第144話 詩織のお泊り④
石田が去ったあと、俺たちは予定どおりお店へ向かった。
さすがに、瀬那のバイト先であるムーンバックスへ戻るのは気まずいので、別の店だ。やってきたのは、和菓子を使った甘味を中心に扱っている店で、店員の制服も和風だった。
……少しだけ、文化祭で文芸部を手伝っていたときの瀬那を思い出した。
制服の雰囲気は全然違うのに、なぜだろうな。
「そういえば、訊くタイミングがなかったので、ここで聞いちゃいますけど……どうして文芸部でコスプレしてたんですか?」
「コスプレじゃない。……着せられたんだ」
「ふふっ。朔也くん、とても似合っていましたよ」
「そこは聞かれてないだろ」
瀬那は楽しそうに笑ってから、改めて説明を始める。
「文芸部には、生徒会長が所属しているんです。その方が以前から朔也くんを面白がって、よく構っていまして」
「生徒会長が?」
「はい。それに、文化祭では図書委員が文芸部を手伝うのが伝統らしくて、私たちも売り子を頼まれたのです」
瀬那の説明は、実際に起きたことなので間違ってはいない。
ただ、事情を知らない人には、これだけでは分かりづらいだろう。
「最初に指名されたのは瀬那だ。瀬那は断るつもりだったんだけど、生徒会長が俺まで巻き込んできた」
「巻き込んだというより、朔也くんの名前を出して、私が断りにくい状況を作ったのです」
「それを巻き込んだって言うんだよ」
生徒会長は、俺をだしにすれば瀬那が断らないと分かっていたのだろう。
そもそも、最初から俺まで売り子にするつもりだった気がする。
「それで、引き受けたあとに、あの衣装があると知りまして……」
「そのころには、今さら断れる雰囲気じゃなかった。要するに、二人そろって嵌められたんだ」
口にしてから、この説明も微妙に分かりづらかったなと気づく。
だが、それくらいテキトーな流れで売り子をすることになったのは事実だ。
「まあ、なんとなく分かってきたかも。とにかく、コスプレするつもりはなくて、無理やり着せられたってことね」
「そうだ」
分かってくれて良かった。
とにかく、自分の意思で着たわけではないと伝われば、それでいい。
「それにしても、二人とも似合っていましたよ! ツーショットなんて、何かのドラマのワンシーンみたいでしたし! ね、詩織ちゃん?」
「うん、良かったよ! だから、そんなに嫌がらなくてもいいと思うよ、義兄さん」
「……ほかの奴には広めてないだろうな?」
「も、もちろん」
少し不穏な反応だったが……もう、あとの祭りか。
この際、深く考えるのはやめよう。
無駄に精神をすり減らすだけだ。
俺は、運ばれてきた団子の三種盛り合わせに手をつけた。
ここの売りの一つは、串団子を卓上の電気式焼き台で、自分好みに焼けることだ。
焼いたあとは、セットのきな粉やあんこを好きなようにつけて食べるらしい。
団子を焼き台に並べたあと、俺は焼き方の説明パネルを隅々まで読み込む。こういうものは、全部に目を通さないと気が済まないのだ。
「結構、焼けてくると香ばしい匂いがするな」
「……朔也くん」
瀬那は、あんみつを頼んでいた。
いくつかの果物と、ソフトクリームが乗っているタイプだ。
「……分かった。しょっぱいものも食べたくなるよな。焼けたらやるよ」
「……義兄さん」
詩織は、かき氷を食べていた。
この時期だと、少し寒いだろうに……仕方ない。
「少し温かいものも食べたほうがいいから、詩織にもな」
「……お兄さん」
麻里ちゃんは、わらび餅と温かい抹茶のセットを頼んでいた。
甘いものも温かいものも、すでに目の前にある。
「お前はなんだよ。もう足りないものはないだろ」
「いえ、そうではなくて……お団子、焦げていますよ」
三人分の視線が、俺ではなく焼き台へ集中していた。
そこでようやく、香ばしいを通り越した匂いが鼻に届く。
「先に言ってくれ!」
「三人とも、ずっと言おうとしていました」
なんだと!?
俺は三人の呼びかけを勘違いして、勝手に団子を振る舞うつもりになっていたのか……。
減った皿と、黒く焦げた団子を見比べる。
仕方なく、追加の団子を注文することにした。
◇
ルナポートで過ごした時間は、いい気分転換になったようだ。
家へ帰ると、中学生の二人は勉強を再開した。
夕ご飯までは、まだ少し時間がある。短時間だけ集中して取り組むには、ちょうどいいのかもしれない。
今日の夕飯は、朝から仕込んでおいたチャーシューと麻婆豆腐の予定だ。副菜にはナムルと冷ややっこ。それから中華スープ。
うん、いいと思う。
こういう、献立を決める瞬間が地味に好きだったりする。
パシャ。
「……なんだよ」
「朔也くんが、また得意げな顔をしていたので、記念に♪」
「消せよ?」
「嫌です♪」
瀬那は、スマートフォンをルームウェアのポケットへ入れた。
無理やり取り返せば嫌がられるだろうし、そもそもロックを解除することもできない。
……つまり、詰みだ。
「変なところへ横流しするなよ」
「変なところでなければ、いいのですか?」
「……どこにも送らないでください」
「仕方ないですね。分かりました。私だけで楽しみます♪」
たぶん俺は一生、瀬那に言葉では勝てない気がする。
……まあ、それで困ることはないだろうが。
「お兄さんたち……仲がいいのは分かりましたけど、できれば私たちのいないところでやってください。……いや、部屋に行かれると余計に気になるので、やるならここで!」
「……意味が分からんが、そういえば二人がいたな」
「ひどい!」
麻里ちゃんは、俺と瀬那のやり取りに呆れていた。
自分で言うのもなんだが、確かに少しバカップルじみたやり取りだったかもしれない。
部屋へ行かれると気になる、という気持ちも……まあ、分からなくはない。
対照的に、詩織はこちらを気にすることなく、勉強に集中していた。
俺たちの会話も耳に入っていないのか、一心不乱にノートを書き進めている。
ペン先が、普段より少しだけ強く紙を叩いているように見えた。気合が入っているということだろうか。
ここまで集中している詩織を見るのは、初めてかもしれない。何か、気持ちの変化でもあったのだろうか。
俺は勉強の邪魔をしないように気をつけながら、瀬那と夕飯の準備を進めた。
◇
翌日、昼まで勉強した二人は、家へ帰ることになった。
明日は学校なので、少し早めに帰宅したほうがいいからだ。
せっかくなので、黄隆学園の近くを通って駅へ向かうことにした。
学校のそばまで来ると、運動部が活動している声が聞こえてくる。
詩織は校舎を見上げながら、ぽつりと呟いた。
「……私、この学園に入れるでしょうか」
たぶん、誰かに答えを求めたわけではないのだろう。
それでも、俺は答えることにした。
「詩織の学力なら、よほどのことがない限り大丈夫だよ。総合進学コースなら、なおさらな。……もちろん、麻里ちゃんも」
「ありがとうございます。お兄さんと瀬那さんは、学校、楽しいですか?」
俺にとっては、少し答えにくい質問だった。
……でも、変に取り繕っても仕方がない。
「俺はこんななりだから、学校で浮くこともある。最初のころは、それでいいと思って、特に人と関わるつもりもなかったんだけどな」
入学したばかりのころを思い出しながら、校舎へ目を向ける。
「それでも、いつの間にか、それなりに友達ができたよ」
「可愛い彼女さんもできたもんね」
詩織は、瀬那のほうを見ながら言った。
その瞳は、穏やかで優しいものだった。
瀬那も、それに応えるように柔らかく微笑む。
「ま、まあ、それもあって、最近は楽しいと思えるようになってきた。入学したときには、考えられなかったくらいにな。俺でもこうなんだから、二人なら、きっと楽しく過ごせると思うぞ」
「そうですね。私も、入学当初には考えられないほど、楽しい学校生活を送っています。もちろん、朔也くんがいるから、というのもありますが……思っていた以上に、委員会活動や行事も楽しいものですよ」
瀬那の言葉を聞いて、詩織と麻里ちゃんは頷いた。
「そうですか……。それなら、私もここで学校生活を楽しんでみたいです」
「私も!」
「はい。そのためにも、あともうひと頑張りです!」
「「はい!」」
二人の元気な返事を合図に、俺たちは駅のほうへと歩き始めた。
詩織の声には、さっきまでの不安げな響きはもうなかった。
次に二人がこの家へ泊まりに来るときは、受験の前日だ。
そして、その次は――黄隆学園の制服を着たあとであればいい。
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