第153話 生徒会選挙:当日①
途中でいざこざはあったが、無事に生徒会選挙の当日を迎えた。
俺は投票する側なので、特に準備らしい準備はしていないが、立候補者本人とその応援代表は大変そうだった。
和人と、ついでに天童、それから柊先輩たちには、一度だけ差し入れをしておいた。和人には友人としての応援を。天童はそのついでで、先輩たちにはこの間のお礼を兼ねて。
『これでピアスくんはボクの派閥だね!』
『……それは嫌なので、桐生先輩だけどうぞ』
『ただの先輩として、ありがたくもらっておこう』
『ひどい!』
そんなやり取りをしたのも、ついこの間のことだ。
今日は朝から生徒会選挙が行われるため、全校生徒が講堂へ集まっている。
この学校は各学年に九クラスあり、コースによって多少の増減はあるものの、各クラスの人数は三十人台半ば。全校生徒を合わせると、約千人になる。
それだけの人数が一度に講堂へ集まるのだ。圧巻とは、こういう光景を言うのだろう。体育祭も似たようなものだが、今日は特進クラスの生徒まで、ほぼ全員がそろっているで余計にだ。
学年ごとに座る区域は一応決まっているが、その範囲内なら、席はわりかし自由だ。俺はいつもどおり……と言っていいのか分からないが、瀬那と一緒に講堂へ入った。
とりあえず空いている席に瀬那と座ると、気づけば近くには浩紀や愛莉、雫、それに斎藤までいた。
……いつの間にいたんだ、こいつら。
噂が広まった当初、雫と斎藤の二人は、俺へどう接すればいいのか戸惑っている様子だった。
だが、次の日にはいつもどおりに戻っていた。浩紀と和人が変わらず接していたため、それに倣ったのかもしれない。
ぶっちゃけ、普段どおりのほうが助かる。
ちなみに、愛莉は最初から何も変わらなかった。
「そういや、朔也は誰に入れるか決めたのか?」
「まあ、一応は決めている。そういうお前はどうなんだ?」
「うーん、俺も一応かな。雫たちはー?」
「私も、一応は考えているよ」
そんな選挙ではありがちな雑談をしながら、開始時間になるのを待つ。
和人も壇上へ上がるからか、なぜか俺まで無駄に緊張していた。
◇
「私は、この学校を――」
しばらくして、立候補者たちの演説が始まった。
最終的な立候補者は六名。内訳は、一年生が二名、二年生が四名だ。
この中から生徒会長が決まり、当選者が他の役職を選ぶことになる。
ただ、実際には他の立候補者や応援を担当した生徒から、役員が選ばれることが多いらしい。
応援担当はともかく、他の立候補者は元々生徒会へ入ろうとした人間だ。役員候補としては、おあつらえ向きなのだろう。
一年生の一人目の演説が終わった。
次に壇上へ上がるのは、和人と天童だ。
天童は壇上へ上がると、そのままマイクの前まで歩みを進めた。後ろには和人も続き、一歩下がった位置に控える。
天童はマイクの高さを調整すると、講堂全体を見渡した。
「生徒会長に立候補した、一年 A 組の天童です」
短い名乗りのあと、天童は手元の原稿へ視線を落とすことなく、そのまま話し始めた。その姿は彼らしく、堂々とした佇まいだった。
「俺は、この学校を大きく変える、などと言うつもりはありません。実現できるか分からない派手な公約を並べて、皆さんの関心を引こうとも思いません」
講堂は静かだった。
柊先輩の突飛な立候補が注目を集めているだけに、その言葉を彼女への批判だと受け取った生徒もいるのだろう。小さなざわめきが起こった。
「俺が目指すのは、当たり前のことが、当たり前に行われる学校です。一部の目立つ生徒だけが得をする学校ではありません」
真面目に努力した人間が、正当に評価されること。
困っている人間の声が、無視されないこと。
誰かの身勝手な行動によって、関係のない生徒まで迷惑を受けないこと。
天童は一つずつ区切るように、言葉を重ねていく。
「学校には規則が必要です。千人を超える生徒が同じ場所で生活する以上、全員が自分の好きなように行動することはできません」
何人かの教師が、わずかに頷いている。
……頷いているけど、個人的には先生方ももう少しまとまってほしいと思う。
「規則がなければ、声の大きい人間や、立場の強い人間の都合が通りやすくなる。その結果、何も言えない人間が我慢することになります。それを自由とは呼べないでしょう」
俺は、少しだけ意外に思った。
もっと融通の利かないことを言うかと思っていたが、ただ規則へ従えと言っているわけではないらしい。
少なくとも、規則でがんじがらめにするのではなく、自由も必要だと考えているようだ。
「ただし、規則があるから、黙って従えばいいとも思いません。今の学校生活に合わない決まりや、理由が曖昧な規則があるなら、見直すべきです」
先ほどまでざわついていた生徒たちが、次第に耳を傾け始めた。
天童は規則だけではなく、柔軟さも大事にしているようだ。
「そのために、生徒会への意見を集める窓口を整えます。寄せられた要望と対応結果も、可能な範囲で公開します。変えられないなら、なぜ変えられないのかも説明します」
派手ではない。だが、現実的ではある。
目安箱は今もある。どの程度使われているかは分からないが、寄せられた要望や対応結果が公開されれば、後に続く人も増えるはずだ。
それに、検討したという事実だけではなく、結果まで公表されるのなら、意見が通らなくても納得できるかもしれない。
「そして、陰口や根拠のない噂によって、誰かが不当に扱われる状況も放置しません」
講堂の空気が、わずかに変わった。
「気に入らない相手がいることと、その相手に何をしてもいいことは別です。本人のいない場所で笑いものにすることも、大勢で一人を追い詰めることも、俺は卑怯だと思っています」
一年生の特進クラスにいる何人かが、気まずそうに視線を逸らした。
浩紀が「へー」と呟いたのが聞こえる。
確かに天童は、正面から俺を問い詰めたことはある。
だが、大勢で囲み、寄ってたかって責めるようなことはしなかった。
……初雁とは違う。
「全員が全員と仲良くしろとは言いませんし、できないと思います。ですが、最低限守るべきラインはあります。俺が生徒会長になったなら、そのラインを曖昧にせず、正面から向き合っていきたい」
天童はそこで一度、言葉を切った。
「派手ではなくても、誰もが安心して通える学校を作る。そのために、俺は立候補しました。皆さんの一票を、よろしくお願いします」
天童が頭を下げる。
一瞬の静寂のあと、講堂に確かな拍手が広がった。
「……思ったより、ちゃんとしているな」
俺が呟くと、瀬那も小さく頷いた。
「……天童さんらしい演説だったと思います。少し硬いですけどね」
壇上から戻る天童の表情は、ほとんど変わらない。
ただ、一年 A 組の席からひときわ大きな拍手が聞こえたときだけ、ほんの少し目を細めていた。
その後は二年生の候補者たちが、次々と演説を行った。
だが、天童と比べると、主張の芯や説得力、演説の巧さで少し劣るように感じた。
「最後の立候補者――柊菫さん」
アナウンスのあと、柊先輩が壇上へ上がった。
その顔にはいつもの笑みが浮かんでいたが、どこか普段とは違って見えた。




