SS 東條 朔也:ある体育での一コマ
― 第61話 辺り ―
俺は瀬那を庇って怪我をしたことに、後悔なんて欠片もなかった。最悪の結末を回避できたのだ、それだけで十分すぎる。
一部からは「南雲に取り入るための自作自演だろ」だの、「格好つけて目立ちたい、下心見え見えの偽善者」だのといった声も聞こえてくる。フラッシュバックが心配だったが、今のところ問題ない。成し遂げたことの高揚感の方が勝っているからだろう。だから、そんな他人の無責任な声や好奇の目など、無視すればいいだけだ。
ただ、もちろん困っていることはある。その一つが今の授業……体育だ。この学校では二クラス合同で行うこともあり、今日はC組と一緒にやっている。
成績に影響があるので、できれば授業を受けたい。だが、今の内容は男女混合のソフトボール……さすがにバットは握れない。片手で振ることはできるだろうが、まともに打てるわけがない。グローブをはめることはできるが、ボールを捕ったら多分流血する。うん、周りが困った事になるからダメだ。
そういう理由があるので、仕方なく今は見学をしている。授業とは言え、怪我をするような無茶をしなければ気にしない方針の先生なので、みんな自由に試合を組んでプレイをしていた。
浩紀や和人が同じチームで試合をしているのを、俺は特段やることもなく、ぼーっとベンチに座って見学していた。たまに和人がファインプレーを見せると、外野の女子から黄色い悲鳴が上がるのはもはやお約束の光景だ。
「どうした東條、暇そうだな」
「正直、やることが何もないので退屈ですね」
隣に腰を下ろし、気さくに話しかけてきたのは体育教師の安田先生だ。いかにも体育教師らしく、日焼けした肌に筋骨隆々のガタイをしている。見た目通りの熱血教師で陸上部の顧問なのだが、面倒見が良くて頭ごなしに怒るようなことはしないため、男女問わず多くの生徒から慕われている。
(どこぞの勝田とは大違いだな)
勝田とは同じ大学の同期だったらしいが、仲が良くない。それもあって個人的には仲良くしておきたい教師の一人だ。ちなみに他には、担任の三波先生と俺の事情を良く知っている友利先生とは仲良くしておきたい。
「さすがにその傷じゃあ何もできないな。……しかし、よくやったな、東條」
どうとでも取れる言い方なので、意図が読めない。ただ、マイナスのイメージを持った言い方ではない。
「……どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だよ。友達にしろ、恋人にしろ、赤の他人だってそうだ。とっさの判断で、誰かを助けるために自分を犠牲にできる奴なんて、大人でもそうそういない。……お前は、自分の行動を誇っていいと思うぞ」
どうやら、純粋な褒め言葉だったようだ。ニヤッと歯を見せて笑いながら『誇っていい』と言う安田先生は、どこか洋画の戦場モノで、若き兵士の背中を叩く歴戦の戦士のようだった。……見た目は純日本人だけどな。
ただ俺としては、自己満足はあっても、他人に称えられたいわけではないし、そこまで大層なことをしたつもりも無かったりする。
「……ありがとうございます?」
「なんだそりゃ。なんで疑問形なんだよ」
脳裏に、瀬那がひどく申し訳なさそうに俺の包帯を見つめていた姿が浮かぶ。彼女が悪いわけでは決してないが、それでも彼女の性格からして、もし俺がこれを誇れば誇るほど気にしてしまうだろう。
「あまり自慢げにすると怒られるので。……それに、怪我せず助けた方がスマートでしょ」
「そりゃそうだ。そう思うなら、次に繋げれば……いや、次は無い方がいいな」
「俺も二度とご免ですよ」
先生が思っていたより軽いノリなのが意外だった。偏見かもしれないが、体育系大学を出ているのにしては、堅苦しくなく、かつ押しつけがましい嫌な感じもしない。……こういう所が、生徒から慕われるのだろうな、勝田と違って。
先生は少し間を置いてから、グラウンドに視線を向けた。俺もつられてそちらを見る。
ちょうど和人がショートフライを軽々とキャッチした場面だった。周囲から歓声が上がり、和人本人は涼しい顔でグローブを叩いている。
「……モテるな、あいつ」
「ええ、まあ結構モテますね」
お世辞にもソフトボールが得意とは言えない浩紀が、三振をしてがっくりと肩を落としているのが見える。対照的な二人の図に、思わず口元が緩んだ。
余談だが、体育祭後に陸上部への勧誘を受けたのだが、断ったのは言うまでもない。
― 東條朔也:ある体育での一コマ 完 ―




