第123話 文化祭:前日②
クラスの出し物の確認があらかた終わった後、みんなに断りを入れて雫と一緒に文芸部の手伝いへと向かった。
途中、五階の渡り廊下の方から、何人かの特進コースの生徒が大きな箱や案内板を運んでいるのが見えた。
文化祭用の装飾なのだろうが、やけに物量が多い。
「……あれ、あんなところに置くのか?」
「さあ? でも、赤口先生が場所を指定していたらしいよ。見栄えが大事なんだって」
近くを通り過ぎた生徒の会話が、耳に入る。
見栄えね、と内心で呟きつつも、その時の俺は深く考えなかった。
文芸部に割り当てられた部屋には、すでに瀬那がいて、本の整理や装飾をしていたらしい。
「お疲れ様です。朔也くん、雫さん」
「お疲れー、瀬那」
「お疲れ。瀬那のクラスの方は準備は大丈夫そうか?」
「はい、試運転もできているので、大丈夫そうでしたよ。あ、それとこないだのご提案も入れ込みましたよ!」
帰宅途中に俺が言ったことだろう。
まさか、採用されるとは思わなかった。まあ、瀬那が言ったからこそ、だろうけど。
「どういう風になったかは、来てからのお楽しみですね」
「そうか。楽しみだな……」
「むっ、何かご不満のようですね」
瀬那と付き合ってから何度か A組 に迎えに行ったことがある。別に変なことはしていないのだが、視線が痛いことが多々ある。……特に男子から。
クラスのアイドル……と言うと語弊があるかもしれないが、一番人気だった女子をかっさらった状態だからな、相手方は不満を持っていても仕方ないのかもしれない。
直接何かされたことはないのが、唯一の救いだ。
「ご不満と言うか、なんとなく行きづらくてな、 A組 って」
「あ……まあ、それは仕方ないですよ。それに、金森さんが『絶対に連れてきて』って言ってましたから、行かないと後で怖いですよ?」
「余計に行きたくなくなったっ」
金森の性格上、絶対に何か仕掛けてくる。さすがに怪我をするようなことはしてこないだろうが……「スプラッシュ!!」とか言って、水鉄砲ぐらいはやってきそうだ。
「おっ! ピアスくんも来たね! それじゃあ、衣装合わせしようか?」
「……明日でよくないですか?」
「着てみて手直しする必要があるからダメだよ」
内心嫌なんだけど、瀬那がやる以上、俺もやらないと駄目だよな。
衣装がコスプレになるかどうかわからないが、瀬那は何を着ても目立つはずだ。彼氏として変な虫が付かないように横で護りたい。
「朔也くん、ちなみに私はすでに衣装合わせ済ましましたよ」
「……俺、まだ見てないんだけど」
「明日のお楽しみですね。どちらにしろ、調整が必要でしたから現在対応してもらっています」
「そうなんだ。なにが問題だったんだ?」
わかりやすく視線を逸らす。……え? そんなに問題なことなのか?
「どうしたんだ?」
「……耳をかしてください」
どうやら普通には言えないことらしい。
俺は背を屈め、瀬那の高さに合うようにすると、瀬那は両手で筒を作って外に漏れないようにし、俺の耳に合わせて口を開いた。
「……身長の問題で裾が余ってしまって……」
まあ、予想通りだ。でも、恥ずかしがることではないよな。
「それに……その、胸周りが少し苦しくて……」
「……むね」
「既製品の衣装なので、私が着ると布が引っ張られてしまって……動くたびに、少し、胸元がはだけそうになるんです」
「……っ」
耳元で囁かれた破壊力のある言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
言われてみれば、普段からあまり意識しないようにしているが、瀬那はかなり……いや、非常にスタイルが良い。
「……そ、それで? どうするんだ?」
「見えないように内側にボタンを縫い付けて、絶対に開かないよう、女子の皆さんが徹底的に補強してくれています。……朔也くん、今、変なこと想像しませんでしたか?」
「してない」
「……」
ジト目で見られているが、まあ大丈夫だろう。
ふと顔を上げると、周りの人間がこちらに視線を向けているのに気が付いた。
「?」
「そりゃお前さん。いきなり内緒話をしつつ、イチャコラを始めたら、誰だって見るよ……この、非常識が!」
「……それは悪かったと思うけど、非常識の塊みたいな生徒会長に言われるのは納得いかないのだが」
瀬那は瀬那で、顔を赤くして両手で顔を覆っていた。耳まで赤いから相当恥ずかしかったのだろうな。……俺もだが。
◇◇◇◇◇
Side:南雲 瀬那
一悶着はありましたが、その場を後にした朔也くんは、隣の使われていない部屋で、用意された衣装に着替えています。彼が何に着替えるのかは聞いていませんし、「知らない方が楽しめるじゃないかね」と、教えてくれませんでした。
私の衣装が『アレ』だったので、それに近いものではないかと思うのですが……この生徒会長ですから予想外なものにする可能性があります。
(着ぐるみだったら、とりあえず抱き着きましょう)
でも、そのようなものだったら、朔也くんは着なさそうではあるのですよね。見てみたい気持ちはありますが……着ぐるみだと誰が着ても変わらないかも?
「会長、着替えましたが、この腕章もつけた方がいいですか?」
「もちろんだよ! それを付けないと始まらないまである!」
「そんなわけねーよ」
朔也くんは生徒会長に対しては、年上に対してのいつもの礼儀正しい言葉遣いではなく、たまに辛辣なことを言います。ただ、私の兄に対して言っていたようなトゲがあるような言い方ではなく、雑に扱っているような……一番近いのが、前川さんに対してしゃべるような感じです。
(気の置けない友人……とは違いますよね。なんなのでしょう)
そんなことを考えていると、扉の向こうから「とりあえず準備できましたが」と声が聞こえてきました。
……すごく、ドキドキします!
「どうだい? 大きさは大丈夫そうかい?」
「ええ、大丈夫です」
「そうか、それなら開けるよ!」
「ちょ……」
朔也くんの言葉を無視して、生徒会長は扉を勢いよく開きました。
そして扉の奥にいる朔也くんが見えます。
「……かっこいい」
白いシャツに黒のベスト。首元には細い黒のループタイ。そして腕に『司書』と書かれた腕章。
普段の制服とは少し違う、落ち着いた装いの朔也くんは、どこか古い図書館の奥で本を整理している、腕章の通り司書のようでした。
眼鏡の奥の目つきは相変わらず少し鋭いですし、耳のピアスの数も形も変わっていない。
だけど、それが今日は不思議と怖さではなく、静かな知性のように見えてしまいます。
(……ずるいです)
思わず、息を詰めてしまいました。
いつもの朔也くんなのに、少しだけ違う。
その少しの違いが、妙に胸を落ち着かなくさせました。
「最初、衣装が入っていた袋にでかでかと『クラシカル司書風』と書かれていたので、もっと変なのが出てくると思いましたよ」
「変なのってなんだよ。ボクがそんなものを渡すような女の子に見えるのかい?」
「見えるでしょ……瀬那? どうした?」
「……へ、ああ……いえ、あの……」
ちゃんと声が出ません。
顔がほてっているのがわかります。
「うふふ。すごく良い感じの反応をしてくれて嬉しいよ。この彼とあの衣装で並んでいるのを想像してみなさい! ……良いだろ?」
「……はい。悔しいですが、生徒会長の言う通りです」
思わず正直に答えてしまいました。朔也くんが首を傾けて、こちらを見ています。
「……どういうことだよ。えっと、瀬那、俺の恰好は大丈夫そうか」
「もちろんです! すごく……すっごく、かっこいいです!」
興奮のあまり、私は無意識のうちに朔也くんへずいずいと歩み寄ってしまいました。
「特にそのベストとループタイの組み合わせ! いつもの制服とは違う大人の余裕というか……色気があって……そこに腕章のワンポイントが加わることで知性を演出していて……っ!」
「お、おう……?」
「とりあえず、一枚撮っていいですか?」
「どうどう……落ち着け、瀬那。そこまで喜んでくれるのなら、着た甲斐があったな」
少し興奮してしまいましたが、これは仕方ないですよね。
強いて言えば……そうです!
「せっかくなので髪型も変えましょう! 少し後ろに流す感じで……」
そう言った私は、手櫛で後ろの方へ流すように髪を整えました。ワックスの効果はまだあったようで、軽くですがセットできます。
……さらに大人っぽく、色気も増します。
「はい、良い感じです♪」
「おおーこれは良いねー。話題作りにぴったりだ!」
「どうなっているん――」
バサササッ!
朔也くんが何かを言おうとした瞬間、背後で物が落ちる音がして、振り向くと鷹司さんがいました。
「う……そ、アーヴェル司書がいる……」
鷹司さんが、床に落とした部誌を拾うことも忘れて、呆然と呟いています。
なんとなく、嫌な予感です……
朔也くんを好きになる人の顔を、私は知っています。鷹司さんの表情が、それに近い気がしました。
「アーヴェル司書?」
「あー、彼女が好きな乙女ゲームのキャラよ。古い図書館で働いている、無愛想だけど面倒見の良い司書」
「……誰のことだよ」
「どう考えてもピアスくんだねぇ」
生徒会長が楽しそうに笑っていますが……これは駄目です!
朔也くんを勝手に知らないキャラに当てはめないでください!
「ちょっと待って……無理! 目の前にアーヴェル司書が……私、本当に惚れちゃう。本当に……落ちちゃう」
どう見てもダメな状態です!
私は反射的に、鷹司さんから朔也くんを隠すように、両手を広げて間に入りました。
……カンですが、雫さんより厄介なタイプです、この人!
「だ、ダメです! 朔也くんは私の彼氏ですから! 惚れちゃだめです!」
「わ、わかってるよ! でも……お願い! 一枚……三枚で良いから、写真を一緒に……!」
私だってまだ撮っていないのに……! それに、言い直して増やすとはどういうことですか!?
「アヤアヤってこんなキャラだったんだねー。罪な男だよキミも!」
「罪って……俺、全く関係無くないですか?」
「あはは! 存在自体が罪なんだよ!」
「意味が分からん」
私と鷹司さんがわちゃわちゃしていると、生徒会長が朔也くんに話していました。
でもね、笑い事ではないのです!
……私の朔也くんを、誰かの「推し」にするわけにはいきません。
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