第109話 朔也はダメ人間なのか?
お盆も過ぎ、夏休みの終わりも近づいてきた。俺と瀬那の夏休みの課題はすでに終わっているので、特に焦ることもなく、いつも通りの日々を送っている。
墓参りの後、瀬那は少し落ち込んでいたが、今はすっかり元通りだ。今日もバイトに出ている。無理をしている様子はないので、そこは安心している。
「なあ、朔也」
ただ、瀬那がバイトをしている間、俺は特別なことは何もしていない。
高校生は勉強が本業とはいえ、俺も何か仕事をした方がいいんじゃないかと考えてしまう。別にお金に困っているわけではない。それでも、なんとなくダメ人間ではないかと感じてしまうのが現状だ。
(アクセサリーの販売はしているとはいえ、趣味の延長線上でしかないからな)
「朔ってば!」
少し考えてみたが、そもそも俺に合う仕事ってなんだ?
正直、接客業は向いていない。不愛想だし、目つきも悪い。……あと、面倒な客にキレる自信がある。
それにピアスをメンタル維持のために外せないとなると、できる仕事も限られてくるだろう。
これは将来にも関わってくることだ。就職はまだ先だとしても、どこの大学に進学するかを考える時期は、思っているほど遠くない。
(こういう時って、普通は親に相談するんだろうけど……)
その選択肢が真っ先に消えるあたり、俺の人生もなかなかだ。
「なー、無視するなよー。寂しいじゃないかー」
「……」
さっき言ったが、俺と瀬那の夏休みの課題は終わっている。
つまり――。
「……ちょっと考え事してたんだよ。で、何かわからないところがあるのか?」
「ここー! 教えてくださいっ!」
――俺の前には、浩紀と愛莉がいる。
浩紀は課題のプリントを盾のように掲げ、情けない声で俺に助けを求めてきた。
……この二人、夏祭り前には余裕があったはずなのに、お盆明けには見事に余裕を失っていた。余裕があったがゆえに油断し、先日、泣きついてきたというわけだ。
瀬那がバイトに行っている以上、今日は俺一人で教えている。それにしても、少しずつでも進めていればよかったものを……
ちなみに昨日は和人も参加していた。彼はちゃんと課題を進めていたので焦る必要はなく、ただ単にみんなでやるということを楽しむために来ていた。残念ながら、今日は用事があって来ていない。本当に残念だ……
「お前ら、これで本当に間に合うのかよ。だいぶ進んだけど、家に帰ったらまたやらないんじゃないか?」
「大丈夫! 私、家に帰らないから」
「「は?」」
唐突な愛莉の発言に、浩紀と俺の声が重なった。
愛莉は悪びれる様子もなく、にこっと笑う。
浩紀は口を開けたまま固まり、俺は思わず眉間を押さえる。……お前、家出でもするのか?
「どういうことだよ、愛莉ちゃん。彼氏の俺がそんなこと聞いてないんだけど?」
「あれ? 言っていなかったっけ? 今日、ここに泊まるよ」
愛莉は旅行の予定でも告げるみたいな軽さで、さらっと爆弾を落としてきた。
さも『当たり前でしょ』と言わんばかりに、愛莉は至極自然に言う。『ここ』って、俺の家だよな……。
「今度は俺が聞いていないんだが?」
「あー、瀬那に聞いたら『課題を終わらせるためでしたら、私は構いませんよ。ただ、朔也くんが許可したらですよ?』って言ってたよ?」
愛莉は指折り数えるようにしながら、瀬那から聞いた言葉をそのまま再現する。
「それは『|朔也くん俺が許可したら』だろうに……」
俺が念を押すと、愛莉は「あ」と口元に手を当てた。
「言い忘れてた!」
「おい!」
信用できる友達が家に泊まるのは別にいい。問題は性別だ。なんで愛莉は気にしていないんだろうか。瀬那がいるから問題ないのか? ……解せぬ。
「待て待て。……お前はそれで嫌じゃないのか? いくら友達とはいえ、男の家に自分の彼女が泊まるんだぞ?」
「そりゃ、俺だって他の男の家なら絶対に嫌だよ。でもさ、朔也だからまったく心配してない。そもそも南雲さんも一緒にいるわけだし、それに……」
「それに?」
「……この数か月間、あんな可愛い女の子と同居しておきながら、ずっと手を出さなかった奴だぜ、お前?」
浩紀がニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて俺を見てくる。
事実なだけに、何も否定できないが……
「……お前、俺のことバカにしてる?」
「違う違う! そんな理性のある奴が友達の彼女に手を出すわけないだろ。お前のこと信用してるんだよ。……それに、どうせ俺も泊まるしな! だから後で、着替えを取りに一度家に帰るぜ!」
「それがいいね。というか、元々そのつもりだったしね!」
イエーイ! と、ウキウキと騒ぐカップルが目の前でハイタッチをしていた。
「……えっ? ちょっと待て。お前らが俺の家に泊まることは、すでに決定事項なのか!?」
俺の疑問に答えてくれるやつは、この場にはいなかった。
……解せぬ。
◇
瀬那を迎えに行く時間になり、浩紀と一緒に家を出た。愛莉は家に残って課題をしているはずだ……多分。
夕飯作りを任せる案もあったが、「私が作れると思うの?」と拒否された。……作れないのか。
せっかくだから、あとで手伝わせようと思う。男女関係なしに、できた方がいいはずだ。断じて、突如発生したお泊まりイベントへの当てつけではない。
電車内で浩紀と別れ、俺は瀬那を迎えにルナポートへと向かった。時刻はまだ夕方。外も明るいので危険性は低いが、念には念を入れるに越したことはない。
それに、少しでもナンパされるのは嫌だからな。彼氏として。
瀬那に連絡だけして、いつも通りの位置で彼女を待っていると、従業員通路から瀬那と……もう一人、桜井さんも一緒に出てきた。
「あ、彼氏さんじゃん。おひさー」
何度か話をしたことがあるので、顔見知り程度の間柄だ。ただ、この人はフレンドリーなので、こちらが構える必要もない。それに、人当たりがいいのか、嫌な感じもしない。
「お久しぶりです、桜井さん。瀬那、お疲れ様」
「お迎え、ありがとうございます」
そのまま三人で駅までの道を歩き出す。
「ねぇねぇ彼氏さん、聞いてよー。今日も石田くんが南雲ちゃんのことを――」
「ちょ、ちょっと、言わないでください!」
「石田くん」……あいつか。
いつか、俺が迎えに行った時に鉢合わせたことがある。瀬那が来るまで二人だけだったのだが、その時に宣戦布告みたいなことをされた。
あの時はまだ、仮の恋人関係だったな。
……そういうこともあって、桜井さんの言葉は気になる。
「何があったんですか?」
「朔也くんはそんなこと気にしなくていいです、もがっ!?」
俺は瀬那の背後から腕を回し、片手で口元を軽く覆って言葉を物理的に止めた。そのまま、何事もなかったかのように桜井さんの方を向く。
「わぉ、大胆ね。えっとね、今日も南雲ちゃんの連絡先を聞こうと躍起になってたわよ。南雲ちゃんってメッセージのグループには入っているけど、友達登録は拒否しているからねー」
「なるほど。いい加減、諦めたらいいのに」
バシバシ。
俺の腕の中にすっぽり収まったままの瀬那が、抗議するように俺の脇腹を叩いてくる。
そういえば、以前、瀬那から愚痴を聞いた記憶がある。
グループメッセージの方は業務連絡があるので、抜けるのは難しい。さすがにグループ上で口説いては来ないらしいが……
「ホントそれよ。毎回、心配だからって迎えに来る優しい彼氏がいたら、他に目が行かないってのにねー。……私もそんな彼氏が欲しい」
最後の方は、遠くを見るような目をしていた。
見た目は人気が出そうなタイプに見えるから、少し意外で、なぜかその横顔だけ、急に大学生らしく見えた。
「あ、そうだ! 来月、大学の学祭があるから、よかったら来てね! 芸術学科があるから、いろいろ派手よ。彼氏さん、アクセサリー作ってるんなら、いい刺激になるんじゃないかな」
バシバシバシッ。
……瀬那さん、抗議の圧が上がってきていませんかね。
「いいですね、ぜひ行ってみたいです。……俺がアクセサリー作ってるって、瀬那から聞きました?」
「そうよ。ピアスを開けてたから、そこから話が広がってね。あのヘアクリップさ、あんなに可愛いの作れるなんて、すごいね!」
「いえ、まだまだです」
「謙遜するねー」
普段使いしたいと言っているためか、瀬那はヘアクリップをよく使ってくれている。大事に手入れをしている姿を見ると、それだけでも嬉しいものだ。
バシバシッ! バシバシッ!
なお、脇腹に伝わる抗議のリズムは、会話が進むごとに少しずつ強くなっていた。
ピアスも、昔あげたものを使っているが、他のピアスもその日の服装によって変えている。
ピアスホールからもう血は出なくなったとはいえ、まだ安定していないと思うんだけど……楽しそうにしていると、ダメとは言えない。
「最終的に、その道に進むの?」
「あー……あんまり考えていないですね。これで生計を立てようとは考えていなくて、あくまで趣味の一つですよ」
「へー。あそこまで作れても、そっちの道には進まないんだ……」
バシッ! バシッ! バシッ!
桜井さんは、どこかへ視線を向けながらそう言った。
「それにしても彼氏さん。いい加減、それ離してあげたら?」
「……あっ」
言われて視線を落とすと、俺の腕の中には、ずっと俺に口元を塞がれたままの愛しい彼女がいた。
瀬那は少し涙目になりながら、ぷるぷると肩を震わせている。……しまった。会話に夢中だったとはいえ、よくこんな体勢のまま駅まで歩いていたな。
「ごめん、すっかり忘れてた」
「むぅーっ! 朔也くんはやっぱり、いじわるさんです!」
解放された瀬那は、頬を膨らませながら俺の脇腹をぽかぽかと叩いてくる。
その後しばらく、俺は謝罪代わりに彼女の抗議を甘んじて受け止めるしかなかった。




