシナリオだったのだろう。

 ……気に入らないからと言って、俺を睨まないでくれ。イケメンの睨みも怖い。


「どったのー?何かトラブルー?」


 と、気が抜けるような声が聞こえてきた。浩紀だ。横には愛莉もいる。

 揉めているのを感じて、来てくれたのだろう。天童に見えないように、こっちにウィンクしてきた。助かる。助かるが……ちょっとうざい。

 愛莉は南雲の前に移動して、笑いかけている。


「いや、何でもないよ。天童がちょっと勘違いしただけ」


 と、目線で天童に合図をだした。

 頼む。下手に説明しても面倒なだけなのだから、納得してくれ。


「あ、あぁ。そのようだ」

「まあ、遠目からしたら勘違いされても仕方ないかもな。思い出したら俺でもそう思うわ。いや、悪かったな、天童。勘違いさせて」

「いや、こちらも悪かった。じゃあ俺は戻るよ」


 余り敵対心を増やしても仕方ないので、フォローしておく。天童は踵を返して、自分の班のだろう、焚火に戻って行く。


「正直、助かった」

「いや、良いってことよ。洗い物させたの俺たちだしね」

「南雲さんも災難だったねー。大丈夫だった?」

「はい、別に何かされたわけじゃありませんし。ただ……」


 南雲は少しうつむいた。

 やはり何か気になることをされたのか?


「ただ?」

「いえ、何でもありません」

「えー気になるー」


 わざとらしい、おどけた声で愛莉が言った。

 場の空気が落ち着いたので、話を変えるか。


「そういや、カレーはどうなったんだ?」

「そうだ!ご飯もカレーもできたから呼びに来たんよ。そろそろ終わりそう?」

「まじか、もうそんなに経っていたのか。もう終わるから先に戻っていてくれ」

「オッケー!気を付けてな」

「じゃあ、南雲さんもまたねー」

「はい、またです」


 それだけ言って、二人は戻って行った。

 愛莉はちゃんと自分の班に戻るのだろうか……


「じゃあ俺たちも戻るとするか」

「……はい、そうですね」


 やはり、顔が暗い。聞いていいかわからないが、このまま別れるのは良くないな。


「天童のことで何か気になることあったのか?不満顔になっているぞ」

「……東條さんが悪く言われたのが、嫌でした」


 俯いた彼女の小さな呟き。それは天童に向けられた拒絶よりも、ずっと重く、熱い体温を孕んでいた。


「そんなこと、今更だろ。気にすんな」

「……」


 納得いかないように唇を尖らせる彼女の背中を、俺は軽く叩いた。


「ほらっ!野外学習はまだ残っているんだ。明るく行こうぜ!」


 南雲は顔を上げ、少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻る。


「……キャラじゃないことを言いますね」

「……おい」

「ふふっ♪」


 最後は笑顔になってくれて安心した。

 キャラじゃないのは自覚しているが、この笑顔を見られたのなら道化にでもなろう。

 気分がよくなったまま、二人で洗い場を後にした。


 その後、俺の班が集まっているテーブルに向かう。

 すでにカレーはよそられていて、空いてる席に座りカレーを見ると――――そこにあったのは、見事なまでに肉を回避した『ジャガイモと人参の煮込み』だった。

 偶然でこうなる確率は、宝くじに当たるより低いだろう。


 こすい真似を……。

 怒りを通り越し、そのあまりに幼稚で徹底した嫌がらせに、俺は乾いた笑いが出そうになった。


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