第120話 文化祭:図書委員の仕事と頼み事
文化祭は各クラスの他に、部活動でも出し物をするところがある。
わかりやすいのは文芸部だ。文芸部は、例年通り部誌を発行するらしい。中身は短編小説や詩、エッセイなど、部員それぞれの作品をまとめたものだ。界隈では有名らしい。
(そういえば、麻里ちゃんが言っていたかもしれない)
学校見学会の時に、うちの学校の文芸部が有名だと聞いた記憶がある。
そんな折、文芸部の手伝いとして、図書委員も準備に手を貸すのが伝統らしく、今日は委員会で集まっている。
「……ということで、例年通り各クラスの出し物の準備の合間に、文芸部の手伝いをすることになります。とは言っても、設営なり品物を並べたりぐらいなので、前々日ぐらいまでやることはほとんどありませんけどね」
文芸部には人がそれなりにいるが、女子が大半だ。飾り付けや部誌の整理などは問題ないが、大きなものを移動するには手が足りない。そのため、関係が深い図書委員も手伝うことになる。
自分のクラスの準備もあるが、すでに各クラスには委員会の手伝いがあると通達されているので、問題はないだろう。
委員長の短い説明が終わり、当日の予定のプリントが配られた。
「念のため、時間とやることを確認しておいてください。主に男子は力仕事をしてもらうので」
それぞれが和気あいあいと話しながらプリントを確認している。
俺も、瀬那と雫、そして早瀬と内容を確認していたが、特に気になる点はないのですぐに興味がなくなった。
「そういや、瀬那のクラスは何をやるんだ?」
「言っていませんでしたっけ? ジェットコースターをやります」
「は?」
「えっ!?」
図らずも、俺と雫の声が重なった。
ジェットコースター……だと?
「……どこでやるんだよ」
「多目的室ですよ。調べてみたら、思ったより色んな学校でジェットコースターを自作しているらしいです」
「そうそう! それで、うちのクラスに設計とか工作が得意な奴がいて、そいつの図案と指示で作るんだよ! 水野さんたちも来てみてよ」
乗るかどうかは置いておいて、ジャンルが違うとはいえ、同じもの作りが趣味な俺としては少し興味がある。
「――って顔していますね。朔也くん」
「勝手に俺の思考を読むなよ」
「ふふっ」
瀬那は俺の趣味の方向がよくわかっているからな。単純にわかりやすかったのか。
「……本当に二人は付き合っているんだな」
「ええ、そうですよ。クラスでも言いましたが、嘘ではないですよ」
「そう……か……」
うなだれる早瀬を見て、声をかける気にはなれなかった。
「……それでは、特に問題がなさそうですので、今日のミーティングはおわ――」
バタン!
「りま……す?」
俺たち全員が音のした方向……部屋の入り口を見ると、そこには生徒会長の柊先輩が立っていた。
「間に合ったー!」
「勢いよく扉を開けるのはやめなさい、柊さん」
「ごめんなさい、先生。それよりも……」
謝罪半分に教室を見渡す、柊先輩。
大げさと言えるような動作で視線をさまよわせて……こちらを見た。
正確には俺の横……瀬那を。
「あっ! いたいた! 南のお姫様!」
「柊生徒会長……その呼び方は何度もやめてほしいと……」
「ごめん、ごめん、そうだったよ。南のお嬢様だったね。あ、ピアスくんもおひさ! 相変わらず番犬してる?」
俺と瀬那は揃って顔を引きつらせる。
「その呼び名も大して変わらないですよ……」
「うわぁ……」
生徒会長……柊先輩は、学校見学会以降、何かと俺たちに絡んでくる。
何が楽しいかはわからないが、気に入られたようで、瀬那を『南のお姫様』と呼ぶようになった。さすがに瀬那も嫌だったらしく、『南のお嬢様』に変わった。
俺を『ピアスくん』と呼ぶのはあだ名として理解できるが、瀬那をそう呼ぶのはどういう思考回路なのか、謎である。
「そんなにげんなりしないでよ……あ、図書委員長さん、もう終わった感じだよね?」
「相変わらず行動がおかしい……あぁ、とりあえず終わったよ」
「それならよかった! 南のお嬢様を借りていくけど良いよね?」
「俺に聞くな。南雲本人に訊け」
委員長は対応するのが面倒になったのだろう。げんなりしながら瀬那に話を振っていた。
それを聞いた生徒会長は、にっこりした顔で瀬那の方を向く。
それと同時に、瀬那は俺の袖を掴み、不安そうな顔で俺を見た。
「生徒会長、瀬那に用があるなら番犬らしく、まずは俺を通してください」
「それは番犬ではなく、保護者か秘書ではないかい? まあ、いいわ。とりあえずボクについてきてよー」
手招きしながら俺と瀬那を呼んで、部屋を出て行った。
自由奔放という言葉は、この人のために作られたのではないかと思う。
俺と瀬那は顔を見合わせて、一度ため息をついてから、ついていくのだった。
◇
生徒会長についていくと、場所は文芸部の部室だった。
変なところではなくて助かったが、ここはここで予想ができない。
「?」
二人でまたしても顔を見合わせて、お互いに疑問符を浮かべた。
文芸部の部室に、生徒会長に連れてこられる理由が俺には思いつかない。嫌な予感だけがじわじわと背中を這い上がってくる。
生徒会長は部室のドアを躊躇なく開けた。
「連れて来たよー! 桔梗!」
「……本当に連れてきたの、あなた」
中にいたのは、数人の女子と二人の男子だった。
部室にいるぐらいだから、文芸部員なのだろうな。
「あ、東條くん……」
「?」
俺の名を呼ぶ女子がいたが、誰だ?
マジで思い出せない。頼むから、圧をかけないでください、瀬那さん。
「あの……その……前は、本当にごめんなさい」
女子は小さく頭を下げた。
その言葉で、ようやく思い出す。
「あー……野外学習の時の」
「はい。あの時、私がちゃんと言えていれば、東條くんが疑われることもなかったのに……」
彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。
「別にいいよ。あの状況なら怖かっただろうしな」
「でも……」
「もう終わった話だ。それに、最終的には俺の無実も証明できた。だから気にするな」
そう言うと、彼女は少しだけ泣きそうな顔をした。
……いや、そこでそんな顔をされると、逆にこっちが困るんだが。
「東條くんって、やっぱり……」
「やっぱり?」
「い、いえ。何でもありません」
彼女は慌てたように首を振った。
横を見ると、瀬那がじっとこちらを見ている。
瀬那の視線には、温度がない。……怒っているわけではないはずだが、これは早めに説明した方が良さそうだ。
「鷹司さんは文芸部だったのですね」
「はい、昔から小説が好きだったので」
鷹司……あー、ランキングでベスト十位までに入っている子か。
「よくわからないけど、もういい?」
「ご、ごめんなさいっ。割り込んでしまって……」
鷹司は申し訳なさそうに頭を下げていた。
「いいよーいいよー。桔梗、そう言って出て行ったのだから、当たり前でしょ?」
「あなたね……二人もごめんなさいね。この馬鹿に無理矢理連れてこられて大変だったでしょう」
「はは……」
「馬鹿とは何よ、馬鹿とは! これでも生徒会長だぞ!」
馬鹿と言われ、ブーブー文句を言う生徒会長。
それを見た桔梗と呼ばれた先輩らしき女性が、生徒会長を一瞥して「はぁ……」と深くため息をついた後、再び俺たちを見た。
「初めまして。文芸部の副部長、二年の楠よ。今回はごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です。それで、なぜ瀬那が呼ばれたのでしょうか?」
「菫……あなた、説明も何もしていないの?」
「もちろん!」
自信満々にサムズアップしている生徒会長。やっぱりこの人、馬鹿だろ……。
「桐生くんがいないと本当に暴走するんだから……」
「そういえば、桐生副会長がいらっしゃいませんね。セットのイメージがあったので意外です」
「別の件で動いているから……桐生くんの一番の仕事は菫の手綱なのに……もう」
「同意見です」
「朔也くん……」
あ、素直に口から出てしまった。
生徒会長の傍若無人ぶりを止められるのは、桐生先輩だけなのは確かなので仕方ない。
「まあ、しょうがないわね。せっかく来てもらったのだから、お願いしてみましょうかしら」
「お願いですか?」
「大したことではないのだけど、南雲さんに文化祭の部誌の売り子をやってもらいたいの」
「えっ!?」
瀬那に売り子を?……なぜ?
「失礼ですが、部誌の販売なら部員でやるべきではないでしょうか?」
「――そう言うわよね。理由は二つよ。一つ目は、売り子ができる部員が少ないの。クラスの出し物で劇をやったり、なぜか調理がその子しかできなかったり……あとは特進だから、当日別のことをやらないといけなかったりね……」
「すみません、東條くんに南雲さん。私ができたらよかったのだけど……」
鷹司はまた頭を下げていた。この子、さっきから謝ってばかりだな。
……野外学習の件といい、根が真面目なのだろうな。
「綾音は本当はやりたかったらしいのだけどね。特進の方でデモンストレーションがあるらしくて、時間が取れないって言われたらしいわ」
「デモンストレーション……文化祭で?」
「えぇ。去年はなかったのだけどね……ちなみに、何をするかはわからないわ」
赤口が何を企んでいるのかは気になるが、俺に関わってこなければそれでいい。
……頼むからフラグにならないでくれ。
「それで、代わりに私をですか?」
「そうそう! 理由の二つ目はね、図書委員の美人さんだし、うちの部にはいない方向の容姿だしで、良い客寄せになるかなって思って、ボクが推薦したんだ!」
「菫、言い方ってものがあるでしょうに……まあ、その通りだから否定できないのだけど」
瀬那が目立つ容姿だから客寄せになるのはわかる。それに、俺と付き合い始めたとわかった後も、人気が衰えていないみたいだ。目当てでくる奴もいるかもしれない。
ただ、言い方はどうかと思うが……。
それよりも聞き逃せないことがある。
「生徒会長って文芸部なのですか!?」
「そうよ! 言っていなかったっけ?」
「いえ、聞いていませんよ。少し予想はしていましたが……マジか。似合わねぇ……」
「キミはキミではっきり言うわね……でもね、菫の作品は人気あるのよ。中学の時も出していたけど、取り合いになったぐらいなんだから」
俺としては、今学期一番の驚愕の事実。
中身がすごい特殊な内容なんじゃないか――脳裏に、宇宙人が攻めてきて最後はダンスを踊るシーン、サメが飛び回る中で主人公が天使になるシーンが、なぜか鮮明に浮かんだ。
「ちなみに純文学も人気だったわよ」
「……俺の知っている生徒会長は、実は記憶喪失だったりしますか?」
「私が知る限り無いわね。ちなみに一番売れたのは、日本で封印されていた魔王が復活して、陰陽師が倒す話だったわ」
「……それはなんか納得しますね。でも、鬼じゃなくて魔王なんだ……」
「さっきから、朔也くんは何の話をしているのですか……」
楠先輩と、正直どうでも良い話をしていると、瀬那に呆れた声でツッコまれた。
「ピアスくんがボクのことをどう思っているか、よくわかったよ」
「理解していただいて、良かったです。たぶん、それを三倍ぐらい面倒な奴って思っています」
生徒会長はしばらく俺を見て、それから口をへの字に曲げた。
「ぐぬぬ」
マンガみたいな唸り方をする生徒会長を置いて、俺は瀬那に話しかける。
「で、どうするんだ? 売り子するのか?」
「正直、やりたいって気持ちにはならないですね」
瀬那の返答は、かなりはっきりしていた。
まあ、当然だろう。客寄せになるから売り子をしてくれ、なんて言われて喜ぶ奴はそういない。
「だよな。無理にやる必要はないと思うぞ」
「朔也くん……」
俺がそう言うと、瀬那は少しだけ安心したようにこちらを見た。
だが、その空気をぶち壊すように、生徒会長がにやりと笑う。
「ふっふっふ。そう言うと思っていたよ、南のお嬢様」
「……何ですか、その顔は」
「では質問を変えよう。ピアスくんと一緒に売り子ができるとしても、嫌かな?」
ぴくり、と瀬那の肩が小さく揺れた。
「……朔也くんと?」
「そうそう。クラスの出し物だと、二人は別々でしょ? でも文芸部の売り子なら、図書委員の手伝いって名目で担当時間を合わせられるんだよね」
「菫……あなた、東條くんも巻き込むつもり?」
「まあね。というより、この二人は今やセットみたいなもんだしねー」
楠先輩は否定できないのか、少しだけ苦い顔をした。
瀬那とセットと思われるのは嫌ではないが、この生徒会長に言われるのは釈然としない。
瀬那は俺の袖を掴んだまま、ちらりとこちらを見上げてくる。
「朔也くんは……一緒にいてくれるのですか?」
「俺がいていいならな。ただ、俺で客寄せになるかは甚だ疑問だが。逆に減る可能性の方が高いんじゃないかとは思う」
「そんなことは無いと思いますよ。でも、そうですか……」
瀬那は少しだけ考えるように目を伏せた。
そして、先ほどよりもずっと柔らかい声で答える。
「それなら、少しだけならお手伝いします」
「やったー! 交渉成立!」
生徒会長が両手を上げて喜ぶ。
その様子を見て、俺は嫌な予感を覚えた。
「……ちなみに、今の反応を見る限り、まだ何か隠してますよね」
「さすがピアスくん、鋭いね」
「やっぱりか」
生徒会長は満面の笑みで、部室の奥に置かれた衣装ケースを指さした。
「売り子をするなら、雰囲気作りも大事でしょ?二人にぴったりのものがあるよ!」
「……衣装?」
「俺の分もあるのかよ」
俺と瀬那の声が重なった。
どうやら、ただの売り子では終わらせてくれないらしい。
……この生徒会長、最初から全部計算していたんじゃないか。
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