SS 須藤 明:四人での食事会
― 第92話の後 ―
槙野警視による『素十範殺害事件』の事情聴取が終わった後、俺は朔也くんと南雲さんを連れて自宅へと車で移動していた。
妻の美里が最近朔也くんと会っていないのを嫌だったらしく、今日連れてくることとなったわけだ。加えて言うと、俺が最近頻繁に会っているのにもジェラシーを感じていたらしい。どの立ち位置なんだ、美里は。
「ただいま。言われた通り連れてきたよ」
「お邪魔します」
「……? 失礼します」
俺が先に入り、続いて朔也くんと南雲さんを招き入れた。
すると、奥からパタパタとスリッパの足音が聞こえ、美里が顔を出した。
「いらっしゃい、二人とも。お帰りなさい、明」
「初めまして、南雲瀬那と言います。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「初めまして、妻の美里です。こちらこそ、急にごめんなさいね。あなたが南雲さんね。どうせなら……瀬那ちゃんって呼んでいいかしら?」
「は、はい、大丈夫です」
相変わらず、ぐいぐいと距離を詰める美里。こういう時に遠慮ってものを知らないのは感心する。長所ではあるが相手によっては短所でもあると思う。
「美里、ここで長話をしても困るだろ。ほら、中に案内しないと駄目だよ」
「はいはい、わかってるわよ。朔也も久しぶりね、ほら、入って入って」
「お久しぶりです。失礼します」
「……」
南雲さんが少し疑問符を浮かべているようだが、大丈夫だろうか。
俺たちはそのままリビングへと移動した。俺たちの家は、良くある二階建ての戸建て。一階に LDK と風呂とトイレ。二階に私たちの私室と寝室となっている。
「二人はこちらに座ってね」
「は、はい……ありがとうございます」
「失礼します。……瀬那、どうかしたか? さっきから何か様子が変だぞ?」
「それは俺も気になったかな」
椅子を促した時も何か様子が変だ。いつもの南雲さんではないような印象だ。
何か気になる事でもあるのだろうか。
南雲さんは「えっと……」と、少し言いづらそうにしつつも、意を決して口を開いた。
「……あの……須藤先生がいつもと違うしゃべり方をされているので、少し気になってしまいまして」
「あー、そうか。瀬那は仕事モードじゃない、素の口調の先生を見るのは初めてか」
「あはは、たしかに初見だと驚くかもしれないね。仕事中や外部の人と話すときは、意識して弁護士らしい丁寧な言葉を使っているんだけど……俺の本来の口調はこっちなんだよ」
「明ったら器用なものよね。私には絶対無理よ。仕事で猫を被ったって、絶対にどこかでボロを出す自信しか無いわ」
その自信もどうかと思うよ。俺の素の口調はほとんど家の中か、美里とどこか出かける時ぐらいしか出さないから、仕事の口調とどっちが主なのかわからなくなってきていたりする。
◇
俺たちは用意しておいた昼食を取りつつ、雑談を始めた。美里にはストーカー関連のことを表面しか説明していない。火事の件、同居の件は仕事中に話した内容なので伝えていない。これについては事前に二人にも話している。
案の定、美里は現在の状況を二人に対して根掘り葉掘り聞いていた。その押しはやっぱり強く、南雲さんが引き気味なことにも気づいていない。やはりこの押しは長所でもあり短所だ。
「へー、それで今はアパートから引っ越したってことね。ストーカーは亡くなったとは言え、セキュリティはちゃんとしたところにしたのかしら?」
「は、はい。セキュリティと言いますか、今は一人暮らしではなくなったので、その辺りは安心しています」
「うん? ご家族は遠くにいるって言っていたし、親戚の誰かと住み始めたの? まあ、それなら大人の目があるし安心ね」
「え……えっと……その……」
言葉に詰まった南雲さんが、助けを求めるように隣の朔也くんをチラッと見たのがわかった。ダメだよ、南雲さん。有能な弁護士である美里の前で、そんなわかりやすい視線を送るのは悪手だよ。
「……そう言えば、朔也は一人暮らしだったわね。まさか……もしかして、彼と一緒に暮らしているの?」
「……ふぅ。よし、瀬那。そろそろお暇しようか」
「えっ? えっ?」
「こら、逃げない。……そうなのね。まあ、今更外野の私が何か言うつもりもないわよ。それに、朔也ならそう変なことしないでしょうし」
朔也くんのことは、歳相応の考え方じゃないのは心配だが、それ以上に信頼している。俺も美里もね。
中学の時から知っていることもあるけど、心の痛みを知っていて、それに悩んでいるのを見てきた。言うならば年が離れた弟ぐらいの位置づけだ。
そんな彼が、南雲さんを悲しませるようなことはしないはずだ。……だから、南雲さんも顔を赤くしないでほしい……本当に大丈夫だよね?
「……瀬那ちゃんが顔を赤くしているのは置いておいてあげる。それで、朔也の手の怪我はもう大丈夫なの?」
「もう大丈夫ですよ。少し痕があるだけで、もうほとんど普通に生活できます」
「うん、それならよかったわ。……そのことは、母親には伝えたのかしら?」
「まさか、言うわけないでしょ。義妹にはバレましたが、口止めしてます」
やっぱり、朔也くんは母親を信用していないね。事情を知っている身からすると、当たり前だとは思うけど、あの母親も反省していればいいのだが。
再婚相手の父親にはまだ会ったことがないので、一度は会わないといけないと思っている。
「瀬那ちゃん、実は彼が中学の時にうちの養子にしようと考えてたことあったのだけど、断られちゃったのよ」
「えぇっ!?」
「……美里さん、それは言わないでくださいよ」
「いいじゃない、隠すことでもないでしょ」
様子を見ている限り、予想だと朔也くんはまだ、過去のことを南雲さんにはちゃんと話していないはず。この話を続けると、美里からバラすことになりかねない。
「美里、その話はやめなよ」
「はいはい。……私がね、子供を作りづらい身体なのよ」
「まだ続けるの……」
まさかそこまでデリケートな話をするとは。南雲さんのことをそれだけ気に入ったのかな。
「だから、ちゃんと産んだ子を大事にしないのは嫌なのよ。それもあって、朔也のことを蔑ろにする親なら、私が責任をもって育てるからってね。私の専門がこの方面だから、やりようはあったし」
「美里さん、その話はやめましょう。瀬那が混乱します」
「ごめんなさい、それもそうね。……私が言いたかったのは、私たち夫婦は委任契約の枠組みなんて関係なしに、朔也を大切に思ってるってことよ」
「……はい」
美里はしっかりとした目で、南雲さんを見ている。美里にとって、南雲さんにそのことを伝えるには意味があるのだろう。
その美里の顔を見て、南雲さんも真剣な顔で答えていた。
「それはね、瀬那ちゃんも同じよ」
「はい……えっ?」
予想外だったんだろう。南雲さんは目をぱちくりしている。
ただ、この発言は俺にとっても予想外だった。
「詳しい事情は明が『守秘義務だ』とか言って話してくれないけど、今日、瀬那ちゃんと話をしてみてなんとなく予想はできたわ。だからこそ、二人は支え合っているのよね。……朔也があなたを大切にしているのなら、私たちもあなたを大切にしたいと思ってる」
「……」
「言ったでしょ? 子を大事にしない親は嫌なのよ。それに、こんな礼儀正しくて可愛い子を、そのまま放置するわけがないでしょ」
美里は本当にお節介で、押しが強い。それが長所であり短所でもある。だが、彼女がそういう時にかける言葉には、いつだって一片の嘘もない。
俺たち夫婦には、強く願っていてもまだ子供がいない。だからこそ、子供という存在がどれだけ大切で愛おしいものなのか、誰よりもわかっているつもりだ。
――だから、それをないがしろにする親を見ると、俺も無性に腹が立つ。
「だから、親のことでも家のことでも、何かあったら何でもお姉さんに相談してね。少なくとも二人よりは長く生きてるんだから、法的なことも含めて、いくらでも相談には乗れるわよ」
「……はい。ありがとうございます」
親に恵まれず、苦労する子供は世の中に何人もいるだろう。そのすべてを救うことは、当然俺たちだけではできない。
それでも……せめて、俺たち夫婦の手の届く範囲にいる、子供たちだけは、絶対に守ってやりたいと心から思うのだ。
― 須藤 明:四人での食事会 完 ―




