第114話 彼氏彼女としての初登校
とうとう夏休みが終わり、今日から二学期が始まる。
九月になったのに残暑が酷いのが普通になってきたことに絶望を感じつつ、俺と瀬那は久しぶりに制服を着て朝食を取っていた。
当たり前と言えば、当たり前の風景。でも、一カ月以上着ていなかったからか、すごく新鮮に感じる。相変わらず瀬那はキチンとシャツを着て姿勢が良い。その姿も可愛いものだな。
「どうかしましたか? 先ほどからこちらを見ていますが?」
「いや、瀬那が可愛いなって思ってな」
「……ゴホゴホッ」
「大丈夫か?」
特段、変なことは言っていないのだが、瀬那はなぜか咳き込んだ。素直な気持ちを伝えただけなのだけどな。
……少しだけ狙ったけど。
「朔也くんって変わりましたよね」
「そうか?」
「そうですっ」
プリプリしている彼女を見て、こんな穏やかな日常も良いものだと実感する。
数年前の俺にこれを言っても信じてくれなさそうだ。
浩紀と愛莉の課題だが、なんとか数日前には終わり、今日持ってくるのさえ忘れなければ問題がないはずだ。
念のため二人に「忘れるなよ?」とメッセージを送っておくが、これで忘れたら俺は知らん。
二人で朝食の後片付けをしてマンションを出ると、容赦のない夏の日差しが辺り一面を照らしていた。
「もう、帰って良いかな?」
「気持ちはわかりますけど、マンションから出てまだ一分も経っていないですよ」
瀬那の呆れ声を聞き、諦めながら彼女のお気に入りの日傘を広げ、二人で入れるように差す。
小さな日傘の影に一緒に入るため、瀬那は自然と俺のすぐ隣にぴたりと身を寄せてくる。薄い夏服越しに肩が触れ合うほど近い距離に、傘の柄を握る手へ妙に力が入ってしまった。
これだけでもだいぶ涼しくなるが、瀬那との身長差にも気を配らないといけない。容赦ない陽の位置を確認して、彼女が絶対に日焼けしないよう、少しだけ瀬那の方へ傘を傾ける。
すると、瀬那がこちらを見上げて、花が綻ぶように小さく笑った。
……その顔を見るためなら、多少暑いくらいは我慢できそうだった。
「やっとです……やっと、朔也くんと最後まで登校できます! 嬉しいです! 感無量です!」
交際を始めたんだから、今日からは途中で別れて行く必要がない。二人並んで手を繋いで歩いて行けるわけだ。隠そうと思えばもちろんできるが、必要が無いことに加え、隣の彼女が許してくれるはずがない。
「そんなにか?」
「『そんなに』です! ずっと一緒に登校したかったのに、朔也くんが嫌がるから……」
「『嫌がる』って……まあ、そうだな。学校で有名人な瀬那といっしょにいたら、目立つから仕方なかったんだ」
入学してから一ヶ月で告白された回数が二桁……つまりほぼ毎日だぞ。そんな女の子と一緒に歩いていたら噂の的になるのは当たり前だ。
「でも、十分、朔也くんも有名人でしたけどね」
「……否定ができないのが悔しいな」
元々の見た目に加えて、左手の大怪我。学年を超えて噂されていたのは知っている。……何度か『あの』生徒会長も訪ねてきて大騒ぎしたしな。
「ふふっ、今日は嫌がらないでくださいね」
「しないよ。ちゃんと隣に立つ理由があるからな……傘持ちとして」
「……朔也くん」
下からジト目で睨まれてしまった。
俺は「冗談だ」と言いながら握った手をニギニギさせると、「……っ」と可愛い反応をしてから、彼女も握り返してきた。
「ちゃんと誰に見られても恥ずかしくないよう、彼氏として一緒に歩くよ」
「朔也くんと一緒に歩くのを、恥ずかしいなんて思ったことは一度もありませんが……はいっ、よろしくお願いしますね」
「わかった」
差し出した俺の手を、瀬那はギュッと嬉しそうに握り返してきた。しっかりと繋いだ手は、指を深く絡めたいわゆる『恋人繋ぎ』だ。
瀬那は繋いだ手を一度見下ろしてから、宝物でも確かめるように指先に力を込めた。それだけの仕草なのに、胸の奥が妙にくすぐったくなる。
「……そんなに嬉しいのか?」
「はい。とても」
――即答だった。
迷いのない声に、今度はこちらが少し照れそうになる。
「今までは、学校に近づく前に離れていましたから。こうして最後まで隣にいられるのが、ずっと楽しみだったんです」
「……そっか」
「はい。だから今日は、少しくらい見せつけても良い日です」
「瀬那さん?」
「良い日です」
大事なことなんだろうな、二回言われた。しかも、ものすごく良い笑顔で。
瀬那はよほど嬉しいのか、周囲の視線など気にも留めず、俺と繋いだ手を子どものように前後へぶんぶんと振ろうとしてくる。
俺は「おい、危ないって」と制止しつつ、彼女が横目でチラチラと俺の顔を窺いながら嬉しそうにしているのを見て気づいた。
この落ち着きのない動作は、明らかにわざとだ。俺がどう反応するか楽しんでいるな、こやつ。
普段の優等生らしい落ち着きはどこへやら、繋いだ手から「嬉しいです」と全力で伝わってくる。
「……楽しそうで良かったよ」
「良いことですね!」
「そうだな」
俺の皮肉は彼女に届かず、ただ受け止められたわけだが。
本当に楽しい表情をしているから別に良いか。
◇
校舎に近づくにつれて、当たり前だが学校の生徒が増えていく。特段目立つ日傘でもないし、差している生徒も多いが、相合傘している生徒なんて少ない。
ちなみに「さすがに目立つから一緒に入るのはやめるか?」と聞いたら、笑顔の圧力で拒否された。……今日の瀬那は圧が強いな。
顔が隠れているわけではないので、瀬那であることはすぐに気づかれた。そして、隣にいる俺を見て、生徒たちはそれぞれ違った反応を見せる。
「えっ? どう見ても、付き合い始めたよね」
「えー! とうとう、あの人をオトしたやつが出たのか!」
「隣の奴は……誰だ? あー!」
驚きや落胆、好奇心と様々な反応だ。予想できた反応だけに、そこまで驚きはしない。たぶん、陰口を叩く奴らはいるだろうが、手に伝わる瀬那の暖かさのお陰か、それを考えてもフラッシュバックは来なかった。
……少しだけ。でも、歩きやすくなった気がした。
入学した時は周りからどう見られても関係ないと思っていたが、胸を張ってそんな彼女の隣に立てるようにならないといけないと、改めて思う。
「くすっ、皆さん驚いていますね。そこまでのことではないですけどね」
「入学以来、どれだけの男子を切り捨ててきたか、わからない女の子に、とうとう彼氏ができたんだ。狙ってた男子もそうだけど、ゴシップ好きにはたまらないんじゃないか?」
「もぅ! そういうことなら、その中心に居るのは朔也くんになりますね」
「……確かに。実感すると、凄いことだな」
クスクスと笑う瀬那を見て、俺も自然と笑みがこぼれる。
周囲からは唖然とした声が聞こえたが、不思議と嫌な気分にはならなかった。むしろ、瀬那が隣で楽しそうにしているだけで、そんな視線すら少しだけ誇らしく思えてしまう。
……我ながら、ずいぶん変わったものだ。
そう思いながら繋いだ手に少しだけ力を込めると、瀬那もすぐに握り返してきた。
言葉にしなくても伝わるものがある。そんな当たり前みたいな幸せが、今の俺には少し眩しかった。
そんな中、やっぱり心無い声も聞こえる。
「あれって南雲さんだよな? で、隣にいるのは噂になった……暴力男だろ」
「ショックだ……あんな男のどこが良いんだよ」
「弱みでも握られてるんじゃないのか? 感じ悪いし……南雲さん、可哀想に」
「……あんな目つきの男と付き合うとか、正気か?」
空気が、ぴしりと音を立てて固まった気がした。
隠すつもりもないのか、俺に対するあからさまな侮辱の声。それを聞いた瞬間、繋いだ手から瀬那が本気で怒っているのが伝わってきた。
先ほどまでの甘い空気が一変する。柔らかく笑っていた彼女からは想像もつかないほどの、鋭い冷気を感じた。
彼女が立ち止まって言い返そうと振り返るのは予想できたので、俺はそれよりも早く、繋いだ手をグイッと引いて彼女の体をこちらへ引き寄せた。
「大丈夫だから、あんなの好きに言わせとけ」
周囲からは抱き寄せているように見える距離で、彼女の耳元に直接口を寄せて低く囁く。
瀬那がビクッと肩を跳ねさせ、怒りから一転して顔を真っ赤にしながら「もぅっ……」と俺を軽く睨んできた。
「キャー! さくやん、朝から大胆!」
「ラブラブだからって、見せつけるじゃん!」
と、わざとらしい声を上げて近寄ってくる、今朝心配していたバカップル。浩紀と愛莉だ。歩みを止めた俺たちに、手を上げて近寄ってくる。
「おはよう二人とも」
「おはようございます」
「おっはー! 今日からは一緒に登校してるんだね。やったじゃん瀬那」
「ふふっ、そうですね♪」
この口ぶりからして、相談していたようだ。別に構わないけど、変なことを言っていないよな? 頼むぞ……。
二人が合流したことで、やっかみの目や陰口のようなものが少なくなったようだ。
「おはようさん、朝から相合傘って……!」
「可愛い彼女からの圧だからな、拒否するわけにはいかないだろ」
「そりゃそうだわ……良い感じに牽制できたんじゃないかな」
「……傍から見てそう見えたのなら良かったよ」
瀬那がモテるのは言わずもがな。壁を作っているとはいえ、表面上は友好的な彼女のことだ。彼氏がいても気にせず言い寄る奴がいてもおかしくない。
俺への態度の違いを見せるのは、良い牽制になるはずだ。
隣を見ると、瀬那は俺と繋いだ手を大事そうに握ったまま、どこか誇らしげに微笑んでいた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
もし「面白い!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ最下部にある『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして評価していただけると、毎日の執筆の大きなモチベーションになります!
ブックマークへの登録も、ぜひよろしくお願いいたします。




