第106話 お墓参り
Side:南雲 瀬那
台風が過ぎた数日後、私と朔也くんは長いこと電車に乗って、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんが眠っているお墓へと向かっています。
手には先日いただいたリングをはめています。
そこは叔母様が今は身を置いている『朱門家』が代々守ってきている『南雲家』のお墓です。
幼い頃に聞いた話では、そこは特殊な結界が張ってあり、魔を寄せ付けないということらしいです。南雲の体は死体でも利用価値があるので、魔から守るためという理由らしいですが……現代の日本で何を言っているのでしょうね。
迷信なのか宗教の一つなのか定かではありませんが、私の体質のことを考えると、あながち嘘ではないかもしれません。
葬儀の時は酷かったです。南雲家……中でも、私の両親が拒否の姿勢を崩さなかったのです。
戸籍上はひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの娘だったことに加え、喪主であった祖父(戸籍上は兄)が拒否をしなかったことで、なんとか参列させてもらえました。
ただ、お二人の一周忌に私は参列することができませんでした。叔母様は最後まで抗議をしてくれましたが、最終的には物理的な妨害を受けて、会場に行くことさえできませんでした。
朔也くんに『異端の瞳』を受け入れてもらい、一つの区切りと言える今年、どうしてもお参りに行きたいと考えました。
あまり迷惑はかけたくないのですが、叔母様にお願いをして朱門家に話を通してもらいました。
本当は一人で行くつもりでしたが、事情を知った朔也くんが「一人じゃ絶対に行かせない」と、どうしてもついていくと聞いてくれませんでした。「大事な娘さんを貰うんだから、ちゃんと挨拶はしないとな」と。
……だ、大事な娘さんを貰う……私、お嫁に貰われるみたいです!
思わず逸らして、にやけてしまう顔を隠してしまいました。
恋人関係になってからの朔也くんは、こういう肝心なところで、思った以上に今までの彼らしくない甘い発言を平然としてくるので……本当に私の心臓は持つのでしょうか?
二時間ほど電車で移動し、駅を出るとそこにいたのは叔母様の秘書の五条さんでした。
「瀬那様、朔也様。長い時間お疲れ様です」
「五条さんがどうしてここにいるのですか?」
「……少しでも、味方はいた方がいいだろうと、美乃里様が。……私もそう思いましたので」
「……お手数おかけします」
叔母様が一番信用し、信頼しているこの人を呼んでいただけたのは本当に助かります。
私が信用できる数少ない大人の一人、五条相馬さん。小さい頃に何度か遊んでいただいた記憶があります。
「本当は美乃里様もこちらに来たかったのですが……」
「叔母様にそこまで甘えることはできません。五条さんに来ていただいただけでも、助かりますから」
多分、朔也くんは気がついているはずです。今日のこのやり取りで悟ったわけではなく、ずっと以前から。
私が叔母様……美乃里姉さんのことを、本当はちっとも嫌ってなどいないということを。
でも、彼はそのことについて深くは聞いてきません。私がついている嘘を、決して責めようとはしないのです。
ただ、少し不安になっている私の右手を、いつもより少しだけ強く握りしめて勇気づけてくれるだけで……本当に、ありがとうございます。
「では、参りましょうか。重々お分かりでしょうが、あの土地は朱門家……そして、南雲家の影響が非常に強いところです。その事をお忘れなく。朔也様も、くれぐれもお気を付けください」
「はい、ご心配なく。大丈夫ですよ」
普通ならそのようなことを言われたら委縮してしまうのに、堂々とはっきりとした声で答えていました。
ただの高校生が、五条さんの言葉をそのままの意味で受け取るはずがありません。やはり、朔也くんは『南雲家』という何かを知っているような気がしてなりません。
私にもう少し勇気があれば……彼に尋ねることができるのでしょうけど……そんな勇気はまだ持てないです。
彼が私を見捨てないのはわかっているのに。
◇
車で三十分もすると、大きな建物が見えてきます。……葬儀の際に数回だけ訪れたことがある場所。
先祖代々の南雲の方々が眠っているお寺。
入り口に『朱蓮院』と重々しく書かれた札が掛かっています。
お寺自体は何百年も前から存在しているとのことですが、世間一般には周知されていないらしいです。確かにスマホで検索をかけても、このお寺は出てきません。
入り口までいくと、お年を召した方が出迎えてくれました。この寺の住職の蓮源さんです。横には世話係の方々が数人立っていました。
「瀬那様。遠きところをわざわざお越しいただき、痛み入ります」
「お久しぶりです、蓮源様」
この方はこのお寺の中でも、以前から私のことを邪険にしない一人。ただ、たまに哀れむような、慈悲の目で私を見ることがあります。
「この老いぼれに『様』などとは無用ですぞ。……相馬も久しぶりじゃな。息災にしておったか?」
「ええ、健康ですよ」
「それは何より。……して、そちらの御仁はどちら様かな。失礼ながら、当山では初めてお見かけする顔じゃが?」
朔也くんは少しも悩まずに、
「初めまして蓮源様。私の名前は朔也です」
と、名前だけ伝えていました。
それを聞いた蓮源様は、少し驚いた顔をした後、口を開きました。
「……聡い子のようじゃな。それに瀬那様が信頼を寄せているのがよう伝わる」
「……っ」
私が彼の横からほとんど離れないのを見て、そう感じたんだと思います。恥ずかしいですが、事実ですから否定できません。
入り口から中に入り、『結界の境界』である二つの大きな木まで来ました。
「ここから先は、先祖代々、南雲家と朱門家が護り続けておる結界の中……。どうか、心してお入りくだされ」
いつもの蓮源様の重々しい言葉に少し緊張しながら、境界である木々の間を通った時――隣を歩く朔也くんの体が、見えない壁にでもぶつかったかのように、ビクッと少しだけ跳ねたのがわかりました。
ふふっ。普段は堂々としている朔也くんも、意外とこういう話には敏感なのかもしれませんね。少し可愛いところを見てしまいました。
「……」
しかし、前を歩いていた蓮源様がふとこちらに振り向き……朔也くんを見て、一瞬だけ鋭く目を細めたように見えましたが、すぐに無言で前に向き直ります。
そのただならぬ動作に私も少し緊張してしまい、左手の小指にはめた、朔也くんから貰ったリングを確かめるようにぎゅっと手を握りました。すると不思議なことに、金属のリングがほんの少しだけ、私を安心させるように熱を帯びたように感じました。
開けたところに着くと、中はお墓がいくつも並んでいます。中心に大きな杭のような石柱が一本立ち、その周囲を取り囲むように墓石が並んでいます。墓石は日本でよく見かけるものとは異なる形をしていて、初めて目にしたとき、私には燃え上がる炎を象っているように見えました。
「立派なところだな」
朔也くんの言葉に私はうなずきます。ここに来たのはまだ三回目。慣れるようなところではありませんが、いつ来ても圧倒されます。
……それに、なぜかここに来ると力が湧くのと同時に、恐れを感じます。
「こちらが、時雨様と小春様がお眠りになっている墓所にございます」
いくつもある墓石の中から、その一つへと案内していただきました。……お葬式の時にも来た、ひいおじいちゃんたちが眠っている場所。
「儂らはしばらくあちらにおりますゆえ、どうぞごゆっくりしてくだされ」
そう言うと、蓮源様たちはその場を後にしました。
残されたのは私たち三人。「私も少し離れていますので、お二人でご挨拶を」と、五条さんは言った後に、少し離れた墓石まで移動していきました。
「朔也くん、こちらが私の曽祖父母……『時雨』と『小春』のお墓です」
「あぁ」
墓石には『南雲家』ではなく『時雨』『小春』と名前が刻まれています。ここ一帯のお墓は、南雲家か朱門家……もしくはそれに所縁がある方々のみなので、名前のみが刻まれるらしいです。家系で区画を分けているとのことで、間違いもないと以前教えていただきました。
手入れは行き届いているため、汚れは目立たず掃除をする必要はありません。……ですが、気持ちは別です。私は先ほどお借りした布を水桶で湿らせ、墓石を磨きます。朔也くんは生えている雑草を抜いたり、途中で買ってきていた花を交換してくれています。
掃除はすぐに終わり、二人でしゃがんで手を合わせました。
(ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん、お久しぶりです。一周忌には来れなくてごめんなさい。……隣にいるのは朔也くんです。私の境遇を知っても、呪われた瞳のことを教えても、私を受け入れてくれた方です。他にも色々と優しい彼に、一生ついていくつもりなので安心してくださいね。……どんなことがあっても離れるつもりはありません)
心の中で二人に、彼と出会ってからこれまであったことを報告しました。彼のことを知ったら、二人とも喜んでくれるに違いありませんから。
一通り報告を済ませて朔也くんを見ると、彼もすでに立ち上がっていて、中心にある石柱を眺めていました。なぜかメガネを外しています。その眼差しが何を思っているか私にはわかりませんでしたが、私が見ていることに気がついた彼は、いつもの優しい目に戻って私を見てくれました。
「ちゃんと挨拶はできたか?」
「はい。……いっぱい朔也くんのことを話しましたよ! 格好いいところや、いつも助けてくれるところなどです!」
「……何言ってるんだか」
「朔也くんは何か伝えたのですか?」
頭をかいて照れている朔也くんに、私は尋ねました。
一緒に手を合わせてくれましたが、彼にとっては会ったこともない、恋人の曽祖父母。彼の気持ちとしては気まずいはずです。
私の質問に、今度は頬をかきながら、少しそっぽを向き――
「……瀬那と交際していることと、『お二人の代わりに俺が一生かけて護るから、安心して見ていてほしい』って、そんな感じかな」
「……っ!!」
バシバシバシッ!
(もう! なに恥ずかしいことを言っているんですか!? ……でも、私と同じことを考えてくれていて、すごく、すごく嬉しいです……っ!)
私は胸がいっぱいになって言葉にならないまま、必死の照れ隠しで朔也くんの腕をペチペチと連続で叩くことしかできませんでした。
自分の顔が今、真っ赤になっているのが、鏡を見なくてもわかります。
笑いながら「痛いって」と受け止めてくれている彼の顔が、私の後ろにいる何かを見て、スーッと表情が無くなるのがわかり、私も振り返ると――
「……瀬那か」
「なんでお前がここにいる!」
――そこには、私の祖父、『景時』の姿がありました。
隣には兄の『貴臣』と、一人の女の子と一緒に。




