SS 東條 朔也:夏休みに幼女を預かる話・後編
俺は早速、必要なものを作業部屋から持ってきた。
UV ライトやシリコンの型。それに、一番大事なレジン液だ。この間、買い足しておいて正解だった。
窓を少し開けて換気し、机には使い捨てのシートを敷く。恵麻ちゃんには、少し大きめのニトリル手袋を着けてもらった。
「恵麻ちゃん。注意事項をいくつか言うね。この機械の中が光っても、のぞき込んじゃだめだよ」
「うん」
「それから、この液体には素手で触らないこと。手袋や机にこぼしたら、触らずにすぐ教えて。目や口にも入れないようにね」
「わかった!」
返事が良い恵麻ちゃんに、まずは簡単な使い方を教える。
「じゃあ、使い方を教えるね。まず、このシリコンの型にレジン液を入れてから、UV ライトを当てる」
「うん」
俺はシリコンの型を装置の中にセットして、スイッチを入れる。
数分したら型を取り出し、中身を押し出す。
「はい、触っていいよ」
「うん。わぁー、さっきまでドロドロだったのに、もう固い!」
「そうだね。それに、頭へ丸カンを刺して……チェーンを付けると……はい、これで簡単なアクセサリーの出来上がり」
「もうおしまい? 簡単だね!」
やったのはネコの型にレジン液を入れて固め、それに百均のチェーンを付けただけだ。でも、それだけでも小学生には十分驚きなのだろう。
「基本はこんな感じ。あとは、いくつかパーツを作って、接着剤で留めたりして、好きな形にするんだよ」
「へー。それで瀬那おねーちゃんみたいなのが作れるの?」
「そうですよ。私もいくつかパーツを固めてくっつけて、このアクセサリーを作りました」
「すごいねー! どんなものを作ろうかなー!」
そう言った恵麻ちゃんは、用意しておいた紙に作りたいものの絵を描き始めた。
何を描いているのか、横からのぞき込もうとすると――
「ダメだよ、おにーちゃん! 描き終わったら見せてあげるから、待ってて!」
「お、おう……わかった」
――怒られてしまった。
その様子を見ていた瀬那が「くすっ」と笑っていたので、軽く睨んでおく。
「朔也くんも、小さい子には弱いのですね」
「そんなことはないさ。……瀬那にも弱いじゃないか」
「そうですかね。……待ってください。それ、どういう意味ですか?」
いたずら心というか、ちょっとした仕返しのつもりで、俺はわざとらしく顔を背けた。
それを見た瀬那は「むぅー」と頬を膨らませ、俺の腕をぽかぽかと叩いてくる。
「私がいつも朔也くんを困らせているみたいじゃないですか!?」
「ソ、ソンナコトナイヨー」
「もうっ」
瀬那から顔を背けた先で、恵麻ちゃんと目が合った。
「じー……」
さっきまで一生懸命に絵を描いていた恵麻ちゃんが、いつの間にか手を止め、こちらを見ていた。
その目はなんだ……?
「どうしたんだ?」
「おにーちゃんたち……けんかはダメだよー!」
そう言って、恵麻ちゃんの目にじわりと涙が浮かぶ。
その涙目を見た瞬間、俺の心臓が嫌な音を立てた。
「違う違う! これは喧嘩じゃないから安心して。ただ、じゃれてただけだから」
「本当に?」
まだ疑っているようで、涙目のままこちらを見ている。
「本当だよ。なあ、瀬那?」
「はい、本当ですよ。喧嘩ではなく、じゃれていただけなので……愛情表現ですね♪」
「愛情表現?」
「仲が良いから、つい構いたくなるということですよ」
恵麻ちゃんは首を傾げ、俺と瀬那を交互に見比べていた。
そして、「うーん」と考え込んだかと思うと――
「……おねーちゃんが言うなら、そうかも」
「えぇ……俺の信用は……?」
なぜか恵麻ちゃんにとって、俺の信用は瀬那より低いらしい。
なんとなく悔しいのはなんでだろうか。
「それで、恵麻ちゃん。どんなものを作るか、描けましたか?」
瀬那は話題を変えるためだろう、アクセサリー制作へと話を戻した。
「うん、できたよー!」
そう言って見せてくれたのは、ネコの形をしたものに、いくつかのストーンパーツを付けたものだ。
小学三年生の女の子らしい、可愛らしいデザインだ。
「上手に描けていますね。恵麻ちゃんは、ねこさんが好きなのですか?」
「うーん、好きだけど、ママはもっとねこさんが好きだよ。こないだも、ねこのおもちゃのガチャガチャやってたし!」
「そうなのですね」
「うん! だから、お休みだったのに、おしごとがんばってるママにあげるのー!」
予想外のことを言われた。俺は驚いて声が出なかったし、瀬那も目を丸くしている。俺たちは、母親のために作るという考えが抜け落ちていたみたいだ。
……そうか。親のために何か作ってあげたい、って考えるのが普通なんだよな。
「それなら、がんばって作らないとな」
「うん♪」
それから俺は、恵麻ちゃんのデザイン画に合いそうなパーツを探すのを手伝った。
瀬那はネコの形をした型をいくつか取り出して、一番イメージに近いものを一緒に探していた。俺はその間に、色合いがよさそうなストーンパーツやビーズなどを取り出しておく。
型と色を決めたら、次はレジン液とパーツ類を入れて固める作業だ。
補助はもちろんするが、危なくない工程は、できるだけ恵麻ちゃん自身にやってもらうことにした。失敗しても問題ないものばかりだからだ。失敗しないことよりも、楽しめることが大事だろう……たぶん。
「あっ……ごめんなさい」
「大丈夫ですよ。触らず、そのままにしてくださいね。こちらで拭きますから」
レジン液を入れる際に少しこぼしてしまったが、瀬那がすぐに拭き取った。
目や口に入ったわけではなく、机にこぼれただけだ。失敗というほどでもない。
「入った! あとはどうするの?」
「パーツを出しておいたから、これを好きなように中へ入れるんだよ。練習用の型も用意してあるから、まずはそっちで試してみて」
「うん!」
恵麻ちゃんが瀬那に教わりながら練習している間に、俺は本番用の型に入れたレジン液から気泡を取り除いておく。
この作業は地味に面倒だし、少しだけコツがいるからだ。
練習が終わった恵麻ちゃんは、緊張しつつもデザイン画を見ながらパーツを入れていく。
「うんしょ……これは……ここ。おねーちゃん、こんな感じ?」
「はい、良いと思いますよ」
「やった! あとはライトを当てるだけ?」
「そうだね、あとはそれだけだな」
俺が型を慎重に持ち上げて UV ライトへ入れると、恵麻ちゃんは少し緊張した面持ちでスイッチへ指を伸ばした。
「ポチッとな!」
……古い。
どこで覚えてきたんだろう。
◇
十九時を少し過ぎたときだった。
ピンポーン♪
玄関のチャイムが鳴り、インターホンで確認すると、恵美さんが玄関前にいるのがわかった。
「ごめんなさい、遅くなったわ」
「お帰りなさい。今、ちょうど晩ご飯を食べているので、よければ一緒にどうですか?」
アクセサリーを作った後、恵麻ちゃんは疲れたのか眠ってしまった。作っているときは緊張していたし、気疲れもありそうだ。
わざわざ起こす必要もないので、そのまま瀬那の布団を敷いて寝かせることにした。
夕方頃になっても恵美さんから連絡がないので、忙しいと予想して晩ご飯を用意することにした。
もともと朝市で買った魚を使う予定だったので、材料には困らなかったしな。
「そこまでは甘えられないわよ」
「でも、今から作るのは大変ですよね?」
「……それは、確かに」
「それに、恵麻ちゃんも食べていますから、気にしないでください」
そう言って、恵美さんを家の中へと促した。
手を洗った恵美さんがダイニングの席に着くと、恵麻ちゃんの姿を見て、安心したように微笑んでいた。
「ママー、お帰り!」
「ただいま、恵麻。ちゃんといい子にしてた?」
「うん!」
「恵麻ちゃんはいい子にしていましたよ。ちゃんと好き嫌いなく召し上がっていますし」
恵麻ちゃんの食事事情を事前に聞いたところ、アレルギーはないが、好き嫌いが少しあるとのことだった。だが、実際に食事を出すと、何一つ残さず綺麗に完食してくれたのだ。
「そうなの。たぶん、朔也くんのおうちだから、ちゃんと食べたのでしょうね」
「そんなことないもん! いつも好き嫌いしてないもん!」
恵麻ちゃんの頬がぷっくり膨らんだ。
「そうなの。それなら明日から楽しみね」
「ぐぬぬぬ……」
仲の良い親子のやり取りを見ていると、ほっこりする。
ただ、恵麻ちゃんのリアクションが少し独特なのは性格なのか……何かの影響なのか……そこだけ少し心配だ。
ダイニングのテーブルに恵美さんが座ると、キッチンから今日の夕飯のメインディッシュを手にした瀬那が出てきた。
「恵美さん。今日は朝市で買ってきた魚をフライにしたんです。よろしければ、召し上がってください」
「わぁ、すごいわね。これ、瀬那ちゃんが揚げたの?」
「こちらは私が揚げました。恵麻ちゃんが食べているものは、朔也くんが作ったものです」
「……二人とも揚げ物ができるの、すごいわ」
普通の高校生は、揚げ物まで作らないだろうな。
瀬那は曾祖母に鍛えられたらしい。俺はアジフライが好きだから、数をこなすうちに作れるようになった。
サクッ。
「あら、このアジフライはシソと梅干しが入っているの?」
「夏なので、さっぱりしている方が良いかと思いまして」
「うん、美味しいわね」
恵美さんは、ほかのフライも「美味しい、美味しい」と言いながら食べてくれた。
瀬那の腕が良いのもあるけど、鮮度もいいので余計に美味しいはずだ。
「そういえば、いつも一緒にいるから違和感はないのだけど、夕飯も二人は一緒に食べているのね」
「はい、もちろんです……よ?」
「?」
「?」
俺たち三人は、お互いに顔を見合わせて疑問符を浮かべた。
瀬那はここに住んでいるんだから、当たり前ではないかと思うのだが……?
そんな状態の俺たちをよそに、恵麻ちゃんは先に食べ終わると、リビングから一つの袋を持ってきた。
「ママー、これ見てー!」
「えっ?……ありがとう。何かしら?」
封筒を開けて、恵美さんは中身を手のひらに出す。カチャと音を立てて出てきたのは、昼過ぎに作ったネコの形をしたバッグチャームだ。
半透明のピンク色をした、座り姿のネコ。その中には、キラキラと光るストーンパーツやビーズが入っている。
ネコの頭には透明な樹脂製のリングがくっついていて、銀色のボールチェーンが通っている。
「あら、可愛いわね。どうしたの、これ?」
「恵麻がつくったのー!」
「えぇっ!?」
自作だと聞き、恵美さんは目を見開いた。
小学三年生が作ったとは思えないほど綺麗にできているのだから、驚くのも無理はない。
恵麻ちゃんの手先が器用なことに加え、彼女は最後の仕上げとして、表面にコーティング用のレジン液を薄く塗り、ライトを当てて硬化させるところまで挑戦していた。これをやると表面を保護できるうえ、ツヤが出て少し高級感も出る。
「すごい?」
「すごいわ! よく作れたわね」
「うん、おにーちゃんとおねーちゃんが、いっぱい教えてくれたんだ! それでね……これ、ママにあげる!」
「……えっ」
満面の笑みで、そう告げる恵麻ちゃん。
恵美さんは驚いた表情のまま固まっていた。バッグチャームを握る指先が、ぴたりと止まる。
「いつもいっぱいおしごとして、がんばってるから! あとね、おなじのをもう一つ作ったの! 恵麻とおそろい!」
「恵麻……」
恵美さんの声がかすれた。
目に涙を浮かべた恵美さんは、そのまま恵麻ちゃんを抱きしめた。
「あり……がとう、恵麻。大事にするね」
「うん!」
笑顔の恵麻ちゃんと、少し泣いている恵美さん。
対照的な表情だけど、見ているこちらまで胸の奥が温かくなった。
隣にいる瀬那は、俺の服の裾を掴んで少し羨ましそうな顔をしている。
俺は瀬那の気持ちが、少しだけわかる。だから、何も言わなくていいと思った。
その手に自分の指を重ねると、彼女は服の裾を掴む力を少しだけ緩めた。
◇
館山親子はしばらく抱き合っていたが、落ち着く頃には二人とも笑っていた。
食事を再開した恵美さんの横で、恵麻ちゃんはネコのアクセサリーを手で転がしながら、今日あったことを楽しそうに話していた。
「それでねー、きーちゃんと鬼ごっこしたの!」
「へえ、よかったわね」
「そしたら、おにーちゃんたちのことをママとパパだと思っていたんだよ! 面白いよね!」
「ふふっ、そうね。二人が仲良しなのはわかるけど、まだ若すぎるわよね」
それは言わなくていいよ、恵麻ちゃん……。
恥ずかしかったことを思い出したのか、瀬那も顔を赤くしているじゃないか。
「あとねー、これ作ってるときに、おねーちゃんがおにーちゃんをポカポカ叩いてたけど、けんかじゃなくて愛情表現ってゆってたよ」
「え、恵麻ちゃん。それは言わなくていいですよ!」
奇しくも、先ほど俺が思っていたことを瀬那が言う。
「ふふ、あら、仲良くていいことじゃない」
「そ、そうですが……そういえば、旦那さんのご飯って大丈夫なのですか?」
俺たちは夏休み中でも、一般的には平日だ。
旦那さんが帰る頃には、館山家では何も夕飯が用意されていないはずだ。
「……良いのよ、あの人のことは気にしなくて。飲み会だって言っていたわ」
「そうなのですね」
しばらく雑談をした後、二人は帰っていった。
今日は子守りというほどではないが、いつもと違う一日で、少し疲れた感じはする。
俺も瀬那も、その日はお風呂に入った後、すぐに床に就いた。
余談だが、数日後、出勤前の恵美さんに会ったら、肩に掛けた鞄に恵麻ちゃんが作ったバッグチャームが付いていた。
「これを見ると『頑張ろう』って思えるのよね」
と、恵美さんは言っていた。
家族仲がいいというのは、いいものだと思う。
小さなネコが、朝の光を受けてきらりと光った。たった数時間で作ったものが、誰かの「頑張ろう」になる。
俺も将来はこんな家族を作れるといいのだけどな。誰とかは言わないでおくが。
― 東條 朔也:夏休みに幼女を預かる話 完 ―
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