第149話 噂と前に進むための一歩③
すべてを話し終え、俺はもう一度深呼吸をしてから口を開いた。
「……まあ、そんなところだ。言い訳になるが、一度友達を失っていると、どうしても怖くてな……」
「……お前……よく、生きててくれたな……」
浩紀の目から落ちた雫が、膝の上の制服へ小さな染みを作った。
「泣くなよ、浩紀。……さすがに引くわ」
「……アホ……そこは喜ぶ……ところ……だろ!」
嬉しいさ。
ちゃんと話を聞いて、俺のために泣いてくれているのだから。
悪いが、素直にはなれないだけだ。
「……思っていた以上に大変だったんだね。なんだか、俺が抱えていることが小さく見えてきたよ」
「……和人?」
「いや、気にしないでくれ。今は関係ないことだから」
「……分かった」
和人の抱えている問題が、俺の過去より上か下かなんて関係ない。
そもそも、そんなものは比べることではない。
ただ、いつかは和人にも、それを話してもらいたいと思う。
「それで、どう思う? 幻滅したか。それとも、友達として嫌になったか?」
「馬鹿! そんなはずないだろ!……ぶっちゃけ、ある程度は予想していたんだ。過去に、友達か恋人絡みで嫌なことがあったんじゃないかって。だから、その辺りに消極的なんだろうってさ」
以前、浩紀が似たようなことを言っていたのを覚えている。
あの時は流したが――今日は、きちんと受け止めないとな。
「だから、いじめられていたこと自体には、そこまで驚かなかった。むしろ、そんなことがあっても、ちゃんと学校へ通い続けたことを尊敬するくらいだ」
「そうだよ。さっきも言ったけど、それは俺たちを軽く見すぎだね。加害者ならともかく、被害者だった朔也を嫌いになるわけがないよ」
「……でも、自分のためとはいえ、同級生を訴えているし、最終的には転校させている」
俺の精神状態の問題もあったが、それ以上に、加害者たちと同じ学校へ通い続けること自体が苦痛だった。
俺が転校する案もあったが、須藤先生と相談し、それはやめた。
理由はいくつかある。
被害者である俺が、さらに不利益を受けるのはおかしいこと。
そして、学校側にも落ち度があった以上、在籍を続けたほうが、こちらの要望を通しやすいことだ。
それには、俺も同意していた。
その頃には、すでに精神状態が不安定になっていた。
ピアスという名の安定剤を認めてもらうためにも、そのまま在籍していたほうが都合が良かったのだ。
実際、それ以降、学校側が俺のピアスについて口を出してくることは、ほとんどなかった。
「そりゃ、お前、当たり前だろ。よく SNS で流れてくるけど、被害者側が転校するケースって、俺は納得できないんだよな。学校を去るなら、加害者側だろ」
「まあ、そうだな」
「俺も同じ考えだね。朔也のことだから、在籍を続けたほうが学校側へ要望を通しやすいとか、考えていそうだとは思ったけど」
「……ご名答だ、和人」
さすが和人。
俺の考えをよく分かっていらっしゃる。
あと、言わなければならないことは――
「ピアスのことだが、広まっている噂とは違う。おしゃれでも威嚇でもなくて、別の意味がある」
「え?」
「……」
俺は一度、深呼吸をする。
これは、いじめられていたこととは別に、二人から距離を置かれるかもしれない俺の弱点だ。
中学時代のことを話すより、なぜかこちらのほうが怖かった。過去ではなく、今も抱え続けている弱さだからかもしれない。
「……俺は、この一連のいじめが原因で、精神疾患を患った」
「……えっ?」
「……そういうことか」
和人が何かを納得したようだったが、とりあえず置いておこう。
こいつのことだから、以前から何かしら察していたのだろう。
「浩紀は、四月に二階堂先輩とのやり取りを近くで見ていただろ? あのとき話していた事情が、これだ。俺のピアスは、精神を安定させるためのものでもある」
「そうだったのかよ」
「ああ……。ピアスの感触や音へ意識を向けることで、気持ちを落ち着かせたり、頭の中を整理したりしている」
「そうだったんだね。ピアスを触っているところはよく見ていたから、単なる癖だと思っていたけど……もっと深い理由があったんだ」
和人が、噛みしめるように言った。
……ここまで話しても、二人は変わらず耳を傾けてくれている。
それが、素直に嬉しかった。
「……南雲さんは、もちろん知っているんだよね?」
「ああ、もちろん。瀬那には、付き合う前に話したからな。このことがあるから、『付き合うことはできない』って。まだ精神的に不安定な俺が誰かと付き合えば、相手を必ず不幸にするってさ」
「でも、南雲さんに説き伏せられたんだろ」
「ご名答。そういうところも全部ひっくるめて、受け入れるってさ」
それを聞いた和人が、目を見開いてから破顔した。
「あはははっ! 良かったじゃないか。それにしても、南雲さんも言うね。かっこいいよ」
彼女は思い切りがいいし、かっこいいと思うことも多々ある。
ただ、俺以外の人間が瀬那を『かっこいい』と評するのは、初めて聞いた気がする。
「……でも、そうか。大丈夫なんだな」
「当たり前だろ! ……俺は、朔也のなんだかんだ人に優しいところとか、周りをよく見ているところとかさ、すっっっっげー尊敬しているんだよ。だから、お前の弱いところを知ったからって、嫌になるわけがない。むしろ、人の痛みに気づける理由が、少し分かった気がする」
「浩紀」
柄にもなく真剣な言葉に、少し照れくささを覚える。
「そうだね。言い方は良くないかもしれないけど……その経験があったから、他人の痛みに気づける部分もあるのかもしれない。俺も、朔也の行動をすごいと思うことが多いし、だからこそ、南雲さんを助けられたんだと思うよ」
「……和人」
……そうか。
あの出来事があって良かったとは、今でも思えない。
あんな経験は、しないに越したことはない。
それでも、巡り巡って、今の俺がいるからこそ、瀬那を助けることができた。
もし、あの頃の経験がなかったら、公園にいた瀬那へ手を差し伸べることもできなかったかもしれない。
……そう考えると、鳴鷹&初雁に感謝してやってもいいくらいだ。
……いや、そこまではないか。
「よし! 噂をどうにかしようぜ」
「いや、それは不要だ」
「えぇ!? なんでさ!」
浩紀が、心底驚いた顔をする。
その隣で、和人は静かに箸を置いていた。
だが、正直なところ、今流れている噂はどうでもいい。
「いじめられていた件は、いずれ表に出てもおかしくなかった。中学時代の同級生全員を口止めできるような話でもないし、それ自体は大した問題じゃない。俺にとって重要なのは、ピアスの本当の意味が広まらないことだ。こっちは、場合によっては死活問題になる」
精神疾患があると知られたとき、周囲がどう反応するのかが怖い。
腫れ物扱いされるだけなら、まだいい。
面白がって、何かを仕掛けてくる奴が一定数いてもおかしくはない。
……最悪、発作が出て意識を失うようなことになれば困る。
「それなら、あえて噂は噂のままにしておいたほうがいいってことだね」
「そういうこと。おしゃれや威嚇のためにつけていると思われているほうが、何倍も助かるんだよ」
「なるほど。じゃあ、俺たちは噂に関しては何もしない。今までどおり、友達として接していればいいってことだな」
友達として。
そう、今までどおりの友達付き合いだ。
「そうだな。ただ、お前らまで巻き込まれる可能性はあるぞ?」
「大した問題じゃないね。そもそも、俺たちにできることも限られているだろうし。あっても、噂の真偽を確認するために近づいてくるくらいじゃないかな。……そんな相手、どうでもいいし」
和人にしては珍しく、表情に怒りが浮かんでいる。今朝もそうだったが、誰かから何かを言われたのだろうか。
申し訳ない気持ちはあるが、それを口にしたら、逆に怒られそうな気がする。
……それに、俺と和人の立場が逆だったら、たぶん俺も怒っている。
「オッケー! とりあえず、そうしよう。また何かあったら、同じように集まろうぜ」
「ごめん……いや、ありがとう。二人とも」
「気にすんなって……親友だろ」
「そういうことだね」
一度、友達を失った。
それでも、こうして新しく、心から信用できる友達ができたことを嬉しく思う。
入学した頃の俺は、一人でいいと思っていた。それが今では、こんなふうに考えている。
……人は、変われるものだな。
空になった弁当箱を片付けながら、俺はふと思う。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
もし「面白い!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ最下部にある『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして評価していただけると、毎日の執筆の大きなモチベーションになります!
ブックマークへの登録も、ぜひよろしくお願いいたします。




