第105話 お守りに込めた願い
昼食の後はゲーセンやカラオケをして遊んだ。男だけでこういう時間を取るのは久しぶりなので、純粋に結構楽しめた。こういう時間を楽しめるようになったのも、俺の変化の一つかもしれないと感じた。
夕方になり、瀬那のバイトが終わるころに一人の女子が合流した。
……愛莉だ。
「なんで今更合流したんだ?」
「男同士だけのデートに割って入るほど無粋じゃないよ、私は!」
「デートって……」
「たしかにデートだな! やばいぞ朔也! 南雲さんに怒られるぞ、浮気したって!」
アホなことを言っている浩紀は放置して、俺たちはムーンバックスではなく、従業員用の控室の近くまで来ていた。
いつもはムーンバックスで一息ついて待っていたりするが、今日は人数が多いのと、ギリギリまで遊んでいたのでやめた。
「お待たせしました」
「お疲れ、瀬那」
仕事終わりのためか、若干血色の良い瀬那がドアから出てきた。事前に連絡はしておいたので、驚いた様子はない。
「おつかれさまー、瀬那。よく働いて良い子だわ」
「なんですかそれは」
ナデナデと瀬那の頭を撫でる愛莉。どういう立ち位置なんだお前は。
他の二人も軽く挨拶して、俺たちはルナポートを後にした。駅前の広場で先頭を歩いていた愛莉が振り返り、俺と瀬那が手を繋いでいるのを見てにやけた。
「さて、 やっと直接言えるよ! 交際おめでとう、二人とも! やったね瀬那、色々と相談に乗ったかいがあったよ!」
「ちょっ、ちょっと愛莉さん! それはここでは言わないでくださいよ……っ」
「いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃないし!」
「私はすっごく恥ずかしいですよ……」
わざわざ愛莉は、この場でお祝いを言うためだけに夕方から合流したらしい。
顔を真っ赤にする瀬那に背後から抱きつきながら、またよしよしと頭を撫で回している。……いや、撫でるだけでなく、もみくちゃにしながら首筋の匂いまで嗅いでいた。本当に何してるんだこいつは。
……それにしても、瀬那が愛莉に恋愛相談をしていたとは。傍から見れば当然のことなのかもしれないが、当事者の俺は全然気づかなかった。
「朔也、改めておめでとうな! 実は愛莉が来るまで絶対におめでとうって言うなって口止めされてたんだよ」
「あ、そうだったの? 浩紀がファミレスの時にあえて言わなかったから、なんか不自然だなって思ってたけど、そういうことだったんだね。……改めておめでとう二人とも。二人なら大丈夫だろうけど、末長く仲良くね」
「あぁ……ありがとう」
こうして友人たちから改めて面と向かってお祝いされると、流石に気恥ずかしい。普通に考えたら、どこにでもいるただの高校生カップルができただけのことだ。だが、こうして純粋に祝福されるのは、決して悪くはないなと思えた。
その後、帰りの電車が逆方面になるため改札前で別れることとなったのだが――去り際、和人が真剣な顔で「本当にこの頃物騒だから、暗い夜道は気をつけて」と言い残していったのが、妙に俺の心に強く印象として残った。
◇
家に帰り、向かい合って夕飯を二人で食べる。いつも通りだけど、友達にお祝いを言われたからなのか、なんとなく気恥ずかしい。
『……はげみすぎるなよ?』
浩紀が言った言葉が頭をよぎるが……頭を振ってそれを消した。変な気持ちになりそうじゃないか、余計なこと言いやがって。
「どうしましたか?」
「いや、気にすんな。浩紀が変なことを言ったのを思い出しただけだ」
「変な……こと?」
瀬那が反応してしまったではないか。今度もう一度あいつを叩いておこうと、俺は心の中でそう誓った。
食事が終わり、今度は和人の言葉を思い出す。
『本当にこの頃物騒だから、暗い夜道は気をつけて』
こないだのニュースの件と言い、和人の言葉と言い、やっぱり警戒しておいて損は無さそうだ。
俺は瀬那が風呂に入っている間に、かねてから用意していたものの仕上げに入った。今の俺が作った『こいつ』だけでも、それなりに防犯になるはずだから。
しばらく没頭していると、瀬那が洗面所から出る音が聞こえた。
もうほとんどすべて終わり、磨いていただけのそれを持って瀬那のところへ向かう。
瀬那は部屋でスキンケアをしているようだが、申し訳ないと思いつつ、扉をノックして声をかけた。
「瀬那、悪いけどちょっと話があるんだ。開けても良いか?」
「ひゃっ!? ちょ、ちょっとお待ちくださいっ」
少し慌てた声のあと、バサバサと服が擦れるような音が聞こえてきた。
……しまった、服を脱いでいたのかもしれない。タイミングが悪かったなこれは。
「……はい、大丈夫です。どうかしましたか?」
「ごめんな、スキンケア中だったのに」
「いえいえ、それよりも朔也くんの用事の方が優先ですよ。あっ! 今のタイミングで強引に開けていたら、私のあられもない姿が見れたんですよ! ええと、なんて言いましたっけ? ……そう! ラッキースケベのタイミングだったのに、もったいなかったですねっ!」
この場合、男である俺はラッキーなのだろうが、瀬那本人は恥ずかしい姿を見られるのだからアンラッキーじゃないのか。いや、本人がこんなにノリノリで煽ってくるならいいのか? ……相変わらず、こういうガードの緩い点に関してはこの子が心配になる。
「……呆れないでくださいよ。顔に出てますよ?」
「顔に出ていたか、失敗失敗。とりあえず、よく挑発するくせに、実際に攻められると弱い瀬那の性格は置いておいて――」
「ちょっと、どういうことですか!」
「――とりあえず、今はこれを受け取ってほしい」
そう言って、俺は手のひらに乗せていた銀色の指輪を瀬那に見せた。
穴は小さめで小指にはめるタイプのリング――ピンキーリングだ。
少し青みがかった銀色で作られていて、中央には赤い小さな石が嵌め込まれ、その周囲に細かな模様が刻まれている。
「わぁ、綺麗な色のリングです……えっ!? これって!?」
ポンッと顔を林檎のように赤らめ、口をパクパクさせている瀬那を見て、俺はとんでもない勘違いをさせてしまったことに気が付いた。
リングの方が持ち運び易いからこの形にしただけで、それ以外の意味はなかったのだが。
「あぁっ、違う! ……ごめん、誤解するよな。ただのお守りとして持っていて欲しいんだ。和人も言っていたけど、最近物騒な事件も多いしな」
「……お守り、ですか。……な、なるほど。たしかにこれは小指用のサイズですね。薬指には入りません」
「そりゃな、ピンキーリングとして作っているからな。……小指か、チェーンを通して、首かスマホにつけてくれればいい。それなら学校にも持っていけるだろうし」
「……お守りは良いのですが、急にですね」
そう思うのは仕方ない。ただ、これは本当にお守りなんだ。少なくともこれを身に着けていれば、俺がその場に駆けつける時間を短縮できる。
「まあ、細かいことは良いから、とりあえず肌身離さずもっていてほしい。……彼氏からのお願いってことで」
「……っ! 彼氏からのお願いと言われてしまっては、彼女として聞かないわけにはいきませんね!」
「あぁ、そうしてくれると助かる。……それに、ちゃんとしたペアリングは今度また別で用意するからさ。俺の手作りで良ければだけど」
「……っ!!」
バシバシ! バシバシ! バシバシ!
照れ隠しなのか限界を突破した喜びの表現なのかわからないが、だらしなくにやけた顔で俺の肩を連打してくる。
……だから、叩く力が強すぎだっての。
「痛いって。ペアリングはさ、ただのリングだけじゃ味気ないから、ちょっと凝ろうと思っているんだ」
「……魔改造し過ぎないでくださいね」
「それは安心しろ。あれは俺もやり過ぎたって思っている」
先日、瀬那の耳にピアスホールを開けた時のことを思い出して、苦笑いが自然とでた。
あれは、ちょっと……大分テンションが上がっただけだから。
「それにさ、二人で意見を出し合って作っても良いかなって思っているんだ。こういう柄が良いとか、ペアっぽい感じにしようとかさ。せっかく身近に作れる設備はあるんだしな」
「いいですね、それ! 賛成です!」
「だろ」
瀬那の意識はペアリングの方に向かってくれたので安心した。
とにかく、このリングを持っているだけで大分違うから、大丈夫だ。
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