SS 南雲 瀬那:ケモミミせなちー
鳥のさえずりが聞こえてくる、清々しい朝。私はいつも通り目を覚まし、朔也くんを起こさないようにそっとベッドから降ります。急に腕から離れて体温を感じなくなったためなのか、朔也くんがもぞもぞと私が居た辺りを手で探っていました。
(可愛い!)
その姿を見て気分が良くなった私は、いつものルーティンをこなすために洗面所へと向かいます。
(なんとなく、頭が重いですが……風邪でもひいたのでしょうか)
風邪をひいたら大変です。
いつも一緒にいる朔也くんにうつしてしまうかもしれませんし、バイト先にも迷惑をかけてしまいます。
そんなことを考えつつ、いつも通り顔を洗おうとすると――
「えっ!? えぇぇぇ!!」
――いつも通り鏡に映る自分の顔を見て、驚きの声を出してしまいました。
……正確には顔ではなく、頭についている耳――そう、ウサギの耳です。
鏡の中の私の頭には、髪の色と同じ、長いうさ耳がぴんと立っていました。驚きすぎたせいか、耳の先がぴこぴこと揺れます。
「どうした、瀬那!?」
私の声にびっくりしたのか、飛び起きた朔也くんがやってきました……一瞬で。
「いや……あの……これ……」
私は自分の頭についているウサギの耳を指さして言います。
それを見た朔也くんは、目をまん丸にして驚き、ウサギの方の耳を凝視して呟きました。
「ケモミミ……?」
◇
いつものルーティンを終えた私たちは、朝食を後に回し、ソファに座って現状を確認します。そして今、朔也くんは私の耳を触っています……ウサギ耳といつもの耳の両方とも……。
「うーん、どちらの耳も温かいから偽物ってことは無さそうだな」
「人間の方の……普通の耳は触らなくても良いのですよ?」
「いや、せっかくだから。……それにしても、付け根もちゃんとしているし、瀬那のドッキリってわけでもなさそうだな」
何が「せっかく」なのかは置いておいて、耳好きの朔也くんなら仕方ないですね。さわさわと触られて……
「……んっ」
……くすぐったいです。
「……何、甘い声出しているのさ」
「朔也くんのせいでしょ!」
私は恥ずかしくなって、彼の手から両方の耳を逃がしました。その瞬間、「あっ……」と、朔也くんが寂しそうな声を出すものだから、少しだけ可哀想に思ってしまいました。
「……」
「耳を凝視し過ぎではないですか?」
「いや、新鮮だし可愛いから仕方ないと思うぞ」
「もぅ!」
可愛いと言われて嬉しいのは当たり前ですが、この状況だと微妙な気持ちになります。……手をワキワキさせないでください!
「若干、怖いのですが……」
「まあ良いから、こっちに頭のせて」
「何が良いのかわかりませんが……」
パンパンと膝の上を叩く朔也くん。
そこまでされたら仕方ないので、朔也くんの言う通りに膝の上に頭を乗せます。彼を下から眺める形になるので少し照れますが……膝の硬さは、まあ悪くはないです。
仰向けになった私は違和感がありました。
「うーん、なんだかお尻が……あっ!」
「どうした?」
「……丸い尻尾も……生えています」
「マジか……」
言葉よりも早く、朔也くんの手が私のお尻の方へと音もなく伸びてきたので、瞬間的にその手を両手でガシッと掴みました。
彼とバッチリ目が合います。
「……ダメか」
「ダメですよ?」
「減るもんじゃないし、ちょっと尻尾の感触を確かめるだけだぞ?」
「それはわかっていますが、場所が場所なので絶対にダメです」
明らかにしょぼくれた朔也くんは、ウサ耳ではなく、頭の方をなでなでと撫で始めました。……良い気持ちです。
「へぇ……ウサギの耳って感情と連動するんだ」
「……へっ?」
「耳、垂れているぞ?」
「……っ!」
どうやら、私が気持ちいいと思ったためか、ウサ耳が折れて垂れているようです。
ウサ耳が朔也くんの手で支えられているのがわかります。
「ま、まあ、頭を撫でられて嬉しいのは否定しませんよ」
「ふーん……ならこっちは?」
「ひゃっ!」
そう言った朔也くんはウサ耳を根元からスススーと、掴むように撫でました。その瞬間、背筋がぞわっとくすぐったい気持ちが上がってきます。
「く、くすぐったいです!」
「ごめん、ごめん……ん」
「きゃ! な、なにしてるんですか!?」
(ウサ耳に、き、キスを……!)
瞬間、以前のことを思い出して、顔が熱くなるのがわかります。
「余りにもモコモコだから、つい……ね」
「うぅ……楽しんでますね」
「うん、わりとな。そう言えば、これもあるよ?」
朔也くんがどこからともなく取り出したのは、ペット用のラバーブラシ。ウサギのデリケートな皮膚を傷つけないように作られた、柔らかい素材のものです。
「……なぜ、そんなものがこの家にあるんですか?」
「……いつか瀬那に必要になるかもって思って?」
「意味がわかりません! 彼女にウサギ用ブラシが必要になる日なんて普通は来ませんよ!……えっ? もしかして私をこの状態にしたの、朔也くんですか!?」
朔也くんなら、謎の技術と執念でやりかねない。なぜかわかりませんが、私には妙な確信がありました。
「そんなわけないだろ……で、使っていい?」
「ダメですよ!? そもそもどこに使うつもりですか!?」
「……お腹とか? ウサギならお腹もモコモコして柔らかそうじゃないかな」
「そんなことあり……こら! 触ろうとしない!」
「えー……」
自然と手がお腹の方へと伸びていくのがわかったので、手で押さえます。
そもそもお腹が『柔らかそう』って……失礼しちゃいます!
「しょうがないか……」
「ひゃっ!」
手持ち無沙汰になったのか、耳の根元をこしょこしょとくすぐってきました。
あぁ……ぞわぞわします……。
「や、やめてください!……変な気持ちになります」
「えーこれもダメか……うーん、ならこれは?」
手に持ったのはリボン。
それを耳の付け根に、きつくなり過ぎないように結びました。
「うん、これはこれで可愛いな」
「……これならまだいいですが……なんか朔也くんおかしくないですか?」
「そんなことないだろ」
その後も、いつ用意したのかわかりませんが、ニンジンを取り出して食べさせようとしたり、あるものとして、ふわふわの毛並みを確かめるかのように、フミフミと私の手のひらを指で押したり。終いには、うさ耳用だと言い張って小さなブラシまで取り出してきました。
ブラシ二つも……準備が良すぎます……怖いです。
その後も長い間私を構ってくれて、私も「これはこれで悪くないかも」と思い始めてしまいます。
「朔也くん、ウサギは寂しいと死んじゃうらしいですよ」
「あれは誤解らしいけど……瀬那なら本当にそうなっちゃうかもな」
「むぅ。……まあ、朔也くんがいれば、大丈夫ですけどね」
撫でられている私は気持ちが良くてウトウトとしてしまい、意識が遠のくのでした。
◇
「……あれ?」
「あぁ、起きたか?」
私はいつの間にか眠ってしまっていたようです。
目を開けると、目の前には朔也くんの顔がありました。どうやら私は朔也くんの膝の上で寝ていたようです。
彼は無意識なのか、私の頭を撫でながらテレビを見ていました。
ふと違和感を覚え、頭を触ります。
そこには……ウサ耳がありませんでした。
(どうやら、夢だったようですね)
少しずつ、寝落ちする前の状態を思い出します。
確か、朔也くんと一緒にドラマを見ていたはずですが、また私は寝落ちしてしまったようですね。
「ふふっ♪」
「うん、どうした?」
「いえ、良い夢を見たような気がします」
「どんな夢だったんだ?」
「えっと、私にウサ……」
そこまで言って思い当たります。
あの夢の内容を朔也くんに言うとなると……あんな風にやってもらったことを、私が求めているみたいじゃないですか!?
「い、言えません!」
「……なんでだよ」
そんなはしたないことは言えないからです! とは、これも言えないじゃないですか。
黙っている私を見て、朔也くんは本気で不思議そうに首を傾げています。
けれど、その手元には、なぜか見覚えのあるブラシがありました。
「朔也くん。どうして、ウサギ用のブラシを持っているのですか?」
「……必要になる気がした」
「怖いです!」
― 南雲 瀬那:ケモミミせなちー 完 ―
こちらは、いただいたコメントから着想を得て書かせていただきました。
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