第118話 朔也が知らない決着
今さら昇降口で待つわけにもいかないので、他のメンツに連絡をして、そのままファミレスで待ち合わせることにした。また絡まれても面倒だからな。
三人で順番待ちをしている間、俺が少し離れてメニューを見に行って戻ると、瀬那と和人が談笑しているのが見えた。
(やはり、美男美女だと絵になるな)
周りにいるお客さんも、二人の空気や間柄を気にしているのか、チラチラと見ていた。甘い空気はないが、この二人が揃ったことによる相乗効果だろうな。
もちろん和人相手に嫉妬も心配もしていないが、別の意味で嫉妬……いや、羨ましく思うことはある。
それは、瀬那と並んだ時の明確な『見劣り』だ。
和人と俺、客観的に見てどちらが瀬那の隣に並んでしっくりくる絵になるかは明白だ。
骨格は今さら変えられないし、美容整形をするつもりもない。だから今の俺にできるのは、もう少しファッションや身だしなみに気を遣うぐらいだ。誰もが羨むような彼女の隣を歩くのだから、せめて彼女の価値を下げないような、いい具合の男にはなりたい。
だからと言って、おしゃれについてはよくわかっていない。今度、浩紀や和人に相談してみよう。信用できるのはこいつらだからな。
戻ると、自然と二人の間に座ることとなった。元々そこに座っていたのと、二人がちゃんと場所を確保していたから、当たり前と言えば当たり前だ。
……ただ、周りが納得していない。
「えっ? カップルの間に座るの?」
「空気読めよ」
そんな小声が聞こえてくる。そんなことを言われても、俺たちからしたらこれが当たり前なんだけどね。
隣に座る瀬那もその居心地の悪さを感じ取ったのか、顔には出さないものの、周囲に対してほんのりと冷たい不満オーラを出していた。
彼女は少し頬に手を当てて考えた後、何か悪戯でも思いついたような顔で俺を見た。
(……嫌な予感がする)
瀬那がススス……っと俺の方へ体を密着させてきたかと思うと、人目のある場所で俺の右腕をギュッと抱え込み、さらに指まで深く絡めてきた。
『私の彼氏は彼です』
その無言の圧は、言葉にしなくても十分すぎるほど伝わったらしい。周囲の視線が、気まずそうにすっと逸れていく。
それを見た彼女は満足そうに小さく頷いた。
「あははっ、二人を見ていると本当に微笑ましいね」
わざと声のボリュームを少し上げて、和人が喋る。俺もそれに倣って返答した。
「……俺としては少し恥ずかしいんだけど」
「まあ、いいじゃないか。付き合いたてなんだし、イチャイチャしててもおかしくないさ。それに朔也も、嫌じゃないんだろう?」
「まぁ、そりゃな」
「ふふっ♪」
しばらく経つと、浩紀と愛莉、そして雫と斎藤が来た。予定より二人ほど増えているが、まあ問題ない。
隣の瀬那は、先ほどまでとは打って変わって落ち着いた顔で微笑んでいた。
それに引っかかりを覚えたものの、俺は雫と斎藤に声をかけた。
「二人も来たんだな」
「うん、愛莉ちゃんたちに誘われてね。……ねえ、南雲さん、ちょっとだけ話してもいい?」
「……はい、もちろんです」
そう言って、瀬那と雫は席を外して、店の外へ向かった。
女の子同士の話に、男が首を突っ込むべきではない。そう頭ではわかっているのに、気になって仕方がなかった。
「……」
「まあ、話はしたくなるよなー。朔也、理由はわかっているよな?」
浩紀にしては真剣な顔で俺を見ていた。
「建前と本音、どっちがいい?」
「なんだその答えはっ。……本音で」
俺は少しだけ視線を落とした。
考えるまでもない。けれど、言葉にすると妙に照れくさい。
「……俺が好きになったのは瀬那だから。ただ、それだけだ」
「おぉ、お前がそんなこと言うとはな。……それなら、君はネイルの流れについては反省しなさい」
「はい、反省しています」
和人と斎藤は苦笑いで頷いていた。ネイルの流れを知らない愛莉は疑問符を浮かべているが、あとで浩紀に聞くだろう。
「東條くんがちゃんとしてくれるんなら、雫も諦めがつくと思うよ。元々、南雲さんが東條くんを盗られまいと威嚇してたのはわかっていたしね」
「そうか……ただ、わからんのよね。なぜ、俺なのか」
「そこ悩むんだ。こういうのは、自分だと気づかないものなのかな。……南雲さんはわかってるの?」
斎藤がそう言うなら、明確に何かがあったのだろう。俺にはわからないが、こういう話は唐突だったりするから仕方ないのかもしれない。
瀬那に関しては――。
「瀬那に関しては、そりゃ。ストーカー事件っていう分かりやすいきっかけがあったしな。アプローチもわかりやすかったし」
実際は、それ以前のこともあったわけだが。
「ふーん」
斎藤は、どこか納得していないような反応をした。
それにどんな意図があったのかはわからない。だが、彼女は雫側から見ているはずだ。
「わかっていたのに、こいつがヘタれたから被害者が出たんだよ」
「うっせ。ヘタれたは違う。理由がありましたー」
浩紀が言った。俺にだって理由はあったんだが……否定しきれないのが悔しい。
「俺からしたら、それがヘタレって感じだけどな」
「……えっ? マジで?」
俺は同意を求めるために和人を見たが……
「うーん、聞いた話が全てじゃないだろうけど……それだけなら、俺もヘタレに思うかな?」
「マジかよ……ショックだわ」
「……ねぇ、男子ー。さっきから男子だけがわかる話しないでよー」
「そうだー、そうだー! 私、ひろからも教えてもらってないんだからね。すっごく気になるのに!」
俺との約束を守って、ちゃんと愛莉にも言っていないらしい。義理堅いな。
「少なくともここで話すつもりはない。まあ、気にすんな」
「気になるってーの!」
愛莉がプンスカしていると、瀬那と雫が戻ってきた。
話の内容は想像がつくので、喧嘩していないといいけどと考えていたが、実際はその逆で、二人は笑顔で話しながらこちらに戻ってきた。
出て行く前とは、空気がまるで違っていた。張り詰めたものが消え、代わりに妙な結託感のようなものが漂っている。
「お待たせしました」
「お待たせ!」
「……あぁ」
「大丈夫だった?」
俺から訊くのはさすがにおかしいので誰かに訊いてほしかったのだが、それを察してか、斎藤が雫に尋ねてくれた。
「うん、大丈夫だよ! むしろ、良い話し合いだったよね、な、南雲さん……じゃなくて、瀬那」
「はい。雫さんとの会話は有意義でしたよ」
二人の返答に俺たちは唖然とした。予想より大丈夫……いや、予想を遥かに超えて問題なかった。
それに……。
「名前で呼び合うようになったんだな」
「はい。色々とお話して、お互いスッキリして盛り上がって……すっかり仲良くなりました」
「それは良かったな」
満足そうな顔をしている瀬那を見て、俺は安堵した。
だが、そのことを言った瀬那は、悪戯に成功した子供のような顔をして続けて言った。
「ちなみに盛り上がった内容は、朔也くんの『あんなところ』や『こんなところ』についてですからね♪ ね、雫さん?」
「うんうん! 朔也くんって、案外そういうところあるんだーって、すごく勉強になったよ!」
「へっ?」
これまた予想外な爆弾発言を、瀬那が満面の笑みで投下してきた。
俺の陰口……は、この二人に限ってあり得ないだろうが。それなら一体、俺の何を二人で『勉強』したっていうんだ……?
「七名でお待ちの東條様ー。お席のご用意ができましたー」
「あ、はーい!」
タイミングよく店員さんのコールが聞こえ、愛莉が返事をした。
「では、行こうか」
「うん」
俺は気になって仕方なかったが、ここで訊くことはできなさそうだ。
ただ一つだけ、はっきりしていることがある。どうやら俺の知らないところで、俺に関する何かが共有されてしまったらしい。
帰ってから瀬那に訊くことにしよう。




