SS 文化祭の写真流出事件:後編
「違うよー。確かにボクがやりそうなのはわかるけど、さすがに本人の承諾なしに広めたりはしないよ」
「そうですか……」
俺が二年生の教室を訪ねることは、ほとんどない。
突然入ってきた一年生の俺を、先輩たちは珍しそうに見ていた。
一部の女子だけは、珍しさとは別の目をしていたが……。
生徒会長の近くには、副会長の桐生先輩もいて、話を聞いてくれていた。
「東條。俺からも弁解しておく。菫は規格外だし、人の想定の斜め上を行くようなことを平気でやるアホだけど、人のプライバシーを無断で侵すようなことはしないから」
「桐生先輩が言うなら安心ですね」
「二人とも、ボクのこと失礼すぎないかい?」
「気のせいだ」
「気のせいです」
一番の当てが外れた。
嬉々として後夜祭のスクリーンに映したくらいだから、今回もこの人が関わっているとばかり思っていた。
だが、桐生先輩が言う通り、人に悪戯をするにしても、守るべき線引きはしているように思える。
「それにしても、どこで漏れたんだろうな。俺も後夜祭で見たが、学校が依頼した撮影業者の写真に見える」
「……そうなると、その業者が広めたってことですかね?」
「いや、信用問題に関わるから、業者がやるとは思えない。データを受け取ったのも先生だ。写真部の顧問で、こういうプライバシーに関わる部分はしっかりしている先生のはずだ」
何度も言うが、桐生先輩がそう言うのなら大丈夫だろう。
……あれ?
よく考えたら、そのプライバシーへの配慮は、後夜祭では発揮されていなくないか?
「むー、失礼だな。さすがのボクだって、勝手に写真を販売したりはしないって」
「……販売?」
「菫、お前、何か知っているな」
「あ、やべぇ……」
この後、俺と桐生先輩は生徒会長を生徒会室へ連行し、尋問することになった。
生徒会長としての汚点にもなりかねないことなのに、なぜか彼女は口を割ろうとしない。
しかし、桐生先輩が耳元で一言告げると、途端に態度が豹変した。
「全部話さないなら、当分、生徒会予算で変な物を買うのは禁止だ」
「それは横暴だよ! 話す! 全部話すから!」
結論から言えば、写真を流出させたのも、販売しているのも生徒会長ではなかった。
では、いつ写真が流出したのか。
きっかけは、やはり後夜祭だった。
予想通り、撮影を担当した業者には問題がなく、データを受け取った先生にも落ち度はない。
問題だったのは、その写真を後夜祭のスライドショーに編集した生徒たちだ。
編集担当の一人が『アーヴェル司書』のファンだったらしく、俺の写真を密かにコピーしていた。
さらに、瀬那の袴姿を欲しがった別の生徒も同じようにデータを持ち出し、二人は互いの写真を交換していたらしい。
そこまでなら、まだ本人たちが個人的に楽しむだけで終わっていた。
だが、そのやり取りを知った第三者へデータが渡り、一部の写真が販売されるようになった。
事態が予想以上に大きくなり、怖くなった編集担当の生徒が、生徒会長へ相談したという。
そこから生徒会長が独自に調べ、写真が校内で売買されているところまで突き止めたらしい。
「ピアスくんに言ったら、すぐ本人たちのところへ乗り込むでしょ? 大元を押さえる前に騒ぎになったら、データを消されると思ったんだよねー」
俺たちに言わなかったのは、そういう理由らしい。
言われてみれば、確かにそうなってもおかしくない。
「今日の放課後も、その闇取引が行われるらしいよ」
椅子に縛られている生徒会長は、知っていることをすべて暴露した。
写真が売られているだけの話だったはずなのに、いつの間にか学園の地下組織を摘発するような雰囲気になってきた。
……ちなみに、俺たちが縛ったわけではない。
生徒会長が、自分から体に縄を巻きつけて、「雰囲気を出さないとね!」と、言っていたが、やっぱりこの人はアホだと思う。
「……クソだな。場所も時間もわかったことだし、乗り込むか」
「ここまで来ると、写真だけじゃなく、保存されているデータの削除も必要だな」
「ええ。金銭まで動いている以上、見過ごせませんね」
そして俺たちは、放課後に再び集まることにして、一旦解散となった。
部屋には、生徒会長を残して……。
「ごめん、待って! なぜか縄が外れないんだけど!」
自分で仕掛けた罠に、自分だけが捕まっている。
この人を生徒会長に選んだ奴らは、今すぐ責任を取ってほしい。
俺は無視をした。
必要なら、桐生先輩がどうにかするだろう。
◇
放課後。
闇取引が予定されている教室の隣に、俺と桐生先輩、そして、どうにか縄から脱出してきた生徒会長がいた。
防音設備のない教室だ。
隣で話している内容なら、壁越しに聞こえるはずだった。
「こんな物を持ってきたよ」
生徒会長が取り出したのは、壁に貼りつけるためのマイクと、それに繋がっているアンプ本体。
さらに、イヤホンが二組。
いわゆる、壁越しに音を拾うための装置――『コンクリートマイク』だ。
「なんで、そんな物を持っているんですか?」
「何を言っているんだい? 探偵には七つ道具が必要なんだよ」
「……ウン、ソウデスネ」
考えるだけ無駄だと判断した。
なぜか手慣れた様子で、マイクとアンプを設置する生徒会長。
それを見ても何も思っていない桐生先輩。
……初めてじゃないな、これは。
生徒会長はイヤホンの一つを俺へ渡した。
先輩たちは、もう一組のイヤホンを片方ずつ使うようだ。
『……だ、それ……で、……会長……』
「少し途切れ途切れだね。ちょっと待っててね」
そう言うと、生徒会長はアンプの調整を始めた。
しばらくすると、次第に隣室の声が鮮明に聞こえてくる。
『なので、今日でこの販売も終わりにしようと思います。生徒会が嗅ぎ回っているらしいです』
『えー!』
『その代わり、今日は大量に現像しています!』
『わー!』
生徒会が調べていることを勘づいたらしい。
相手もそれなりに耳が早いようだ。
これが、いたちごっこというやつか。
……たかが学校内の騒動に、何を言っているんだ、俺は。
『それでは、まずは生徒会長の貴重なセクシーシーン!』
「あらま。ボクの写真もあったんだ。これは見てみないと!」
「何をテンション上げてるんだ、菫。もういいだろう、入るぞ」
「ラジャ!」
俺たち三人は、少し離れた場所で待機している生徒会と文化祭実行委員のメンバーに、教室へ近づくよう連絡した。
逃走を防ぐために集めた、信用できる面々だ。
準備が整ったところで、取引が行われている教室のドアを開く。
三人の間に、一瞬だけ静寂が流れた。
「御用改めである! 神妙にお縄につけ!」
生徒会長が、大声で時代劇にありそうなセリフを叫びながら、意気揚々と教室へ入っていく。
それに続くのは、その奇行に頭を押さえる桐生先輩。
そして最後に、俺が中へ入った。
たかが写真、されど写真。
少なくとも、勝手に値段をつけられた俺にとっては、立派な討ち入り案件だった。
「柊会長! なぜここに!」
「ははっ! 悪あるところにボクありだよ!」
「意味がわからん! だが、捕まるわけにはいかない! 向こうは三人だ。みんなで散り散りに逃げれば――」
「それ、意味ないですよ」
俺はビデオカメラで撮影をしながら、教室へ入っていた。
この場にいる全員の顔は、すでに録画済みだ。
さらに、近くに置かれていた箱の隙間から、同じビデオカメラのレンズが覗いている。この教室で取引が行われるとわかっていた以上、俺たちは事前に何台か仕掛けていた。
逃げた後で「自分は何もしていない」と言わせないためだ。
「と、東條……」
「ということで、皆さん。逃げても無駄です」
そうして、『文化祭写真流出事件』は早くも幕を閉じた。
◇
その後、関係した生徒たちには、それぞれ処分が下された。
まずは、写真を販売していた生徒だ。
学校が依頼した業者によって撮影された正式な写真とはいえ、生徒が無断でデータを複製し、販売していいものではない。
そのため、主犯となった生徒には二週間の停学処分と反省文が言い渡された。
次に、写真を購入した生徒たち。
販売側が裏切り防止の名目で購入者の名前を控えていたらしく、全員が特定された。
購入された写真はすべて回収。
保護者にも事情が伝えられ、画像として保存していた生徒には、家族の立ち会いのもとでデータを削除し、その旨を学校へ報告するよう求められたらしい。
ただし、購入者の多くは、元になった写真が無断で持ち出されたものだとは知らなかった。
そのため、処分は校内で金銭のやり取りをしたことに対する反省文で済んだ。
中には、
「保存用まで没収されるなんて……」
と、本気で落ち込んでいる生徒もいたが、知ったことではない。
「とりあえず、一件落着だねー」
「そうですね」
「それにしても、欲しがる人が多くて驚きましたよ」
「……人は欲望には正直なんだよ」
生徒会長は、どこか遠くを見るような目をしていた。
何を達観しているんだ、この人は。
「ただ、一つだけ気になるのは、購入者のうち一人だけ特定できていないことだよな」
「そうなのよー。上手いこと隠したみたい」
生徒会長は、購入者の名前が記された紙を指先で軽く叩く。
「誰だったんでしょうね。まあ、これ以上写真が広まらなければいいですよ」
「ピアスくんが言うなら OK だねー。……その人が買ったの、ピアスくんの写真だけだったから」
「え?」
俺にだけ困る、謎が残ってしまった。
……解せぬ。
◇◇◇◇◇
夕暮れ、とある教室。
「……まさか、あなたまで購入しているとは思いませんでしたよ」
教室には和人がいた。
彼の視線の先には、逆光で顔の見えないが、女子生徒が立っている。
その少女は振り返ると、口を開いた。
いつもの、朔也の前でだけ見せる無防備な顔とは少しだけ違う、作った笑みだった。
「バレてしまいましたか。朔也くんには内緒ですよ?」
人差し指を唇の前に立て、和人へ笑いかける。
しかし、その目からは、写真を手放すつもりがないことが伝わってきた。
「まあ、あなたならいいか。むしろ、朔也が知ったら一番反応に困りそうだけど」
「ふふっ。それも含めて、内緒にしてください」
夕日に照らされて、彼女の髪が金色に光った。
大騒ぎの末に回収されたはずの写真は、誰よりも朔也の近くにいる少女の手元へ、ひっそりと残ることになった。
なお、その写真が後に彼女の部屋で大切に飾られることを、朔也は知らない。
その日も、朔也は「解せぬ」と呟きながら、いつも通り帰路についていた。
― 文化祭の写真流出事件 完 ―
こちらは、コメントでリクエストをいただいたので書かせていただきました。
※ コメントをくださった方のお名前は、念のため伏せさせていただきます。
補足です。
鷹司さんは情報網が弱く、購入できていません!




