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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第三章

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SS メイドで癒しを

 朔也は今、自身の置かれた状況にひどく困惑している。

 それはなぜか。

 原因は、いつも隣にいる最愛の彼女だった。


「ご主人様、こちらコーヒーとクッキーでございます」


 いつも以上に丁寧な言葉遣いで、瀬那がコーヒーとクッキーを用意している。

 朔也への呼び方がいつもと違うこと以外は、至って普通のおもてなしだ。

 彼はそんな彼女を、不思議そうに見つめていた。


「どうかされましたか、ご主人様?」

「いや、違和感がすごくて……いや、マジで」

「え、でも。ご主人様のご所望の服ですよ?」

「ご所望って!」


 今の瀬那の格好は彼女の普段着でも、学校の制服でもない。

 普段のこの部屋の中では異質な格好……そう、メイド服を着ている。


 黒いワンピースではなく、白ブラウスに黒のジャンパースカート、そして短めのエプロン。

 クラシックスタイルのメイド服というよりは、スカート丈も学生服と同じくらいの、メイドカフェ寄りのスタイルだ。

 髪にはフリルのカチューシャと、サイドに小さなリボンが添えられている。


「どうしてこうなった……」


 テーブルに突っ伏した朔也の呟きに、瀬那は不思議そうに首を傾げていた。


 ◇◇◇◇◇


 ― 十数分前 ―


 朔也は瀬那に抱きついていた。彼女は優しく抱き返している。


 二人の体格差だけを見れば、朔也が瀬那を包み込んで、彼女を安心させているように見える。

 けれど、現在はその逆だった。

 朔也が瀬那に癒やされている状態である。


 朔也は瀬那によって、メンタル面も癒されてきているわけだが、完全に治ったわけではない。

 また、調子を崩すきっかけは、いつもはっきりしているわけではない。

 それでも、瀬那にはわかる。朔也の呼吸が少し浅くなって、言葉が少なくなって、ピアスに触れる回数が増える。

 そして、今日のように黙って抱きついてくる時があるのだ。


 恋人関係になる前の朔也なら、自分から瀬那に抱きつく……要は、甘えることはなかった。

 いつもは勘のいい瀬那が異変に気づき、そっと抱きしめていた。


 瀬那にとって、朔也がこうして甘えてくれることは嬉しかった。

 良い一歩だとも思うし、もっと頼ってくれていいとさえ願っている。


 彼の現状を知った後だと、むしろどんどん来てほしいとさえ考えていた。

 それは、自分にできる数少ない恩返しでもあると。

 

 ……純粋に、彼と触れ合うのが好きというのもあるが。


 ただ、彼女は抱きしめるだけだと、なにか足りない気がしていた。

 向上心が高い瀬那は、常に改善できないかと考えていたのだ。

 ただ、いつも何も思いつかない。


「うーん……」


 悩み始めた瀬那から、少し持ち直した朔也が体を起こした。


「ごめんな、瀬那」

「謝るのは駄目ですよ」

「そうだったな。ありがとう、瀬那」

「はい♪」


 瀬那が明るく笑った時、テレビから音声が流れた。


『△△△駅の近くに、新しくメイドカフェができました!』


 メイドカフェ。

 その言葉に反応する男性は少なくないだろう。

 朔也は興味があるわけではないので、ただ単にテレビの声に反応して顔を向けただけだった。


 だが、その反応に瀬那は勘違いをする。

 メイドさん……朔也も好きなのではないかと。


 ふいに、瀬那は思い出した。

 以前、浩紀と愛莉に同居がバレた時のことを――


 『さ、朔也くん! やはり、今度メイド服を買ってきた方がいいですか!?』

 『えっ』


 あの時、朔也の反応を思い出すと、何か考え事をしていた。


「……あっ!」


 急にあげた瀬那の声に、ビクッと朔也が反応して振り返る。


「良いものがあります!」

「えっ!? いきなりどうした!?」

「良いものです! 少しお待ちください!」

「お、おう」


 そう言って立ち上がった瀬那は、困惑する朔也を置いて自室に入っていった。

 そして、押し入れに放置されていた衣装袋を取り出す。

 この中には、先日、愛莉が「絶対に似合うから!」と言って置いていった……ある服が入っている。


 正直、着る機会なんてないと考えていた瀬那。


「朔也くんのためなら、問題ありません!」


 そう力強く思い、その袋を開け、いそいそと着替え始めるのだった。


 ◇


 自室から出てきた彼女を見て、朔也は困惑していた。

 ……目の前には、メイド服姿の瀬那がいる。


 似合っている。

 髪色や瞳の色、それに整った顔立ち。似合わないわけがない。

 それは間違いないのだが、弱っている時にこれは少し、いや、かなり心臓に悪い。


 制服姿も、私服も、寝起きのぼさぼさ頭も——どんな瀬那でも可愛いと思ってきた。

 だが、これは反則だ。

 朔也の中で、何かが静かに叫んでいた。


「えっと、どうしたんだ?」


 朔也の疑問に、瀬那は真剣な表情のままだった。

 彼の目には、ふざけているようにはとても見えない。


「……なんでメイド服なのさ?」

「ご奉仕です」

「いやいや、理由になってない」

「朔也くんを元気にするためですよ」


 この状況だと、別の意味にもとらえられる言葉を発した瀬那。

 少し呆れながら見る朔也は、頭を抱えていた。


「まずは、良い時間ですのでお茶にいたしましょうか。コーヒー、お紅茶、ジュース……何がよろしいですか?」

「……コーヒーでお願いします」

「はい、それではテーブルでお待ちください、ご主人様♪」


 最後の言葉に、言葉を失う朔也だった。

 もう何も考えられず、言われるがままにテーブルの席に着くのであった。


 ◇◇◇◇◇


 ― 冒頭へ ―


 コーヒーとクッキーを取りながら、少し頭が冷えた朔也は、改めて瀬那の恰好を見た。その彼女は「メイドですから」と同じ席には座らず、朔也の横で立っていた。

 そのお陰で、彼女の全身を見ることができた。


 純粋に可愛いと思える。

 普段のかわいい服での彼女の姿とも違い、何か背徳感のある可愛さ。これはこれで、妙にムズムズする。


「どうかされましたか、ご主人様?」

「……っ。その、ご主人様って止めないか?」

「ご主人様はご主人様ですから、この格好の時は、そうお呼びするものです」

「マジかよ」


 実は、瀬那は内心、楽しくなってきていた。

 普段しない格好。それも特殊なものとはいえ、可愛い服。

 それに、いつもなら言わないような言葉……「ご主人様」。


 彼女も彼女で、このいつもとはまるで違う、不思議な状況に気持ちが浮き立ってしまっていたのだ。


「では、お食事も終わりましたので、次はマッサージですね」

「いや、さすがに悪いから良いよ」

「私はメイドなのですから、遠慮は不要ですよ、ご主人様。それでは、このソファに横になってください」

「食べたばかりなのだけど……」


 瀬那は少しうつむき、悲しそうな顔をした。


「それとも、メイドの私ごときでは、ご主人様に触れてはダメだ……と?」


 いつもの瀬那の言い回し。でも、少し違う言葉と感じる背徳感。


「そ、そんなことはない……」


 気持ちが浮き立っている瀬那に、気迫で押された朔也はそのままソファへとうつ伏せで倒れこむ。

 瀬那はその彼の肩や腰を押し始めた。


「こっていらっしゃいますね。高校生でここまで硬いって大変ですよね」

「あぁ……っ……」

「大丈夫ですか、痛い場合はおっしゃってくださいね」


 言葉とは裏腹に、瀬那の指は容赦なかった。

 肩甲骨の内側、首の付け根——普段、自分でも気づいていなかった場所を的確に押してくる。


「そこ……っ、待って、結構——」

「我慢してください」

「ひどくない!?」

「痛い方が、効いている証拠です」


 有無を言わさぬ笑顔だった。

 メイド服姿でそれをやられると、なぜか言い返せない。


「愛莉さんに教えてもらいました」

「あいつ、何を教えてるんだ……」


 朔也は愛莉がマッサージ上手とは初めて聞いた。もしかして、浩紀にやっているのかもしれない。それを想像した彼は、なんとも言えない気持ちになった。


「良いじゃないですか。お役に立っているでしょう?」

「……否定できないのが悔しい」


 そうこうしているうちに、じわじわと力が抜けていく。

 痛みが引いた後に残るのは、不思議な軽さだった。


「……瀬那」

「はい、なんでしょうか、ご主人様」

「いや、その呼び方はもういいとして……だいぶ楽になった。ありがとう」

「本当ですか?」


 朔也の声から、先ほどまでの硬さが少し抜けている。

 それに気づいた瀬那は、胸の奥で、何かがそっとほどけるような感覚があった。


 思いつきで始めたことだった。

 愛莉が置いていったメイド服を着て、いつもと違う呼び方をして、少しでも朔也の気を紛らわせられたらいい。

 ただ、それだけだった。


 けれど、こうして朔也の表情が少しでも和らいでくれるなら、恥ずかしさを我慢した甲斐はある。


「では、次のご奉仕に移ります」

「まだあるのか?」

「もちろんです。メイドですから」

「メイドって、そんな万能職だったか?」


 呆れたように言いながらも、朔也の口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

 それを見た瀬那は、ほんの少しだけ自信を得る。


「こちらへどうぞ」


 瀬那はソファに腰を下ろし、ぽんぽんと自分の膝を叩いた。


「……瀬那さん?」

「膝枕です」

「いや、見ればわかるけど」

「先ほど抱きしめた時より、今はこちらの方が落ち着くかと思いまして」


 真面目な顔でそう言われ、朔也は言葉に詰まった。

 瀬那はふざけているわけではない。

 メイド服という格好こそ妙な方向に振り切れているが、その根っこにあるのは、ただ朔也を少しでも楽にしたいという気持ちだ。


 それがわかるからこそ、朔也は強く断れない。


「……じゃあ、少しだけ」

「はい。少しだけです」


 朔也は観念したように息を吐き、瀬那の膝に頭を預けた。

 柔らかな太ももの感触と、顔のすぐ横にあるフリルのエプロン。そして何より、見上げると普段より短いスカートから覗く白い素肌が否応なく視界に入り、どこを見ればいいかわからなくなる。

 ほんのりと香る、いつもの彼女の匂いが、すぐそこにあった。

 これがあれば、たいていのことはどうでもよくなる気がした。

 ——そんな自分が、少し情けなくて、でも悪くないとも思う。


 それだけで、胸の奥に残っていた重たいものが、少しずつほどけていくような気がした。


「……やっぱり落ち着くな」

「それはよかったです」


 瀬那は嬉しそうに微笑み、そっと朔也の髪を撫でる。

 何度も、何度も。

 急かすことなく、ただそこにいると伝えるように。


 朔也は目を閉じた。

 瀬那の指が髪を梳く感覚が心地よく、思考がゆっくりと沈んでいく。


「ご主人様」

「ん?」

「耳かきもしますか?」

「……なんでそうなる」

「ご奉仕の締めです」


 瀬那は満面の笑顔を朔也に向けていた。

 これも、さも当たり前と言った顔だ。


「……誰に吹き込まれた?」

「愛莉さんです」

「あいつ……」


 小さく呟いた朔也だったが、声にはもう棘がない。

 むしろ、少しだけ諦めたような、柔らかい響きがあった。


「嫌でしたら、やめますよ?」

「……嫌ではない」

「では、決まりですね」


 瀬那は用意していた耳かきを手に取り、朔也の髪をそっと避けた。

 近い。

 いつもより、ずっと近い。

 瀬那の吐息が、かすかに耳にかかる。

 朔也は目を閉じたまま、微妙に息を止めていた。

 ——気づかれていないと、いいのだが。


「痛かったら言ってくださいね」

「あぁ」

「動かないでくださいね」

「わかってる」

「それと……」


 瀬那は少し間を置いた。耳かきを持つ手が、わずかに止まる。


「まだあるのか?」

「今日は、ちゃんと甘えてください」


 その言葉に、朔也は薄く目を開けた。見上げた先で、瀬那が少しだけ照れたように、それでもまっすぐ彼を見ている。


「……十分、甘えてるだろ」

「もっとでもいいですよ」


 朔也はゆっくりと手を伸ばし、耳かきをしていない方の瀬那の空いた手を、そっと握りしめた。

 瀬那の肩がビクッと跳ねるが、振り払おうとはしない。むしろ、少しだけ指を絡め返してくれた。


「……ずるいな、お前」


 思わず本音が出た。

 瀬那はそれを聞いて、少しだけ得意げに微笑む。

 ——その顔もまた、心臓に悪い。


「メイドですから」

「それ、便利な言葉になってないか?」


 瀬那はくすりと笑い、耳かきを始めた。

 朔也は何か言いたげにしていたが、すぐに目を閉じる。


 やがて、彼の呼吸がゆっくりと落ち着いていった。


 しばらくすると、朔也の呼吸はさらに穏やかになっていた。

 瀬那の膝の上で目を閉じている彼は、いつもより少しだけ幼く見える。


「……お疲れ様です、ご主人様(朔也くん)


 小さくそう呟いて、瀬那は彼の髪をそっと撫でた。


 今日の自分は、少しくらい彼の役に立てただろうか。

 そう思いながら見下ろす朔也の表情は、先ほどよりずっと穏やかだった。


「……ところで瀬那」

「はい?」

「その格好で膝枕は、やっぱり心臓に悪い」

「……今それを言いますか!?」


 抗議するように少し頬を膨らませた後、瀬那は悪戯っぽく目を細め、朔也の耳元に顔を近づけた。


「でも、嫌とはおっしゃいませんよね……ご主人様?」

「……っ、お前なぁ」


 耳元でそう囁いた瀬那の声と、それに降参した朔也の笑い声。

 さっきまでの重さは、もうどこにも残っていなかった。


 こちらは、コメントをいただいたので書かせていただきました。

 少し王道から逸れた形にしてみました。

 もっとイチャイチャさせる案もあったのですが、今回は甘さ控えめの癒やし寄りにしています。

 ※ コメントをくださった方のお名前は、念のため伏せさせていただきます。

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