第146話 生徒会選挙:立候補②
柊先輩は、翌日には立候補届を出していた。
応援代表を務める相方は、もちろん桐生先輩だ。
ただ、宣言どおり、公約の一つに『ピアス自由化』を掲げているのは、マジでアホなのかと思う。
ほかの公約がしっかりしているだけに、それだけが異質だったのがまた……。
すでに、校内には選挙ポスターまで貼られている。
それも、テキトーに作ったものではなく、しっかりとデザインされたものだ。写真まで完璧な角度で撮られている。
昨日の今日で、誰がここまで完成度の高いポスターを作ったのだろうか。相当な技術だと思うぞ。
「本当に立候補したな、生徒会長……と言うか柊先輩。それに、マジでこの公約でいくのか?」
昼休み、そのポスターの前で浩紀が唖然としていた。
俺と同じ疑問を持っているようで安心した。どうやら、俺の感覚は間違っていないらしい。
「本当にな。規格外だとは思っていたけど、ここまでとは……」
「今日も朝から、校門前で張り切ってたぞ。しかも、耳元にイヤーカフまでつけてな」
「はぁ!? マジかよ……」
「さすがに穴を開けるのは、親に止められたらしいぜ」
昨日の今日で、本当に耳へ穴を開けようとした行動力はすごい。
すごいのだが……やはり、アホだ。
今も、候補者たちの演説が校舎の外から聞こえてくる。
俺自身は、生徒会にそこまで魅力を感じていない。だが、立候補者たちにとっては、それだけの魅力があるのだろう。
こういうことに努力できるのは、素直に感心する。
「和人も大変だな。朝早くから活動して、昼休みまで潰れるんだろ」
「あぁ。今度、差し入れでも持っていってやるか」
「いいな、それ!」
そんなことを話しながら教室へ戻っていると、前から梅沢たち三人が歩いてきた。
俺を見つけるや否や、梅沢はにやにやしながら、こちらを見て通り過ぎていく。
しかし、残りの二人は、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。
……どう考えても、嫌な予感しかしない。
「なんだったんだ、あいつ。いつも以上に嫌な感じだったな」
「……分からんが、面倒なことになりそうな予感がする」
「奇遇だな。俺もそう思うわ」
俺は左手で耳元のピアスに触れながら、梅沢の背中を目で追った。
一抹の不安を覚えたものの、今の俺にできることは何もなかった。
◇
どれほど一般に知られているのかは分からないが、十月末から約二週間にわたって、『読書週間』というものがある。
この学校の図書委員会でも、その大きな流れに乗り、少しでも本に触れてもらおうと、『読書の秋、促進計画』なるものを行うことになった。
とはいっても、おすすめ書籍を紹介するブックガイドや、POP を作成する程度だ。
せっかくなので、生徒会選挙を利用できないかと提案した。
立候補者のポスターは嫌でも目に入る。その近くに貼っておけば、ブックガイドにも少しは目を向けてもらえるのではないか、という魂胆だ。
学校からの許可も、比較的あっさり下りたため、実行へ移されることになった。
ただ、一つ想定外だったのは、図書室の司書から、
「ちょうど図書委員絡みで東條くんが目立っているんだし、発案者でもあるんだから作って♪」
と、名指しされたことだ。
……どこまで引っ張るんだよ、そのネタ。
図書委員のミーティング中、皆の前で宣言されてしまったため、断れる雰囲気ではなかった。
結局、渋々引き受けることになったわけだ。
隣にいた瀬那と雫から、気の毒そうな目を向けられたのがつらい。
幸い、おすすめ書籍の紹介文は、ほかのメンバーにも作ってもらえることになった。さすがに何冊分も一人で用意するのは難しいので、正直に言って助かる。テーマごとに担当を振り分け、それぞれで作成することに話が決まった。
それに、家で作業する際には、瀬那も手伝ってくれたので完全に一人で作成にはならなかった。
複数人が、それなりの時間をかけて作ったブックガイドだ。
せっかく完成させた以上、実際に見てくれている人がいるのか、気になってしまう。
『どう思う?』
『俺は見たよ。候補者のポスターの左右に堂々と貼ってあるから、気になったね』
『朔也が準備したって言うから、軽くは見てやったぜ!』
少なくとも、和人と浩紀は見てくれたらしい。
多少なりとも狙いどおりになったのなら、本望だ。
そんなやり取りをした日の放課後、図書室の当番だった俺と瀬那は、いつもどおりカウンターに座っていた。
もう慣れたもので、小声で雑談を交わしながら、POP の作成や貸し出しなどの仕事をこなしている。
半年ほどこの仕事をしていて面白いと思うのは、図書室を利用する人間の半分ほどが、いつも同じ顔ぶれだということだ。
すでに顔なじみと呼べる利用者までいる。
机で黙々と勉強する奴。
本を返し、そのまま別の本を借りていく奴。
そして、なぜか読んだ本の感想や解釈を、延々と俺へ語ってくる奴。
利用の仕方は多種多様だ。
「でな、ここは作者が、こういう意図で書いたと思うんだよ。どう思う?」
「読んだことがないので、分かりませんよ。……先輩、いつも思っていたんですが、なんで俺に本の感想を話すんですか?」
「いい感じに相槌を打ってくれるから」
「えぇ……」
三年生の男子生徒は、図書室へ来ると、いつも三十分ほど本について語り、満足して帰っていく。
最初は瀬那に話しかけていたのだが、俺が、
『図書室でナンパはしないでください』
と間に入ったところ、
『じゃあ、お前でいいや』
と、俺に話しかけるようになったわけだ。
単に見た目が話しかけやすそうだったから瀬那を選んだだけで、ナンパではなかったらしい。
感想というか、独自の解釈自体は面白いのだが、毎回となると、さすがに面倒だったりする。
「ふう、今日は満足したわ」
「……そりゃ、良かったですね」
「受験前じゃん? こういう時期だからか、特進にいると息が詰まるんだよ。周りもピリピリしてるから、教室じゃこんな話できなくてさ。助かるよ」
「はぁ!? 先輩、特進だったんですか!?」
あまりにも衝撃的な事実に、思わず叫んでしまった。
隣の瀬那から、
「朔也くん、しーっですよ」
と注意され、俺は立ち上がる。
見える範囲にいた利用者へ軽く頭を下げ、騒いだことを詫びた。
「何をしてるんだ、朔也は」
「……先輩が特進だったことに驚いたんですよ。あと、いきなり朔也呼びですか」
「いや、お前の名前を知らないから、隣の女子が呼んだまま言っただけ」
「左様で」
そう言って、先輩は図書室を出ていった。
そういえば、俺もあの人の名前を知らない。
……それにしてもこの学校って、思っていたより変人率が高いな。
「朔也くん、たぶん、その『変人』の中に朔也くんも入っていますよ」
「……なんで俺が考えていることが分かるんだよ」
「ふふっ、なんででしょうね。とりあえず、勘ということにしておきましょうか」
「なんだそれ……」
……解せぬ。
「あ、いたいた!」
先輩と入れ替わるように図書室へ入ってきたのは、この図書室の主である司書さんだった。
俺と目が合うと、こちらへ小走りでやってくる。
「図書室では静かにしないと駄目ですよ」
「……朔也くん」
先ほどのことは棚に上げ、俺は司書さんへ注意した。
瀬那は呆れたように俺を見ていたが、スルーしておく。
「ごめん、ごめん。東條くんが作ったブックガイド、あるでしょ? あれが思ったより好評でね。付き合いのある図書館から、読書週間の展示に使ってもいいかって聞かれたのよ。どう?」
司書同士のネットワークでもあるのだろうか。
「俺だけが作ったものではありませんが、評価してもらえたのは嬉しいですね。俺は構いませんけど、ほかの図書委員にも確認したほうがいいのではないでしょうか?」
「それは大丈夫。もう全員に訊いてきて、最後が東條くんだったのよ」
「左様で。それなら、問題ありません」
「ありがとう!」
司書さんは、来たときと同じように、せわしなく図書室を出ていった。
そんなに慌てなくてもいいだろうに。
俺と瀬那は顔を見合わせ、少し笑ってしまう。
「どこに展示されるのでしょうね?」
「どこだろうな。有力なのは、ここから近い図書館だと思うけど……近くだと、どこがあったっけな」
そんな軽い気持ちで考えていた俺たちだったが、実際に展示されたのは、県内最大規模の中央図書館に設けられた読書週間の特設コーナーだった。
校内向けに作ったはずなのに、ずいぶんと大きな話になったものだ。
◇◇◇◇◇
数日後。
瀬那と一緒に登校していると、俺へじろじろと視線を向けてくる奴が多いことに気づいた。俺たちが付き合い始めたころの好奇の目とも、文化祭の一件のあとに向けられた目とも違う。
触れてはいけないものを前にして、遠巻きに様子をうかがっているような――そんな目だった。
「なんでしょうね」
「……分からん」
そのとき、視線を向けていたうちの一人、二年生の男子生徒がこちらへ歩いてきた。
一葉虎真だ。
周囲の話し声が、不自然なほど小さくなった。誰もがこちらを見ているのに、誰一人として近づいてはこない。
俺の前で足を止めると、ためらうことなく虎真先輩は言い放つ。
「東條。お前、中学のとき、いじめられてたんだってな」
嫌な笑みを浮かべた先輩。その言葉だけが、周囲のざわめきから切り離されたように、やけにはっきりと耳へ届いた。
左耳のピアスに伸びかけた手を、俺はどうにか止め、瀬那とつないでいた手を反射的に力を込める。
彼女のぬくもりだけを、必死に意識した。
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