第133話 文化祭:二日目③
仁王立ちで俺を指さし、金森が静かに言い放つ。
「東條。勝負しなさい」
人を指さすのはやめなさいよ、などというどうでも良いことが頭をよぎるぐらい、現実逃避をしたくなった。
横にいる瀬那は苦笑いをしている。だが、多分、瀬那も金森らしいことを言っていると考えているだろう。
俺が瀬那がいる A組に行くと、だいたい男子連中から良い目で見られていない。その理由は理解できるし、仕方ないと思っている。幸い、直接何かするような陰険なことはしてこない。
どうやら、リーダーポジションの天童がそういう真似を嫌うらしい。だから他の奴らも下手なことがしづらいと、和人から聞いたことがある。
(まさか、あいつに助けられる日がくるとは……)
ただし、男子は直接絡んでこないが、金森は気にせず絡んでくる。
悪意は感じないが、ただの暇つぶしか、俺を体のいいおもちゃにしている節がある……悪意があるよりはマシだけど、毎回だと疲れる。
「嫌だよ。そもそも勝負する理由がわからないのだけど?」
「私が勝ったら駅前のクレープを奢る。私が負けたら嵐を好きにしていい。見た目通り、良い触り心地だぞ」
「えっ!? 焔ちゃん、私、その話は聞いてないよ!?」
「人の話を聞けよ……」
自分が損しない勝負って何だよ……。
呆れていると、スススーっと金森が近寄ってきた。そして、小声で話す。
「まあ、聞きなさい。うちの男子、東條を良く思っていない奴が多い」
「……まあ、だろうな」
俺が肩をすくめて肯定すると、金森は真剣なトーンで続けた。
「クラスどころか、学校一番人気の南雲を掻っ攫ったから」
「言い方」
「だから、ここで私が勝てば、多少は溜飲が下がる。……たぶん」
「……思ったより、ちゃんとした理由があったんだな。お前らしくない」
「それは失礼」
バン! と、俺の肩を強めに叩く金森。「いたっ!」と、俺が言うのもお構いなしに、勝ち誇った顔をしていた。すぐに木内に「めっ、だよ。焔ちゃん」と子供のように怒られていた。
相変わらず物怖じしない奴だ。最初からこんな調子だから気にもしていないが、こんな見た目の俺を怖がらなかった稀有な存在というのは変わらない。こいつはこいつで、相当特殊な奴だと思う。
「まあいいや。それで、勝負ってどうするのさ?」
「うちのジェットコースターで悲鳴や叫び声を上げたら私の勝ち。一切上げなかったら東條の勝ちでどう?」
悲鳴や叫び声か。
さすがに危険なことはしないだろうから、やったとしても以前予想した通り、水鉄砲か、柔らかいものを投げるぐらいだろ。
「むしろそれ以外にないか。……仕方ないからやってやるが、俺が勝った時の条件の変更を求む」
それを聞いた金森は不満そうな顔をして、俺を睨んできた。
「……私の嵐では不満だと? まさか、東條は幼――」
隣で木内が真っ赤になり、瀬那の笑顔から温度が消えた。
「アホかっ! 俺とお前の勝負でなんで木内を出してくるんだよってことだ!」
そういう意図しかない。だから、横で怖い笑顔を俺に向けないでくれ、瀬那さん。
「……しょうがない。それなら、私とのデート一回の権利をやろう」
「いらねーよ。マジでいらない。第一、デートと称して俺に色んなものを奢らせるつもりなんだろ?」
「……ちっ! カンの良い男は嫌いだよ」
「もうヤダ……こいつ……」
正直、やりたくはないが、金森が言っていることもわからなくはない。
少しでもクラスの奴らの溜飲が下がるなら、やっても良いかもしれないと思う。本来は俺たちの関係を他の奴らがちゃちゃ入れること自体おかしいのだが、この程度で無駄な面倒ごとが少しでもなくなるのならやむ無しだろう。
「仕方ない。これをやる」
金森が出してきたのは占い屋のチケットだった。
チケットには、やけに達筆な文字で『摩訶不思議研究会・占い一回無料』と書かれていた。
「……なんだ、この怪しさしかない団体名は」
「知らん。友達から押しつけられた」
「お前、最初から俺への景品をテキトーに決めたな?」
「バレたか」
他の物に比べれば大分マシか。
最悪、行かなくても良いだろうし。
「まあ、いいやそれで」
「よし。じゃあ、私も準備してくる」
そう言って金森と木内はジェットコースターまで戻って行った。
◇
しばらくすると、もうすぐ俺たちの番になろうとしていた。
勝負と言いつつ、車体に乗るのは俺と瀬那の二人。わざわざ別々に乗るのも順番待ちの人に申し訳ないからだ。
乗り込む瞬間、視線が集まるのを肌で感じた。……この時点で、男子連中に睨まれ、女子連中からは期待の目で見られているのがわかる。
「よく考えたら瀬那は自分のところの出し物になるけど、準備期間中に乗らなかったのか?」
「はい。……金森さんに止められていました」
「なんだ、その用意周到なやつ」
瀬那だって自分たちが作ったものに乗りたいはずだ。
そのチャンスを俺が潰すはずがないと見込んで、わざと乗せなかったのかもしれない。
とうとう、俺たちの番になろうとした時、金森が近づいてきた。
「さあ、勝負」
「あぁ、わかったよ」
俺が後ろに乗り、瀬那が前の席に座った。これで周りの奴らの敵意がさらに強くなったが気にしてはダメだ。「さあ、スタートします。押しますよー」と言われた時だった。
突然、多目的室内にアナウンスが流れる。
『南雲瀬那さんから東條朔也くんへ。朔也くん、頑張ってください。悲鳴を上げても、私は嫌いになりませんよ』
――その時、場内にノイズ交じりの音が鳴った。
「はぁっ!?」
「はい、声出た」
横にいた金森は、ニヤッとドヤ顔をして俺を見ていた。
してやったりといいたげだ。
「まだ走り始めていないだろ!?」
「ううん。もう始まっている」
確かに先ほど「スタートします」って言ったが。
少し周りを見ると、にやにやしている奴がちらほら。
これはやられたな。勝負とは、時に始まる前から終わっているものらしい。
それにしても AI 合成かなにかか? 嫌に似た声だったが……。
「念のためですが、私、そんなこと言ってませんからね」
「わかっているよ。……まあ、俺の負けでいいや」
潔く認めると、金森が眉をひそめた。
「む。その反応はつまらない」
「それは知らん。さあ、続きをおねがい」
俺は後ろにいた男子に振り向いて促した。
そいつもそいつで、気に入らないって顔をしていた。
軽く押されると、坂を下りだんだんと速度があがる。
ガタガタ揺れる振動と、『生徒がこれを作った』と言う不安。心配性の俺には、それが合わさって恐怖になる。
その状態からのカーブ。
予想以上に G がかかり、疾走感が体を覆う。
「きゃー!」
前に座る瀬那はいい感じに悲鳴を叫んでいた。
その気持ちはわかる。
続くは S字 のカーブ。
容赦なく体が右に左に振られ、視界が激しく揺さぶられることで、実際の速度以上のスリルを錯覚する。
(なかなかいいじゃないか)
その後もいくつもの手作りギミックを抜け、最後に真っ暗なトンネルの中へと突入した。
中を通ると、外とは景色が全然違った。暗闇の壁に星くずのように散りばめられた光と、猛スピードで後方へと流れていく LED のイルミネーション。そこにタイミングよく扇風機の強い風が吹きつける。
「うぉ!」
――思わず、声が出た。
外の景色を完全に遮断し、視覚と触覚の演出だけで相対的に速度が出ているように錯覚させる仕組みだ。俺が思いつきで提案したアイデアとはいえ、ここまで見事に形にしてくるとは。
悔しいが、これは普通に面白い。文化祭の出し物としては、かなり完成度が高かった。
そして、光のトンネルを抜け、ついにゴールになる――
バシャ!
「キャっ!」
「わぷ!」
――ゴール直前、横から細い水がぴゅっと飛んできた。
頬に当たった冷たさに、俺は反射的に顔をしかめる。
そこには不敵な顔で立っている金森。
「……やっぱり水鉄砲かよ」
「バレてた?」
「予想はしてたけど、実際にやられるとは……」
「何事にも二段構えが大事って、昔偉い人が言ってた」
それは二段構え違いだ。
……そんなどうでも良いことを考えながら、俺はずぶ濡れの頬を拭った。




