第132話 文化祭:二日目②
クラスの準備も終わり、みんなに断りを入れた後、俺は早々に文芸部の手伝いへと向かった。
着替えを済ませ、同じく着替え終わった瀬那と一緒に売り場へと向かう。
やっぱり瀬那の格好は似合っているし、可愛いと思う。
せっかくなので、今日も何枚か写真を撮っておいた。
「だって、人を叩くなんて……朔也くんには知られたくないじゃないですか」
「俺のためみたいなものなんだ。気にすんな」
その道中、先ほど聞いたことを瀬那に話したところ、この言葉が出たわけだ。
本心として言えば驚きはするものの、俺が彼女の立場なら同じことを……いや、もっと強くやっていた可能性が高い。
それに比べれば、たかが頬をひっぱたいたなんて、可愛いものだと思う。
ただ心配なのは、虎真の性格からしたら逆上する可能性が高いことだ。
龍真の話では、家ではショックで呆然としていたらしいが、一晩経った今日、どうなっているかはわからない。
どうなったとしても、瀬那が指輪を持っている限りは大丈夫だろう。
文芸部の準備は、昨日売れたものを倉庫から補充することと、今日新たに追加する作品を並べることだった。
その作業が終わったころ、ちょうどチャイムが鳴る。
『ただいまより、黄隆学園文化祭、最終日を開始します』
そんな放送が流れた。
さあ、二日目も適度に頑張りますか。
◇
朝から昨日と同じく、文芸部の売り子をやっているわけだが、昨日よりも人が多かった。
日曜日だからなのか、中高生が多い印象だ。
「なんか人が多いですね」
「ふふ、それには理由があるのだよ。昨日と今日で、ラインナップが微妙に違うのさ」
「何そのコミケ方式」
名前を知らない先輩の話によると、一度に全部売り出した年は、人がごった返して大変だったらしい。
そのため二日に分けて売り出しているらしいが……。
(そもそも、欲しい人はどうやって入場チケットを入手したんだろう?)
疑問に思うのはそこだ。
ちなみにチケットには紹介した生徒の名前が書かれるので、変な人を招待するのは不安でしかない。
転売に関しても同じだ。
購入した人が問題を起こす可能性を考えたら、生徒がやるには難しいと思う。
生徒から受け取った人間がやる可能性はあるが、その注意点は文化祭のチケットの話が挙がった際に先生から警告されているので、対策はしているはずだ。
……しているはずだ。
もちろん偽名が記載されている場合は、受付ではじかれる。
(考えても仕方がないが、何か抜け穴があるのだろう)
文化祭が始まって、次第に人が増えたのは予想通りだ。
ただ、よくわからないのが、今日は俺が担当している列にも並ぶ人が多いというところだった。
しかも、女性が多い。たまに写真や握手を求められるのは、そういうことなのだろう。
……俺のせいじゃないのだから、横で笑顔の接客をしつつ不機嫌にならないでください!
「義兄さん、なんでコスプレしてるの?」
聞いたことがある声の主を見ると――詩織だった。横には麻里ちゃんもいる。
よりによって、この姿を義妹に見られるとは。昨日の五階落下より、別の意味でダメージがある。
詩織は少し笑っているが、麻里ちゃんは目をキラキラさせていた。
もしや……。
「来たのか、二人とも。そして、いらっしゃい。……それにしても嫌なタイミングで来たな」
「私は瀬那さんに『この時間に来たら良いものが見られますよ』って言われて」
詩織がどこか嬉しそうに暴露した。
「……瀬那?」
横を見ると、あえて俺の言葉を無視しているのだろう。
瀬那は少しぎこちない動作で接客を続けていた。
いつの間にか連絡してたな、こいつ……!
他の人には拗ねるくせに、詩織たちには平気なんだな。……義妹に反応されても、面白いだけか。そりゃそうか。
「まあ、後でその話はするとして、何を買いに来たんだ?」
「えっと、これと……これと、これ!」
麻里ちゃんがテーブルの上の見本を指さしていく。
「大量に買うんだな」
「はい、これが楽しみの一つでしたから! それにしても、アーヴェル司書なのはなぜなのですか? お兄さんも乙女ゲーをやっているんですか?」
「やっぱり、麻里ちゃんもか!」
はい、出ました。本日九回目の『アーヴェル司書』。
俺はいったい何者だと思われているんだ。
タイトルすら知らないそのゲームが、女性の間でどれほどの覇権を握っているのか、身をもって思い知らされる。
「そのゲームも好きですけど、私の推しはアーヴェル司書じゃないですよ。でも、写真を撮っていいですか?」
期待に満ちた目でスマホを取り出そうとする麻里ちゃんに、俺はビシッと人差し指を立てた。
「駄目だよ。規則で決まっているから駄目だ」
「えー、ケチー」
「ケチじゃありません。規則通りです」
学校見学会の日の一件以来、この子は俺に対して完全に遠慮がなくなっていた。
初対面のあの大人しそうな印象はどこへ行ったのか。
まあ、懐いてくれているのは悪い気はしないのだが。
「私はそのゲームは知らないけど、義兄さんのその姿は一枚欲しいかな。もちろん瀬那さんのも! まさか、コスプレしてるとは思わなかったよ」
「詩織もかよ……コスプレではないんだよ、これは――」
俺は本を集めながら、簡単にこの状況になった理由を説明した。
ちょうど接客を終えた瀬那が少しだけこちらに近づいて、囁く。
「すみません、規則で今写真を撮るのは駄目なのですが……私が撮ったものを後で送りますね♪」
「ありがとうございます!」
「……マジかよ」
瀬那が、俺に了承もなく勝手に送ることを決めていた。瀬那が嬉しそうに笑顔を見せているのを、わざわざ否定はできない。
……これも、惚れた弱みなのか!?
満足そうに買ったものを受け取った麻里ちゃんと詩織は、そのまま他のところを見に出て行った。
彼女たちが俺のクラスの出し物にも行くと言っていたので、「俺の義妹とは言うなよ」と念のため釘を刺しておく。
一部を除けばトラブルにはならないだろうけど、変なフィルターがかかる可能性は避けておきたい。
そのあと、一時間ほど手伝いをしたら、俺と瀬那の当番は終わった。
特進クラスのデモンストレーションという名のスタンプラリーは中止になったので、やることが無いらしく、鷹司と先輩が代わりを買って出てくれた。
「最後に! 本当に一枚だけお願い!」
と言われたが、瀬那が「駄目です!」ときっぱり壁になっていたのは面白かった。
そのまま二人で、昨日は行けなかった瀬那のクラスへと向かう。
瀬那が金森に「今日は絶対に連れてきて」と言われているので、仕方なくだ。
瀬那のクラスに行くと、看板に『文化祭とは思えない、爽快感!』と書いてあった。
『爽快感』?
『疾走感』ではなく?
瀬那は安全性は大丈夫だと言っていたが、少しだけ……ほんの少しだけ心配になったのは当たり前だと思う。
「キャー!」
「うわー!」
叫び声が聞こえる教室の横には、結構な列ができていた。
瀬那の話だと、一度に乗れるのは二人までらしいので、時間がかかるのは仕方ないのだろう。
列に並んでしばらく経つと、室内の様子が見える位置まで来られた。
普通の教室の三倍くらい広い多目的ホール内に組まれたレールは、思っていたよりも本格的だった。
思わず、感嘆が口をついて出そうになった。
とはいえ、遊園地にあるような鉄の塊ではない。
太い木材を何本も組み合わせ、カーブの外側や落下部分には斜めに補強材が入れられている。
木材だけではなく、要所要所に金具も入っている。
カーブの一部、支柱の根元など、負荷がかかる場所だけは素人目にも補強されているのがわかった。
(見た目より、ちゃんと考えて作ってあるな)
車体も二台用意されているようで、一台が走っている間に、もう一台をスタート地点へセットできるように運用が組まれている。
驚くべきことに、車体を持ち上げるための半自動エレベーターのようなリフト機構まで備わっていた。
設計が得意な奴がいるとは聞いていたが、少なくとも、高校生が文化祭のノリと勢いだけで組んだ代物では絶対にない。
むしろ、どこかの工務店かアミューズメント企業が技術提供したんじゃないかと疑うレベルだ。
「……これ、本当に高校生が作ったのか?」
「はい、美術や物理の先生の確認も入っていますよ。安全のため、カーブのところに人もいますし」
瀬那が指さした先には、男子生徒が二人立っていた。
文化祭の出し物にしては、妙に安全確認が徹底されている。
いや、そこまでしないと許可が下りなかったのかもしれない。
実際のコースは、カーブがあることはもちろん、S 字カーブやトンネル、シャボン玉やスズランテープなどのギミックがあるようだ。
安全のため急斜面は作れなかったようで、速度はそこまで出ていないが、それは本物と比べてのことだ。
文化祭レベルなら十分な速度が出ている。
全体を走るのに一分にも満たない。
だけど、十分面白そうだった。
「来たな、東條。勝負しなさい」
「いきなり絡まれたんだが……」
某ゲームの野良のトレーナーのごとく、目が合った瞬間に絡まれた。
A組でいきなり俺に喧嘩腰で絡んでくるのは二人しかいない。
一人は天童、二大イケメンの片割れ。もう一人はこいつ……金森だ。
俺の近くまで来て、仁王立ちでこちらを見ている金森と、その横で申し訳なさそうにしている木内がいた。
……もう、帰りたい。




