表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/31

第14話 信頼の証

 帰宅した俺は、まず夕食の準備に取りかかった。

 南雲がバイトに行っている間に、下ごしらえのほとんどは済ませてある。あとは仕上げだ。


 その間に、買ってきた寝具や日用品を南雲に確認してもらった。

 彼女が使うことになる部屋にまとめて置いてある。


「……部屋、少し片付けておいたから。自由に使ってくれ」

「ありがとうございます。……あ、本当だ。本棚が移動してる」


 俺の私物で溢れていた部屋も、ある程度整理した。

 ほぼ毎日使うPCは自室へ。入り切らなかった本棚のいくつかは、作業部屋へ移動させた。

 彼女を「居候」ではなく、一人の「同居人」として迎えるための、俺なりの準備だ。


 今日の献立は、簡単に温野菜と冷しゃぶ。それに作り置きの総菜を二品。

 湯気の上がる炊き立てのごはんをよそい、南雲と向かい合わせで席に着く。


「いただきます」

「いただきます」


 合わせた手のひらの隙間から、だしとポン酢の香りがふわりと鼻を抜けた。

 南雲は一口食べると、ぱっと表情を明るくした。


「美味しいです。昨夜もそうでしたが、東條さんって本当に料理が上手ですよね」

「……実家でも、ほとんど毎日作ってたからな。強制的にできるようになっただけだ」


 少なくとも、自分で食う分には困らない。

 母は仕事で帰りが遅く、姉もあまり家にいなかったから、俺が台所に立つのが自然な流れだった。

 当時は面倒だと思っていたが、こうして一人立ちする際の勉強になったと思えば、悪くない。


 食事の途中、昼に後回しにしていたことを切り出すことにした。

 先延ばしにしても仕方ないし、説明の筋は自分の中で決めてある。

 ――とはいえ、これはストレートに言うしかないだろう。


「昼のことだけど。家賃がないって話」

「はい。……正直、気になっていました」

「単純な話だ。この家、賃貸じゃない。俺が買ったんだ」

「買った……分譲マンションってことですか?」

「そう。賃貸は未成年の名義とか保証人の審査が面倒でさ。当時の俺の状況じゃ、親の協力も期待できなかった。だから、自分で買った。未成年だからローンも組めなかったから、現金一括だ」

「……えっ? 自分で? 高校生が、ですか?」

「ああ、自分で。買った当時は中学生だったけどな」


 コンビニでおにぎりを買ったかのようなトーンで当たり前に告げると、南雲はそのままピタリと固まった。

 数秒の沈黙。

 彼女の優秀な頭の中で、中学生という年齢と、都内のマンション一括購入という数字、そして世間の常識が激しくショートして火花を散らしているのがわかる。


「……」

「……」

「…………えええっ!?」


 ようやく彼女の口から出たのは、聞いたこともないような素っ頓狂な声だった。

 学校では常に冷静沈着な彼女からは想像もつかないほど、琥珀色の目を丸くしている。今日の南雲は本当に表情がよく動いて面白い。


 俺は金庫から出しておいた権利書のコピーを、テーブルに置いた。


「ほら。名義、ちゃんと俺の名前になってるだろ」

「……確かに、東條 朔也と書かれていますね」

「もちろん親の金じゃない。俺が自分で稼いだ金だ」

「……法律事務所の時も思いましたが、あまりにツッコミどころが多すぎます……っ!」

「大変だな」

「誰のせいですか! いったい誰の!」


 珍しく声を荒らげた南雲を見て、俺は吹き出しそうになるのを必死にこらえた。

 この子、こんな余裕のない声も出せるんだな……と、しみじみ思う。


「何か変なことを考えてますね」

「そんなことない」

「……まあ、いいです。お金の出どころは一旦置いておくとして、家賃がかかっていない理由は納得しました」

「あ、そこは深く追及しないんだな」

「気にならないと言えば嘘になります。でも……言わないでしょ?」

「うーん。正直、一緒に暮らしてたらバレると思うから、言うつもりだった」

「……バレる?」


 南雲は首をかしげた。

 各社からの通知や、PCやスマホでの資産管理。生活を共にすれば、否応なしに目に入る。


「細かい話は省くけど……資産運用をしてて、たまたまタイミングが良かった。それだけだ」


 実際、高校を卒業するまでに、大学で一人暮らしする資金を貯めるつもりだった。

 それが三年、前倒しになっただけだ。実力というより、運が良かったと思う。


「そういうことで、家賃って概念がない。だから出してもらわなくて大丈夫」

「分かりましたが……それでも、タダで置いてもらうのは私の気が済みません。材料費は私が多めに出すとか、料理担当を私にするとか……」

「バイトの日に帰ってから作るのは無理だろ。俺が申し訳なくなる。それに料理は俺もやりたい。……あと、材料費を多く出されると、買い出しの時に遠慮しちまうから嫌だ」

(……それじゃ、ただのヒモみたいじゃないか)


 後半は心の中で毒づいたが、本音だ。

 案の定、南雲は納得いかないという顔で唇を尖らせている。


「洗濯は任せることになるから、それでよくない?」

「洗濯機を回して干すだけなんて、大した手間じゃありません」

「……じゃあ、俺が苦手な掃除を任せていいか? 本当に、掃除だけは手が動かないんだ」

「掃除ですか」

「そう、掃除。俺、掃除が苦手なのよ」

「綺麗だと思いますけど?」


 南雲は不思議そうにリビングを見渡した。


「引っ越したばかりなのと、この前、浩紀たちが来るからって無理やり片付けただけだ」

「なるほど」


 まだ納得していない顔をしている。

 本当なんだけどな。掃除だけは、なぜか手が動かない。


「本当に、水回り以外の掃除は全然だよ」

「……分かりました。これ以上言っても仕方なさそうなので、掃除を私が担当します。他にもできそうなことがあれば、また提案させてくださいね」

「ああ、助かる」


 ようやく妥協点が見つかり、少しだけ肩の力が抜けた。

 南雲が気にするのも分かるけど、俺としては、今まで一人でやっていたことを他人にやってもらうのは、少し気が引ける。


「あと、これ。……必要だろ」


 俺はポケットから取り出した予備の鍵を、彼女の手のひらにそっと乗せた。

 金属特有の冷たさが、彼女の体温を奪う。


「……いいのですか?」

「当たり前だ。同居するのに、いちいち俺が帰るのを待ってなきゃいけないんじゃ不便だろ」


 南雲は宝物でも見るような手つきで、鍵を見つめている。

 一拍置いて、彼女が顔を上げた。


「……ありがとうございます、東條さん」


 真っ直ぐな微笑みに、心臓が僅かに跳ねる。俺は気まずさをごまかすように視線を逸らし、空になった食器を持って台所へ向かった。


 ◇


 食事を終えた俺たちは、順番に風呂に入る。

 入る順番を決めるのにひと悶着あったが、じゃんけんで南雲が先になった。

 バイトで疲れているだろうし、先に入ってほしかったから、正直ほっとする。


 俺が風呂から出ると、南雲がリビングで髪や肌の手入れをしていた。

 風呂上がりの、少し幼くなった表情。


「まだ起きてたのか?」

「!? あ、は、恥ずかしいところ見られました……」

「……ごめん、寝てると思って」

「おやすみを、言おうと思って。……扉が開く音、気づきませんでした……」

「そっと開けたからね」

「……」

「……」


 互いに視線のやり場に困り、手持ち無沙汰な沈黙が流れる。

 昼間のファミレスで見せた「からかい」のような余裕は、今の二人にはもうなかった。


「……えっと、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 たったそれだけのやり取りで、逃げるようにそれぞれの自室へ入る。

 けれど、ドアを閉めた後の静寂は、昨日までのような冷たさを持っていなかった。


「おやすみ」と言える相手がいる。

 ただそれだけで、部屋の静けさが、前よりもずっと柔らかく感じられた。

 ベッドに残る、いつもと違うほのかな香り。自分の部屋のはずなのに、別の誰かの存在が混じり込んでいるようで……胸の鼓動がうるさくなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ