第156話 時期外れな彼女①
生徒会選挙が終わり、期末テストまでは大きな学校行事はない。そのため、生徒たちも少しゆっくりしている雰囲気だ。
何もないわけではなく、細かいところでは三者面談と、芸術鑑賞会として演劇鑑賞がある。だが、どちらも一日で終わることだし、特に準備もいらない。
……三者面談に関してはいくつか問題はあるが。
例の噂だが……もうほとんど話題に挙がらない。
実は虎真以外にも絡まれたことはあったのだが、それに関しては「暇人だな」って感想しかなかった。
話に挙がらなくなった理由はいくつかある。
一番大きいのは、そもそも長続きするような話題ではないからだ。
たまたま『進学校の(見た目は)問題児』で、『学年で一番目立つ瀬那の彼氏』というポジションだった俺だから余計に広まっただけで、今もいじめられているならともかく、過去のいじめのことなんて、持続するような話題ではない。
それに加えて、選挙時の演説だ。
暗にこの噂のことを指摘してくれた、現生徒会の会長と副会長のおかげだ。生徒の中では影響力が強い二人に睨まれるのは、何かと嫌なのだろう。
そんなこんなで、俺の日常は平穏へと戻っていった。
……短い間だけ。
選挙が終わった次の月曜日に、想定外のことが起きる。
事件ではないが、俺の平穏はまたしばらく遠のきそうな内容だ。
朝のホームルーム。
三波先生が教卓に立つ彼女は、いつもよりテンションが高い。
それに加えて、朝から少しソワソワしているクラスメイトが数人いた。
「はい、皆さん席につきましたね。いつもの朝の連絡事項の前に、嬉しいニュースがあります。なんと! 時期外れですが、このクラスに転入生が来ます!」
「おおー!」
(転入生……? 時期外れにもほどがあるだろ。それに、この学校に……?)
ソワソワしているクラスメイトは、このことを事前に入手していたのだろうな。
「それでは、エレノアさん。入ってきてください」
「えっ!?」
名前を聞いて俺も驚いたが、それ以上に声を上げて驚いているのは和人だ。
つまり、そういうことなのか!?
ガララッ。
扉を開けて入ってきた少女は、銀髪――いや、光の加減によって銀色にも見える、淡いプラチナブロンドを揺らしていた。
教壇の横まで歩いてこちらを向くと、三波先生が「自己紹介をお願いします」とエレノアを促した。
「Hei!……初めまして。エレノア・ルンド・ヴェストリです。ノルウェーから来たよ。英語はもちろんだけど、日本語もある程度話せるので、気軽に話しかけてね」
やっぱり、俺たちが知っている『エレノア』で間違いなかった。
和人を見ると唖然としていたので、彼も転入のことは聞いていなさそうだ。
「うぉー! かわいいー!」
「すごっ、髪綺麗!……あれ? でも、彼女って確か……」
徐々に和人にも注目が集まっていくのがわかった。
注目の和人は、苦笑いをしながらエレノアを見ている。そして、当のエレノアは和人を見て、してやったりといった表情を浮かべていた。
その空気に気づいてはいるのだろうが、何のことかわかっていない三波先生。
「えーと、何かあったの? あ、急な転入ですが、海外の学校と、ご両親の仕事の都合でこの時期になりました。国際コースのクラスに入ることも検討したのですが、エレノアさんたっての希望で総合進学コースに決まりました。皆さん、仲良くしてくださいね」
「……三波ちゃん、そういうことじゃないんだよ」
「三波『先生』でしょ!……どういうこと?」
クラスメイトの一人が先生に説明しようとした。
――が、それよりも早く、
「ミナミ先生。ワタシはカズトのフィアンセよ」
彼女――エレノアがにこやかに言った。
「キャー!」
「そうそう、文化祭でもそう言ってた!」
「あー! あの少し噂になったの、この人だったんだ!」
一瞬の静寂を置いて、教室が爆発した。
文化祭の時は、みんな店の対応でごたごたしていて、そこまで騒ぎにはならなかった。落ち着いたあとも、不思議と話題に挙がっていなかった。
だけど、今は違う。
時期外れの転入生という前振りからの、和人の婚約者宣言。一部を除いたみんなのテンションが、上がらないわけがない。
和人が、助けを求めるように天井を仰いだ。残念ながら、天井は何も答えてくれない。
……諦めの境地だな。このタイミングで誤魔化しても意味がないだろうし、しないんじゃないかな。
浩紀は、ニヤニヤと和人を見ていた。
そういう俺も、にやついているのを悟られないよう、口元を手で隠していた。
逆に、テンションが上がらない人もいる。主に女子だ。
多分、和人に本当に惚れていたのだろう。ショックを隠し切れていない。文化祭の時に物を落としていた子も、やっぱりショックなようだった。
(学校ではライバルが多いとはいえ、エレノアがいないのは、ある意味アドバンテージだったからな……)
そして、俺としては関わりたくないが、意識して気をつけなければならない人物。
――梅沢。
横目で様子を窺うと、梅沢は顔から血の気を失っていた。
唇だけが小さく動き、ここからは聞こえないが、たぶん「うそ……」と何度も繰り返しているようだ。
机の上に置かれた手は固く握られ、指先が白くなっていた。視線はエレノアと和人の間を行き来しているが、目の前の状況を理解したくないのか、瞬きすらほとんどしていない。
文化祭の時に話は聞いていたと思ったが、本気にはしていなかったのかもしれない。
たしかに、エレノアと和人が一緒に教室へ来た時、梅沢は教室にいなかった。もしあの場にいたら、もっと早く何かしら反応を見せていただろう。
やがて梅沢は、縋るような目で和人を見た。
だが、和人の視線はエレノアへと向けられている。
その瞬間、梅沢の表情から驚きが消えた。浮かれた声が飛び交う教室の中で、そこだけ温度が違って見えた。
でもそれは、恋に破れた女子が浮かべる顔には見えなかった。
代わりに浮かんだものが何だったのか、俺にはわからない。
ただ、平穏な感情ではないことだけは確かだ。
「えっと……婚約者……? えっ!? 婚約者!?」
「ミナ先、驚きすぎー」
「だから、三波ちゃん……いやいや、三波先生でしょ。本当なの、森田くん?」
「はは……」
和人は、頬を掻きながら苦笑いを深めた。先生からの問いに、和人は否定しない。
本当のところは俺もちゃんとは訊いていないが、正式な婚約ではなくても、将来は結婚する約束をしている――そのくらいの関係だと思っている。
どちらにしろ仲がいいのはわかっているので、俺としてはそれで十分だ。
……隙を見て、詳しく訊くけどな。
「そうなの……最近の子は進んでいるのですねー」
(先生も、そんなに歳は違わないでしょ……)
さすがに口には出せず、心の中に留めておいた。
先生は少し考えたあと、和人を見てからエレノアに言った。
「そういうことなら、学校のことは森田くんに訊いてくださいね」
「イエス! むしろ離れないよ」
「仲がよくていいですね。それでは席ですが、後ろの、水野さんと前川さんの間に用意しましたので、そちらに座ってね」
わかりやすく手を上げて答える雫と浩紀。
今朝、浩紀が「隣に席が追加されているんだけど……これは心霊現象か!?」と意味のわからないことを言っていたが、単純に転入生用に用意した席だったみたいだ。
「イエス。ヒロキの横ですね。あとは……あ、サクヤもちゃんといますね」
ちゃんとってなんだよ。
「あら、前川くんや東條くんとは、すでにお知り合いですか?」
「先生、俺たちは文化祭で会っているんですよ。あとは E 組の倉木愛莉とか、A 組の南雲さんとか」
「ああ、そういうことなのね」
「イエス。勉強会にも参加したわ。その時、サクヤが作ったクッキーはとてもグッドだったわ」
そう言ったエレノアは自分の席へと移動し、雫と挨拶をしていた。
教室は、まだ興奮冷めやらぬといった様子でざわついていた。
隣が雫なら和人も安心だろうな。色んな意味で。




