第128話 文化祭:一日目⑤
そのまま、隣の部屋でやっている、愛莉がいるE組の出店へと向かった。
E組は射的を出しているらしく、どこかで見たような『シューティングトイ』が置いてあった。
そして、ここには浩紀もいた。愛莉が自由時間になるのを待っているのだろうが……射的に熱中している。
外して景品を取れなかった浩紀が、とぼとぼと歩いて愛莉のところへ。
「ひろーそろそろ諦めたら?」
「くっ……待て、もう一回、もう一回だ!」
「はぁ……じゃあ並び直しましょうねー」
(この感じだとすでに何回もやっているな)
変に負けず嫌いを発揮している浩紀を、愛莉が苦笑いしながら背中を押して列へ連れて行っていた。それでも強制退去させないのだから、浩紀のことをわかっているのだろう。
俺と目が合った瞬間、浩紀の顔に「まずい」と書いてあった。
「浩紀、お前向いていないんだよ。金の無駄遣いだからそろそろやめろって」
「いきなり酷いな!?……って、朔也かよ。お二人で文化祭デートですか?」
ニヤニヤしている。だが、
「ああ、そうだよ。むしろそうとしか見えないだろ?」
「うわー愛莉。あれだけ初心だった朔也が変わってしまったよー」
「……朔が初心だったことあったけ?」
「……なかったわ」
なんだこのやりとり……本当になんなんだ、このやりとりは……。
「アホなこと言ってんな」
「……」
「なんだよ」
「いんや、気にすんな。まあ、南雲さんがいれば大丈夫か。それよりもお前の指輪、売れたな!」
そう言った浩紀は話を変えた。
マジでなんなんだ。
「さっき見てきたよ。まさか本当に売れるとは。あの生徒会長が買って行ったの、本気で意味不明なんだけど」
「あははっ! まあ、良いじゃないか、部室に飾られてると思うと嬉しいだろ?」
「……嬉しくない」
……なんで俺、今少し誇らしい気持ちになっているんだろう。
そんなどうでも良い話をしつつ、瀬那と一緒に射的をしてその場を離れた。
浩紀は愛莉が休憩になるまで、そこに居続けるらしい。
◇
その後も俺たちは、文化祭を周っていった。
途中、綿あめの匂いにつられたり、運動部のイベントを覗いたり、瀬那が気になると言った雑貨展示を見たりしながら、気づけば校舎の上階まで来ていた。
買ったそれぞれを、瀬那とシェアしながら食べていると周りから殺意がこもった視線を感じたが、スルーして置く。
懸念していた特進コースのデモンストレーションも、今のところ大きな問題は起きていないらしい。
パンフレットには QR コードだけが載っていて、それを読み込むとイベントの詳細が表示された。
内容は、指定されたチェックポイントを十カ所中、五カ所を周り、それぞれのお題をクリアしてスタンプを集めるというものだ。
さらに、集めたスタンプを持って最終チェックポイントへ行き、特進クラスの生徒との勝負に勝つと景品がもらえるらしい。
参加賞も用意されているようで、説明を読む限りでは、そこまでおかしな企画には見えない。
「……嫌な予感がするのですよね」
隣でスマホの画面を覗き込んでいた瀬那が、小さく呟いた。
その声は、文化祭の賑やかさに紛れてしまいそうなくらい静かだった。
けれど、妙に耳から離れなかった。
――その声に、俺も何かを感じていた。
「なんでだろうな。偏見だとは思うが、怪しくないことが逆に怪しく感じる」
「……わかります」
「とはいえ、昼前から始まっているイベントだろ? 今のところ問題は起きてないみたいだし、気にしすぎかもしれない」
「そうですね。……そうだといいのですが」
瀬那はそう言いながらも、画面から目を離すのが少し遅かった。
遠巻きに見た限り、特進コースのチェックポイントは盛況だった。
ただ、内容はどれも『特進コースの生徒は凄いだろう』と言いたげなものが多い。
英語の早解き、数学パズル、記憶力勝負、論理クイズ。
どれも文化祭の出し物として成立しているが、どこか鼻につく。
多分、赤口は特進クラスの威厳とやらを、わかりやすく見せつけたかったのだろう。
その程度なら、まだいい。
気に食わないだけで、問題とは言えない。
「まあ、あまり考えすぎても仕方ないか」
「はい。せっかくの文化祭ですから」
「じゃあ、次はどこに行く?」
「そうですね……」
そんなふうに、問題なく終わると思っていた。
そう思っていたんだ。
◇
チェックポイントの一つは、五階の渡り廊下に設置されていた。
片側は校舎の壁、もう片側は中庭に面している。腰ほどの高さの壁の上には転落防止用の柵があり、その向こうに文化祭用の横断幕が張られていた。
どうやら、中庭に並べられたパネルをこの位置から見ると、一つの文字になるらしい。
……一応、危険防止のためのラインはあるし、係の生徒も立っている。
だが、文化祭特有のざわつきと、景品をもらえるという期待感のせいで、子どもたちの足取りはどうしても軽くなっていた。
人の量も多く、押し合うほどではないが、少し危うさを感じる。
「やあ、瀬那ちゃん。せっかくだから参加していかないかい?」
たまたま、五階にあるそのチェックポイントの近くを通り過ぎた時だった。
聞き覚えのある声に呼び止められ、俺たちは思わず足を止める。
そこにいたのは、一葉虎真先輩だった。
夏休み明けのやり取りを忘れてしまったのだろうか。それとも、覚えていてなお声をかけてきたのか。
今も俺と瀬那は指を絡めて手を繋いでいる。それが見えていないはずはないのに、よく平然と話しかけてこられるものだ。
「……いえ、興味ありませんので。それに何度も言いますが、『瀬那ちゃん』呼びはやめてください」
実はあの後もこの先輩は、瀬那が一人になるタイミングを見計らって声をかけているようだ。誰かが手引きしているのかと思うぐらい、俺がいない時を狙いすましている。
できる限り瀬那を一人にしないようにはしているのだが、クラスが違うとどうしても限界がある。移動教室などもあり、いつも一緒にはいられない。
俺も何度か抗議に行っているのだが、これも誰かが手引きしているのではないかと思うぐらい、遭遇することができない。
……解せぬ。
それに瀬那は何度も拒否をしているのだが、「瀬那ちゃん」呼びもやめようとしない。
ここまで図太い神経も、そうそう見られるものではない。
……頼むから、俺たちと関係ないところで発揮してくれとは思う。
「なあ、先輩。いい加減諦めません? どう考えても瀬那が先輩に振り向くことなんてないですよ」
「……いたのか、東條。いずれ分かってくれるはずだ。どう考えても将来性は俺の方がお前よりあるからな」
何をもって将来性と言っているのかは甚だ疑問だ。
確かに特進コースは進学先の推薦も優遇されるらしいが……正直、あまり意味はないと思っている。
大事なのは、進学してからだろうに。
「将来性って……どう考えても朔也くんの方が高い気がするのですが……」
ぼそっと、俺にしか聞こえない声で瀬那が言う。
具体的に俺の何に将来性を感じているのか、それを説明するわけにはいかないので小声なのだろう。
「将来性については、俺の口からは言えないですが……それだけで彼氏を選ばないと思いますよ? 少なくとも瀬那は」
「どういうことだ?」
訝しむ一葉先輩の目が細くなった。
「鏡を持ってきましょうか?」
「……なっ!」
とりあえず、売られた喧嘩なので煽っておくとしよう。
俺としては、喧嘩なりいざこざなりはできれば避けたい。
だが、瀬那のこととなると話は別だ。それに、ここで引き下がるのは瀬那に格好悪いところを見せるようで嫌だった。
次第に、周りの人が俺たちを見ていることに気づく。
そりゃ、この企画の主催者である特進クラスの一人が、進学校にそぐわない見た目の不良と、その隣にいる美少女を相手に言い合っているんだ。
目立つに決まっている。
……傍から見たら、俺の方が問題のある奴にしか見えないかもしれない。
「朔也くん、あまり煽っては駄目ですよ。どう転んでも、私が朔也くんから離れることはないのですから」
「それもそうか……では、先輩はイベント頑張ってください」
「おい……待てよ!」
「行きましょう」
瀬那に促され、俺はその場を離れようとした。
――その時だった。
「見えた! 見えたよ、お母さん!」
瀬那の背後から、小学生くらいの男の子の弾んだ声が聞こえた。
反射的にそちらに目を向けると、男の子がスタンプカードを握りしめ、嬉しそうにその場で跳ねていた。
その近くにいた係の生徒は、俺たちの騒ぎに気を取られていたのか、その男の子を見ていない。
「あっ」
男の子の手から、カードがひらりと抜けた。
カードは床に落ちる――かと思ったが、風に煽られ、柵の向こう側に張られていた横断幕の端に引っかかった。
大人ならすぐに諦める位置だ。
けれど、子どもの目には違って見えたのだろう。
「待ってよ! あ、取れそう!」
男の子はラインを越え、腰壁に手をかけた。
小さな足が、装飾を留めた金具を踏んだ。
――まずい。
そう思った時には、男の子の体が、柵の向こうへと傾いでいた。




