第110話 瀬那の安堵
Side:南雲 瀬那
私の口元を塞いでいたことを忘れていた朔也くんは、平謝りをしていました。特に怒っていたわけではなく、少し困っていただけなのですが、私のご機嫌を取る朔也くんが面白かったので、しばらくむくれた顔をしていました。
――焦っている朔也くん、カワイイデス。
……冗談です。さすがに桜井さんと別れる頃にはいつも通りに戻して、二人で自宅へと帰りました。
家に着くと、まだ前川さんは戻ってきておらず、愛莉さんだけが家にいました。私はいつも通り、帰宅後のルーティンをこなしてからリビングへと向かいます。
「そういえば、浩紀と愛莉はどこで寝たらいいんだ?」
「あっ」
使えそうな寝具は二組分しかありません。私がお借りしているお布団はセミダブルで、朔也くんのベッドはダブル。二人ずつ一緒に寝ることはできると思いますが……
「さすがに浩紀と一緒に寝るのは嫌だぞ?」
「そりゃそうよね」
私は愛莉さんと一緒に寝るのは大丈夫ですが……朔也くんは嫌ですよね。
「うーん」と私が考えていると、朔也くんはあっさりと結論を出しました。
「あいつはソファでいいだろ。幸い夏だから、ブランケットがあれば風邪はひかないだろうし」
「ざつー! まぁいいけど。でも、私とひろ、瀬那と朔で一緒に寝たらいいんじゃない? 付き合い始めたんだし、一緒に寝ても全然 OK!」
「「……」」
「えっ!? そんなに初な感じなの!?」
違います……違うんです。
「そんなことないのですよ。今更でしかないのです♪」……なんて言えません!
ただでさえ、同棲状態なのに……あれ? 逆に普通なことだったりしますか?
とはいっても、ありのままを言うわけにはいきませんね。
「そ、そんなことないですよ。でも……えっと……まあ、気にしないでください」
「なにそれ? ……まあ、いいわ。それより、さっきから気になっていたことがあるんだけど……」
ま、まさか添い寝のことに気づかれてしまいましたか!?
「何でしょうか?」
「瀬那の瞳の色って、そんなに輝いていたっけ?」
「……っ」
しまった……私は反射的に両手で目を隠しました。
いつも通りに帰宅後のルーティンをこなしていたので、コンタクトレンズも外していたのです。
自宅では外すことが当たり前になっていて、うっかり失念していました。
私は後ろにいた朔也くんを、縋るように見つめました。
けれど、朔也くんはすぐに説明しようとはしません。ただ、いつもの落ち着いた声で言います。
「瀬那。話したくないなら、話さなくていい」
「……朔也くん」
「こいつらなら大丈夫だとは思う。けど、決めるのは瀬那だ」
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなりました。
逃げてもいい。隠してもいい。
……それでも、朔也くんは私に選ばせてくれる。
「……私の瞳は、本当はこういう色なのです」
私は恐る恐る手を下ろしました。
すると、愛莉さんはじっと私の目を見つめます。
「……え、綺麗じゃん」
「……おかしくないのですか?」
「何が?」
「瞳の色のことです。日本人としては異常な色で……それに、今まで騙していたのですよ?」
声が震えます。
責められる覚悟はしていました。
気味が悪いと言われる覚悟も……少しだけしていました。
けれど、愛莉さんは不思議そうに首を傾げただけでした。
「『騙して』って言うほどじゃなくない? カラコンなんて、普通に女子高生でも使うし。『隠して』はいたけど、理由があったんなら仕方ないしね」
「でも……」
「それに、異常ってこともないよ。日本人なら珍しいかもだけど、私は綺麗だと思うよ」
愛莉さんの言葉に、嘘はないように感じました。
気を遣っているわけでも、ごまかしているわけでもなさそうです。
「……そのぐらいのこと、なのですか」
「それだけのことだよ。瀬那は何も変じゃない。ね、朔?」
「あぁ。俺も、綺麗な色だと思ってる」
その瞬間、視界が滲みました。
自分でも驚くほど自然に、涙が頬を伝っています。
「えっ、ちょっ、泣くほど!? 私、変なこと言った!?」
慌てる愛莉さんの声が、涙で滲んだ世界に飛び込んできます。
その慌て方があまりにも普通で、だからこそ、胸の奥がまた熱くなりました。
ふと、朔也くんの方を見ると、何も言わずにいつもの顔でこちらを見ていました。
それだけで、なぜか余計に涙が出てきます。
「違うのです……違うのです。ただ、嬉しくて……」
本当に良かった。
嫌われなくて。
気味悪がられなくて。
――今までと同じように、愛莉さんが私を見てくれて。
「そう……瀬那にとっては、すごく大事なことなのね」
そう言った愛莉さんは、私を優しく抱きしめてくれました。
私はどうすればいいかわからなくて、ただそっと、愛莉さんの背中に手を回します。
その温もりに触れた瞬間、胸の奥で張り詰めていたものが、少しずつほどけていく気がしました。愛莉さんの腕の中で、ようやく小さく息を吐きました。
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