SS 東條 朔也:ヤ〇デレ瀬那ちゃん
― 注意 ―
瀬那の性格を過剰に表現しているため、本編とは別ものと考えていただいても大丈夫です。
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付き合ってからはまだそう時間は経っていないが、瀬那が俺のことを好きなのは理解している。大したことではないのに、よく嫉妬してくるから実感もしている。
付き合う前からその気はあったが、付き合い始めてからは隠さないようになったと思う。
まあ、何が言いたいかというと、今ピンチです!
「朔也くん……さて、ドウイウコトダッタノデスカ?」
声は丁寧なのに、温度がない。
いつもの瀬那なら頬を膨らませるところだが、今の彼女は微笑んでさえいなかった。
いつものキラキラした瞳が、心なしか光を失っているのがわかる。それに……朱くなっているのも、コンタクト越しにわかる気がする。
瀬那を怖いと思ったのは初めてかもしれない。そう思うぐらい、いつもの可愛らしい拗ね方と全然違う。
「いや、だから別に何もないって。ただ、声をかけられただけで……」
「でも、『なんであの時、どこか行っちゃったの? キャピ☆』って、イワレテマシタヨネ?」
「『キャピ☆』は言われていな……」
有無を言わさないような目で俺を見る愛すべき彼女。何故、瀬那がこんな風になってしまったのか……その原因とは……数十分前に遡る。
◇◇◇◇◇
― 数十分前 ―
今日はウィンドウショッピングということで、あてもないデートをしている。ルナポートはあらかた回ったので、別のショッピングモールだ。広さは結構あるし、ルナポートと違ったラインナップなので、新鮮さがある。
同時にお手洗いに行ったが、どうしても女性側の方が時間がかかるのは仕方がない。
俺は彼女が出てくるまで、近くの店を物色していた。
皮財布や時計などが並ぶレザーショップ。あまり作っていないが、俺もレザー小物を作ったことがあるので、参考がてら見回していた。
(ケーブルクリップをレザーで作ってどうするんだろうか……高っ! これで三千円!? 百均ので十分だろ!)
こだわった物が比較的多い印象のレザー商品。こんなものまでレザーにする必要性がわからない。見栄えの問題なのだろうか……
しばらく見ても特にほしいものはなかったので、店を出てお手洗いの近くに戻ろうとした時だった――
「あっ! あの時のピアスくん!」
と、少し大きな声が聞こえたが、俺のことではないはずだ。ピアスなんてそこら中の奴が付けている。
声の方を意識して見ないように歩き出すが――
「ちょ、ちょっと、待ってよー」
ガシッ! と肩を掴まれてしまった。
仕方なく掴んだ主を見ると……誰だ?
歳上だと思われる、栗色の髪の女性と、その隣には背が高い黒髪の女性……本当に誰だ!?
「久しぶり! 元気にしてた?」
「えっと……どなたでしょうか?」
「えーひっどーい!」
栗色の髪の女性がわかり易く「酷い!」といった顔をしていたが、残念ながら本当にわからないのだ。
それにしてもキツイ香水の匂い……ここまで強くする必要がわからないのだが。瀬那の柔らかい甘い匂いと段違いだ。
「相変わらずクールな印象だし、今日のピアスもいいね!」
「ほらっ! ○○駅のファーストフードのお店で会ったじゃない。深夜に近い時間に!」
深夜のファーストフード……? その時間にそんなところに行ったことなんて……あっ!
(思い出した……瀬那を初めて家に上げた日の夜だ)
瀬那を拾った日に、彼女を家に一人にさせるために家を出た時だ。
どこで時間を潰すか悩んで、とりあえず二十四時間やっているファーストフードの店に入ったら、絡まれたんだ。
……あんな、少しの時間だけのやり取りなのに、よく覚えていたなこの二人。
「人違いではありませんか? 俺には記憶がありませんが……」
「いやいやいや、そんなにピアス付けてるメガネ男子はそうそう居ないって!」
どうにか誤魔化そうとするが、逃がしてはくれなさそうだ。
「今日も一人? 今度こそ一緒に遊ばない?」
「無理です。彼女が一緒ですから」
「うん?」
キョロキョロと辺りを見渡す黒髪の女性。
残念、今その彼女はお手洗いで近くにいません! ……あ、逆か。いた方が助かったのか……
「いないけど?」
「そりゃ、お手洗いですから席を外していますよ」
「ふーん、そうやって嘘を言うんだ。それなら……えい!」
栗色の方の女性が俺に横から抱き着いてくる。……香水臭い。
「やめてください、セクハラですよ」
「いいじゃん別にー。彼女さんに見られたらやばいね! 本当に居たらだけど」
「本当にいるから困るんだが!」
力づくで剥がそうとするが、思ったより力が強いのもあるし、女性に怪我をさせるわけにはいかないので、本気で力を入れられない。……それに体勢のせいで変なところを触りそうだ。
「そう言えば、なんであの時、どこか行っちゃったの? 寂しかったんだけど」
「いや、だから……」
押し問答が続きそうになった時――
「……サクヤクン」
聞きなれているはずなのに……背筋が凍るような冷たい声。
瞬間、警鐘を鳴らし背筋が勝手に伸びた。
「――私の彼氏に触らないでくださりますか?」
恐ろしくて声の方へ振り返れない状態で、どこかおかしい変な敬語だけがはっきりと聞こえてきた。
「いたたたっ! 痛い……痛い!」
俺に抱き着いていた女性が、突如悲鳴を上げた。
それを見ると、瀬那が女性の手首を持って捻っていた。痛いのだろうな、たまらずその女性は膝をついていた。
(護身術!? 瀬那って使えたのか!?)
声が聞こえてからの短い時間で彼女は栗色の女性の腕を綺麗にキメていたのだ。
つ、強い……!
「もう一度言いますね。私の彼氏に触らないでください」
「は、はいぃぃ! ごめんなさい、もうしません!」
「……よろしい」
そう言った瀬那は、栗色の女性の手首を離した。自由になった女性は涙を少し流しながら、もう一人と一緒に走って逃げていった。
残されたのは俺たち二人。
少しの沈黙も耐え切れず、俺は声を恐る恐るかけた。
「あ、ありがとう、瀬那。助かったよ」
「……してるの……か?」
「え?」
「他の女性と抱き合って何をしているのですか? と言ったのです」
振り返った瀬那の顔は、一切の笑みがない氷の表情だった。
それはかつて、天童や梅沢に対して向けていた表情とは根本的に違う。言うなれば『浮気現場を目撃した彼女』の純度の高い圧だった。
「それでは朔也くん。あちらで『オハナシ』をしましょうか?」
「……はい」
有無を言わさぬ笑顔で俺を真っすぐ見た瀬那の目は、『まさか嫌なんて言いませんよね?』と雄弁に語っていた。
手首をガシッと掴まれたまま、俺はドナドナと死地へ引っ張られていくのだった。
◇◇◇◇◇
少し人通りが少ない場所に連れてこられ、俺は瀬那に責められていた。正直な気持ちを言うなら、俺は何も悪くないはずだ。……だが、怪我をさせてでも剥がさなかった、毅然とした態度を取らなかった負い目はある。
「ナニカ、イイワケハアリマスカ?」
「それは……いえ、ありません」
俺の返答に、瀬那は呆れた顔をし、いつもの瞳に戻ったように見えた。
「もぅ……少しは言い訳をしてくださいよ。許すタイミングがないじゃないですか。……ご存じの通り、私は朔也くんのことが好きですし、朔也くんも私のことが好きなのはわかっているのです。……でも、不安にならないわけではないのですよ?」
「そりゃそうだよな」
付き合ってからは瀬那を大事にするのは当たり前だし、『好き』という気持ちを出しているつもりだ。だからと言っても、相手の心が読めるわけではないので、不安になるのは理解できる。
「前にも言いましたが、朔也くんはかっこいい男性なのです」
胸を張って断言する瀬那。
その言葉に、俺は思わず視線を逸らした。
「学校という狭い場所だから、ピアスの見た目だけで距離を置く人もいます。ですが、学校の外に出たら、ピアスの有無なんて関係ないのですよ」
「……いや、俺なんかはそんなことは――」
「そんなこと、あります。むしろ、見る人が見たらおしゃれの部類です。他のセンスも良いのですから、魅力ある男性にしか映りません」
「……はい」
前にも言ったが、自分で「俺かっこいいだろ!」なんて俺が言っていたら、周りの連中が引く。
……そういうことじゃなくて、『自信を持て』という意味なのはわかっているのだが……
「とりあえず、仲直り……は、少し違いますね。不安にさせた私を安心させるべきではないですか? それなのでナデナデからの抱きしめを要求します」
「仰せのままに」
外だから少し恥ずかしいが、無理でもなく、嫌なことでもないので素直に要求を飲む。少しこちらに頭を下げるのかと思えば、逆に頭を少し上げて俺の目を、じーっと真っすぐ見ていた。
身長差の関係で問題ないが、見られていると少し恥ずかしい。
ナデナデ
「ふふっ、気持ちいいですね。この歳になってどうかと思いますが」
「別にいいんじゃないか。悪いことしているわけじゃないし」
「そうですか、そうですか。……はい、満足です。それでは朔也くんから抱きしめてくださいっ」
「喜んで」
両手を広げる瀬那を、優しく……でも、しっかりと抱きしめた。
身長差があるためか、瀬那が小柄な方だからかはわからないが、包み込むように抱きしめることとなる。……そうすると、まあ、当たる。小柄な体つきなのに、抱きしめると妙に存在感があって、意識しない方が難しい。
「……」
「……」
少し、気まずい気持ちもあるけど、もちろん嫌な感触ではない。……むしろ……な。
そんな邪な考えをしていると――俺の胸に顔をうずめていた瀬那が、突如としてバンッ! と俺を突き飛ばすように引きはがした。
「……えっ!?」
抱きしめていた温もりが消え、ショックを隠し切れない俺を瀬那が睨みつける。
その瞳は、またしてもハイライトが完全に失われていた。
(嘘だろ、まさか俺が変なことを考えていたのがバレて嫌われた……!?)
「……さい」
「ど、どうした?」
「臭いです! あの女性の香水臭いです!」
確かに、あの人は香水が強かった。
匂いが移っても仕方ないとは思うが、俺もこの匂いがし続けるのは正直嫌だ。
瀬那は光を失った目のまま、頬に手を当てて少し考えてから口を開いた。
「……判決です」
「急に裁判が始まったんだが」
「朔也くんは無罪です」
「助かった」
急に裁判が始まったのには驚いたが、無罪ならとりあえず良いだろう。
その宣言をした後、瀬那は真剣な顔で俺の服をつまむ。まるで重大な証拠品でも押収するかのような手つきだった。
「ただし、その服は有罪です」
「服が?」
「はい。由々しき事態なので、帰ったら即洗濯機送りです」
『即』と言うぐらいだから、相当嫌なんだろうな。
「それと、それまでは応急処置として、朔也くんの身柄を拘束します」
「どういうこと?」
問い返すより早く、瀬那がもう一度俺に抱きついてきた。
さっきよりも強く、逃がさないように。
「上書きします」
「……上書き」
「はい。朔也くんに、知らない女性の匂いがするのは嫌ですから」
胸元に額を押しつけたまま、瀬那は小さくそう言った。
怖いと思ったはずなのに、そんな声を聞かされると、結局かわいいと思ってしまうから困る。
……どうやら俺は無罪らしい。
ただし、釈放される予定はしばらくなさそうだった。
― 東條 朔也:ヤ〇デレ瀬那ちゃん 完 ―
女性二人は、第一章が終わった時に公開した「SS 東條 朔也:彼女が寝た後で、一人放浪中」より。




