第124話 文化祭:一日目①
文化祭当日の朝、俺たちはいつもより一時間も早く起きている。最終準備で、早めに出ることになったからだ。
ただ、俺のクラスは特にやることはない。品物を並べて全体の調整ぐらい。でも、瀬那のクラスはそうもいかず、まだ少し装飾が残っているらしい。
「そう言えば、朔也くんはどなたか招待したのですか?」
うちの学校の文化祭は招待制だ。各生徒にチケットが配られるタイプで、家族や友達が招待できる。
地域との交流を深めるため、近くの老人ホームや小学校、中学校などにも配られたりはするが、基本は生徒の関係者のみになる予定だ。
……なんだかんだ、すり抜ける奴がいるため、今年から一部のチケットは電子化しているらしい。
「詩織と麻里ちゃんには一応渡しているけど、勉強次第じゃないかな。そういや、真壁さんたちには話さえしていないな……。あとは招待するほど親しい友達は近くにいない」
「九州だと気軽に呼べませんよね。ちなみに私は、同級生にはいませんよ」
「……わざと聞かなかったのに」
「そうだと思って、先に答えてあげました♪」
テーブルを挟んで前に座っている瀬那は、若干ドヤ顔でこちらを見ていた。
瀬那は俺よりはマシとは言え、中学で一悶着あったのに加え、ここから遠いところにあるから、呼びづらいのだろう。
「同級生ではありませんが、バイト先の店長や仲の良い方数人にはお渡ししましたけどね」
たぶん、石田……さんは入っていないだろうな。
「……正確に言うと、中学校のあまり仲の良くなかった方から、他の方経由でお願いはされたのですが、お断りしました」
「仲が良かったのならともかく、そこまでして欲しがるほど、うちの文化祭に期待するものなのかね」
「どうなのでしょうね。……彼女の性格からして、ボーイズハント……と言うのでしたっけ? そのような目的だと思います」
逆ナン目的か。将来性があるとは言え、親しくもない人に頭を下げてまで、行きたいほどの価値があるのだろうか。
「お声をかけようと考えていた、仲が良かった人はいたのですが……これがあったのでやめました。その友達経由だったので……」
「そりゃ、トラブルになる未来しか見えないな」
「ええ、その通りです。そ・れ・よ・り・も! 朔也くんは鷹司さんに気をつけてくださいよ!……狙われています!」
昨日のあの後は大変だった。鷹司が、興奮のあまり騒ぎ出したのだ。
静かな方だと思っていた彼女が「写真一枚だけ……一枚だけでいいから!」と、迫り来るのは恐怖を覚えるぐらいだった。
「……さすがに少しは自重するだろ」
「いえ、私のカンではそんなことはないです」
「……気を付けるよ。ちなみに、瀬那としてはどこまでがセーフでどこからアウトなんだ?」
「そうですね――」
頬に手を当てて考え始めた。
目線が斜め下を見ているので、相当気になる事があるみたいだ。
「――文芸部の仕事を手伝うのはもちろん大丈夫ですし、雑談も気にしません。……でも、写真はダメです!」
「写真はダメなんだな。いっそ一枚撮らせた方が楽なんじゃ――」
「ダメです! あの様子だと、額縁に入れて部屋に飾るか、最低でもロック画面に使用する可能性が高いです!」
「そこまでするのか!?」
俺の問いに、瀬那は無言でしかも真剣な目で俺を見る。
……マジなのか!?
◇
文化祭だからとは関係なく、瀬那と一緒に登校して、いつも通り俺のクラスの前で別れたわけだが、この流れも慣れたものだと自分に感心する。夏休み明けは騒がしかった周りの連中だが、最近は大人しくなってきていた。
ただ、瀬那に言い寄る男子はそこまで減っていないらしい。それはなぜか? 理由は二つある。未だに俺が脅していると思われているのと逆に、見た目が不良の俺と交際しているせいで、『どうせなら』と踏み込んでくる奴が出ているらしい、と浩紀や和人から聞いた。
言い方は相応しくないのだが、俺と付き合う事で、『高嶺の花』の扱いになっていた瀬那が、低く見られている状況が嫌だ。……と、浩紀たちに言ったら、
『それは考え過ぎだ。誰とも付き合わなかった女子が、とうとう付き合ったんだ。ワンチャンにかけている奴らが出てきたって流れだぞ』
と、言われたわけだが、俺の影響なのは変わらない。
浩紀たちの理由もあるとは思うが、俺のせいで瀬那が低く見られるのは嫌だ。とは言っても、主な原因のピアスは外せられない。
……さて、どうしたものか。
教室の中にはすでに、文化祭実行委員の浩紀や斎藤を始め、何人かが来ていた。みんなで飾り付けやら品物の見栄えを考えて調整していた。数人は、未だに作り続けている。……良い感じに沼ってくれたみたいだ。正直、嬉しい。
「お! 朔也、早いな!」
「あぁ、瀬那が早く出るからさ、せっかくだから早めにきたよ。……やる事があるかわからないが」
「相変わらず仲がいいね! 同じマンションだと待ち合わせしやすくて、楽だねー」
同じマンションから出てくるところを見られる可能性が高いので、ややこしくなる前に俺と瀬那は『同じマンションに住んでいる』ということにしている。
これでとりあえずは、朝と帰宅で同じマンションに帰っているのがバレても言い訳が付くだろう。
……以前、『近くに住んでいる』と話した奴らもいるが、辻褄は合うはずだ。たぶん。
「そうなんだよ。実は特にやることが無くてな。俺たちも手持ち無沙汰だったんだよなー」
「そうなのか。まあ、他のクラスと違って、品さえあればって感じだもんな」
「制作体験の流れの再確認ぐらいだね。ここは失敗すると、怪我につながるし」
事前に他クラスの奴を捕まえて、リハーサルはしているとは言え、今日は小学生も来る可能性がある。予想外の動きをすることも視野に入れる必要があった。
「あ、東條くん、おはよー。今日はよろしくね!」
「おはよう! 東條くん!」
「……あぁ、おはよう」
一緒にアクセサリー制作をしていたクラスメイトの何人かに声をかけられた。
急なことに少し面食らったが、ギリギリ普通に挨拶を返せただろう。
横を見ると、浩紀がニヤニヤしていた。腹立たしかったので、軽く足を向けておく。
「痛くないけど、酷くない?」
「うるさい」
やることがないと思っていたはずなのに、確認し始めると意外と細かいところが気になってくる。
道具の置き場所、客の導線、小学生が手を出しそうな危ない位置。
そういうものを一つずつ潰しているうちに、校内放送のチャイムが鳴った。
気づけば、窓の外が騒がしくなっていた。
『ただいまより、黄隆学園文化祭を開始します』
どうやら、いよいよ始まるらしい。
妙な緊張感が、胸の奥に居座っている。文化祭なんて縁がないと思っていたのに、なぜか今日は少し楽しみにしている自分がいた。
◇
アナウンスと共に騒がしくなってきた校内。最初は在校生が多かったが、徐々に来場者が増えてくる。窓の外を見ると、校門から受付のテントへの列が凄いことになってきていた。
今朝は首を傾げていたが、どうやら杞憂だったらしい。浩紀たちに聞くところによると、毎年力を入れるクラスがいくつもあるので、人気とのことだ。……これは知らなかった。
心配していたうちのクラスも、徐々に人が増えてきていた。
品物の販売もそうだが、制作体験まで列ができている。和人が呼び込みをしているのが功を奏しているのもあるかもしれない。
俺は表に出るのを躊躇していたのだが、「心配性のお前なら事故を事前に防げるだろ!」と、浩紀に言われ制作体験の方へと駆り出されている。
怖がられるかと思っていたが、今のところ大した問題は起きていない。……小学生に少しビビられただけだ。
「さくやおにーちゃんだ!」
聞いた声に反応して振り向くと、そこにいたのは恵麻ちゃんとその母親、恵美さんだった。
(そうか、近隣の小学校にも渡しているのなら、恵麻ちゃんも対象か)
ここで無視するわけにはいかないので、恵麻ちゃんたちに近づいて行く。
「こんにちは、恵麻ちゃん、恵美さん」
「こんにちは!」
「こんにちは。朔也くんはやっぱりこのクラスだったのね」
「そうですが……やっぱり?」
「こないだ、恵麻を預かってもらった時にも作っていたから、もしかしてってね」
夏休みの時に一度、恵麻ちゃんを預かったことがある。
恵麻ちゃんの学童の休みと、恵美さんの仕事の都合で休めなかったので、急遽お願いされたのだ。その時、瀬那は恵麻ちゃんとレジン液で遊んでいた。
「そう言えばあの時、同じようなことしていましたね。恵麻ちゃんは何がダメなことか覚えてる?」
「うん! ライトを見ないのと食べない!」
「そうだね、それだけは気を付けてね。……それ以外の注意事項はここに書いてある――」
俺は二人を空いた席に案内して説明をした。
説明を聞いている間、恵麻ちゃんは真剣な顔で何度も頷いていた。
小さな手でモールドを選び、色のついたパーツをじっと見つめる。その横顔は、夏休みにうちで作った時よりもずっと真剣だ。
「これにする!」
「星か。色は?」
「青! あと、きらきら!」
迷いのない答えに、俺は思わず笑ってしまった。
子どもはこういう時、余計な理屈を挟まないから強い。完成形が頭の中にあるのだろう。
……大人になるにつれて、余計なものが増えていくんだろうな。
「じゃあ、入れすぎないようにな。欲張ると、逆にごちゃごちゃするよ」
「はーい」
恵麻ちゃんが慎重にパーツを置いていく。
その様子を見ながら、恵美さんが少しだけ驚いたようにこちらを見ていた。
「朔也くん、教えるの上手いのね」
「そうですか? まあ、子ども相手だと、細かく言いすぎても混乱するので」
「それがわかっている時点で、十分だと思うわよ」
「いえ」
そんなことを言われても困る。
俺は視線を逸らしながら、レジン液の量だけを確認した。
ふと周囲を見ると、いつの間にかクラスメイトたちがこちらを見ている。
……なんだ、その意外そうな顔は。
「東條くん、普通にお兄ちゃんしてる……」
「いやー、小さい子相手だと怖くないんだね」
「失礼だぞ、お前ら」
思わずツッコむと、周囲から小さな笑い声が上がった。
こういう場所に俺がいることを、入学当初の俺が見たらどう思うだろうな。
……まあ、予定とは違うが悪くはない。




