第131話 文化祭:二日目①
文化祭二日目の朝。
初日と同じように、早めに家を出ることにした。
二人ともクラスの方は特に問題が出ていないのだが、今日は朝から文芸部の手伝いもあるので、念のためだ。
昨夜の瀬那は、寝る時にいつも以上にしっかりと抱きついてきた。
その時はまだ不安定なところがあったようだが、今朝はもういつも通りだったので安心している。
寝て落ち着いたのだろう。
(だからと言って、この痣は見せられないな)
一晩寝て、体の痣は少し落ち着いてきているが、まだ青いところは青いままだった。
しばらくは瀬那の前では気をつけないと駄目だ。
……見せる予定はないが。
登校中、ちらちらと見られているのは、昨日の件が広まっているからだろう。
SNS まで含めれば、さすがに隠し通せるものではないので仕方ない。
少しすると、浩紀と愛莉が見えたので合流することにした。
浩紀が眠そうなのが気になる。
「よう、おはよう。眠そうだな」
「あぁ……おはよう。夜中まで話し合いがあったからな……グループ通話で……」
「……マジか」
いくら運営側とはいえ、夜遅くまで学校で仕事をしているとは思わなかったが……そうか。
家に帰ってからでも、グループ通話ができるのか。
……あまり使わないから、思いつかなかった。
「苦労かけているようで、悪いな」
「いやいや、お前のせいじゃないだろ。どう考えてもお前は称えられる方で、謝る方じゃねーよ。……すべて赤口のクソが悪い」
「……ありがとう。赤口が悪いのはそうだな。正直、謹慎で済ませてほしくないが、うーん、どうするか」
「どうするって、何をさ?」
溜めに溜めた問題行動の証拠は残っている。
だが、ここで出しても赤口だけにしか影響がない。
……それだと、あまり意味がないと思うのだよな。
下手に出して逃げられても困るし。
「まあ、気にすんな。それにしても、夜中までミーティングすることがあったんだな」
「それがさ、役割分担は結構スムーズに終わったんだよ。でもさ、特進クラスや赤口への愚痴大会が始まって終わらなかったんだよ。……気持ちはわかるけど、俺は寝たかったわ」
話を聞くと、特進クラスのデモンストレーションについて、文化祭実行委員会と揉めていたらしい。
他のクラスや部活に比べて使用する箇所が多かったこと自体は、文化祭を盛り上げるという意味で、まだ好意的に受け取られていた。
だが、「他のクラスより場所を優先させろ」と言ってきたり、「文実の注意事項を守らない」などがあったらしく、今回の騒動はその影響もあったのではないか、という話が上がっていたらしい。
(無駄に他のコースのクラスと対立しても仕方ないだろうに。それぐらい頭が回りそうだが)
特進クラスの奴らと話をしたことはあまりないが、鷹司や文芸部の先輩は高飛車な態度ではない。
よくある、『イメージが悪い奴が目立っている』状態なのだろう。
「それにしても、瀬那も凄いことをしたよねー。びっくりしちゃった」
「……愛莉さん、それは言わないでください」
「ん? 瀬那が何かしたのか?」
後ろで話していた二人の会話が耳に入った。
急に割って入るのは失礼かもしれないが、その話題は気になるだろ。
「さ、朔也くんは知らなくて良いです!」
「……えぇ」
俺の知らないところで何かあったらしい。三人の顔を見比べても、誰も教える気がなさそうだった。
「恥ずかしいことじゃなくない?」
愛莉の言葉に、瀬那は首を横に振って否定した。
……何の話をしているんだ、これ。
「十分、恥ずかしいですよ……みっともなくないですか?」
「……みっともなくはないと思うよ。よくやったとは思うけどさ。私も瀬那の立場なら同じことをしたと思うし」
愛莉は口元に指を当てて少し考え、数秒してから口を開いた。
愛莉も同意するようなことらしいが。
「そうですか……あれ? よく考えたら、なぜご存じなのですか? あの場に居ませんでしたよね?」
「ひろから聞いたよー。文実内ではみんな知ってるってー」
「……えっ!?」
瀬那の顔が一気に青くなった。驚きの表情を隠しきれていない。
いや、マジで何があったんだよ。
「そうだよね、ひろー?」
「あのことだろ? 南雲さんがビン――」
「前川さん」
「……申し訳ありませんでした! 俺は何も知りません!」
瀬那が冷たい視線と声を浩紀に向けていた。
それを見た瞬間、浩紀は上半身を九十度に折って瀬那に頭を下げる。
……そこまでタブーなのか?
「すげー気になるんだけど……とりあえず、瀬那は大丈夫なんだよな? 何か問題に巻き込まれているとかではなく?」
「それは大丈夫だと思います」
「そうそう、あれはどう考えても相手側が悪いからねー。さすがにこれ以上は大きくできないでしょ。あいつのプライド的にもー」
「愛莉さん!」
「ごめん、ごめん!」
事態がよくわからないが……本当に大丈夫なのか?
俺はなんとか三人から聞き出そうと試みたが、誰も教えてくれなかった。
これほど全員が口を揃えて黙るということは、よほどのことが起きたのだろう。……後で瀬那に直接聞くか。いや、絶対教えてくれないな。
◇
教室に着くと、今日もすでに何人かのクラスメイトが来ていた。
昨日、思ったより売れたので、少し在庫を増やしているらしい。
その中に龍真もいた。
俺と目が合うなり急いでこちらに来て、龍真は一度だけ視線を泳がせ、それから覚悟を決めたように頭を下げた。
「本当にごめん!」
……何故か謝ってきた。
何故だ?
「なぜ俺が謝られているのかわからないのだが?」
「兄貴のことだよ。昨日も迷惑をかけたって聞いたからさ。……それに、子どもが落ちたのを助けたんだろ?」
たしかに、あの時は先輩に絡まれていた。
その後の展開が激しすぎて、完全に忘れていたのは言わないでおこう。
「あー、そのことか。でも、一概に先輩が悪いわけではないだろ。特進がやらかした感じはあっても、あの人だけの問題ではないし」
「……兄貴が、朔也に色々言っていたらしいじゃないか。『死ねば良かったのに』みたいなこと。それで南雲さんが怒って兄貴をひっぱたいたって聞いたし……」
あの先輩なら、俺にそんなことは言いそうだな。
……嫌なことが少しよみがえって、俺は左耳のピアスに触れた。
「……それは初耳なのだけど……瀬那が怒った……あっ! 今朝のやつはこれのことか、浩紀!?」
「そうだよん。バレるの早かったけど、俺が教えたわけじゃないからセーフ!」
「?」
龍真は疑問に思っているだろうが、俺は気にせず話を続ける。
「いや、それはどうでも良いけど。そういうことか……。たしかに瀬那はあまりやらないかもだが……あの先輩なら仕方ないな」
「よく話がわからないけど、知らなかったのか? 南雲さんがひっぱたいたってこと」
「全く知らなかったな。俺が落ちた後にしたんだと思う。すごい音してたし、なんとなくわかったわ。ただ、それがあったとしても龍真が俺に謝る必要は全くないから、気にすんな」
「……そう言ってくれると助かる。兄貴も部屋からでてこないから今日は何もないと思う」
そんな話をしていると、次第にクラスメイトが増えてきた。
クラスメイトの反応はまちまちだったが、文化祭が中止になっていないからか、特に非難の声はなかった。
ただ、こうも視線が多いと、なんとなく、刺された時のことを思い出した。
そんな中、雫と斎藤が入ってきたと思ったら、雫が俺に向かってダッシュで突っ込んできた。
速い……っ!
「さ、朔也くん、大丈夫だったの!?」
「何が? って、あれか。昨日のことか」
「そうそう! 五階から落ちたって聞いたけど……」
「落ちたな。とはいっても、色々あって怪我らしい怪我はないな。多少の擦り傷程度ってところ」
そう言って、絆創膏さえ貼っていない手を見せた。
血はもう止まっていて、かさぶたが多少あるぐらいだ。
「……えっ」
「どんな性能しているのよ……東條くんの体……」
何故か呆れられた。
俺は人間だ。たぶん。




