第139話 文化祭:後夜祭
とある教室の窓際。
外でキャンプファイヤーの準備をしているのを見ながら、俺たちは手を繋いで座っている。
横には、俺の肩に頭を乗せている瀬那。
いつもより彼女との距離が近いように感じるのは、気のせいではないだろう。
触れ合った場所から、彼女の体温がじんわりと伝わってくる。
肩に預けられた重みと、微かに香る匂いが、いつもより強く意識される。まだ落ち着かない鼓動を悟られないよう、平静を装うのに必死だった。
「……朔也くん、心臓の音、少し速いですね」
肩に乗せた頭のせいで、余計に聞こえてしまっているのだろう。
「気のせいだろ」
「ふふ、嘘ですね」
誤魔化しきれていないのはわかっていたが、素直に認めるのも癪だった。
顔だけは見せられないと、窓の外へ視線を逃がす。
何が楽しいのか、瀬那はクスクスと笑いながら、繋いだ手をにぎにぎと確かめていた。
時折、唇に手を当てる仕草が、なぜだかいつもより大人っぽく見えて、思わず目を逸らしてしまう。
今日という日は、俺にとってどうにも調子が狂う一日らしい。
次第に体育館から生徒が出てくるのが見えてきた。
後夜祭が終わり、最後のキャンプファイヤーのために集まるのだろう。
「そろそろ始まりそうですね。どうしますか?」
「俺はどちらでもいいが……せっかくだから行くか」
「……無理はしていないですか?」
「大丈夫。適度にテキトーにやるよ」
そう答えながら、俺は席を立つ。
それと同時に、俺の答えに満足したのか、瀬那は微笑みながら立ち上がった。
さっきまで沈んでいたはずの胸の奥が、今は妙に軽い。
たった一人に手を引かれているだけで、世界の見え方まで変わるのだから、我ながら単純なものだ。
そのまま、教室のドアを出る時――
「瀬那」
「はい?」
――もう一度、唇を重ねた。
「……っ! 急にはずるいですよ」
「先にやった瀬那には言われたくないな」
「むぅー」
唸る彼女の手を取って、そのまま教室から出ていく。
入る時には考えられなかった清々しさを感じながら。
振り返らなくても、隣で頬を膨らませているのが伝わってきた。
◇
キャンプファイヤーの近くに行くと、さっきまで沈んでいた胸の奥に、少しだけ火が灯ったような気がした。
近くには浩紀や愛莉たちがいたので、合流することにする。
俺たちを見つけると、浩紀が手を上げて振ってきた。
「……落ち着いたようだね」
俺の挙動が良くなっていたのだろうな。
和人にはすぐにばれたようだ。
「あぁ、気を遣わせたな」
「いいってことよ! それよりも利益のランキング三位だぞ、うちのクラス!」
浩紀はそれ以上は訊かず、後夜祭での出来事を教えてくれた。
話を聞くに、後夜祭で集計結果はもう出たらしく、うちのクラスは出店のランキングで三位という結果になったらしい。
それを聞いた時、文化祭の準備で削られた睡眠時間が、今この瞬間だけ少し報われた気がした。
商品販売もさることながら、思ったより制作体験の人気が高かったらしく、大盛況だったのがランキングに入った理由だと浩紀が言っていた。
あの歌手の影響があったのかもしれないな。
今度会うことがあったら、軽くお礼は言っておきたいものだ。
キャンプファイヤーの周りでは、みんな思い思いのことをしていた。
ただ単に騒いでいる奴もいれば、ブレイクダンスをしている人もいる。どうやら、後夜祭でもステージで踊っていたらしい。
さらに、花火をしているグループもいた。
「花火ってどこから持ってきたんだよ」
「本当は本格的な打ち上げ花火をしたかったんだけどねー。止められちゃったー」
いつの間にか横にいた生徒会長が、そんな言葉をぽつりと呟いていた。
この人、本当に学校行事を何だと思っているのだろう。
たぶん、半分くらいは自分の遊び場だと思っている。
心の中でそう言いつつ、でも、言いたいことがある。
「二日目の開催、ありがとうございます。助かりました」
ずっとお礼を言いたかった。
原因ではないとはいえ、俺も一因ではある。
これで中止になったら、嫌だった。
今日の文芸部の手伝いでは一度も会わなかったので、言うタイミングがなかったのだ。
「ボクは大したことしてないよー。それに、赤口先生のせいでボクらが割を食うのはおかしいしねー」
生徒会長が呆れた顔をしている。
この人も赤口には良い印象がないみたいだ。
「それに、予想外にも理事長が手を貸してくれたんだよねー。人員派遣とか、後始末の経費を出してくれたし」
「なるほど」
「……」
瀬那が少し複雑な顔をしていたが、それもわからなくはない。
朱門さんも動いていたとはな。
理事長という立場を考えたら普通のことかもしれないが――
(あの人のことだ。瀬那のために動いた可能性はあるな)
確証はないが、そんな気がしている。
もちろん、いい意味でな。
なんだかんだ、瀬那には甘いところがあるように感じている。
せっかくの文化祭を最後まで楽しんでほしいと考えていても、おかしくはない。
「……ピアスくんは大丈夫なの?」
「何がですか?」
生徒会長は目を細め、「何言ってるんだこいつ」とでも言いたげな、呆れた目で俺を見た。
「五階から落ちたんでしょ?」
「あー、そんなこともありましたね。手の擦り傷以外は特に問題ないです。気にしないでください」
「そう。それならよかった!」
あの生徒会長が、安心したような顔をしたのが印象的だった。
それなりに責任を感じているのかもしれないが、この人は全く悪くない。
(ただ、この感じからすると、資材の置き方について指摘した可能性があるかもな)
定かではないし、わざわざ訊きはしないけどな。
そんなことを考えていると、副会長がやってきた。
「菫、向こうでこの後の段取りについて話があるってよ」
「オッケー!」
「桐生先輩もお疲れ様です。そういえば、この二日間は生徒会長の近くにいなかったですね。……お目付け役として」
俺の言葉に、瀬那は呆れた顔をして、規格外生徒会長はあからさまにむくれた顔をしていた。
「朔也くん……」
「ピアスくん! どういう意味かな!」
生徒会長が抗議するように頬を膨らませる。
だが、副会長は否定するどころか、疲れたように肩を落とした。
「あぁ、菫が動き回らないといけなかったからな。俺が事務作業をしてたんだよ。……何かしでかさないか、ひやひやしてたが」
「尊も失礼だな!」
個人的に少し気まずい雰囲気だったので、この流れで霧散させられたのはちょうど良かったと思う。
「東條、お前が助けてなかったら、開催はあり得なかった。……本当に助かった」
「いえ、本当に偶然ですから」
「そうか……」
瀬那のビンタの件が広まっているのなら、俺が飛び降りた件も話が広がっていないとおかしい。
だが、特にこれといって、所かまわず触れられているわけではない。
これには理由がある。
まず一つ目は、SNS の噂と同じで、単純に信じられていない。
ビンタとは違い、五階から飛び降りてほとんど怪我をしていないという話は、普通なら信じられないことだ。
そのため、みんな半信半疑の状態。
それに、あまり人付き合いをしてこなかったのも幸いして、不愛想な不良もどきとして定評のある俺に、わざわざ確認しようとする酔狂な奴がいないというのもある。
そして二つ目。
生徒会と文化祭実行委員が、その噂を抑える対応をしているということだ。
これは学校側からの要望だったらしい。
主に二年の特進クラスの担当教師たちから懇願されたようで、生徒たちに非難が集中しないようにする、というもっともらしい理由はある。
だが、本音は特進の評判を落としたくないだけだろう。
特進クラス――主に先生の失敗を、普通科の不良もどきが尻ぬぐいしたとなっては、沽券に関わるという理由だろうと推測している。
目立ちたくない俺としてはそれでいいのだが、生徒会長は納得していないという噂があった。
……あえて触れないでおくけどね。
「まあ、それはもういいでしょう。それよりも、呼ばれていたのではないですか? そろそろ向かった方がいいと思いますよ」
「あぁ、そうだな。菫、行くぞ」
「あいさー! じゃあね、ピアスくんに南のお嬢様! 文芸部の件もサンクス! 今度お礼するから!」
何か色々と言っていたが、お礼は逆に怖いので遠慮したい。
「そうだ、朔也! 文芸部には行けなかったけど、コスプレ似合ってたぜ!」
「……何で知ってる!」
「え? だって、今日の後夜祭で紹介されてたよ?」
一瞬、時が止まった気がした。
「はぁ!?」
「え!?」
俺と瀬那が同時に驚いた声を出したが、その声はキャンプファイヤーの騒ぎですぐにかき消された。
文化祭の最後に、まさか自分の羞恥心が焼かれるとは思っていなかった。
後夜祭で紹介するなよ、文化祭実行委員長!
もしくは、アホを極めた生徒会長様よ!
キャンプファイヤーの火の粉が、夜空に舞い上がっていく。
――ただ、あの写真が紹介されたことで、この後一波乱が起こるとは、この時まだ誰も考えていなかった。
終わったと思った文化祭は、どうやらまだ俺を解放してくれないらしい。
アーヴェル司書の写真騒動はこの夏、公開予定!
血で血を洗う戦いの中、突如として都市を覆うようなバイオテロが発生。
それを憂いた瀬那が朔也を司書にジョブチェンジさせ、最終的には天使を召喚してすべてを消滅……嘘です。
また、幕間を予定通りなら12時に公開します。
元々リクエストをいただいているので SS は書く予定ですが、プロットさえまだ半分程度しか考えていないです。
本編とは違って、だいぶ悪ノリ寄りになるかもしれません(笑)




