第111話 お泊まり会:料理とお風呂
Side:南雲 瀬那
しばらくすると、前川さんが戻ってきました。彼も私の瞳を見て驚きこそしたものの、「へー、そうなん。まあ、俺たちの前じゃ隠す必要ないと思うよー」と一言だけでした。
この人も、私が悩んできたことを簡単に受け入れてくれます……嬉しいのですが、何かと複雑な気分です。この二人なら、金色の瞳でも受け入れてくれそうですね。
そのことを朔也くんに言うと――
『瞳の色でどうこう言う奴は、ただ単に瀬那に嫉妬してるだけだから気にしなくていいよ。……当事者だと、悪い方向に考えてしまうだろうけど、仲の良い奴らが気にしていない時点で大丈夫だって』
――と、言ってくれました。
そんなこともあり、私はコンタクトレンズをつけず、四人で餃子を包むことになりました。
最初は、朔也くんが「愛莉が一切、料理できないって言うからやらせよう」と、おせっかい心を出したことから始まりました。いきなり難しい料理はダメだということと、そもそも時間が遅くなりそうだったので、明日作る予定で用意していた餃子になりました。
皮から作っているので、私の好きなモチモチ食感になる予定です。
切って、混ぜて、包んで、焼く。
工程も多くないので、そう難しくはありません。愛莉さんも、きっと大丈夫なはずです。
……はい、難しくはないはずです。
「うーん、芸術的じゃないこれ?」
「いいねー! さすが、愛莉!」
「ありがとー♡」
目の前で先輩カップルがイチャイチャしています。……羨ましい。
コホン、それは置いておいて、愛莉さんの手の中には、前衛的な餃子があります。ひだを寄せた半月型のものを作っていたはずなのに……小籠包ですか?
まあ、火さえ通れば問題ないのでいいのですが、むしろよく包めましたね。手のひらサイズぐらいありますよ!
半月型の方も作っていますが……もう少し頑張りましょう、といったところでしょうか。
隣で作っている朔也くんは、こういう時は黙々と作業をするので、お二人のイチャイチャぶりを見ていません。それにしても、手先が器用なのは存じていましたが、作っている餃子がほとんど同じ形をしています。
それが何列も……何列も?
「さ、朔也くん! 作りすぎです、ストップ! ストップです!」
「うん?……おぉ! すごい数ができているな」
「何を他人事みたいに言っているのですか……」
軽く数えただけで、三十個はあります。……もちろん朔也くんの分だけで。
これに私たちの分も加えたら……明日の夜も餃子ですかね。
「これって、残った皮はどうするの?」
残っている餃子の皮を見て、愛莉さんが疑問の声を出しました。
「そうですねー。ピザにしたり、ワンタンスープにしたりでしょうか。そのままオーブンで焼いて、お菓子代わりにもなりますね」
「へー、色々やりようがあるんだねー。このやりくり上手! いいお嫁さんになれるね!」
「ええ!?」
お、お嫁さん!? もちろん、やぶさかではありませんが……私は朔也くんの横顔へ、ちらっと視線だけを移しました。
「朔も、いい子をもらえてなによりだよー」
「まだもらっていないけどな。でもそうだな。瀬那みたいに料理が上手い子と結婚したら、幸せなんだろうな」
「さ、朔也くん!?」
またこの人はサラッと……えへ。
「……だから、お前はもう少し頑張れ」
「ひろができるからいいの!」
「いや、それなりにはできるけどさ……愛莉も頼むよ?」
「くっ……裏切られた!」
愛莉さんは胸元を押さえ、後ろによろける仕草をします。まるで悲劇のヒロインです。……手が粉まみれなので、もちろんフリですが。
「瀬那ー! 男子たちが私をいじめるよ……」
「はいはい。酷い人たちですねー」
今度は「よよよ」と言わんばかりの仕草で、愛莉さんが私に近づいてきました。
でも……
「でも、私も少しはできた方がいいと思いますよ」
「わ、私の味方はいないのかー」
愛莉さんは手を上げて、天を仰ぐような仕草をしました。
だって、男女関係なく、できないよりできた方がいいですよね。
◇
それぞれ順番にお風呂に入ることになったのですが、愛莉さんはどうしても私と一緒に入りたいと言うので、二人で入ることになりました。やむなしです。
先に入った愛莉さんが湯船に浸かったことを確認した後、私も中に入りました。
「ひゃう!」
私が頭を洗っていると、後ろから肩のあたりをつつかれました。
……いえ、愛莉さんの指なのはわかっています。
「いい反応、いただきました!」
「愛莉さんっ! もぅ! びっくりしました……」
「ごめん、ごめんってば。いやさ、ついこんな綺麗な肌を見たらどうしても触りたくなっちゃって……うん、後悔してません!」
申し訳なさそうにしたのはほんの一瞬だけで、彼女は悪びれる様子もなく堂々と宣言していました。
私は呆れながらも「愛莉さんなら仕方ない」と諦め、頭を流します。
「それにしても、瀬那ってちゃんとスキンケアしてそうだよねー。何か特別なことでもしてるの?」
「特別なことはしていませんよ。普通に、日々のスキンケアぐらいですね。強いて言えば、これでしょうか」
私はその場にあった容器を一つ取り、愛莉さんに渡しました。インバス用のマッサージクリームです。
「私、こういうの使ったことないや」
「そうなのですか、もったいないです。これはおすすめですよ。お風呂場で使えて、軽く流せばそのまま湯船に入れますし……せっかくなので試してみましょう!」
「わぉ、変なスイッチ入れちゃった」
愛莉さんに湯船から出てもらい、そのままマッサージをします。人にやるのは初めてですが、思ったより楽しいかもです。
人に教えるのは初めてですが、思ったより楽しいかもしれません。
「こういうのは、早いうちから習慣にしておいた方がいいって聞きますから」
「聞くねー。でも、油断しちゃうんよね。瀬那は何でこれ買ったの?」
「……これ、最初は朔也くんが買ってきたのです」
「……はぁ?」
ぽかんと口を開けて驚くのも無理はありません。でも、紛れもない真実なのです。
以前のクレンジングオイルの一件でも思いましたが、朔也くんはなぜか妙なところで美意識が高いのです。普段はあんなに無愛想なのに、こういうところだけ妙に『女子力』が高いので、時々本気で謎な人だなと思ってしまいます。
「えっと……どういうこと?」
「私も詳しくはわからないのですが、どうやら安く買う機会があったから、試しに買ってみたらしいです。でも、『俺には合わなかったから』って、結局一回使ってやめていましたね。ちなみに、こちらのクレンジングオイルも朔也くんがご自身で使うために購入したものです」
「意味がわからない……」
朔也くん曰く、「優待で割引クーポンをもらったから、せっかくなので最新のやつを買ってみた」ということでした。そういったものが、スキンケア以外にもちらほらあります。私は色々試せて楽しいのですが、朔也くんはそれでいいのでしょうか。
「あー、いい気持ち〜。こんな美少女にご奉仕されているなんて、最高です!」
「何を言っているんですか……。せっかくスタイル良いんですから、ちゃんとケアしましょうね」
「瀬那が言うと説得力あるねー。毎日ちゃんとしてそうだし」
「毎日できる範囲で、ですよ。無理をすると続きませんから」
少し調子に乗っている愛莉さんに、私は先ほどのお返しをすることにしました。
肩のあたりをツツッとつつきます。
「ひゃい!」
「ふふっ。お返しです」
「瀬那、意外とやるね……」
スキンケアを終えて、私たちは二人で湯船に入りました。とても広いわけではありませんが、二人なら普通に入れます。体はくっ付きますけどね。
――いつか、朔也くんとも入りたいです。
温かいお湯に浸かると、先ほどまでの賑やかさが少しだけ遠くなった気がしました。少しぼーっとしていると、愛莉さんが先ほどのマッサージクリームを見ながら口を開きます。湯気の向こうで、その声が少しだけ落ち着いたものに変わりました。
「……瀬那に言うのもなんだけど、朔って、行動理由が謎なところ結構あるよね」
「……わかります。言い方は悪いかもしれませんが、普段の彼ならやりそうにない、突拍子もないことをしますよね」
「そうそう」
私をこの家に泊めるのも、ストーカー問題の時も、本来の彼の性格からすると、自分から提案さえしないはずです。
ですが、それをした。
(あくまで私の感覚でしかないのですが……彼は、理不尽な悪意や逃げ場のないトラブルに遭っている人を見ると、どうしても放っておけずに助けてしまうのではないかと。……誰も助けてくれなかった、かつての自分自身の姿と重ね合わせてしまって)
――おそらく、彼自身は全く意識していないのでしょうけれど。
体育祭のリレーの時もそうでした。あの時、朔也くんは自分の体に無理をさせてまで、水野さんがクラスで責められないように走りました。
結局のところ、本人が認めなくても人のために動いてしまうのです。
その優しさが、時々ひどく危うく見えるのです。




