第145話 生徒会選挙:立候補①
うちの学校では十月の終わりの週から、十一月の半ばまで生徒会選挙週間である。
立候補するには、選挙日の三日前までに選挙管理委員会に提出する必要がある。すでに一、二年生の何人かが立候補していた。
一年の俺の知り合いと言えなくはない奴としては、天童が立候補を表明している。和人に言わせれば「人を引っ張っていける奴だから、適任だと思うよ」らしい。
あの目立ちがたりの一葉虎真も立候補しそうだと思っていたが、今のところ立候補していない。
彼は文化祭から数日は家から出てこなかった。だが、さすがにテスト期間には登校していたと、龍真から話を聞いた。
どうやら瀬那のビンタは思った以上にプライドが壊されたらしい。来場者も含めた大勢の前だったのが、恥をかかされたと考えているのではないかと、龍真が言っていた。
ちなみに廊下で鉢合わせた時、こちらを睨んでいた時がある。だが、また何か言ってくるかと思ったが、睨む以外は特に何もしてこない。
……要注意人物なのは変わらないが。
話がそれたが選挙について予想外なのは、現生徒会長――柊先輩が立候補していないと言うことだ。あの人ならもう一期やるのではないかと思ったんだけど。なんだかんだやる時はやるタイプの人だから、継続でも良いと思う。
「受験に専念するのではないのですか? 柊生徒会長の成績は良いらしいので、進学すると思いますし」
「そうかもしれないな。……俺としては早く卒業してちょっかいかけてこなければなんでもいいや」
「……朔也くん」
呆れた声で瀬那に反応されてしまったが、本心なので仕方ない。
そんな会話をしていたのが今朝。
今日の昼食は珍しく俺のクラスで取っていた。学食でないのは特に意味はなく、ただの気分転換だ。浩紀や和人がいることはもちろんのこと、瀬那や愛莉たちもいる。
「生徒会選挙と言えば、俺、光輝の応援責任者をお願いされたよ」
「そうなのか。A組の奴らではないんだな」
「中学からの付き合いだからね。俺では荷が重いけど、せっかくだから助けてあげるよ」
「和人の荷が重いとは思わないけどな」
俺は二人が並んで演説や挨拶をしている姿を思い描く。
(一年の二大イケメンが揃って並ぶのか。絵になるな)
「……朔也。余計なことを考えていない?」
「……何のことだよ」
瀬那じゃないんだから、変に勘ぐらないでくれ。
瀬那も瀬那で何か笑っているし、俺ってわかり易いのだろうか? もう少し、ポーカーフェイスを訓練した方がいいか。
そう考えて手で頬を触った時だった。
ガラララッ!
教室のドアが力強く開く音が聞こえた。
無意識にそちらを向くと、予測不能な生徒会長こと、柊先輩がいた。
先輩はきょろきょろと辺りを見回して、俺と目が合うと――
「いたいた! ピアスくんミッケ!」
――早足でこちらに来た。
俺は、子供の絵本のタイトルには出ていません。
「なんで食堂にいないのさー。探すのに時間かかったよー」
「……俺は用はないので、お帰りください」
「ボクはあるから、帰らないよ!」
もう、俺が帰りたい……。
「南のお嬢様に森の騎士様、そしてみんなもおっす! お揃いでお昼ご飯っていいね!」
周りにいるみんなにも挨拶をする柊生徒会長。
ちなみに『森の騎士様』は和人のことだ。『森』は苗字から来ているのだろうが、『騎士』はどこからきたのだろうか……。これまた、和人本人は嫌がっているが、呼ぶのをやめない。
「……それで、本当は聞きたくはないですが……何か用ですか?」
「あ! そうそう! なんで出ないの?」
「……菫、主語が抜ける」
いつの間にか桐生先輩が近くに来ていた。
俺はその姿を見て少し安心した。
「……ピアスくん、何あからさまに安心した顔をしているのさ」
「純粋に桐生先輩がいて良かったと」
「失礼だな! 尊はボクの右腕であって、保護者でない」
それを聞いて、嫌な顔をしている桐生先輩。わかりますよ。ええ、その気持ちはわかります。
あと、『右腕』と書いて『リード』って俺は読むと思っています。
「菫、話がそれてる。早く話して断れろ」
「断れろって何さ!……まあ、いいよ。もう一度聞くけど、何で生徒会長に立候補しないの?」
「……は?」
「だーかーら、なんで生徒会長に出馬しないのかと」
「言葉の意味が分からないんじゃなくて、言っている意味が……あ、同じか。まあ、いいや。どちらにしても、なんで俺が立候補すると思ったんですか?」
俺は基本的に、年上には敬語を使う。
ただ、最近はこの人にまで畏まる必要はないと判断し、時折こうしてタメ口が混ざるようになった。本人も気にしている様子はないので、直す予定もない。
「だって、適任でしょ、キミ」
「……どこがですか」
「うーん、挙げるとキリがないけど……まず、なんだかんだ面倒見がいい。副会長以下のサポートも、ちゃんとできると思う。それに慎重派だから、軽率な行動もしないでしょ。あとは――人の痛みに鈍くない」
「……!?」
柊生徒会長の言葉に、心臓がキュッと縮んだ。無意識に、左手が耳元へ伸びかける。
顔には出さなかったつもりだが、隣にいる瀬那には伝わってしまったらしい。ほんの少しだけ俺との距離を詰め、制服の裾をそっと握ってくる。
……心配されているな。
「痛みって言っても怪我とか暴力ではなくて、困っている人や、声を上げられない人を見落とさないってこと。自分にとって大したことじゃなくても、相手にとってはそうじゃないかもしれないって考えられるでしょ、キミは」
「……なんで、そう思ったんですか?」
「それぐらい、見てれば分かるよ。文化祭で文芸部を手伝っていたときもそうだったしね。声の大きい人間だけじゃなくて、マイノリティの意見にもきちんと耳を傾けられる。上に立つ人間には、案外そういうところが大事なんだよ」
「……」
自由奔放な生徒会長なくせに、よく周りを……人を見ている。確かに、文芸部の手伝いの時に、意見を言いたいが言えない、奥手のタイプを部員のサポートしていたことがあったが、わかり易く助けたわけではないつもりだった。
「それにさ、公約も良いのがあるじゃん!」
「……なんすか?」
「そりゃもちろん『ピアスの自由化』だよ! まさしくキミのシンボルとしていいだろ! そして、『ピアスが自由化』が実現されたら、今度は『制服の着崩しの自由化』だ! この学校をフリーダムな楽園にするんだ、キミの手で!」
「……」
やっぱりアホだった。
少しだけ、感心した俺の気持ちを返してくれ……。
ため息が教室のそこら中から聞こえてくる。この話を聞いていたクラスメイト全員が呆れた目をしているのが見回さなくてもわかる。
「……そんな公約で受かるとは思っていないですし、生徒会なんてやりたくないので遠慮しておきます」
「えー!」
「やりたいなら人任せではなくて、ご自分で――」
「ダメだ、東條! それ以上言ったら!」
桐生先輩の言葉に俺は口をとっさに閉じた。
言葉の真意はわからないが、俺より付き合いが長い桐生先輩の言うなら、何かあるはずだ
「……そうか。やっぱりそれしかないか」
「?」
「あぁ……」
桐生先輩は頭を抱えていた。
「よし! ピアスくんの期待に応えてあげよう! ボクがこれらを実現しようじゃないか!」
「はぁ!?」
「そうと決まれば善は急げだ。尊、行くぞ!」
踵を返した柊生徒会長は、桐生先輩の手を引いて早足で教室から出て行った。
残された俺たちは顔を見合わせて首を傾げるしかなかった。




