第134話 文化祭:二日目④
A組のジェットコースターを終えた後、瀬那は当番があるため、そのままそこで別れた。俺も当番なので、自分の持ち場に戻る必要があった。
別れ際に、金森から声をかけられた。
「東條、これをやる」
「……これって、怪しい占いのやつか」
「そう。どうせ使わない。南雲と相性占いでもして」
「いら……あぁ、もらっておく」
正直、要らなかったが、瀬那が興味津々な目でこちらを見ていたので、もらうことにした。
瀬那も占いって好きだったんだな。
そして、D組の持ち場に戻ってきた。
そこには同じ当番の浩紀もいて、手にはお菓子を大量に持っていた。
「もしかして、取れたのか?」
「あぁ、E組のじゃないけどね。でも頑張っただろ!」
「お、おう。そうだな」
浩紀は、そのお菓子を担当の奴らに配っていた。
クラスメイトが待機するスペースには、同じように差し入れとして、いくつかの食べ物が置いてある。
今日の当番は昼を挟むので、腹は減るだろうから助かる。
クラスメイトとの円滑な関係を考えると、俺も何か買ってくればよかったと、少しだけ後悔した。
「そういや、朔也。お前の一点もの商品、さらに売れてたな」
「……マジかよ」
「なんか、金魚鉢は外国人が買って行ったらしいぞ。ペンダントはよくわからんが、残りは指輪だけだ」
「俺としては、文化祭であの値段の奴が一つでも売れたことが奇跡だと思っている」
文句はもちろんないし、逆に自分が作ったものが売れたわけだから嬉しい気持ちはある。
ただ、文化祭の品物でそこまでお金を出すのは……いや、文芸部の作品だと、結構多く出している奴らもいたわ。
そんなどうでも良い話をしていると、制作体験の列に和人がいることがわかった。
――外国人の女性を連れて。
見た目は同い年ぐらいに見えるが、外国人なので素直にそう思って良いのか微妙だ。
他のクラスメイトもちらちらと見ているが、誰も確認しようとしない。
今度は、クラスメイトが俺たちをちらちら見ている。
……言いたいことはわかる。
「……あれは触れた方が良いのか?」
「ばか! 俺たちが触れないで誰が触れるんだよ!」
クラスメイトが望んでいるのは、そのことだろう。
和人と仲が良いのが俺たちなのは、みんなわかっているからな。
他のクラスメイトがどうしようか悩んでいる中、浩紀は嬉々として和人の方へ向かっていく。
……もちろん俺も気になるので、それについて行く。
「やあ、和人!」
俺たちが近づくと、和人はあからさまに苦笑いをした。
予想はしていただろうが、逃げなかったということは、逃れられなかったのだろう。
近づいてきた俺たちを、外国人の女性が不思議そうに見ている。
「ダレ?」
「前に話しただろ、浩紀と朔也だよ。クラスメイトで一番仲が良い二人だね」
「コウキよりも?」
「光輝は別のクラスだよ」
コウキ……天童光輝のことか。
天童を知っている女性で、和人の関係者ってことは――
――あっちの関係者か。
まあ、それはとりあえずいいか。
「初めまして、朔也です」
「初めまして! 前川浩紀です! ……で、和人の知り合いなのはわかるけど、友達? それとも?」
浩紀の含みがある質問。
明らかに、それ以上の存在か確認している。
内心、ウキウキなんだろうな。
それに答えるため、和人は軽く咳払いをした。
「『それとも』ってなんだよ。彼女はエレノア・ルンド・ヴェストリさん。関係は何て言ったら良いか――」
和人が言い淀んだ、まさにその時だった。
エレノアさんが満面の笑みで和人の腕に抱きつき、流暢な日本語で宣言したのだ。
「――カズトのフィアンセ、エレノアよ」
「!?」
ピタッ、と。
魔法にでもかけられたかのように、教室内の空気が完全に凍りついた。
聞き耳を立てていたクラスメイトたちの動きが、一斉に止まる。
少し離れた場所では、女子生徒の手から、ガシャンと痛ましい音を立てて小物が床に落ちた。
……名前は言わないでおこう。
心の中で静かに手を合わせておく。
南無。
瀬那に並ぶほどかどうかは知らないが、和人が結構な人数に告白されているのは知っている。
それでも常に彼女を作ってこなかった和人に、婚約者。
まあでも、婚約者がいるのなら、彼女を作らなかったことは辻褄が合う。
「……ふぅ、本人がそう言ってるだけだよ」
「でも、約束はした。そうでしょう?」
「……それを婚約とは言わない」
どうやら、簡単に『婚約者』とは言えない何かがあるみたいだ。
こいつらはこいつらで、複雑な関係なのだろうな。
「まあ、婚約については置いておいてよ。彼女とは縁があってね、日本を案内していたんだけど、文化祭の話をどこからか聞きつけたらしくて、今日は案内しているんだ」
「なるほどなー」
「それでうちのクラスに来たってわけか。ヴェストリさんには――」
「エレノアで良いわよ、サクヤ。カズトが信頼しているフレンドなら、私にとってもフレンドよ」
彼女の地方でどういう風習になっているのかはわからない。
それでも、ファーストネームを簡単に呼ばせるような相手ではないはずだ。
ある程度の信頼がなければ、そう簡単には許さないだろう。
それだけ和人を信頼している、ということなのだろうな。
「わかった。エレノアには和人が説明するだろうし、いいよな?」
「うん、もちろん。わざわざ俺たちに割り当てなくていいよ」
「……」
「なにか?」
エレノアの視線が、顔ではなく耳元で止まっている。
初対面の人間にピアスを見られることは珍しくないが、その目はただの好奇心とは少し違っていた。
「ノー、気にしないで。あなたとは、これからも長い付き合いになる。そう思っただけよ」
「……そうか」
意味深な言葉に首を傾げていると、和人がエレノアの肩を軽く叩いた。
「順番が来たよ、エレノア。じゃあ、俺たちはテキトーに空いている席に着くね」
「ああ、楽しんでな」
俺たちは二人を送り出した。
とは言っても、同じ教室内にいるんだけどな。
それからしばらく、当番をしながら二人を観察した。
和人もすでにいくつか商品を作っているし、説明の練習もクラス内で行っていた。それに、来場者に対しても何度もやっているので、慣れたものだった。
だから、エレノアに教えるのも手際が良い。
和人とエレノアが並ぶと、どこか別の世界から切り取ってきたような絵になる光景だった。瀬那と並んだ時とはまた違う種類の「完成されている」感じ、とでも言うべきか。
◇
昼を過ぎたあたりで、人気も落ち着いてきていた。
最後のネタアクセサリーである歯車の指輪も、売れてしまった。
少し話をする機会があったのだが、どうやら九州にある姉妹校の生徒らしい。
年齢も一つしか違わないらしいので、なぜそんな高いものを買うのか尋ねたところ、
「こういうの好きなバカがいてね。お土産よ」
と、言っていた。
お土産にしては高いものだが、金持ちなのだろうか……。
俺の当番も残りわずかというところで、瀬那が迎えに来ていた。
今は雫と話しながら、商品を見ている。
「朔也くんのものは売れてしまったのですね」
「うん。小物ぐらいならどこかにあるかもだけど、混ざっちゃってわからなくなっちゃった」
「そうですよね。一つぐらい欲しかったのですが、仕方ないですね……。それにしても、金魚鉢は外国の方が好きそうなので売れそうかなと思っていましたが……あの指輪もすべて売れたのですね」
「そうみたい! 凄いよね!」
雫が嬉しそうに相槌を打った。
ちなみに瀬那には、言い聞かせていることがある。
文化祭で俺が作ったアクセサリーを買わないように、と。
記念に欲しいとは言っていた。
その気持ち自体は嬉しいけど、家で好きなだけ作ってやれる以上、わざわざここで買うのもなーって思ったんだ。
だけど、あの感じだと、隙を見て買うつもりだったのかもしれない。
……文化祭が終わったら、何か作ってやるか。
「じゃあ、俺もそろそろ交代するよ」
「おう、行ってらっしゃい! 俺も愛莉が交代したら行くから、後で会えたら会おうぜ!」
「あぁ」
そう言って浩紀と別れた俺は、瀬那を連れて教室を出て行った。
「少し残念です。せっかくなら朔也くんのが欲しかったのですが」
「そんなにか……? うーん、それなら後で時間が合ったら、制作体験で何かお互いに作るのはどう?」
「……っ! はい!」
どうやら俺の提案は通りそうだ。
そこまでして欲しいものなのか正直疑問だけど、彼女が望んでいるならやっても良いと思う。
大変なことでもないしな。
「じゃあ、とりあえず昼飯で何か食べようか。その後……一応、占いに行くか?」
「はい♪」
これからの予定が決まり、自然と指を絡ませて手を繋ぎ、喧騒の廊下を歩き出す。
何気ない会話をしながら一緒に歩く。
こういう普通の文化祭デートというのも、最高に楽しいものだ。
浮かれていた。
だからだろう。
いつもなら自然と働くはずの警戒心が、この日だけは、繋いだ手の温もりに溶けて消えていた。
祭りの熱気は、人の気配を簡単に覆い隠す。
笑い声も、足音も、悪意さえも。
幸福というのは、時として盲目だ。
俺は全く気づいていなかった。
人混みに紛れ、少し遠くからじっとこちらを観察している、その視線に。
「へー。あいつ、こんなところにいたんだ」
人混みの陰から、獲物を品定めするような薄ら笑いを浮かべて見つめる――その人物の存在に。
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2026.07.16 誤字の修正。ストーリーには影響なし。
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